玻璃の薔薇
ウィリアム・ウルフとローズ・カルンシュテインの婚約が決まったのは、ウィリアムが七歳の春だった。家同士のつまらない約束で、ローズはまだ二歳になったかならないかの赤子も同然だった。ウィリアムにとって何の興味も持てないことで、当時の彼は幼馴染でこの先国王になるエドワードとどうやってつまらない宴会を抜け出すかの計画を立てるのに忙しく、勝手に自分の未来が決まるなどとは考えもしなかった。
ローズを一言で表すならば、透き通る印象の娘だ。
だからと言って、水のようにすり抜けるわけではない。喩えるなら玻璃。少し硬質なのだ。
ほわわんとしていて、少しとろい。その癖に自分が決めたことは絶対に曲げない妙な女だ。特に、いとこのマーカラに叩かれるのが好きで、叩く相手は絶対にマーカラでなければいけないという妙なこだわりを持っていた。
輝く金の髪と笑みを絶やさない薔薇色の唇の愛らしい印象の女なのに、その性癖が全てを台無しにしているように思えた。
ローズは病弱で、大抵、自分の部屋で過ごす。狩りを自力で出来ずに、彼女の使用人がいつも、彼女の【食事】を運んでいた。
こんな、頼りない娘が婚約者だと思うと、少しばかり不安を感じたが、ウィリアムが彼女に惹かれるまで、そう、時間はかからなかった。
幼い時から、兄のように慕ってくれたし、口の悪いウィリアムの言葉をにこにこして聞き流せるだけの忍耐力を持っていた。
「ウィル、また来てくれたのね!」
出張を終え、故郷に戻ると必ず、ローズの部屋に寄る。一番最初に会うのはローズだ。
彼女はいつだって嬉しそうに駆けつけて、ぎゅっとウィリアムを抱きしめる。
「くっつくな。お前の馬鹿面を見に来たわけじゃない。お前の父親の機嫌取りだ」
そう言ってもローズはまったく気にする様子を見せない。
「私は、ウィルに会えて嬉しい」
笑顔でそう言われてしまうと、調子が狂う。
ローズの笑みはいつだって愛らしい。
ふわふわとした金の髪が、微かに顎をくすぐると、すぐに変化が解けそうになる。
ウィリアムは人狼だ。それも、かなりの大型の狼の姿を持っている。きっと人化を解けばローズも怯えてしまうだろう。
可愛い彼女を怯えさせたくないから、あまり近づけないようにしているのに、ローズはそんな彼の気持ちに気付かないのか、ぐいぐい近付いてくる。
「ウィル、また大活躍だったって、エドワード様がお手紙を下さったわ」
「……なぜお前がエドと手紙のやり取りをしている」
「あら、ウィルの婚約者だもの。ウィルのこと、色々知っておかないと」
ローズは陰でとんでもない権力を持っているのではないかと疑うが、実際彼女のいとこがとんでもない女なのだ。
莫大な資産と侯爵の地位を持つ夫をいいように操るマーカラが、裏で手を貸したに違いない。
もう、あの女と関わるなと何度か言ったが、ローズは聞く耳を持たない。
曰く、憧れの女らしい。
しかし、ローズがあの女のように次々に男達を誘惑するようになったら、きっとウィリアムは人型を保てなくなる。それどころか、怒りに任せてローズに牙を立ててしまうかもしれない。
翼手であるローズにとって、狼の牙は猛毒だ。
愛しているからこそ、触れられないのだ。
「あの女、最近夜会に顔を出さなくなったようだな」
「マーカラは、もう、ジョセフに夢中だもの」
「あいつが?」
信じられんとローズを見る。彼女は白い可愛らしい装飾の椅子を勧めるが、どうも、フリルと薔薇柄の椅子に座る気にはなれずに断る。
「お髭が熊みたいで可愛らしいんですって」
ローズはどこか楽しそうにそう言うと、もう一度椅子を勧める。
「こんなふりふりの椅子に俺のような大男が座ったら気持ち悪いだろう」
