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「俺以外に、彼女を見ている視線があった事は気がついていたが、殺気は感じられなかったから、おそらくおまえだと思っていた。」
そう言って、ケントに向けていた視線を和らげ、
「案ずるな、門番を責めるつもりはない。」
と言って微かに笑ったが、ケントにはその笑みが泣いているように見えて、顔を歪ませながら下を向き、両手を握り締め「私は…」と口にすると、勢いよく顔を上げ
「これは私が望んだ結果なんですが…どうしてなんでしょう?良かったと思えないんです。」
「ケリー…?」
「…ラファエル王子は、マリーを不幸に落とす人だ。でも、でも…ラファエル王子しか、マリーを幸せにできない。」
「…俺は…離れる事が彼女への愛だと思っていた。」
「すみません、俺が、俺があんな事を言ったから…」
ラファエルは、ケントのせいではないと軽く頭を横に振った、その姿を見たケントは俯き
「寵妃という形でマリーが、ラファエル王子のお側に行くことが、一番簡単だとはわかっているのですが…寵妃と言う形で、愛していると言われても…俺たちのような庶民と変わらない感覚の者には、理解できません。 愛する人はひとり。そう思っている俺やマリーにはその愛が真実だと思えないのです。
国の為に、個を捨てざる得ないラファエル王子の考えを、否定は出来ません、でも…先程言われたように、王太子様に男の子が生まれ、王家のしがらみから解き放たれたら…マリーを妻に迎えたいというお気持ちがあるのなら…どうぞマリーに言ってやってください。少しでも希望があるのならマリーに…言ってやってください。」
「わかっているのか!それが残酷な事になるかもしれないことを…」
「今の状況だって、マリーにとっては同じです。なら…希望をください。」
「だが!」
「ほんの少しでも…希望があるのなら…お願いです。マリーに言ってやってください。」
「ケリー…」
「マリーの心は、ラファエル王子に囚われたままです。マリーを愛してくださっているのなら、なにもやらない前に、諦めないでください。無理なことはわかっております、でもせめて国王を説得すると仰ってください。希望を…マリーに作ってやってください。お願いします。」
「初恋を拗らせ、国を危うくした事が引っかかり、初めから諦めていた、自分は恋をすることなどできないと…。」
「ラファエル王子…。」
「彼女への思いを一生…胸の奥底に置いて生きていくのだと…すべてを諦めていた。許してくれるのか…妹を悲しみや苦しみだけの人生にしてしまうかもしれないのだぞ。父王を説得する時間は、そのまま彼女の女としての幸せの時間を潰し、叶えば…良いが、もし叶わなければ…」
「叶うように…ラファエル王子は、真摯な気持ちで王様を説得してくださるのでしょう。俺は信じてます。」
ラファエルはようやく口元に笑みを浮かべ
「ケリー…すまない。いやありがとう。父を…何年掛かっても、必ず説得する。」
と言って、踵を返し、ラファエルは走り出した。
その背中に向かって、ケントは
「マリーの行く先、わかるんですか!!」と叫んだ。
一瞬立ち止まった背中は、ケントへと振り向くと
綺麗な笑顔を見せて
「花の妖精の行く先は……あそこしかない。」と言って、また走り出した。
ケントは苦笑しながら、また走っていく背中に声をかけた。
だがその声は独り言のように小さな声で
「…ケリーじゃなくて…俺、ケントなんです。」と言って笑ったが、頬には涙があった。