俺、いよいよマラソンがスタートした。
「いよいよ始まりますよ」
人面蜂が言った。
「そうか」
俺は緊張と共に、どこか喜びを感じていた。
「5……4……3……2……1……スタートです!」
人面蜂の声と共にいよいよ、俺の戦いの火蓋が切って落とされた。
スタートした直後、ぞくりと嫌な予感がした。
「ひえぇーこれが、異空間マラソンコースか。本当に何だか得体のしれない何かを感じるな」
道は至ってシンプル、幅約、4、5メートルの道がありそれが、直線にあるいは曲線にずっと先の景色まで続いている。
だが、その未知の横の空間になにやら不思議な四角いテレビのようなビジョンがいくつもいくつも映し出されていた。
「何だ? この映像は?」
俺は人面蜂に聞いた。
「ああ、これですか? これはですね。異世界への扉です」
「い、異世界への扉? 一体どういうことだ?」
「はい、これらの扉の中にはモンスターがいたり、あるいは村があり、村人がいたりします。飼い主さんは自由にこの異世界に入ることが出来ます。そしてそこで、モンスターを倒し、経験値を得たり、あるいは村に行ってアイテムを獲得したりすることが出来るんです」
「はあ? 全然マラソンと関係ないじゃないかよ」
「ええ、それは飼い主さんの言う通りです。ですが、この先、マラソンコースを進めば進むほど、トラップや、強力なモンスターがマラソンコース内に出現する恐れがあります。その時にレベルが低かったら飼い主さんは瞬殺されてしまうでしょう。そうならない為に自分で、この無限とも言える異世界に飛び込んで、レベルを上げ、マラソンコースを完走するための、チャンスが与えられているのです。ただ、だからと言っていつまでもモンスターと闘ってばかりいては肝心のマラソンが遅れてしまい、飼い主さんはいつまで経ってもゴールをすることが出来なくなってしまいます。ゴールするにしてもその時には、もうマラソンの順位はかなり低いかもしれません。だから、効率よく強いモンスターを倒して、レベルをサクサク上げることが一番のマラソン走破への近道です」
「なるほどな。レベルを上げれば上げるほど、身体能力はアップする。それはつまり足の速さも早くなるっていうわけだ。もしこのままどの異世界にも飛びこまないで、マラソンコースを進んだとしても、レベルを上げた方が寄り道しないで走った時より、足が速いのですぐにそれよりも先に進むことが出来るかもしれないし何より、モンスターに出会った時に、レベルが低いとすぐに殺されてしまう場合がある。だけど、あまり殺されるのを恐れて、モンスターとばっかり闘って、ちまちまちまちまとマラソンコースを進んでいたら、本来の目的であるマラソン自体がびりっけつになってしまう恐れがある。うーん。面白いなあ。考えれば考えるほど、よくできている気がするよ。まるでスルメを食っているかのようだな。噛めば噛むほど味が出る的な」
「流石、飼い主さんです。理解が早い。よっ! 飼い主の鏡!」
俺はあからさまにおだてられたが、悪い気はしなかったので、バッグから、花見大福を取り出すと、それを人面蜂に投げた。
「おお、ありがとうございます!」
人面蜂は喜んで花見大福を食べた。
花見大福は桜の形をかたどった、桜餅だ。これもまた俺の大好物の一つである。
じゃあ、どうしようかなあ。やっぱりモンスターをやっつけてまずは一つレベルを上げようか。
俺が言うと、人面蜂は頷いた。
一番最初のスタート地点の横にある、テレビの画面のようなビジョン。そこに映し出されていたのは中国の山奥のような壮大雄大な景色だった。
「どうすればいいんだ? この異世界に入る為には」
「飼い主様、ただその画面に向かって貞子よろしく飛び込めばいいだけでございます」
やけに地上のテレビに詳しいじゃないかと思ったけど、面倒くさいから質問するのはやめておいた。
「オッケー、その画面に向かって飛び込めばいいんだな?」
頷く人面蜂を見て、俺は勢いよくプールに飛び込む、若さを持て余した少年のように画面に向かって飛び込んだ。




