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王子様に恋の手ほどきを・・・。  作者: 夏野 みかん
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アドニスを宿にやると、アデラはいつ出て行ったほうが、より時間を稼げるかと…タイミングを計っていた。


男ふたりはマリーを抱きかかえようとした…その瞬間だった。


ふたりの男の背中に、アデラは大きな声で

まぁ!ユベーロ伯爵!私の孫をどうなさるおつもり?」

と言いながら、アデラはゆったりとした足取りで、ユベーロ伯爵達へと近づいていった。


ユベーロは息を凝こらし、声がする方向へとゆっくりと顔を向け…驚いたように

「…アデラ殿。」と言うと、体を強張らせた。



アデラは、余裕のある笑みをユベーロ伯爵に見せてはいたが、内心は…


時間を…時間を稼がなくては…。

あの王子様が来るまでは、ユベーロ伯爵の足を止めておかなくては…。


アデラの頭に数十年前、愛する人が、助けに来てくれた事を思い出し、あの時と同じように、心の中で祈っていた。



助けて!王子様。早く助けに来て!……と



雨は激しく振り出し、風は町の中を縦横無尽に、隈無く駆け巡り…人が言う春の嵐となっていた。

アデラは、ユベーロ伯爵に凭れるようにして、気を失っているマリーを見ながら…


「ユベーロ伯爵。もう数十年前とはいえ、私を手篭めにしようとして、私の夫ベルトワーズ元子爵に痛い目に遭わされたことをよもやお忘れですか?あんなみっともない姿をさらしたのに、今度は私の孫に…なんと情けない。そんな方が王の側近とは…道理でわが国が傾くはずですわ。」


アデラの言い様に、ユベーロは唇を噛み

「違う!わが国が傾きかかっているのは、今の王のせいだ!だから!だから!私が王となって、このロレーヌ国を救うのだ!」


「…お馬鹿だとは思っておりましたが。これほどとは…。」

とアデラは呆れたように、大きく息を吐いた。その様子に、ユベーロは唾を飛ばしながら…


「ロレーヌ王には、退位して頂いて、次は王太子の後見人である私が、王太子と一緒に、この国を治めるのだ。その為には、エフレイン国との交渉をうまく纏めねばならん。その交渉に、アデラ殿の孫を使ってなにが悪い。ロレーヌ国のために、その命を捧げるのだから、名誉な事だ。」


「交渉?マリーを使って何をなさるおつもり?」


「あの、女たらしの王子が、今一番のお気に入りがアデラ殿の孫だ。だから、このマリーにちょっと手伝って貰おうと思っている。この女を助けたければ、例の件はどうか穏便にとなぁ。」

そう言って、薄っすらと笑みを浮かべた。


「昨夜もマリーを殺すところだったのに、性懲りもなく、また愚かな事をするのですか!今度という今度は、あのラファエル王子は、あなたを許しませんよ!」


「許すも、許さんもない!この手の内に、この娘がいる限り安泰だ。」

と言って高笑いをした。そんなユベーロからアデラは目を逸らし、次に来るであろう、ユベーロの不幸をほんの少しだけ、哀れに思い目を瞑った。


それは風の音のようだった…いやそれは風を切る音だった。シュッと言う音は、銀色の線を残しながら、ユベーロ伯爵の二の腕に、吸い込まれていった。


それは、全長15cmほどの投擲専用とうてきせんようのナイフ、スローナイフだった。


「ギャァ!!」

と叫び声を上げながら、マリーを手放したユベーロは、ナイフが飛んで来た方向に、目をやると…


肩で息をしながら、顔にかかった濡れた白金の髪を掻き揚げることもせず、髪の間から鋭く光る青い瞳で睨むラファエルがいた。


「…動くな。」


と言って、はぁはぁと息をしながら、ゆっくりとユベーロに近づくラファエルは、


「…動けば、今度は…くそ面白くないことをしゃべるその喉を狙う。」


ヒッ、ヒィ、と叫ぶと、ユベーロは腰を抜かした部下の横で、頭を隠し

「…う、動かないから…動かないから…」と口にし、震えていた。


アデラは走りよると、ユベーロの情けない姿に、チラリと目をやったが顔を歪め


「ほんとに、お馬鹿な人だ。」

と吐き捨てると、まだ気を失っているマリーを抱きしめ、ラファエルに頭を下げながら


「ありがとうございます。本当に…ありがとうございます。」と何度も口にし、涙を零した。


ラファエルは、マリーに良く似た夫人に

「あなたの判断が、良かったからだ。そうでなければ…間に合わなかったかもしれない。」


と言って微笑み、マリーの祖母アデラを見た。アデラも微笑みを浮かべたが、込み上げてくる涙は止められなくて、涙が次々と溢れ、その一雫がアデラの頬を伝わり、マリーの血の気のない青白い頬へと落ちていった。


