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「俺…なにやってんだろう。こんなところで…」…と
情けない声で独り言を言っていたのは、マリーの兄ケント。
自分のいい加減さには、自身も嫌気がさす事も度々だったが、いつも、どうにかなっていた、いやマリーやばあさまに助けてもらってどうにかなっていた。
そして今回も、マリーはラファエル王子に近づき、自分が持ち込んだ問題を片付けようとしている。だがこのままだと、マリーはあの女たらし王子の餌食になってしまうかも…。いや、下手をするとスキャンダルを探っている事がバレて…王子の怒りを買い、こ、殺されるかも!
子爵家は潰したくないが…マリーの命が、マリーの操が大事だ!
そう、思ったんだ。ほんとにそう思ったんだ。だから、ユベーロ伯爵に…
「先日のラファエル王子のスキャンダルを探すこと、やはり私には、無理でございました。どうか、ご辞退させてくださいませ。」と言ったんだけど…。
でも…
「それで…」と返された。
それで…はないよなぁ。大きな力を持つユベーロ伯爵には逆らえなかったから、今まで、いろいろ我慢して、やってきたのに…今回ぐらい…いいじゃないかよ。
はぁ…。ばあさまが仰ったとおりだった。
「良いですか、ケント。おまえは、ユーベロ伯爵に傾倒していますが、若い頃、伯爵は私を襲うとした、とんでもない人物なのですよ。確かに我が家より上位の貴族だから、辛いこともあるでしょうが。決して、あの方が言われることに乗ってはいけませんよ。」
おばあさま…
つい、話に乗ってしまい、結果こんな事になってしまいました…。
でもこれで最後だから…、これで本当に御役御免だからとユベーロ伯爵に言われたんだ。大丈夫、今度は簡単な事だったから引き受けた。花祭りの最終日に、王子を連れ出すだけでいいと言われた。
大丈夫、それくらいできる!絶対できる!…たぶんできる。…出来ると思う…で、できたら嬉しいなぁ…。
でもなぁ~ラファエル王子が滞在している宿の前の植え込みの中で、小さく体を丸めて、言ってるだけじゃなぁ…。
だけど!男の俺が、《花祭りに行きませんか?》って、誘えるか?!ご、誤解されてしまう。
取り合えず、そう取り合えずだ。マリーに会って、ラファエル王子との事を聞いて、もし…いや…もしもだ、マリーからラファエル王子を誘って貰えそうだったら…お願いできないかなぁ。でも、もしもだ。もしもの話だから。うん、出来たら…という話だから。
だがそんな気弱な考えは…一瞬に吹っ飛んだ。
それは、マリーがラファエル王子に門まで送られて、宿から出て来たのを見て、慌てて走りよろうとして、見てしまったのだ。
濡れた頬を…
声をかける事が出来なかった。
笑って…いたじゃないか?あの王子と今、にこやかに笑って手を振っていたじゃないか?
なぜ?
どんなに辛くても、泣くような妹ではなかった、その妹が…今ポロポロと涙を零しながら歩いている。いや、あの姿は涙が出ていることさえ、気がついているようには見えなかった。
「あ、あいつ…!あの女たらしの王子のやつ!俺の妹に、何をしたんだ!」
そう言うと、ケントは踵を返し、宿へと鼻息も荒く乗り込んでいった。
だが、この宿は秘密厳守を守るために、ひとりで出ることはできても、入ることはできない。ケントだって、わかっていたはずだった。だが、頭に血が上りすっかり忘れて、門から去っていくラファエルの後姿に向かって叫んだ!
「ラファエル王子!」
だが叫んだ途端、ゲート前の門番に叩き出されてしまった。
ケントは砂埃がついた服を叩きながら、
「くそっ、なんだよ。」
泣きそうになる目元を擦り、また、去って行こうとする背中に、ケントは叫んだ。
「ラファエル王子!」
ラファエルは、こんなところで、名を呼ばれた事に驚いたように振り返って…目を見開き
「おまえは…確かケリー。アデラといた男。」
そう口にすると、ラファエルはゆっくりとケントに近寄っていった。
近づいてくる王子に、ケントは震えながらも、だがいつもとは違っていた。
辛い事や、恐い事から逃げていたケントだったが、泣かない妹が流した涙… その涙を流させたこの王子を、ケントは許せなかった。