ポッキーゲーム
「さーってと、皆さん集まりましたかっ?」
「何だその他人行儀な喋り方は……」
俺、朝日誠は今の発言の主である片桐さつきにそう言う。もう肌寒くなってきた11月下旬のある放課後、ここに集められたのはいつもの幼馴染四人組であった。他にいるのは俺の親友である相原真悟、そして、
「まあまあ、誠君。そんなにツッコんでばっかりいると疲れちゃうよ? 気楽に気楽に、ねっ?」
「あ、ああ……」
この発言の主、さつきの親友であり、なおかつ俺の好きな人である間宮夏穂である。俺もどうしても彼女の言うことには反論できない。こう、何と言うか意見を否定してしまうのは彼女に嫌われてしまいそうな、そんな気がするのである。
「相変わらず夏穂には頭が上がらないなお前……」
「うるさい、ほっとけ!」
真悟の呆れたような一言に俺は一発真悟の頭を殴った。
「さて、茶番はそんなもんでいい?」
「そもそもお前のせいだろうがっ!」
さつきはボケ要員も兼ねている。こんな風にツッコまれることもしばしばだ。主にツッコむのが俺一人なのは一番の疑問なんだが。
「……で、さつき、何で俺達四人をこんなところに呼んだんだよ? もう俺たち高三だぞ?」
そして真悟が本題に戻す。俺たちはもう高三、全員が大学受験に必死になっているところであった。自慢ではないが、俺たちが通っているのは進学校で、みんなそれなりに頭は良かった。
「いや、ね、あたしたちももう卒業じゃない。だから、中学の時みたいなノリで、また4人で最後何かやりたいなって思ったの」
『中学……』
全員渋い顔をする。確かあの時は最初にくしゃみした人が負けとか言うゲームで寒空の中Tシャツ一枚で5時間も外にいたせいで、さつきを除く全員が風邪をひいて寝込んだという嫌な思い出がある。言い出しっぺが風邪を引かないというのはよくある話だとは思っていたが、実際なってみるとこれほどムカつくことはないと思ったのは俺の黒歴史ワースト3に入っている。
「あ、さすがに今回は前みたいなバカなことはしないから安心して!」
「……」
全員ジト目でさつきを見る。
「本当だってば!」
「……じゃあ聞くけど、今回は何をやる気なんだよ?」
必死に否定するさつきに、俺はやや呆れ顔でこう聞く。
「それはね……これよ!」
待ってましたとばかりにさつきは持ってきたカバンの中から何かの箱を取り出す。それを見た俺たち全員は一気に疑問の表情を浮かべる。
「それ……ポッキー、だよな?」
それは、誰がどこからどう見ても未開封のチョコレート味ポッキーだった。
「そうよ! 私が考えたのは何と言っても『ポッキーゲーム』なんだから!」
『ポッキーゲーム……?』
一同は俺も含めて声をそろえて首を傾げた。ポッキーゲームと言えば、皆さんご存知のあれだろう。ポッキーを両サイドから食べて、唇が振れるか触れないかギリギリのところまでポッキーを食べるあれだ。合コンなどの席でやると盛り上がるし、意中の男性や女性と上手く行けばキスまですることができる夢のようなゲームである。が、
「どうしてそれを私たちでやるの?」
夏穂の疑問はもっともであった。俺たちは見知らぬ仲ではない。小学生からの幼馴染である。別に親睦を深める必要もなければ、特に盛り上がりを求めているわけでもない。俺にとっては夏穂とできる可能性もある訳で、まあ損ばかりではないが。しかし、さつきは首を横に振る。
「そのポッキーゲームじゃないわよ。第一それじゃ私が考えてないでしょ?」
「……確かに。じゃあいったいどんなゲームなんだよ?」
俺はさつきにそう聞くが、
「説明しようかとも思ったんだけど……。もう放課後でしょ。だから、別の日にしようと思うの。で、やるのは12月23日に学校の裏山手前の広場でどう?」
「……えっと、12月の23日だな……って天皇誕生日じゃねーか! 第一何で11月11日にしなかったんだよ? ポッキーの日だし一番都合良いじゃねーか!」
片桐のその提案があまりにツッコミどころ満載すぎたので、とりあえずツッコむ俺。ちなみに真悟と間宮はそれをニヤニヤしながら見守っている。何だこいつら。
「あのね、確かにポッキーの日は11月11日だけど、それをあえてイブイブにすることによって、企業のありきたりな提案を変えてるのよ。そう、これはいわば私から始まるポッキーというか棒状のおかしの改革、改革なのよ!」
「……そんな選挙演説みたいに言われても。まあいいや、じゃあとりあえずその日に広場に行けばいいんだな?」
俺は諦めてさつきの提案に乗ることにした。こいつは昔からこういうやつだ。一度言い出したら聞かないのである。
「うん、じゃ、みんな忘れないようにね!」
「おう」
「あいよ」
「分かったー」
さつきは言いたいことだけ言って帰って行った。
「あいつ、相変わらずだな……」
「でも、さつきがいたから俺たち今でも仲良くいられるんだろ?」
「それはそうなんだけど」
真悟にそれを言われると何も言い返せない。
「ま、しょうがない、あいつの最後のわがままだと思って聞いてやろうぜ。俺達みんなもうあんまり集まる機会もないんだろうし」
真悟の言うことはもっともだった。俺は国立の大学、真悟は私立の大学を受験、夏穂は学年トップの成績で有名私立大学に推薦合格し、さつきは地元の短大を受験する。もう全員が集まれるのはおそらくこの先あまりないだろう。
「……」
何も起きなければいいなと思う反面、最後にあいつはどんなことをしてくれるのだろう、というワクワク感も俺の中ではひしめいている、何とも複雑な心境だった。
そして12月23日、ポッキーゲーム当日。
「……何でジャージなんだよさつき?」
