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コンコン・・
「すみません。近くの花屋のアドニスという男が、殿下に一大事だと伝えて欲しいと言って、下で騒いでいるとゲートのほうから連絡が入ったのですが。」
「花屋が…?」
「はい、若い女性の方なら、追い返すのですが…アドニスと言う男は、こちらの宿にも花を入れている業者で、いろいろ問題が有る男ではございますが、騒ぎを起こすような男ではありませんので、気になりまして…」
ラファエルは、眉を顰め…
「すぐに行く。」と言って、ケントを見た。
ケントもなぜ、マリーのバイト先の花屋がここに来たのか、さっぱりわからなくて、問うようなラファエルの視線に、困惑した表情を浮かべ、頭を横に振り、ラファエルを見ていた。
なぜ、花屋のアドニスと言う男が…俺にコンタクト取ろうとしているのか、その一大事とは…ラファエルは嫌な予感が拭えなくて、はやる胸の内を抑えながら、ラファエルはゲートへと走った。
ゲートの向こうには、マリーと一緒にいたのを見たことがある男がいた。
こいつは…と、ラファエルが睨むようにその男に目をやったときだ。
後ろから走って来たケントが、息も絶え絶えだったが、ゲートに座り込んでいる男を見て
「アドニスさん!!」と叫び、走り寄って、アドニスの両肩に手を置くと
「ど、どうして?ここに、いったい!」と言って肩を揺すった。
アドニスは真っ青な顔で、
「マリーちゃんが…男ふたりに攫われそうになって、俺、助けようとして飛び出そうとしたんだ。だけど…アデラ様が…」
と感情が高ぶって、要領を得ない話に…自分が情けなかったのか、アドニスは自分の頭を殴りながら…
「と、とにかく男ふたりに攫われそうになっているマリーちゃんがいて、助けようとした俺に、アデラ様がここは自分に任せてと言われ、俺には、ケント様とケント様が訪ねられている貴人の方に、マリーちゃんが攫われそうだと知らせてくれと…。自分はこの宿は簡単に入れないから、仕事で顔馴染みの俺なら、連絡が取れるだろうからと言われたんだ。」
ラファエルの耳は、アドニスの話の最後を、もう聞かなかった。
体がもう動いていたからだった。
ラファエルの脳裏に、湖の底に微笑みながら沈んで行くマリーの姿が見えた。
白く細い腕を伸ばし…湖に引きずり込まれるマリーが…
悪夢を振り払うように、ラファエルは「くそっ!!」と叫び、
雨の中…ラファエルは走った。
マリーのもとへと…
*****
その日、アデラは昨夜の男の声が気になって仕方がなかった。
「いくらあの人がお馬鹿であっても…あんな事をするはずはないわ。」
そう言っては、何度も顔を歪め
「でもあの声は…あのだみ声は…ユベーロ伯爵…」
そう言っては、針を持つ手は止まり、仕事はなかなか、はかどる事が出来ず、アデラは苦笑しながら、
「今日は、もうダメだわ。気になったら、それしか考えられないのは私の悪い癖ね。解決しないと、仕事も手に付かないわ。そうだわ…。マリーに、あの男の側にいたマリーなら、なにか気がついたことがあるかもしれない。」
アデラは、テーブルの上を簡単に片付けると、マリーが午前中に行くと言っていたアドニスの花屋へと向かっていた。だが、あともう少しでアドニスの花屋という所で、今まで晴れていた空に、重苦しい雲が広がり…ポツンポツンと雨粒を落として来た。
アデラは空を見上げ
「花祭りのこの時期は、春の嵐と言われるほど、天候が荒れるから心配。」
と口にして 傘を差すと、もう一度空を見上げた。
アドニスの店に着いたアデラは、眉を顰めた。マリーどころか、いつも軽口のアドニスさえもいなかったからだ。アドニスはちょっと軽薄なところもあるが、仕事に対しては真摯な男だから、店をほったらかしにすることなど、考えづらかった。アデラは、外から裏の水場に回ろうとした時だった。
ガタン!ガタン!ガラガラ・・バケツが倒れ、転がる音に、アデラは立ち止まり、外から水場に行くつもりだったが、踵を返すと、店の中から、音がした裏の水場に行こうとした、それは嫌な予感がしたからだった。
その水場に出る扉の近くに、フラワーアレンジに使う花瓶や、リボンが入っているダンボールを積み重ねた所があるのだが、そのダンボールに、身を潜めるようにしてアドニスがいた。
片手に鋏を持って…。
アデラは息を飲むと、アドニスが見ている先に視線をやった。
その先には、ふたりの男がマリーを挟んで立っていた。その片方の男を見て、アデラは…やっぱりと心の中で言うと、今にも飛び出そうとしているアドニスの肩を叩き、叩いたその手で、悲鳴をあげそうになったアドニスの口を押さえながら…
「お願いがあるの。」とにっこり笑った。