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ほんとにキラキラだよなぁ。
扉が開いて、ケントがまず思ったのは、これだった。
そして…
扉を開けて、ラファエルが思ったのは…
兄だと言っていたが、彼女と似ているだろうか?…と
兄だと言う男の顔を探るような眼で眺めたが、そこに浮んでいるのは、緊張した表情しかなかった。お互いが、腹を探り合うように、顔を見合わせていたが、ラファエルは、男性同士が見つめあう、可笑しな状況に気がつき、クスリと笑うと…
「すまない、じっと見て…。取り敢えず部屋へ」
そう言われ、ハッとしたケントは、(つい見惚れてしまった。)…と心の中で呟くと、顔を赤くし
「こ、こちらこそ、王家の方をじっと見つめるなどして、申し訳有りません。」
「いや、かまわない。今俺は、どうやら新聞の社交欄によると、太南洋の島で麗しき女性とバカンスを楽しんでいるらしい。だから…ここにいるのは、エフレイン国の第二王子ではない。ただのラファエルだ。そう思ってくれ。アデラもそう俺に接してくれている。」
「ぁ、あいつ…殿下に対してそんな不敬なことを…」
とケントは口にして、あっ…と思った。
遊びなれた女を演ずるために、礼儀を知らない蓮っ葉な印象を与えたかったのだと…。
ケントの頭にマリーの泣き顔が浮かび胸が軋きんだ。
そんな、礼儀を知らない蓮っ葉な女じゃないのに…あいつ、好きな男に…何やってんだよ。未来を望めない相手だから、今だけで良いと思っているのか…バカやろう…。
悲しくてそう思うと、思わず叫んでしまった。
「殿下!マリーは!マリーは!遊びなれた女なんかじゃないんです!!違うんです!違うんです。ほんとに違うんです…。」
叫んだ声の語尾はだんだんと掠れ…泣いてしまいそうだった。
まずはアデラは、ばあさまで、本当の名はマリーだと言って…と考えていた手順は吹っ飛んでしまい、出てくる言葉は、マリーは違うんですと繰り返して言うばかりで、そんなケントの肩を叩くとラファエルは…
「アデラは…本当の名はマリーと言うのか…」と言って…ケントを見た。
気が弱そうな男だが、彼女への…妹への愛情は本当のようだ。
でも、まだわからない。なぜ、妹とふたりでこの宿に?
遊びなれた女ではないと言うが…あの男達の話は、突飛もないところがあったが、とっさに出たとは思えない嘘だった。
その疑問の声が聞こえたかのように、ケントはポツリと話し出した。
「アデラと言う名は、私達兄妹の祖母の名です。本当の名前はマリー・ベルトワーズ、子爵である私の妹です。と言っても、我が家は貧乏で、祖母やマリーは朝も晩も働く生活をしております。それは、ひとえに私のせいなのです。私がしっかりしていないから…わが国のユベーロ伯爵に言われるがまま、今回、ロレーヌ国が起こした不祥事を、少しでも優位な形で交渉を終わらせようと、ラファエル王子のスキャンダルを探って、先日はここにきたのです。妹マリーは…反対しました。でも…お金が欲しくて…」
そう言って、ケントは持って来たバックから、ごそごそと…なにやら出して
「リストの避暑地で知り合ったフィリップは、伯爵家の次男で優秀だったせいで、嫡男のマーロンから命を狙われて、リストの避暑地に身を隠さなければならなかった。」と言って、差し出した本・・【恋の奴隷】
「医者のクラークは彼自身がまるで、鋭利なメスのようにクールで、銀縁の眼鏡をかけ、真ん中ブリッジを中指一本で上げながら、アダムを見つめると、夜の診察予約をするかと、低くセクシーな声で、アダムの耳元で囁いた。」と言って、ケントがまた差し出した本・・【愛しているから壊したい】
二冊の本を手渡され、ラファエルは…何をケントが言っているのか、最初はわからず、王子様に似つかわしくないキョトンとした顔で、ケントを見ていたが、【恋の奴隷】の表紙を見ながら…