ピンクのジャージ姿のさつきを見て俺はこう聞いた。ちなみに他は真悟が黒のコートにジーパン、夏穂がロングスカートに上が白のTシャツにベージュのカーディガン、俺が白のセーターに紺のスラックスといった格好だ。さつきの格好以前に何かよく分からないコバルトブルーの仮設トイレのような建物も気になったが、これはさつきに聞いても仕方ない。何せ今までなかったものなのだから。
「これから動くからよ」
一方のさつきは何言ってるの、とこう言った。
『動く?』
声をそろえて疑問を口にする一同。
「だって裏山まで来たのよ。そりゃ体の一つくらいは動かすって」
「あ、あのさ、さつき、これってポッキーゲームしに来たんだよな?」
あれだけ俺を諭していた真悟すらもさつきを疑う始末である。
「そうよ。ルールは今から説明するから安心して!」
「い、いやそうじゃなくてだな……」
「じゃあ説明するわよー!」
始まった、と俺は思う。さつきには説明を始めると一切人の話を聞かないいわゆる馬の耳に念仏モードというものが存在するのだ。夏穂がやれやれという表情で見ているところを見ると、どうやらあいつも俺と同じ考えに至ったようである。同時に真悟もしぶしぶ俺の隣に戻ってきた。
「……今回大丈夫なのかな?」
「俺に聞くなよ……」
俺と真悟がひそひそ声で相談している中、説明は始まった。
「ルールは簡単よ! 今から全員に配るこのポッキーが全部折られるか無くすかしたら負け! 行動範囲はこの裏山全部ね、以上!」
『はやっ!』
俺達がそう言っている間には、俺たち全員がポッキー3本を握らされていた。
「おいそんなんが今日のゲームなのか? だったら俺帰るぞ!」
真悟が帰ろうとする。ところが、
「シンちゃん、説明は最後まで聞こうよ。あたしがしたのはルール説明までだよ?」
「……おい、まだあるのか?」
さつきはそんなのは予想済みだと真悟を引き留める。
「じゃあ聞くけど、これ以上何の説明があるってんだよ?」
「そうね。私もよく分からないなぁ……」
夏穂すら分からないらしい。さつきは得意げな顔になる。
「まず、裏山から出たらその時点で失格ね。で、この裏山には私が一か月かけて色んなトラップを仕掛けといたから、引っかからないように頑張ってね! それと……」
「……それと?」
俺がその先を促す。
「つまらないから罰ゲーム用意してみました! その罰ゲームの名前は、そう、ポッキーゲームです!」
「つまらないからって何だ! そんな理由で罰ゲーム用意すんな!」
俺がツッコむ一方、真悟と夏穂はニヤニヤしながら俺を見る。だから何だこいつら。そもそもさっき俺と同じ立ち位置にいなかったか二人とも。
「で、そのポッキーゲームってのはもちろん本家なんだろ?」
俺はやれやれとさつきを見る。
「もちのろんよ! つまりここから出たら、誰とかは分からないけど確実にポッキーゲームの餌食になるってこと。どう、ちょっとはやる気になった?」
「……うっわー」
真悟が嘆く。とそこで、夏穂がおずおずと手を挙げた。
「でも、私スカートなんだけど……。あんまり派手に動けない分みんなより不利になっちゃうよ?」
「心配ないわ。あたしが夏穂の分のジャージも持ってきたから、あそこに作った仮設の更衣室で着替えてきて」
さつきの指差した方向を見ると、先ほどのよく分からない建造物があった。そうかあれは更衣室だったのか。夏穂はさつきからジャージを借りると、その中へと着替えに行った。
「相変わらず準備いいのな」
「まぁ、今回は一か月も準備期間があったからね。いろいろ頑張ってみたの」
さつきはドヤ顔をする。この能力を他に生かす場所はないのか本気で考えてしまう俺である。昔から行事ごとになると張り切る正確なのは知っていたが、今回はちょっとスケールが違う。何せ裏山全てを使っているのだから。
「……そういえば、俺1つ気になることがあるんだけど」
「何シンちゃん?」
「あのさ、トラップしかけたのお前だよな? このままだとお前が圧倒的に有利な気がするんだけど」
「あー、実は自信満々に言ったんだけど、トラップしかけたのはあたしじゃないんだー。あたしの親に頼んでね。デモンストレーション用の罠がどこにあるかしか教えてもらってないから、公平性はバッチリよ!」
「……だから何でそんなに準備いいんだよ」
これはもう才能と呼んだ方がいいだろう。ちょっと凡人には理解できないくらい手の込み方が違う。
「着替えてきたよー♪」
そんな話をしていると、夏穂が戻ってきた。その姿を見た俺は思わず生唾を飲み込む。彼女が着てきたのは赤いジャージだ。割と俺の好みは年上の女性や大人っぽい女性なのだが、その中でも先生は俺が一番好きな年上のジャンルであった。しかも、女性の体育教師といえば赤いジャージ、というのが俺の中で形成されていたため、このチョイスは夏穂を女性教師に見立てた場合どストライクで、さらに彼女の抜群のスタイルがジャージによってより強調されているために、俺は危うく鼻血を吹いて倒れるところだった。
「どう、マコ、あたしの準備?」
「……ああ、完璧すぎるぜさつき! お前は最高の幼馴染だ!」
さつきと俺はがっちりと握手を交わしていた。
「……何だこいつら」
その少し離れたところでは、真悟が呆れたように俺たち二人を見ていた。
「じゃあ、デモンストレーション用のトラップ踏むよー!」
さつきがそう言う。俺たちは先ほどの更衣室のところに3人固まっていた。さつきが、
「あたしの親も何するか分からないからね。みんなは離れてて。最初の罠にかかるのはあたしだけで十分だから」
と言ったので、その言葉に甘えることにしたのだ。というか、俺たち全員罠に引っかかりたくはなかった、というのが本音にはあったのだが。
「いいぞー!」
俺がそう叫ぶと同時に、さつきはその場所を踏んだ。何でもデモンストレーション用のトラップだけはスイッチ式になっているので、ボタンを踏めば発動するらしい。
(ゴゴゴゴゴゴゴゴ!)