「あら、とっても可愛いわ。ウィルももっと可愛くするべきよ」
ローズはそう言って、白いフリルのヘッドドレスに白薔薇のコサージュを付け、ウィリアムの頭に乗せようとする。
「ふざけるな」
彼女の手を払えば、拗ねたように頬を膨らませる。
「可愛いのに。ウィルの為に作ったのよ?」
「俺は武人だ。可愛いとは無縁だ」
可愛いのはローズが居るから十分だという言葉は言えないまま消え去ってしまった。
思えば、一度もローズにちゃんと可愛いと言った事が無い気がする。
好きだとも、愛してるとも、一言も言えていない。
ただ、俺の態度でわかるだろうと、勝手にそう思っているだけかもしれない。
「私は、ウィルのこと、可愛いと思うし、ウィルが大好きよ」
ふわりとローズが笑うだけで包み込まれるような安心感がある。
心底この女が好きなのに、それを伝えられない。
どうしても、ローズにだけは素直になれない。
どうも、心のどこかで、男はそう言う言葉を口にしないものだとでも思っているのかもしれない。
情熱的な愛の囁きなど、ウィリアムには無縁だった。
そんな葛藤を隠すように、ローズの頬を抓れば、笑いながら痛いと言われる。
「お前……ほんっと、痛いのが好きな変態だな」
「えー、だって久々にウィルからローズに触れてくれたし……痛いことは気持ちいいことだよ」
ローズはいつだってそうだ。
叩かれて嬉しいのは、相手が触れてくれるからで、それが一種の愛情表現かなにかだと思い込んでいる。
確かに、ローズの両親はローズに無関心だ。病弱だし、もう、嫁ぎ相手が決まっているのだからそれほど手をかける必要も無い。
美人に生まれた妹達には散々贅沢をさせ、より、身分の高い相手に嫁がせようとしている。
ローズはもう用済みだ。
「……馬鹿な女だ」
ぽんと、軽く頭を叩けば、えへへと笑うローズ。
もっと出世して、いずれは国王の側近になって、ローズの親や妹達を見返してやりたい。
ローズを王妃の友人という立場にして、彼女を貶めようとした奴らを見返してやりたいと思う。
「俺は王となったエドワードの側近になる」
「うん。エドワード様も、ウィルをいつかは騎士団長にって言ってたし、そうなるよ」
ローズはその言葉の意味を分かっているのだろうか。
「お前が、一番傍でそれを見届けろ」
そう言うと、ローズは一瞬驚いたように目を見開きそれから少し血色の悪い頬を薔薇色に染めて笑んだ。
「うん。約束」
胸が高鳴るほど可愛らしい笑みだった。
それを見て、我慢できなくなり、少し強引に口づけた。
ローズの唇は想像以上に柔らかく、仄かに温かかった。
「ウルフ侯爵、聞いているの?」
目の前に、不満そうな顔をした、マーカラ・アオフリヒティヒ侯爵夫人が居る。
彼女こそ、ローズが最も憧れた女性だが、ウィリアムには未だにそれが理解できなかった。
「ああ、なんだった?」
「だから、次に生まれてくる子の名前の候補がもう思い浮かばないから、お前に名付けて欲しいって言ったの」
彼女はそう言いながら抱きかかえた赤ん坊をあやす。
既に三十人の子を産んだというのに、まだ足りないのかと言いたくなる。
「……一体何人産む気だ?」
呆れて訊ねれば、マーカラ自身が溜息をつく。
「ジョセフに聞いておくれ。まったく、こっちだって体が持たないよ。そろそろ眠りたいのに……あの馬鹿が万年発情期のおかげでこれだ」
一番最初の娘が生まれた時は涙を流して喜んだマーカラも、既に子供にはうんざりしている様子だ。しかも、未だに娘が一番可愛いのだという。
「もう男にはうんざりだよ。そろそろ女の子が欲しい」
「また、男なのか?」