「…本の内容を…彼女は話していたのか…」そう言って、ラファエルは唖然とした顔で、椅子に倒れこむように座ると、ページを捲り「…本だったのか…」ともう一度口にし、もう一冊の【愛しているから壊したい】のページを捲ろうとしたが、それは、ケントのすばやい動きで止められた。
…と言っても、本をラファエルから取り上げたのではなくて、本の上に、両手を置いただけだったが、どうにか堅守することができ、ほっとした顔で…
「こ、これは…見てはいけません!殿下が見てはいけないものです!」
と言ってラファエルに、見るのは堪忍してくれ…頼むと心の中で願いながら、ラファエルの顔を見た。
訝しげにラファエルは
「なぜ?俺が見てはいけないんだ?彼女が読んでいた本なんだろう?18歳の女性が読めて、30歳の俺が読めないとは…?」と言って、ケントの両手を容易く跳ね除けると、ページを捲ろうとしたが、ケントの手が、しつこくまた伸びてきて…
本は、2人の足元に、男性同士のキスシーンの挿絵を見せ付けるように、広がった形で落ちていった…。
「ち、ちがうんです。俺は…違うんです!」ケントの叫びが部屋に広がり、 ポカンとしたラファエルの顔が…ゆっくり綻んだかと思ったら…大きな声で笑い出し、
「…おまえは憎めない男だなぁ…。」と言って、笑いを止め…ケントを見つめた。その表情は、硬質な表情へと変わっていき
「そんな男の妹だ。彼女が…どんな風に育ってきたのかわかるような気がする。おまえと同様に、真面目で、優しく育ったんだなぁ。だから…」
「えっ…」
「だから、ここに来たのだろう?女に関して、だらしない俺に…真面目で優しく育った妹に、近づくなと言いに…」
ラファエルは目を瞑り
「だろうなぁ…俺がもし、おまえの立場であれば……そう思う。」
「ま、待ってください!」
ケントは、自分でもなぜ(待ってください)などと言ったのか、わからなかった。
ただ、ラファエルの声が泣いているように…聞こえたからだった。
大国の王子が、欲しいと思えば…容易く手に入れられる女なのに…それをしないというのは、本気なんだ。
青褪めていくケントにラファエルは…
「花祭りの話に出てくる王子は、花の妖精に…君を愛しているから、寵妃になってくれ…とは言わないだろうなぁ…。」と言って、息を吐くと
「彼女が、寵妃としては無理だから、俺に釘を刺しに来たんだろう。 俺は…彼女だけを側に置いて愛してはやれない。俺は…国を…背負っているから…」
そう口にしながら、苦しかった…。
12年前、国を捨て、愛だけで生きていけると思うこともあった、だが、時が教えてくれた、それは若さゆえの暴走だと…。国を捨てどうやって生きていける、人は愛だけでは生きて行けない、金は必要だ、その金はどうやって手に入れる。王家という力で守られた俺は、世の中の厳しさを知らなかったから言えたことだったんだ。この男は…この世の厳しさを知っている、だから、釘を刺しに来たんだ。
王家を捨てることは出来ない俺に、妹を寵妃にするつもりなのかと…だが…
ロマンティックな話を好む妹が、寵妃という名の愛人になれるはずがないと…
愛しているなら、近づいてくれるなということか…
正妃にはできないから、彼女が、遊びなれた女だったら、寵妃に迎えることができると…どこかで思っていた。だから俺のなにかが…彼女は、遊びなれた女じゃないと言っていたのに、耳を塞ぎ…そして目を瞑ってしまおうとしたんだ。
シーンとした部屋の中で、
苦しげに顔を歪ませるラファエルに、ケントは…
無理なんだろう?
ラファエル王子…やっぱり、マリーだけをなんて…無理なんだろう?
そう心で言いながらも、ケントは自分のやったことが、本当に良かったのか、心が揺れていた。