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花の妖精が、王子と出会ったといわれる湖は、かなり小さなものだったが、湖の底はすり鉢状になっていた為、水深は一番深いところで、5mという深さもあった。
木々に囲まれ、鳥の囀りだけしか聞こえないようなこの場所は、神秘的で、確かにお話のように、花の妖精が王子と出会ったと言われるような趣があったが…だがこの花祭りの時期は、湖岸に張り出すように、大きな舞台が作られ、その舞台の上では、弦楽器を中心とする楽団の音楽に合わせ、若い男女が踊り、そして湖の周りには、たくさんの店が立ち並び、いつもとは一変していた。
だが、別名 恋祭り。対岸は昔、王子と花の妖精が、恋を語らったのではないかと、思えてしまうほど、ひっそりとして、恋人達を待っているかのようだった。
そんな中、ラファエルとマリーは、湖岸に張り出すように作られた大きな舞台で、多くの男女の踊る姿を見ていた。
「…すごいなぁ…」
「う…うん、すごいわね…。」
だか、彼女の視線の先を見て…俺は思わずクスリと笑ってしまった。
(気になるのは…湖の周りに出された店か?)
まるで始めて、遊びに出かけた子供のように、きょろきょろと周りを見ては、「ほぉ~」「へぇ~」と小さく口にし、感嘆のあまり、上手く言葉を発せずいるようだった。
だが彼女は、とうとうその言葉さえも、紡げないくらいものを見つけたらしい。
彼女は、あっ!と小さく叫ぶとその店の前で足が止まり、今度はじっとお店の店頭に並ぶ品の前で動かなくなってしまった。
その様子が、可笑しくもあり、愛おしくもあり、 そんな彼女をずっと見たくて、俺は…
「…欲しいのか?」
と聞いた。だが、その返事は…
「へぇ?!」
俺は口元から、漏れる笑い声を抑えきれなくなり、大きな声で笑い出してしまい、そんな俺の笑い声で、彼女は今の自分の状況にようやく気が付いたようだ。
「…えっと…目がね、目がいっただけよ。」
そう言って、赤くなった顔を隠すように、下を向くと俺の手を掴み、引っ張ると
「い、行きましょう!!」
と言って、湖岸に張り出すように作られた舞台へと誘った。
クスクス笑いながら、彼女に手を引かれる俺は、
「そうか、目がいっただけなんだ…。」
と言って、からかうように、もう一度…
「ふ~ん…目がねぇ…」
と彼女の顔を覗き込み、しつこくまた何か言おうとしたが、彼女は小さな手で遮り、真っ赤になった顔を誤魔化すように
「…いいから!行くわよ。王子様!」と気合の入った声を出した。
また噴出しそうになるを堪えながら、頷いたつもりだったが、彼女には、やはり俺が笑っているように見えたのだろう、口を尖らせ、小さな手で俺の腕を掴むと、舞台へと行こうと引っ張り、俺はされるがまま、引っ張られていたが、ふと気になって、彼女が足を止め見つめていた品を振り返って見た。
それはピンクとホワイトのガラスの花の髪飾り(コーム)、花の芯はスワロフスキーで、葉っぱ部分はビーズで形作ってあり、花祭りに…いや花の妖精にふさわしい品だった。
そうだ、今日は…
俺はあの御伽噺の王子で、そして…彼女は花の妖精。
だが、この状態では…御伽噺にはならないな。
俺の手を掴み、真っ赤顔を隠すように、少し俯き加減で歩く彼女の手に、俺は手を重ね
「花の妖精に、連行される王子は、カッコ悪すぎだろう。」
と言って、彼女の指と俺の指を絡ませて手を繋いだ。
それは自然に手首や腕が触れ合うため、よりお互いの体温を感じる。
この温もりは、心までほんのりと温かくさせる。
彼女も…そう思ってくれてるだろうか…
そっと隣の彼女を見ると、彼女の顔が、一気に赤くなって行くのを見えた。
…彼女は…本当に複数の男と付き合っているのだろうか? 花祭りも初めてみたいだった。そしてこうやって、手を繋ぐのも初めてみたいだ。…やっぱり…彼女は…
真っ赤な顔で俯く彼女は、どうしても、遊びなれた女には見えない。
でも、実際に見たじゃないか、アドニスと言う男は、マリーを抱きしめていた。そして…ケリーと言う男は、マリーを愛していると言った。そう、愛していると…言っていた。俺は…
俺は言葉を見つけられないまま…彼女の手首から、そして腕から感じる熱がもっと欲しくて、絡める指に力を込めた時、
…それは…舞台の上からだった。
職人だろうか、袖をまくった太く大きな腕を胸の前で組んだ、大柄の男が俺達を見て、つまらなそうに
「おーい!!おふたりさん!独り者には辛いから、二人の世界が欲しいなら、対岸にいけよ。」
と声を掛けて来た。
俺は、軽く手をあげ
「悪いなぁ…だがふたりきりになるにはまだ時間が早い。」
と舞台の男に笑って軽口で返すと…舞台の上の男は…
「ちぇっ!!いい男は、返す言葉も洒落てるぜ!」と笑い、その場は大きな笑い声に包まれた。
周りの温かな空気は、俺の中で一杯になり、その心地よい気持ちが言葉となって、彼女に…
「ダンスを踊ってくれるかい?花の妖精殿」
彼女は頬を染めていたが、
「いいわよ、王子様。でもステップは王宮とは違うから、御出来になるかしら?」
強気な返答に俺は、彼女の額を軽く弾き
「俺は器用なんだ。」
と言って彼女の手を引き、舞台へと上がっていった。
その時、俺はまだ気づかなかった。
軽やかに踊る俺達に、周りは暖かい目で見ていたが…その視線の中に…心配そうに見つめる目と睨みつける鋭い目があることに…