「さぁね。娘が生まれたらブランシェとお揃いのドレスを着せるのに」
マーカラは少し疲れた様子でそう言った。
彼女がどんなに望んでも、恐らくはブランシェは妹とお揃いのドレスなど着ないだろう。
「ブランシェはもう嫁いだんじゃなかったか?」
「まさか。婿養子に迎えたんだよ。ラファを。あの子、近頃エドワードのお気に入りだって言うじゃないの」
「いや、ミシェルの方が気に入っている。まぁ、天人が珍しいのだろう。どうせすぐ飽きる。あの娘は飽きっぽい」
最早エドワードの娘が立派とは言いがたいかもしれないが、国王の座にあるというのに、ウィリアムは未だに、ローズを忘れられずに居る。
だからこそ、こうしてマーカラと会ってしまうのだ。
「お前ねぇ、そろそろ嫁をとったらどうだい? そりゃあ、ローズは可愛かったかもしれないけど、あんな馬鹿は他に見つからないかもしれないけど、妥協すればそれなりの女はいるだろうに」
「あの馬鹿面が夢に出てな。どうも、俺にはあのくらい馬鹿でないとダメらしい」
ローズを失ってもう四百年だ。
なのに、一日として、彼女を忘れることなど出来ない。
「お前も……一途な男ねぇ。ジョセフもそのくらい、私を想ってくれるかしら……」
「アオフリヒティヒ侯爵なら、お前が死んだらすぐに後を追うだろうに」
「馬鹿ね、させないわよ。こんなに沢山子を産んだんだ。全員立派に育て上げてもらわないと」
マーカラはそう言って赤ん坊の額にキスをする。
この子の名はなんだっただろう。多すぎて分からない。
「アーノルドだったか?」
「アーサーよ。まったく、多すぎて私も時々間違えるって言うのに、ジョセフのヤツ、ちゃんと全員識別しているから驚くわ」
マーカラはそう言ってまた深い溜息を吐く。
「マーカラ、朗報だ。次は、女の子みたいだよ」
錆び色の髭に覆われた顔を綻ばせ、アオフリヒティヒ侯爵が駆け込んでくる。
「おや、やっとかい」
マーカラはどこか安心した様子を見せる。
「もう男はこりごりだって言ってたんだよ。名前も覚えきれないじゃないか」
「ブランシェも喜んでくれるといいのだけど。あの子、こないだ、次も弟だったらもう報告はいらないなんて言っていたからね」
侯爵はそう言って、妻のお腹に触れる。
「それで? ウルフ侯爵、私の娘の名をはやく決めておくれよ」
マーカラはからかうように言った。
急に言われても、とっさになど思い浮かばない。
「馬鹿だね、こういうときは、出会った中で一番美しい女の名をつけるものだよ」
まるで挑発するような笑みを浮かべるマーカラ。
つまり、こういうことだろうか。
「俺は、ローズ以上に美しい女を知らない」
彼女の名を、その子に与えていいのだろうか。
「あの馬鹿よりは賢くなってくれるといいのだけどねぇ」
「カルンシュテインの女は、頭は悪くないだろう。ローズだって学力は極めて高かった。ただ、ちょっと性癖が特殊だっただけだ」
「あれはカルンシュテインの血が薄かったに違いない。まったく、叩かれて喜ぶ娘になったら困るよ」
それでも、マーカラはどこか嬉しそうだった。
ああ、ローズと同じ名前を持って、同じ一族の血を引く娘が生まれる。
そう思おうと、寂しいような嬉しいような複雑な感情がこみ上げる。
「ああ、お前の嫁には絶対やらないから安心おし」
マーカラはそう言ってぐずり始めたアーサーをあやす。
彼女は子供に対してかなり過保護で、教育熱心だ。
しかし、大分慣れたのだろう、昔ほどは慌てていない。
「ブランシェが生まれたばかりの頃はあの子が泣くたびに大慌てだったくせに」
「お黙り。ブランシェは可愛かったのだから仕方ないだろう。未だにあんな可愛い子は居ないと思ってるわよ」