アデラの涙だったが、それはまるで…マリーの流した涙のように見え、思わず…ラファエルの手は、マリーの頬へと伸びていったが、だがその手は、マリーに触れる前で止まった。


ラファエルの手を止めたのは「こっちです!!」と叫ぶ声だった。

それは、近衛兵を連れてきたケントの声だった。


アドニスの言葉を最後まで聞かないで走り出したラファエルに、ケントも自分も行かねばと走り出そうとした時だ。宿の者が連れてきた近衛兵に気がつき、剣の腕など当てにならない自分が、できることはこっちだと思い、アドニスの店への案内を買って出たのだった。


近衛兵達はスローナイフを腕に刺し

「動かない!俺は動かないから…だから殺さんでくれ!」

と叫ぶユベーロ伯爵に呆然としていたが、…


「私はエフレイン国の第二王子 ラファエルだ。ユベーロ伯爵はわが国との間に、許しがたき不正を行なったうえに、それを誤魔化そうとして、ベルトワーズ子爵家の令嬢を巻き込み、殺すところだった。明後日、エフレイン国の外相と王宮に伺い、この件…いかようにロレーヌ国王はお考えかお聞きしたいと私が言っていたと伝えてくれ。」


ラファエルの言葉に、青褪めた近衛兵たちは、「は、はい」と返事をし、座り込むユベーロ伯爵らを引きずるように、連行して行った。その様子を見て、ラファエルは、アデラに抱かれるマリーへとまた視線を動かしたが、だが、マリーを見つめるだけで、近寄る事もせず…やがて黙ってラファエルは背を向け、雨の中へ歩き出そうとした。その背中に…アデラは声をかけた。


「諦められる思いなら…そこまでのもの。でも、諦めらめきれないのなら、それは決して捨ててはいけないものだと思います。」


ラファエルは、アデラの言葉を聞いてはいたが、振り向きもせず、雨の降る中を歩き出していった。


アデラは立ち去っていくラファエルの後姿に…

「あんなに必死な顔をして、やって来たくせに…」


アデラは、まだ意識が戻らないマリーに

「女は…例え、幼子であれ、私のようなおばあさんであれ、いつも自分だけの王子様を待っているって言うお話を覚えている?愛する男は女にとっては、すべてが王子様と言うお話よ。私の王子様も、最初はつれなかったけど…花祭りの日に、命がけで私を助けに来てくれたわ。マリーの王子様も、命がけで二度もあなたを助けに来たわね。……愛されてるわよ。」


アデラは、雨の中を歩く王子の背中に、もう一度目をやると

「女はひとりでは決して強くはない。でも愛されて、愛する事で強くなり、どんなに辛いことも乗り越えられる勇気を持てるのに…」そう言って、アデラはマリーを抱きしめた。


アデラのその言葉を横で聞いていたケントは…

雨の中をひとり歩いていく王子の後姿を、見えなくなるまで追っていたが


「男は…愛している女を自分の力で幸せにし、いろんな悲しみから守りたいんだ。だから辛さを我慢して、頑張る姿を見ることは悲しい、悲しくて…自分を責めるんだ。幸せにできる自信がないのなら、なぜ手を彼女へと伸ばしたんだと…責め続けるんだ。」


と呟くように言って…目を伏せた。




*****


祖母がラファエル王子に、時折言葉を詰まらせながら「ありがとうございます。」とお礼を言っている。


あぁ…またラファエル王子様に助けられたんだ。


白金の髪は、昨夜のように濡れて…王子様の顔を隠しているわ。

顔、見たいなぁ…あの白金の髪の下にある…青い瞳を…困ったように笑う顔を…


見たかったなぁ…。


マリーの意識は、また……暗闇に囚われていった。


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