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第四話 稽古

「稽古ですか?」


 そのお誘いがやって来たのはフカフカのベッドでゆっくりと睡眠を取って豪華な朝食を食べていた翌朝の事だった。


「はい。紋章を持つメル殿と、勇者様の弟であるコノハ殿に稽古をつけて貰いたいという騎士がおりまして。いかがでしょう、その力を我々にお見せいただけませんか?」


 この宰相という人は稽古と言っているが、要するにその力を示せということだろう。


 問題は騎士達が自主的に言い始めたことなのか、それとも何者かがやらせているのかというところだ。


(って、答えは判り切ってるか)


 騎士達がこんなに早くしかも勝手に動く訳がない。となれば王などの上層部も承知の上でのことと見るべきだろう。


 確かに今後の交渉する上でも相手側の実力を見ておきたいと思うのが当たり前の心理だし。


 それに昨日聞いたユーティリアの話だと第三王子も水の勇者の仲間を迎えに行った帰りに複数の魔族に襲われたとのことだ。


 幸い魔族は勇者の仲間が撃退したものの、その過程で王子があの重傷を負ったというのが事の真相らしい。


 そういった意味でも僕達がどこかまで魔族や魔王に対抗できるのか、言い方を変えれば使えるのかを確かめたいという訳だ。


「わかりました。お引き受けします」

「そうですか。感謝致します」


 あえて僕だけ断って腰抜けと呼ばれるのも有りかもしれないが、無能と思われると今後の交渉に支障をきたしかねない。


 今後の為にもある程度は実力を示しておく必要がある事から僕はこの面倒な頼みを引き受けたのだ。


(出来る事なら久しぶりにのんびりと過ごしたかったんだけどなあ)


 そうして用意をして案内された訓練場にはかなりの数の騎士が整列して待っていた。そして僕とメルに対して号令と共に左胸に手を当てて敬礼してくる。


 その一糸乱れぬ動きは流石の一言。騎士という名の、向こうで言うところの軍隊のようなものだけはある。


(目の前で並ばれると圧迫感が凄いな)

「それで僕はどうすれば?」

「コノハ殿は投擲が得意と聞いておりますので、まずは的当てなどいかがでしょう?」


 拒否する意味もないので頷くと、整列した騎士の列の更に後方に五つの的が立てられる。どうもあれを狙えということらしい。


 下手をすれば並んでいる騎士達の列の中に投擲した物が落ちてもおかしくないだろうに。


 その後に宰相が僕は投擲用のナイフを渡した時でも周囲の騎士は微動だにしない。


(これでも出来るのかっていうある種の挑発かな?)


 僕は視線をこの訓練場を見下ろす位置で観戦しているバスティート王の方を向ける。その近くにはユーティリアやそれ以外の王族やその関係者もいるようで、余程僕達の事に興味があるらしい。


 そことは別の場所だが、近くでミーティア達もこちらを見守っているようだ。


 品定めされているようであまりいい気分ではないが、ここで怒っても仕方ないと割り切って僕は見ている人達に分かり易いように投擲する構えを取る。


 そして、


「よっと」


 まずは一投目を投じる。当り前の話だが、それは放物線を描きながら見事に的のど真ん中に命中した。


 それにおお、というどよめきと遅れて賞賛の拍手が上の方からやって来る。


 それに応える事はせずに僕は粛々と続きをする。その二投目も外す訳がなく、今度は先程よりも高度を下げて地面と平行に近い形で的を射抜いた。


 これには先程は声を上げなかった騎士達も僅かにどよめく。


 残る的は三つ。そこで僕は両手にそれぞれナイフを持つと同時に投擲する。

 更にそのまま流れるようにもう一本のナイフも手に取ると、狙いを定めてそれに向かって投げた。


 結果、二つの的は無傷のままだった。その代わりに一つの的の中心に三本のナイフが連続して、それこそまるで繋がるようにして突き刺さっていたが。


 これには周りは驚きの声も出ないらしく、シンとした静寂が辺りを包み込んでいる。


(この程度の力は既にユーティリア達に見られてるし伝わってるはず。だったら隠すよりこうやって利用した方がいい)

「まだ試しますか?」


 それでも僕は宰相に釘を刺しておく。そちらが僕を試しているのは分かっているぞ、と。


(舐められ過ぎても困るし、かと言って力を見せすぎるのも駄目と。なんでこう毎回こんな感じなのかな)


 それもこれもすべて無の神の所為だ、本当に何がしたいのやら。


「お、お見事。噂に違わぬ腕前、感服いたしました」

「光栄です」


 相変わらず何も言って来ない無の神に対する呆れの溜め息を吐いたのをどう勘違いしたのか、宰相は額に冷や汗を掻きながら慌てて誉めてきた。


 この様子だと僕の事をあまり高く評価はしていなかったようだ。


 チラッと王族が見ている方に視線を向けるとあちらもそのほとんどが驚いているようだった。


 だけどその中でバスティート王だけは顎に手を当てて何か考え込んでいるように見える。


(やっぱり油断ならないな)


 何故か若干自慢げに喜んでいるユーティリアを除くと、あの中で唯一バスティート王は僕の何らかの事について思考を働かせているようだ。


 少なくともあの場にいるメンバーの中では。


 腹芸では貴族や王族といった実際に政治を行っているような相手に僕は勝てる気がしないので、これは早急に落としどころを見つけた方がよさそうだ。


 下手をすると知られたくないところまで知られなかねない気がするし。


「へー凄いな。あんな芸当まで出来るとは」


 そこに背後から声が掛けられた。今回はマップで周囲の様子も確認していたというのにだ。


 振り返るとそこには一人の青年が立っていた。青い髪をした二十代後半くらいの男性で、その手の甲には青色のメルの物とよく似た紋量が描かれていた。


 それらの事から推測される結論は一つ。


「水の勇者の仲間の方ですか?」

「ああ、そうだ。俺の名前はカージ。よろしく頼むぜ」


 若干乱暴な、あるいは気さくな感じで差し出された手を僕は見て少しの間だけ固まった。


 握手を求められているのはわかっている。そして触れることで相手のステータスを確認出来るかもしれないことも。


 だが逆に相手もそういった能力を持っていて握手を求めてきていることも考えられなくもない。


 とは言え、この相手の情報は得ておきたい。

 雷の一派のように敵対するとは限らないが、万が一の時のことを考えておけば知っておくべきだ。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。


 その考えの元に僕が相手の手を握った瞬間、


「コノハさん!」


 銀閃が煌めいた。

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