「お、おい何だこの音!」
「しかもさつきじゃなくて私たちの近くから聞こえてくるんだけど!」
真悟と夏穂がややパニックに陥る。そしてそれが何の音だったのかはまもなく分かることとなった。
「後ろだ! 後ろの更衣室が何かおかしなことになってる!」
俺が叫ぶと同時に3人は走り出していた。少し離れると、その音は止んだ。俺は先ほどまで更衣室があった方を振り返る。
「おい何だよこれ……?」
更衣室はどこがどうなったのか、ちょうど2人分が入れる檻のようなものになっていた。あと数秒遅れていたら俺たち3人全員あの檻の中に閉じ込められていたことだろう。すると、さつきが俺たちの方に寄ってきた。
「ゴメン、説明が裏面まであったからそれ読み忘れてた。これはトラップなんだけど、同時にポッキーが全部折れちゃった人を閉じ込めておく檻にもなってるみたい」
「おいこんなんばっかりだったら俺たち全員生きて帰れるかどうかすら分かんねーぞ!」
俺も含め3人全員がさつきに抗議した。しかし、さつきはその紙の裏面を俺たちに見せると、こう言った。
「それは大丈夫みたい。あたしの親曰く、これは作りたかっただけらしいから」
裏面を見ると、これは単純に作りたかっただけだから心配するな、という書き置きがあった。
「じゃあこれ何のためのデモンストレーションだったんだよ!」
「……あはは、ゴメンねー」
しかしこればっかりはさつきに文句を言っても仕方ない。俺はため息をついて、
「まあいいや、じゃあ始めようぜ」
そう言った。しかし、
「あ、そうそう、渡し忘れてたものがあったの」
さつきはさらに何やらレーダーのようなものを全員に手渡した。ボタンが二つ付いていて、右は青、左は赤だった。
「……何だこれ?」
「何かゲームスタート前に赤ボタン、現在状況を知りたいときには青ボタンを押せって言ってたけど、あたしもよく知らない」
「こっちのが説明必要だったんじゃないのか……。結局赤ボタンが何なのか分からないままじゃねーか」
「もう何言っても始まらなさそうだし、とりあえず始めようぜ」
もはや真悟も諦める。何が起こるか怖いところではあるが、とりあえずこれは使わないといけないようだ。
「じゃあみんな、せーので押すよ」
『OK!』
全員頷く。
「せーの!」
さつきの掛け声と同時に、全員がボタンを押す。すると、俺たち全員の姿は広場から消えていた。後には静寂が残るだけだったという。
「あれっ?」
俺は周りの景色がいきなり木々に囲まれている現状に驚いた。そして気付くと周りには誰もいない。一緒にいた夏穂もさつきも真悟もどこかへ消えてしまった。
「……ってことは、この赤いボタンは多分、ワープ装置みたいなもんなんだろうな」
俺の考えは自然とその方向に落ち着いた。そうでもないと今の出来事の説明がつかない。おそらく全員を別々に飛ばすようにプログラムされていたのだろう。
「こんなの作れる時点でさつきの親は既にノーベル賞もんの人たちだな、うん」
もういろいろ個人のレベルを超えている。ツッコみなれてしまったのかもう驚きすら感じなくなっていた。
「そういや、現在状況を知りたいときは青ボタンだったっけか?」
俺は青ボタンを押した。すると、全員の名前と場所、そして残りポッキーの本数が表示されていた。どうも4人全員を均等な位置まで飛ばすという親切設計のせいで誰かと出会うには相当な時間がかかりそうだ。しかし、そんなことよりも重大な問題があった。それはそのポッキー本数の表示方法と表示位置である。
「……シリアスな状況なのに何だこのシュールな画面」
というのも、電池の表示方法が携帯電波と同じ表示方法で、まるで俺たち自体が電波として情報を飛ばしあっているかのようになっていたからである。
「別に3本の長さまで携帯の表示形式に合わせなくても良かったのに……ってあれ?」
そう分かったのは全員そうなっていたからなのだが、よく見ると何故か真悟のポッキー本数だけ一本減っていた。
「あいつ何やったんだいったい……?」
すると、画面に『トラップ』の文字が表示された。どうもこの機械、人の声に反応していろいろ動いてくれるらしい。この表示の分だと、おそらく真悟はトラップにポッキーを折られたのだろう。
「ハイテクなはずなんだが、怖いな……」
俺は背筋が凍る感覚を覚えながら、ひとまず歩き出すことにした。
「ん、枯葉……だよな?」
俺がしばらく歩くと、地面に枯葉が敷き詰められていた。問題は、その落ち葉が一か所にかき集められていたことである。
「……これ絶対落とし穴だな」
俺はそう推測する。だが、よく考えてみると、こんな分かりやすいトラップがあるのだろうか。そこで俺はよく地面を見る。すると、その先の地面の色が微妙に違っていた。
「なるほど、俺がジャンプして避けることまで見越してその手前に落ち葉を敷くブラフ、さすがさつきの両親……」
俺は特に避けずに歩くことにした。きっと落ち葉の先が落とし穴になっているのだろうと思ったからである。ところが、
「うわっ!」
俺は全身がすっぽり埋まるくらいの深さの落とし穴に落ちた。どうやら落ち葉の先に俺が目が行くことまで見越してさつきの両親は落ち葉の真下に落とし穴を仕掛けたようだ。下にスポンジが敷いてあったおかげで怪我はせずに済んだものの、代わりに手に持っていた一本のポッキーを落とした上に別のポッキーを力を入れすぎたせいで折ってしまった。
「さすがさつきの両親、あなどれん……」
俺は落とし穴から抜け出すと、落としてしまったポッキーを拾い、折れてしまったポッキーを食べた。少しほろ苦い味がした。
「……ん、誰か近くにいるぞ?」
機械の反応によると、落とし穴から上がってきた俺の近くにどうやら誰かが来たらしい。が、誰が来たのかまでは俺が機械に呼びかけても反応がなかった。
「何でエンカウントするまで誰が来たのか分からない方式にしたんだよ、これじゃ、育成RPGゲームじゃねーか……」
「あたしの親だからねー、何考えてるのかはあたしにも分からないのよ、うん」
俺が呟いていると、頭上から声がした。俺はその方向を見上げる。
「さつきだったのか」
そこにいたのはさつきだった。
「普通ならここでポッキーを折りにかかるところなんだけど、今回は最初だから何か気になったとことかあったら質問してくれていいよ」
「気になったところねぇ……。あ、そういや何でこんなに早く俺のところに来たんだ?」