すっかり大きくなって寂しいとマーカラは言う。
どうも、マーカラが、あのローズと同じ血を引いているとは思えない。おそらく、ローズが母親になっても、マーカラほどは過保護ではなかっただろう。寧ろ放任主義だったのではないかとさえ思う。
そう、思ったところで、やはり、ウィリアムの子を産むのはローズであって欲しかったと思う。
「未だに、彼女の子が抱きたいと思う」
「……魔術師でも雇って過去に飛んであの馬鹿を攫って来たら? 全く、あんな頭の悪い女のどこがいいのやら」
マーカラはそう言って背を向けてしまう。相変わらず、自分が一番でなければ気に入らないらしい。
長い付き合いではあるが、扱いにくい女だ。
「まぁ、ウィルもそのうち、だよ。まぁ、もしかしたら巡り逢えずに生涯を終えるかもしれないけど」
アオフリヒティヒ侯爵は笑うが、その通りかもしれない。
憎き狩人によって命を奪われたローズ。未だ、復讐を果たせてはいない。寧ろ、あの男は寿命が尽きただろう。
未だに、あの日を忘れられない。
「まったく、さっさとお前が国王のお守りになってくれないと、可愛いブランシェが里帰りもしてくれないじゃないの」
「ブランシェは、今の生活が気に入っているみたいだぞ。あの幼い陛下がお気に入りらしい。煙草を片手に机を叩いている姿をよく見かけるぞ」
「……ほんっと、私に似て短気なのよ。困るわ」
マーカラは笑う。
本当に、ローズとは全く似ていない。
「きっと、次の娘もあの女とは全く似ないだろうな」
「いいじゃない。賢く育つわ」
マーカラはそう言って欠伸をした。
ああ、そういえば、別れの数日前。
眠る必要の無いローズが欠伸をしていた。
「翼手って言うのは、ある日突然眠りを必要とするものなのか?」
不思議に思って問う。
エドワードは眠りの真似事はするが、本当に眠ったりはしない。
「カルンシュテインの女は、なぜか、必要になるみたいよ。多分、恋に命を削っているせいね」
マーカラはそう言って、夫に寄り添う。
彼女の言葉をどの程度信じていいものか。
「ローズは、夢を見たのだろうか?」
「さぁね。けど……そう、長くは生きられないとよく口にしていたねぇ。お前を一人にしてしまうと」
そう言った彼女は、思い出したように、鏡台の引き出しを開ける。
「これ、お前に渡そうと思って、忘れていたわ」
彼女が差し出したのは小さな飾り箱だった。薔薇の装飾が施されている。
「これは?」
「あの子が、くたばる三日くらい前にね、暫く預かって欲しいって」
箱を開ければ、いつだったか、ローズに渡した玻璃の薔薇がついた指輪が入っていた。
そのうちちゃんとしたのをやるから間に合わせだと言って渡したら、これがいいから他はいらないと言われてしまった。
新しく、紅玉の指輪を作らせたのだが、結局渡せなかった。
箱の中に、小さな紙が入っている。
ローズの文字だった。
「……あの馬鹿。この手で殺すべきだった」
「仕方ないでしょ。馬鹿なんだから。アレに惚れたお前が悪い」
愛すべき人に渡して。
そんな言葉が書かれていた。
他にいるものか。苦情を言いたくても、最早彼女は居ない。
「まぁ、記念にとっておいたら?」
「……ああ」
あの馬鹿女。
余計に忘れられなくなるだろう。
「やっぱり、ローズの名はやれないな」
「ん?」
「レイチェルにしよう。俺の祖母の名だ」
「おやまぁ、そんなにありふれた名を私の娘に付けるつもりかい?」
「ローズだってありふれてるだろう」
そう言うとマーカラは笑う。
「困った男だねぇ。未練たらたらじゃないの」
