男、家の中に入ってくる。
笑い切ったのか。一通り、笑いに笑った外の人間は再び、割れたすりガラスの向こうから顔を覗かせると、言った。
「おーい、玄関開けてくれー。俺不審な人間じゃないよー」
ふざけるな。こいつは一体何を言っているんだ? 自分が不審な人間じゃない、だと? 馬鹿にするのもいい加減にしやがれ。
ピンポンを鳴らし続け、その後、三々七拍子ピンポンに変換させ、電話線を切り、犬を使い玄関を開けさせようとさせ、開けないと分かったら、すりガラスをぶち破る。そして、人をおちょくったように、馬鹿にしたように、笑い転げる。そんな奴が、そんな人間が、不審な人間じゃない、だと? 一体どうやったらこんな人間に育つというのだ。こんな下衆な行為をしておいて、お前を不審じゃないと思う奴など、この世の中にいるはずはないだろう。
俺が考えていると、すりガラスの向こうの目が、少し笑った……ように見えた。
え……笑……った?
直後、ドアが玄関のドアがガチャリと開いた。
「失礼しまーす」
「な、何で……」
「えっ、だって玄関開いていたよ?」
「そ、そんなはずはない。俺は玄関ちゃんと閉めたはずだ。そう、間違いない。二回玄関の鍵が閉まっているのを二階の部屋に行く時に確認したはずだ」
「そうなの?」
「そ、そうだ。こう見えて俺はけっこうな、びびり、いや、慎重派なんでな」
「ふーん」
「どうやって玄関に侵入した。ピッキングか。それともサムゲターン回しか」
「それを言うなら、サムターン回しでしょ」
「そ、そうだ。それだ。それでお前は俺の家に侵入したのか?」
「いや、違うよ。これだよこれ」
そう言って玄関に侵入した男は、自身の手を頭の上でくるくると回すような仕草をした。
「何をしているんだ。お前は」
男は愉快そうに笑った。
「見て分かんない? 何か振っているように見えない?」
「何かを振っている? 何だ? 棒のような物を振っているような感じか?」
「そうそう! 大正解! それを使ってこの家の玄関を開けたんだよ」
「何を言っているんだ? お前は。お前の手に何も持っていないじゃないか」
「そりゃあ、そうだけど。そういう意味じゃなくてさ。まあいいや、見てれば分かるから」
「見てれば分かる?」
俺はオウム返しのように男の声を繰り返した。
すると、男は目をつぶった。そして、すぐさま目を開けると、「アイアイサ~!」と大きな声を出した。
何だ? 何をするつもりだ。もしかして爆弾でも俺に投げつけるつもりか。そしたらこのバットでお前にピッチャーライナーで打ち返してやる。
俺は男の手に注意を払った。
しかし、男は手に何も握らなかった。その代り、信じられない出来事が起こった。
それは、一瞬の出来事だった。
すりガラスが一瞬光に包まれると同時に、次の瞬間には、すりガラスは割れる前の、元の状態に戻っていたのだから。
「な、何だこれは? 一体何が起きたというんだ?」
俺は自身の目の前で起きた出来事が信じられなくて、目を疑うというよりは自分の脳を疑った。
もしかしたら目の前の男は催眠術師で俺の脳内の記憶をいつの間にか書き換えたのかもしれない。と、そんなことを思った。あるいは目の前の男は、マジシャンでマジックを使って俺を騙したのだ。もとから、すりガラスは割られてはおらず、割れているように見せかけていただけだったのかもしれない。と、すると……この状況で考えられるのはただ一つ……俺は周囲を見回した。そして男に言った。
「モニタリングか?」
「違うわ!!」
目の前の男が激しく突っ込んだ。突っ込んだことが一度もないような下手な突っ込み方だったが、感情はこもっていた。
「ち、違うのか。モニタリングじゃないのか」
「だから、違うって言っているだろう?」
「じゃあ、一体この状況は何なんだ? 俺はてっきり母親と父親が旅行に行くと俺を騙して、モニタリングに応募をして、俺を観察していたのかと思ったよ」
「何でそんな風に思ったんだ?」
「何でって。そりゃあ、誰だってこんな状況に陥ったら、そう思わざるを得ないよ。こんな非現実的な状況に陥ったらね」
「うーん。ああ、まあそうか。そりゃあそうだよなあ。たしかにちょっとやりすぎたかもしれないなあ」
「ちょっと? あれだけのことをしておいて、ちょっとやりすぎた……だと?」
「分かったよ。悪かったよ。やりすぎたよ。やりすぎましたよ。ごめんね。謝るから。電話線も元に戻しておいたから」
「謝る? 謝れば済むとでも思っているのか? 謝って済むんだったら警察はいらないよ?」
「小学生かよ。ってまあ、自分が悪いのは間違いがないんだろうけど。流石にやりすぎたよ。いくら久しぶりの下界だからって」
「外科医? お前は医者なのか? 分かったぞ。お前、昨日誰かの外科の手術をしたんだろう。それで、今日は休みで、昨日の疲れを癒すために、ストレスを発散させて、ガス抜きをさせるために、こうして一人でいる人を見つけて、脅しに来たんだろう?」
「いやいや、外科医じゃなくて、下界。下の世界っていう意味の下界」
「はあっ? 何言っちゃってんの? 下界? じゃあ、お前は天使なの? あるいは悪魔なの? そしてその天使や悪魔やらが下界の地上人を驚かせて、恐怖に震えさせるために地上に降り立ったっていうの?」
「いやいや、違うよ」
「じゃあ、何なの? 一体何が目的なの? 天界人さんとやらが。何の目的で俺の元にいらっしゃったの?」
「だからそれをこれから話すよ……」
「おう、早く話しやがれ。すっとこどっこい!」
「そう、切れるなって!」
「別に切れてないですよ。俺を切れさせたら大したもんですよ」
「ははは、君面白いね」
「いいから、早く話しやがれ!」
「分かった、分かったから。落ち着いて。どうどうどう」
「俺は犬じゃねえ!」
「はいはい。お座り! 待て!」
馬鹿にするんじゃねぇ! と俺は言おうと思った。だが、体が動かなかった。体が先ほどの金縛りと同じように動かなかったのだ。いや、先ほどは単純に恐怖からの金縛りだったが、今度のは……。違う。今度の金縛りは恐怖によっての金縛りではない。何か強大な力で抑えつけられているような。そんな感覚。
「こ……これは?」
「おお、すごい、声が出せるんだ? へぇ。やるじゃん。でも、それ以外はどうやら動かない様子だね」
「一……体……何……を……?」
「うん。単純な金縛りの術だね。まあ、今の君ではこの術から逃れられる術はないよ。たぶんだけどね」
金縛りの術……だと? じゃあ、やっぱりこいつは催眠術師かなんかか?
「もしかして催眠術師かなんかかと思っている? 残念。不正解です。俺の正体はさっき言った通り、天界人です。って天界人ともちょっと違うんだけどね。で、何の目的があって地上に降り立ったかっていうとね。それは使命を果たしに来たからです」
使命?
すると目の前の男は、懐からおもむろに封筒を取り出した。
「じゃじゃじゃじゃーん! 手紙ーー!!」
男が猫型ロボット風に取り出したのは、どこからどう見ても何の変哲もないただの手紙だった。