俺は思いついた疑問をそのままさつきにぶつけてみた。確か距離的には全員均等に離れていたはずで、さつきがこんなに早くここに着くはずはないのだが……。
「さっすがマコ、目の付け所が違うね。あたしが今ここにいるのは、この赤ボタンを押したおかげよ」
「赤ボタンってゲーム開始しか使わないんじゃなかったっけ?」
俺が聞く。すると、さつきは説明をしてくれた。
「このレーダーにガイド機能がついてるのはマコなら分かってると思うんだけど、これには取扱説明書的な機能もついてるらしくてね」
「何で俺がガイド機能がついてるのを知ってることを知ってんだお前は……」
「それもこのレーダーに表示されるのよ。つまり、誰が何をしたのかは筒抜けってわけ」
つまり、レーダーを使って動かした機能は筒抜けなのに、誰が近寄ってきたのかは分からない仕様となっているらしい。訳が分からん。
「……もうツッコむのは止めるから取説機能の説明に戻してくれ」
「了解。多分あたしの提案とかよりツッコミどころ満載だから、気にしたら負けだと思う」
さつきはそう前置きしてから説明を始めた。
「このレーダーに取説って言うと、取説機能を表示してくれるの」
「……それ移動する前に使えば良かったんじゃね?」
当然俺でなくとも誰もが思うところだろう。
「だってあたしも知らなかったんだもの。取説出てきたらいいなーって言ったらホントに出てきてびっくりしたくらいなんだから」
「せめて自分の子供くらいには最低限の説明しとこうぜ……」
呆れて俺はため息をつく。
「で、さっきのワープ機能はどうやら3回しか使えないみたいなの。あたしはみんなに説明するのに全部使っちゃったから、もうこれ以上ワープできないみたい」
「ちょっと待て、お前が最初に脱落したら下までどうやって戻るんだよ?」
確かに赤ボタンを押した直後にここにワープしてきたのだから、戻る手段くらいは用意してくれているだろうとは思っていた。だが、今の話ではワープできないことになってしまい、このトラップ地獄の中をひたすらかいくぐって下に降りなければならない。
「あー、それは大丈夫。ポッキーがなくなったら赤ボタンを押せば、強制的に下まで戻されるようになってるみたいだから。ゲーム内でのワープ機能が使えないようになってるだけみたい」
「どっちにしても訳分からん。たかが子供の遊びに手込みすぎじゃないのかお前の親……。俺落とし穴に落ちたぜ?」
俺はやれやれと言った様子で首を振るが、
「あたしは歩いてたらほっぺにこんにゃくが触ってきたり、トマトケチャップがたっぷり入った手袋が上から落ちてきて心臓止まるかと思ったわ」
「肝試しかよ! お前の親やっぱり何かいろいろ勘違いしてんじゃねーか?」
トラップが意味不明な方向にいっているところを見ると、さつきの両親はトラップってこんなもんだろうというひと昔前の考えでトラップを仕掛けたらしい。よく考えてみれば落とし穴にしろこんにゃくにしろ、今の時代にはあまり、というか全く使われていない。
「あたしもアニメか何かを見て作ったんじゃないかと思ってるわ。こんなのあたしが考えてたトラップを軽く超えてるもの」
「はた迷惑なことこの上ねーな……」
ここまで非現実的なトラップを自分の子供が食らう可能性があることは思いつかなかったのだろうか。これであながちそれすら考えた上でこのトラップを作ったような気がするから笑えない。例えば落とし穴は怪我をしないように下にスポンジが敷かれていた安全設計だったし、手袋にしろこんにゃくにしろ、怪我に結びつくことはない気がする。最低限の配慮はしてあるのだろう。
「という訳で、これでとりあえずあたしの説明は終わりかな。ここからはマコのターン。好きなのを選んでいいわよ」
「好きなの?」
俺は首を傾げる。好きなのも何も、選択肢などあっただろうか。
「選択肢は四つ。まず一つがさっき説明したワープ機能を使うこと。この場合は夏穂のところに行くかシンちゃんのところに行くかで二つの選択肢があるわ。どっちに飛ぶかは分からないけどね。で、次があたしから背を向けて逃げること。あたしはさっき言った通り追いかけないし、別に逃げてもいいわよ。で、最後が……」
さつきの言葉を制し、俺はその後を引き継ぐ。
「お前と戦う、か……」
「そういうこと。ま、ちなみにあたしからワープ機能以外で逃げたらゲーム後に女の子から逃げた意気地なしって噂が広まるから覚悟しといてね?」
「じゃあ実際三つじゃねーか!」
忘れていたが、こいつにはゴシップキラーという噂話を逃がさず、留めず、忘れさせないとか言う厄介なことこの上ない特殊能力みたいなのがあったんだった。俺も中学の頃にひどい目にあったことがある。小学校の頃はこんな奴じゃなかったはずなんだがなぁ……。
「ま、そういうことね。そんな訳だから、とりあえず好きなのを選んでよ」
俺は少し考え、
「決めたぞ」
どうするか決めた。元々この状況だ。直感で行くしかない。
「で、どうするの?」
「それはだな……」
そこで一呼吸置く。再び言葉を紡ぎだす。
「お前と、戦ってやるよ」
俺はそうさつきに告げた。
「おっいいじゃんその少年漫画的なノリ♪ てっきりマコは夏穂のところに行ってポッキーを折ってから自分のを折って罰ゲームを二人でするとかそういう方向に行くのかと思ってたんだけど」
「いや、それじゃ罰ゲームにならないだろ? 全力でやった後に結果がたまたまそれだったら大歓迎なんだけどな」
それも一瞬考えなかったと言えば嘘になるが、この場にいるさつきを見逃してまでその方向に行こうとは思えなかったのだ。
「へー、フェアプレイじゃんやるー! じゃあ、それに免じて夏穂にはあんまり悪い噂が行かないようにあたしが操作しといてあげるわ」
「おおー! さすがだぜさつき! お前は最高の幼馴染だ!」
「……でも」
さつきはそう言って近寄り、俺の胸に顔をうずめてくる。
「あたしとしてはちょっと、物足りないんだけど、ね」
「ど、どうしたんだよ?」
俺は少し動揺する。確かに俺は夏穂のことが好きだが、それとこれとは話が別だ。女の子がこんな風にして自分の近くに来たら、誰だってドキドキしてしまうだろう。ましてさつきは性格こそあんな感じではあるが、顔はかなりの美人だ。
「あたしも、マコの事、結構好き、なんだけどな……」
その言葉と共に、ポキッという音が聞こえる。
「さつき……」
俺はさつきの顔を見ようとして、
(ん、ポキッ?)
