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俺、そろそろマラソン大会の準備をする。

 俺が人面蜂を案内人として認めると、人面蜂はなんだか急に人懐っこい感じになってきた。

 その証拠にさっきまでは俺の周りの空間、一メートル以上離れて飛んでいたのに、今は30cmぐらいの所を嬉しそうな笑みを張り付けて飛んでいるからだ。

「なあ、なんでそんなに俺の近くを飛んでいるんだ?」

「え? 何言っているのさ、僕、さっきと同じように飛んでいるだけだよ」

 人面蜂は言うが、俺から見て明らかにさっき飛んでいた距離と今の距離では縮まっている。

 どうやら、当の本人にはその自覚はないようだ。まあ、いいか。全部肩書きを認められて、喜んでいる今だけだろうし。

 俺は、バッグから、πの実を取り出すと、人面蜂に投げた。

「ほらっ、餌だよ」

「う、うわあ! さ、早速餌をくれたよ。飼い主さん。嬉しいな。嬉しいなったら嬉しいな」

「喜びすぎだろ。まあ、いいや」

 何だか喜んでいる、人面蜂を見ていると、見ているこちらまで嬉しい気分になってくる。これは言わば、もらい欠伸みたいなものなのかな。もらい笑顔だ。笑顔の伝染だ。まあ、でも笑顔なら伝染しても悪いことはあるまい。悪巧みとかの笑顔が伝染するのは困るけどな。こいつの場合は純粋な喜びの笑顔だ。だから特に問題はないだろう。

「う、うわあ! これ美味しい。美味しいよ」

 人面蜂はまるでラッパを鳴らす天使のように宙をぐるぐると周り喜びを体全体で表現した。

「なあ、所でさ……」

「な、なあに、飼い主さん」

「マラソン大会っていつ始まるの?」

 ここに来た誰もが思うであろう疑問。それを俺は口に出して言った。

 すると、人面蜂は腕時計を見るようなそぶりを見せた。

「ああ、やばい。やばい。あと十分でマラソン大会が始まってしまう」

「ちょ、お前何してんの? 早く教えろよ」

「ご、ごめんなさい。飼い主さん。でも、色々と僕達ごたごたがあったので……」

「わ、悪かったよ。疑って。でも、お前も悪いだろう? 勝手にウッキーを食べちゃうんだから。あれが持ってきた最後のウッキーだったんだからな」

「そ、そうだったのですか。それは申し訳なかったです」

「まあいいや、それより、早く準備をしなくちゃな。所でお前時計何か持っていないように見えるけれど、何で時間が分かったの?」

「ああ、それはですね。飼い主さんがまだレベルが低いから、魔法能力を身につけていないから僕の、能力の一つ、ホッタイモイジクルナ、が見えなかっただけですよ」

 ホッタイモイジクルナ? どこかで聞いたような気がするな。

 ああそうか。What time is it now?(今何時?)がホッタイモイジクルナに聞こえるっていう話を聞いたことがあるな。だから、時計の能力だから、ホッタイモイジクルナ……、か。くだらねえ。

 俺はそのネーミングセンスに苦笑した。だが、能力自体はこれからのマラソンの旅路でとても役に立つものになるだろう。

 そして、俺は今の会話で気になることがあったので聞いてみた。

「なあ、レベルが低いから魔法能力を身につけていないっていうことは、俺も魔法を使えるようになるっていうことか?」

「飼い主様、その通りでございます。あなたのレベルが上がれば上がるほど、あなたは肉体だけではなく、魔法力も強化されて、魔法が使えるようになるはずです」

「なる……はず?」

「は、はい。僕は全てのことを知っているわけではありませんので。ただ、今まで僕は案内役をしてきた人は数十人いるのですが、その全ての人はレベルが上がると皆、魔法を使えるようになりました」

「へえ、経験則っていうやつか。でも、今までの奴が皆魔法を使えるようになったんだったら、この俺も例外ではないだろう。それにマイちゃん言っていたしな。ここに来たら肉体を別の法則が支配するって。それが魔法を使えるような肉体になるっていうことなのかもしれないな」

 魔法、アニメや漫画の世界ではよく使われるが、それを実際に自分が使えるようになるかもしれない。そう思っただけで、俺はまるで世界の支配者にでもなったかのような気持ちになった。

「さあ、後、五分後ですよ。マラソンのスタートは」

 人面蜂の言葉で俺はその気持ちが一気に現実に引き戻された。

「やばいやばい。早く着替えなくては」

 俺はバッグに入れて持ってきた中学のサッカー部時代のユニフォームを手に取ると、すぐに着替えにとりかかった。

「これこれ、西中のユニフォームだ。懐かしいなあ。二年ぶりだなあ。これ着るの」

 俺はぶつぶつと呟きながら、中学のサッカー部時代のユニフォームに袖を通した。

 袖を通すと、若干ユニフォームが小さく感じられた気がしたが、それを打ち消すぐらいの様々な中学時代の思い出は甦ってきて、ああ、あんなこともあったなあ。こんなこともあったなあ。なんて俺はしばしの間感傷的な気持ちになった。

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