12
昨夜は夢の中で、赤い髪を垂らした女性が、苺とシャンパンを、ひたすら食べて飲んでいる奇妙な夢を見てしまった。そのせいなのか、胃の調子が悪い。
「なんで、そんな夢を…。」
そう呟きながら、5日目の夕方、私はラファエル王子のもとへと…今日もただ、お茶をするだけの為に向かっていたが、足がなんだか重たくて、角を曲がる寸前で、とうとう足が止まり、この5日間ずっと思っていた言葉が溜め息と同時に出た。
「はぁ~どうして、私はお茶だけなんだろう?」
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『男は何人いるんだ。3人か?複数の男と付き合えるのなら、もうひとり増えても、支障はないだろう。』
そう言われたとき、愛人になれと言われたのだと思った…それに…く、首筋に…キスなんだもん。普通そう思うよね。でも、現実はお茶だけ…それも3時間。
それって、愛人?じゃないよね。まさか、茶飲み友達なれと言われたの…?ま、まさか…ね。
ハッ?!!いや…まさか、ラファエル王子は、あまりにも私を好きすぎて、ドキドキして…私に触れられないとか?!
……なんてことは、絶対有り得ないな。
男性は好きな女性を前にして、躊躇はしないらしい。私が知っている恋愛本は、そう教えてくれたもの。
【恋の奴隷】のフィリップは…戸惑うヒロイン、エルザに、「好きな女性を前にして、躊躇する男などいない!」って言って、彼女を抱え…べ、ベットに行ったし。
それに…ラファエル王子は、私の後に…別の女性を呼んでるもの。
毎回、あの21時を知らせる鐘の音ともに、訪れる気まずさ。
今夜もお茶だけで終わり、またなんとなく気まずい空気になるのかなぁ。
いったい、王子様はなにがしたいのだろう?
まぁ…なにを思っているのかは、ぜんぜんわかんないけど、私には、ラファエル王子のところに行かない言う選択はない。だって、けちょんけちょんにしてやるつもりだから…そう…けちょんけちょんにだ。あの王子様のスキャンダルをスクープして、ちょっと望み薄だけど、私に夢中にさせて…ポイとしてやる。
けちょんけちょんのポイだ。
そう思って私は、今宵も…ここに訪れる。
でも宿の門の前に佇む人の、キラキラと光るプラチナの髪が目に入ると、ゆっくりと歩いていた私の足は、なぜだか小走りになり、笑みが深くするのは…どうしてだろう?
けちょんけちょんのポイなのに…。
「こんばんわ。」
私の声に、キラキラと光るプラチナの髪の間から見える、青い瞳を細め笑う人に、私も同じようににっこりと笑った。
「どうして、今日は門の前にいるの?」
「ちょっと、出かけていたんだ。」と言って、右手に持っている袋を王子様は掲げ、私はその袋を見て、小さな叫び声をあげてしまい、慌てて口を押さえて…ゴックンとしたが、興奮は収まらず、胸を押さえながら
「う、うそ!それってア・ラ・カンパーニュのでしょう?!すごい評判で、朝から並んでも、買えないときがあるっていう、あのア・ラ・カンパーニュの!まさか苺のタルトなの?!」
可笑しそうに、頷く王子様に私は…
「苺の甘さとアーモンドクリームが合わさっていい感じ♪の、あの…苺のタルト!。よ、よく買えたわね…まさか、並んで?王子様自ら並んで?買って来てくれたの?」
「たまたま、その店の近くに用事があったからだ。」
たまたまでも…嬉しかった。お忍びといっても、ラファエル王子の周辺には数人の護衛と従者はいるのに、その人達に頼まないで、自ら買ってきてくれたんだ。
それは苺とシャンパンの組み合わせより、何百倍も嬉しかった。
でも…クスリと思わず、笑った。
王子様を、パシリにつかったのは、きっと私だけなんだろうなぁと思うと、なんだか可笑しくて…
クスリがクスクスに変わり、そしてクスクスがウフフフと変わっていった。
きょとんとした王子様だったけど、私と同じようにクスリと笑って
「それは、大変だったんだと言いたいが、前の方に並んでいた女性が、わざわざ順番を変わってくれて、そうは並ばなかったんだ。」
はぁ~美形は…男もお得な人生を歩める運命らしい…うらやましい。
少しがっくりした私の頭をポンポンと叩くと
「即、食べるか?」
「うん。部屋に行きましょう!」
目覚めの悪い夢のせいで、悪かった胃の調子は、なぜだか王子様が買ってきてくれた苺のタルトをすごく所望している。
王子様が差し出す手に、私は自然と手がいった。
握られた手の温かさは…私の愛読書達には、教えてもらえなかった温もりだった。
でも…その温もりは、王子様が泊まっている部屋の前で、立ち尽くす女性の姿で…
一気に心ごと冷めていった。