音に気付いて自分の手元を見る。すると二本しかなかったポッキーのうちの一本が折られていて、もう一本の方にはさつきの親指と人差し指があと数ミリのところまで近づいてきていた。そこで慌てて俺はさつきから慌てて離れて現実へと戻ってくる。
「……油断も隙もねー奴だなお前」
一瞬でもドキッとした俺がバカみたいだった。
「あーあ、やっぱりこの程度じゃ二本は折れないか。でもどうマコ、ちょっとドキドキしたでしょ?」
さつきは前半は残念そうな顔、後半はワクワクした表情で尋ねる。
「……ああ、結構な」
こいつに隠し事をするとあとが面倒だ。俺は正直に答えた。
「まぁ、さっき言ったのは半分は嘘じゃないから、ね」
しかし、からかいの言葉でも飛んでくるかと思ったさつきの口からは、思わぬ言葉が出てきた。気のせいか頬も少し赤いような気がする。
「……どういうことだよ?」
「……なーいしょ♪ ま、あたしの作戦はこれでネタ切れだから、シンちゃんか夏穂のところにでも行くといいよ。ワープ自体は指定した人の半径5メートル以内のところに行くはずだから、そこからは自力で参考にしてみて!」
「……ずいぶん投げやりなのな」
俺はレーダーを見る。俺とさつきの二つの反応がある中心の右寄りが今の俺たちの位置で、そこから左上に一個、左下に一個反応があった。俺は左上を選ぶことにして、さつきにこう声をかける。
「んじゃ、運試しでもしてみるよ」
「うん、じゃねー!」
そう言った頃には俺の姿は消えていた。
「……行っちゃった、か」
さつきはこう呟く。彼女は先ほど誠に夏穂のポッキーを折って自分のを全て折る気ではないかと言ったが、実はそれはさつきの考えそのものであった。だが、誠の答えを聞いたとき、それがバカらしく思えてしまったのだ。あの時、折ろうと思えば二本ともポッキーを折ることはできたし、そもそもワープして落とし穴に誠が落ちた時からさつきは誠のそばにいたので、その時だって折ろうと思えば折ることはできたのだ。
「何やってんのかな、あたしは」
それをしなかったのは、誠に対してフェアでありたかったから、のはずだった。さつきは誠に説明をした上で、こっそり誘惑して彼のポッキーを二本折るつもりだった。だから彼には他の二人よりもレーダーの詳しい説明をしたし、選択肢まで与えた。そして誠はさつきと戦う道を選んでくれた。だが、結果はこれだ。不意打ちで彼のポッキーを一本しか折れなかった上に、中途半端に誠を追い詰めた状態で逃がしてしまった。
「ホント、バッカみたい……」
フェアでありたかったはずの彼女は、何故か卑怯になるような方法を使い、それでも卑怯になりきれなかった彼女は、後悔することとなった。
「でもまだ、あたしにも可能性は残ってる。マコみたいに、正々堂々と戦う道が」
さつきはレーダーを見る。誠は左上に行ったらしい。
「絶対、間に合わせてみせる!」
さつきはそう言って走り出した。
「……着いた…のか?」
俺はレーダーを見る。レーダーの二つくっついた反応は右から左上に変わっていた。どうやら移動は完了したらしい。
「おっ、誠君! いきなり点が消えたと思ったらまさか私のそばにいるなんてね。一体どんなトリックを使ったの? それともトラップ?」
それを確認していると、後ろから声がした。その声の主は、赤いジャージを着ていて、ロングヘアーの夏穂だった。左手にはポッキー、右手には短い棒を数十本持っている。
「レーダーにワープ機能があるんだと。それをさつきに教えてもらったんで、ここまで飛んでみたってわけだ。そういや……」
しかし……、何というか色んな意味でヤバい。まずこの格好は完全に俺のどストライクであるのはさっき言った通りであるが、それ以上に。
「髪……縛ったのか?」
「うん、邪魔だったから」
その縛り方はこの場に大きな鏡がある訳でもないのにきれいなツインテールで。俺はツインテールが自分の好みの一つに入っていて、それはつまり。
「くっ……破壊力が」
「……?」
俺は夏穂を直視したせいで鼻血が噴出してしまい、彼女のことをまともに直視できない状態になってしまったのだ。
「ま、会っちゃったわけだし、このゲームの趣旨的に戦うしか、ないのかなっ!」
しかし、これはあくまでゲームだ。夏穂は背を向けている俺に先ほどまで手に持っていた棒を投げてくる。もちろん狙いは俺のポッキーだ。
「おっと!」
とはいえ俺のポッキーは残り一本、ここで折られては罰ゲームが確定してしまう。鼻血を止めようと必死になりながら、俺は夏穂の棒攻めをひたすら避け続けた。
「ゲッ、何だこれ!」
しかし、どうも神様は俺を見捨てたようだ。俺の逃げ込んだ場所は茂みと気に囲まれていてどうあがいても逃げられないような、つまるところ行き止まりであった。俺はそれでも目一杯逃げることにする。
「誠君、これで終わりにしてあげる!」
じりじりと間合いを詰めてくる夏穂。この距離ではワープ機能も使えない。レーダーをいじっている間にポッキーを折られてしまう。俺は噴出した鼻血を抑えつつ夏穂の方を向きながら、背中をその木に押し当てる。その距離実に3メートル。これ以上逃げられない俺は普通ならここでゲームオーバー、罰ゲームを迎えるはずだった。だが、
(カチッ!)
