俺、いよいよ出発する。
「用意がいいじゃないか。バッグを持ってくるなんて、あ、もしかしてまだそのバッグに何も入っていないとか?」
男が言ったので、俺は少し笑い、バッグのチャックを開き中を見せた。
「わお、中に一杯荷物が入っているじゃないか。特にお菓子とかお菓子とかお菓子とか」
「どうだ。凄いだろう」
「うん。凄いね。それにしてもこんなにお菓子ばっかり食べていたら糖尿病になっちゃうよ?」
はははと、笑う男の声はどこか乾いていた。
「どうせ、そんなこと言ってもどこも心配なんてしちゃあ、いないんだろう?」
「あれっ? ばれた? おかしいなあ」
と男は悪ぶれる様子を微塵も見せない。
「さあ、これで準備は万端だ。レッツゴーするとしようか。レリゴーレリゴー、ありのままの俺の姿見せるわー」
「ずいぶんとご機嫌だね」
「……まあな。ってお前はずいぶんとコロコロとキャラを変えるんだな」
「ふふふ。まあ自分の場合は演出っていうやつかな」
「それにしても、登場したシーンはずいぶんと怖かったぞ。割れたガラスから覗く目が半端なくこわかったもん。お前役者に向いているよ。ホラー役や、極道物の」
「本当? 嬉しいな。今度こっそりと下界にやってきて地上人に紛れ込んで役者とかやってみようかしら……なんてね」
本当とも嘘ともつかなようなポーカーフェイスの表情で言う男に俺は少し、得体の知れない何かをどこか感じていた。まあ、それが地上人とのこの男との違いなんだろう。所でこいつの正体は天界人でいいのか? まだはっきりとは分かっていないんだけど。もう一回聞いてみるか。
「なあ、お前って天界人でいいの?」
「自分? 天界人とはちょっと違うなあ」
「じゃあ、何だよ。気になって眠れやしないじゃないか。今日18時間も寝ちゃったけど」
「ははっ。まあ、なんて言えばいいのかなあ。はざま男でも言えばいいのかなあ」
「はざま? マラソンをする、はざま寛平から取ってはざま男ってか? ふざけやがって」
「ちゃうちゃう。ワンワン。それはチャウチャウ。じゃなくて違う違う。はざまだよ。は・ざ・ま。狭い隙間の方のはざまだよ」
「何だと? そ、そうかそのはざまか。ということは狭間男ということはお前は地上と天空との狭間の世界に生きている人間なんだな」
「うーん。地上と天空との間というよりは宇宙の隙間に暮らしていると言った方が適切かもしれないね」
「宇宙の隙間だと? 何だそれは。恰好いいじゃないか」
俺は素直にかっけーと思い、言った。
「ありがとう。じゃあ、もうそれ以上のことはもう話をしている暇はもうないから、さっさと移動しよう」
「合点承知の助だ」
「なにそれ? ……まあいいや」
男は足を一歩まと一歩と踏み出し、俺の方に近づいて来た。
「な、何だ? 何をするつもりなんだ?」
俺はまた今朝のあの恐怖が少し蘇ってきて、一歩じりっと後ずさりした。
「は? 早くしてよ。マラソン大会に出場できなくてもいいの? 何その、ノリノリでバンジージャンプしようとして、いざ紐をくくりつけ、下の様子を見たら、飛びたくないみたいなリアクションは」
「いや、いやそういうんじゃないんだけどな。何かまだお前がどこか信用できないんだよ。また何かしそうでさ」
「はははっ。大丈夫だよ。もう何にもしやあしないから。それに約束しただろう。お前には変なことをしないって」
「そ、そうだな」
「あ、でもこれからマラソン大会をやっている狭間の世界へ君を移動させるに当たって転移魔法を使うけどね」
「て、転移魔法? お、お前魔法が使えるのか?」
「はあ? って何回も魔法をお前に見せたじゃないか」
「な、何回も……だと?」
俺はそう言われて、思案した。
そ、そう言えばこいつ不思議なことを何回かやったよな。割れたすりガラスを光と共に一瞬で直したり、玄関の鍵を開けたり、俺に金縛りをかけたり。
「何か、心当たり思い出した?」
愉快そうに口を開けて笑う男。
「ああ、割れたガラスを直したり、玄関を開けたりしたよなあ。そう言えば。あれが魔法だったとでもいうのか?」
「ご名答!」
「俺はてっきり、お前がマジシャンとでも思っていたよ」
「マジシャンかあ。ふーん。ああ、マジシャンも変わったこと色々するもんね。まあ、間違えられてもしょうがないかあ」
男は、少し不満そうな声音で言った。
「それにしてもそんな魔法が存在するとはな。特に驚いたのはピッキング魔法だ」
「まあね。魔法っていうぐらいだからね。不思議な術が一杯あるよね。玄関のドアを開けたのは、超初歩的な術だね。結界が張られているわけでもなかったしね」
「そうなのか。ふーん。まあいいや。じゃあ、それで何か全てが腑に落ちたよ。じゃあ、お前の言う通りにするとするか」
「ありがとさん。じゃあ、そこから動かないでね。もし途中で逃げようとかして、魔法陣の中から体がはみ出したりなんかしたら、大変だよ? はみだした体は転移出来ないから、自然と体がはみだした分、ちぎれることになる」
「お、おい、マジかよ」
「ああ、でも大丈夫動かなければいいだけの話さ」
とは言われても俺は急に怖くなったので、男の方にずいっと、近づいた。
本当は男にぎゅっと抱きつきたいぐらいの距離まで行きたかったのだが、それは流石に気持ちが悪いからやめた。俺にボーイズラブの趣味はないのだ。
「おお、どうやら心を開いてくれたようだね」
男は眉を上げて、少し意外そうな顔をした後、「もうその場所で大丈夫だよ。動かないでね」と言った。
俺は石化したかのように、微動だにせずに動きを止めた。
男が印のようなものを結んだ。おお、かっけー、忍者みたいだ。
すると男の髪の毛が銀色に光り、そして逆立ってきた。それは下敷きで頭をすりすりして、静電気で髪の毛を上げるやつの、もっと凄い版だった。
「※※※※※※※※※※※※※※※~!」
何やら聞きなれない言葉を男が発すると、俺と男の周りに輝く円形の魔法陣が姿を現した。
「じゃあ、行くよ。行きまっせ-!」
男が顔に似合わずノリノリで言ったので、俺もの声に合わせるように。
「そんじゃあ、行ってききまーす。さようなら地球ー!」と言った。