なんと言われようと、ローズ以上の女はいないとウィリアムの本能は知っている。
「マーカラ、本気でほれたら、誰がなんと言おうと、その相手のことしか考えられなくなるものだよ。それとも、君は違うのかな?」
優しく笑むアオフリヒティヒ侯爵は、まさか彼のほうが主だとは思えないほどにマーカラに執着している。
「お前、そう言う言い方はずるいじゃないの」
わざと拗ねたしぐさを取る彼女は、確かに少しだけローズと似ている。拗ねた時に頬を膨らませる仕種は、ローズと一緒だ。
「カルンシュテインの女は、みんな同じ拗ね方をするらしい」
そう、からかえばぎろりと睨まれる。
つい、マーカラと会ってしまうのは、きっとなんとか彼女の中にローズを探そうとしているからだ。
もう、はっきり顔を思い出せないのに、まだ、彼女に執着している。
このままじゃ、いけないと、分かっている。けれども、止められそうにない。
ならばせめて。
彼女の愛したものを護ることに生涯を捧げようと思う。
「ああ、アオフリヒティヒ侯爵、残念な知らせだ。俺は、しばらくこの地に留まる」
「あれ? なんかあったっけ?」
侯爵はきょとんとした目でウィリアムを見た。
「近頃、魚人の動きが活発だからな。陛下が気づく前に何とかしろとエドワードがうるさい」
過保護なものだと呆れるが、今のところ、ミシェルは大きな問題は起こしていない。少しばかり外遊好きなのは、エドワードがなんとか誤魔化している。
まだ若い。外を知るべきだ。
「ふぅん。女王陛下になってから、どうも……騒がしいね。ブランシェに聞いたよ。龍が頻繁に降りるそうじゃないか。そのうちの一人がラファに瓜二つだって」
「さぁな。俺は龍帝しか見たことが無いが、陛下は龍が気に入ったらしい」
龍が存在するということはきっと天も存在するのだろう。俗に神と呼ぶ存在が実在するのであれば、そいつらは、ウィリアムからローズを奪った憎むべき存在だ。
「白い服の女に用心しろと、エドワードは言っていたが、ここらには現れたか?」
「白い服の女なんてどこにでも居るだろう。ねぇ、マーカラ?」
「まぁね。けど、それって、もしかして、家の前で泣くって言う?」
「ああ」
一度、すれ違ったことがある。
ローズの家の前で泣いていたあの女だ。
「それ、龍なの?」
マーカラは好奇心を剥き出しで訊ねる。
「おそらくな」
知らないなら、もう、ここは用済みだ。
ウィリアムは形式的な挨拶を残してアオフリヒティヒ侯爵の屋敷を後にする。
少し離れたところで、白い装束の女とすれ違った。
あの女だ。
あの日から、全く姿を変えない女は、今日は泣いていない。
「待て」
思わず声を掛ければ、一瞬驚いた顔を見せられる。
「私に何か用?」
「……ローズを、ローズを殺したのはお前か?」
違う。あれは狩人の仕業だと分かっている。けれども、訊ねずにはいられなかった。
「私は、誰も殺しません。私の仕事は、ただ、告げるだけです」
女は淡々と答える。
「ここに、何をしに来た?」
「……仕事です」
彼女はそう答え、まっすぐ、侯爵の屋敷に向う。
嫌な予感がする。
ウィリアムの直感は、かなり正確だ。
マーカラに、何かよくないことがある。
そう、本能が告げているが、だからといって、ウィリアムにできることなどない。
気付かない不利をして、宿に向う。
あの白い女は、きっと不幸を運んでくるに違いないが、その力に抵抗する術はない。
気がつけば、玻璃の薔薇の指輪を握り締めている。
もし、祈りが届くなら。
マーカラは、ローズと同じ運命を辿らないで欲しい。
まだ、あの鮮血の記憶が消えない。
ウィリアムは、目の前の絶望から目を背け、宿の部屋の鍵をしっかりと掛けた。