「ん? カチッ?」
何かを押した音がした。しかも、俺の背中から。
「この場に来てトラップを踏むなんて、誠君も面白い体質してるね」
夏穂は笑った。とはいえ、不思議なことに押したはずのトラップが作動しない。これはどういうことだろう。
「トラップが不発だったのはラッキーだったけど、どの道ここで終わり、あなたはゲームオーバーだよ朝日君!」
左手に持ったポッキーを後ろ手に、夏穂はさらに間合いを詰める。彼女の顔が近づく。その間合いは二メートルまで近づいた。とその時、
(シュルッ!)
「きゃっ、何これ!」
足元から突然出現したネットが夏穂を捕らえ、彼女を空中へと釣り上げた。彼女はその衝撃で右手の棒も左手のポッキーもすべて落としてしまった。俺は夏穂の持っていた棒と落ちたポッキー全てを拾い上げる。ポッキーはどれも折れていない、すべて無事のようだ。
「ちょ、誠君何するの、それは私の……」
「いいや、俺のだよ。最初のさつきの説明、覚えてるか夏穂?」
「今から全員に配るこのポッキーが全部折られるか無くすかしたら負け、でしょ。それが何だって……」
そこで夏穂はハッとする。
「まさか、あたしは自分のポッキーを全部落としたから負け、ってこと……?」
「そういうこと。自分の手からすべてのポッキーがなくなった時点でお前の負けは確定したわけだ。それに、それだけじゃないぜ。自分のレーダーを見てみろよ」
「レーダー? って何これ!」
そこに移っていたのは残りのポッキー本数だったが、夏穂は0本、真悟が2本、さつきが3本、そして、
「どうして、誠君のポッキーが4本に増えてるの?」
俺、誠の本数は4本と表示されていた。
「どうもこのゲームには減らすじゃなくて増やすって概念もあるらしい。人から奪い取ったものは自分のものにできるんだよ。だから、これは俺のものだ」
「……そうだったんだ。でも、まさか自分以外に作動するトラップが最初の檻以外にもあったなんてね。もっと気を付けるべきだったよ」
夏穂はしてやられた表情をする。
「ああ、あれは俺も驚いたよ。でも、なかなか楽しかったぜ。やられるかと思ったけどな。ともあれ、これで俺の勝ちだ」
「ま、その顔じゃしまらないけどね」
夏穂は笑う。俺は鼻血を止めようとしたまま走ったので両方の鼻を押さえたままで走ってきていた上に、口の辺りまで血が侵食していた。
「それは言わないでくれ。夏穂だって、その格好……は?」
俺は夏穂の軽口に余裕を持って返そうとしたが、途中でどくどくと出ていた鼻血がさらに噴き出した。
「ど、どうしたの誠君?」
夏穂は俺の心配をするが、まさか夏穂のジャージが微妙にずり落ちていたり、胸元が少したるんでいたために、そこから見えたもので鼻血を出したとかそんなことは言えるはずもなく。
「と、とりあえず負けたらもっかい赤ボタンを押すと最初の広場まで戻れるらしいから、それで戻るといいよ」
「……? うん、分かった。ありがとね、誠君」
夏穂はレーダーの赤ボタンを押すと、その場から姿を消した。
「これ、他のやつにばれたら大変だな。特にさつきとか何してくるか分からん……」
俺は勝利と夏穂のサービスショットをかみしめ、次に真悟のところに向かうことにした。
「あれ、誰かの反応が消えた……?」
走っていたさつきは自分のレーダーがピコンピコンと音を立てたので立ち止まってそれを見ると、残っている名前が真悟2本、さつき3本、誠4本となっていた。
「夏穂、負けたのね……」
さっきまで自分の向かっていた反応はどうやら夏穂の物だったらしい。しかし、これなら素直に誰が負けたのか表示してくれた方がはるかに分かりやすいと思うのだが……。
「パパとかママとかにあとでちゃんと説明しとかないとな……」
他の人には言っていないが、これはさつきの父と母の新しい発明品の一つなのだ。実のところさつきが部屋で言っていた独り言を彼女の両親が盗み聞きしたせいで、さつきの企画自体が両親の会社の一大プロジェクトにまで発展してしまったのである。ちなみに成功した場合、テレビで放送することまで決まっている。つまり、実験者としてできる限り生のデータを集めるためにも、さつきは参加者全員に接触しておく必要があるのである。
「夏穂が消えた以上、あたしがやることは一つだけ。そのためにも」
もちろん、そんなのはあくまで二の次だ。これは彼女の考えたゲームであり、彼女の今一番の目的は別にあるのだから。
「とにかく、マコとシンちゃんに早いとこ合流しないと」
レーダーを見ると、既に左上の反応は左下へと移動していた。真悟にはワープ機能の説明までしていないので、おそらく誠が移動したのだろう。さつきはさっきまでまっすぐ進んでいた道を左下に切り替え、再び走り出した。
「おっ、着いた……のか?」
夏穂を倒した俺は、次に真悟を倒すためにワープしたのだが、人の気配がまるでない。夏穂の時は向こうから声をかけてくれたのでどうにか分かったが、そう何度も同じ状況が続くとも限らないわけだ。
「しっかし、ここ何なんだ……?」
(カチッ)
「カチッとか言う妙な音もするし……、ん、カチッ?」
(ゴーン!)
「……ってってて」
どうも知らぬ間にトラップを踏んだらしく、木の上からタライが降ってきた。
「……昭和のギャグかよ。そのうち食パン加えた美少女とか走ってくるんじゃねーだろうな……?」
冗談で言ってはみるものの、あのさつきの両親だ。アンドロイドみたいなのが走ってきたらシャレにならない。ここはどこのSF世界だの話になってしまう。
「お前、さつきの両親を何だと思ってんだ。いくらあいつの親だってアンドロイドなんか作れねーよ。そもそもあいつの親ってゲーム制作会社に勤めてるんじゃなかったっけ?」
「そういやそうだったような……」
言われてみると小学生の頃にそんなことを聞いた気もする。
「まさか、あいつの親、もしかして勝手にさつきの提案に乗っかってきただけってことか?」
「ま、そういうことだろ。俺もよくあいつの家行ってたからさつきの親の考えなら割と分かってるつもりだぜ。そもそもさつきが自分の企画を親に話すわけねーし、企画から当日まですべてに全力を尽くすのがあいつのやり方のはずだからな。大方両親が何かの方法でさつきの計画を知って、本格的にいろいろ考えたんだろ」
「なるほどなぁ……ってちょっと待て」
普通に会話していたが、何故俺の独り言に反応する奴がいた?
「真悟だろ、そこにいるの」
俺は背後にいるはずの人物にそう呼びかける。
「気付くのおせーよ。俺はお前がワープ機能使ったとこからずっと見てたぜ。まあ、さつきがそこまでは説明しなかったからレーダー見て自分で判断したんだけどな」
真悟が後ろから出てきた。やはりずっといたらしい。ん、ずっと?
「……ってことは」
「ああ、お前の頭にタライが落ちてくるとこまできれいに目撃してやった。さつきじゃないが俺もこれをいろんな奴に言いふらしてやろう」
「お前なぁ……」
いつもの軽口だろうと思って軽く流す俺だったが、
「そうでもしないと俺の気が晴れないんだよ! くそっ、お前のせいで、お前のせいで俺は、俺はなぁ……」
どうも様子がおかしい。
「何だどうしたよ?」
「俺はなぁ、お前のせいで合法的にさつきとポッキーゲームできなかったんだ!」
「お前の目当てもそれか! ってかそんな話初耳だぞ!」
もはやこのポッキーゲーム、どうも様々な思惑が渦巻いていて、さつきが意図した以上にどす黒いものになっていたようだ。俺は俺で夏穂とのポッキーゲームを考えていなかったわけでもなかったし、さつきも提案自体を両親に乗っ取られた可能性が高そうだ。そして真悟、彼もまたさつきとのポッキーゲームを望んでいたらしい。ただ純粋に思い出作りだと思って参加した夏穂が何だか哀れすぎる。
「……ああ、今まで誰にも言ったことなかったからな。だが、今日は全員で集まって遊べる最後の日かもしれない。ここでこの機会を逃したら一体次はいつになるというんだ! ってことでせっかくこの日を心待ちにしてたってのにくそっ、俺の気持ちを無にしやがって!」
「知るかよ! 完璧お前の逆恨みじゃねーか!」
「ってな訳で、お前の恋路もここで邪魔してやる! 覚悟しやがれ誠!」
そう言った真悟は自分のポッキーの両端に手をかけ、それを折ろうとする。
「じ、自滅? させるか、よぉ!」
こんなところで自滅されては今までの努力が全て水の泡になる。何のためにさつきと戦って夏穂を倒したのか分かったものではない。俺は隠し持っていたさっき夏穂が落とした棒を真悟の両手目掛けてすべて投げた。当然大半はかすりもしなかったが、真悟の左手に一本だけささった。彼の左手の力が一瞬緩む。その隙に俺は真悟にダッシュで近づくと、彼の左手に握られていたポッキーから手を離させた。
「へっ、形勢逆転だな真悟!」
左手は俺が押さえている。彼の右手にはポッキーが二本握られているだけだ。俺は勝ち誇ったように真悟に言う。だが、
「……本当にそう言えんのか?」
パキッと乾いた音が響く。真悟の右手のポッキーは一本折られていた。
「……この野郎」
「ポッキーってなぁ、思った以上に強度がないんだぜ。片手ですぐに折れるくらいにはな!」
レーダーからピコッという音が響くが、そんな音を確認している余裕はない。見なくても誰のポッキーが減ったのかなど一目瞭然だ。
「さぁ、どうする? この状況なら俺が自滅するのなんてあっという間だぜ?」
「……なぁ、真悟。お前、どうしてこのゲームにこだわるんだよ? 別に、自力で告白すりゃあいいじゃねーか。何で罰ゲームでさつきとキスしようとしてたんだよ?」
俺は作戦を変えた。このまま何か話して迂闊にあきらめたと悟られて自滅されたのでは大変だ。とりあえず真悟の真意を確かめるふりをして時間を稼ぐ作戦に出た。ところが、
「……あいつの」
真悟は言うのをためらうかのようにいったんそこで話すのを止めた。
「?」
俺は首を傾げる。そのまま真悟は言おうとした言葉を紡ぎ出した。
「あいつの好きな奴が、お前だからだよ誠!」
「……はぁ? どういうことだよ?」
俺はさらに訳が分からなくなった。
「そのままの意味だよ! ……俺は帰り道で偶然あいつが友達と話してた時に通りかかって、そん時に言ってたんだよ!」
「……い、いや、いきなりそんなこと言われても……」
しかも本人からならまだしも、今言ったのは真悟だ。何というかいろいろ申し訳ない。
「だから、俺は、お前の目の前で、間宮とキスしてやる! お前が俺と同じ苦しみを味わうように、お前の目の前でなぁ!」
真悟の指に力がかかる。しかし、その時だった。
「まったく、人のいないところであたしの秘密、ずいぶんいろいろ喋ったみたいね、シンちゃん? まあ、知られてるのに気付かなかったあたしもあたしだけど」
「……さ、つき?」
真悟は指を緩め、後ろを向いた。その声は間違いなく、さつきだった。
「ちょっと待て、何でさつきがここに? 俺と同じあたりからワープなしで移動したはずだよな? 何でこんなに早くここまで……」
「あのねえ、あれからもう15分は経ってるのよ? レーダーがあれば、ある程度の範囲までは移動できるし、ヤマ張って移動することくらいは余裕よ。それに、レーダーの音で近くまで来られたのは分かってたしね」
そういえばさっきレーダーの音が鳴ったが、よく考えると夏穂のポッキーを奪った時はならなかったし、さつきに折られた時も別に音など鳴ってはいなかった。
「で、私もある程度話は聞かせてもらったけど、まさかシンちゃんが聞いてたとはね。それに、シンちゃんがあたしのこと好きだったなんて思ってなかった」
俺の疑問に答えてから、今度は真悟に言うさつき。
「あ、いや、その……」
「でも、自滅だけはダメよ。たとえどんなにつらいことがあっても、これはあくまでゲームなんだから、楽しむ心だけは最後まで持ち合わせてないとね」
「……さつき」
真悟は我に返ったように一瞬気を緩める。
「まあ、あたしも似たようなことしようとしてたから、あんまりシンちゃんのことは言えないんだけどね。……だから」
さつきは真悟を両腕で押さえていて無防備な俺のセーターの右ポケットのポッキーを取り出す。
「お、おい、それ……」
俺は真悟を押さえているせいで反応できなかった。
「これはマコに対するせめてもの罪滅ぼし。罰ゲーム、楽しむといいわ」
そう言ってさつきは、4本のポッキーを同時に折った。
「遅いなー、3人とも」
一方、一足先にリタイアしていた夏穂は、他の人が戻ってくるのを檻の中でのんびり待っていたが、ふと気づいた。
「そういえばレーダーの機能は別に生きてるんだし、これ見てればいろいろ分かるんじゃ……」
レーダーをつけると、ちょうどゲーム終了の画面が表示されていた。
「何か早かったなー。で、一体誰が負けたんだろ。さつきだったらいいけど、誠君とかだとちょっと照れるな……」
とか言っているうちに、3人同時に戻ってきた。
「これ、ゲームが終わった瞬間に全員スタート位置に戻してくれるみたいね。変なところで親切なのは相変わらず、か。パパとかママにもちゃんと言っとかないとね」
「つーか、あれ何か納得いかねー! あれは無しだろ?」
「今さら何言ってんだよ、もう終わったことなんだし、別にいいだろ?」
さつき、俺、真悟の順で言い合う。
「おかえりー。結局誰が負けたの? あたしはもう罰ゲーム確定してるから、負けたのがその3人の誰かだけ……」
3人が戻ってきたと同時に檻の扉が開いたので、檻から出て近づく夏穂。その言葉を遮ったのはさつきだった。
「あー、罰ゲーム? あれ、やっぱやめにした。何か、みんないろいろやらしいこと考えてたしね」
「おい、さっき罪滅ぼしがどうとかって……」
さつきの突然のルール変更に抗議しようとする俺だったが、
「代わりに、負け二人と勝ち二人で帰ることにしましょ? それでいいよね、みんな?」
「私は別にいいよ」
「俺も異論はねーよ」
頷いた二人の顔を見てから、
「ってことだから、いいよねマコ?」
さつきはウインクする。あとは上手くやれ、ということらしい。
「……分かったよ」
こう言われては仕方ないので、俺は渋々頷いた。
「じゃあ、帰りましょ?」
さつきは真悟の隣に、俺は夏穂の隣に行く。気付いてはいたが、さつきと真悟の手は指先だけで危なげにつながれていた。まるで、今の二人の関係を示しているような、そんな繋がり方だった。
「で、結局どうなったの? 誠君が私と一緒ってことは、誠君が負けたんでしょ? そもそもあたしのポッキーまで持って一番有利だったはずの誠君が何で負けてるの? しかもさつきと真悟君は手をつなぐほど仲良くなってるし、何かもう訳分かんない」
さつき達と別れると、夏穂は開口一番俺に聞いてきた。夕日がまぶしい夕暮れ時である。
「えっと……、あとでゆっくり話すよ」
俺としても説明できる自信があったわけでもなかったので、とりあえずお茶を濁した。
「?」
「そうだ、それより聞いてほしい話があるんだけど、いいか?」
「聞いてほしい話? 何それ?」
夏穂は何も知らないまま俺に尋ねる。俺は深呼吸した。
(今まで俺は、夏穂のことが好きだったけど、何も言えなかった。でも、今回の一件で、俺はいろいろ学んだ。前のTシャツの一件の時の俺とは違うし、このゲームをやる前の俺とも違う。少し前まで罰ゲームに頼ろうとしてた俺は、今この瞬間から変わるんだ!)
「夏穂」
「何?」
俺は言葉が出てこないようなそんなもどかしい感覚を覚える。しかし、ここまで来て後には引けない。俺は目を瞑って気分を落ち着けると、夏穂の目をまっすぐ見てこう言った。
「俺と、付き合ってくれないか?」