閑話 王の思惑
正式な場での謁見時に見た風の勇者の弟であるコノハという少年の印象は、これが本当に例のコノハという勇者の仲間の少年なのかといったところだった。
こう言っては何だが予想していた人物はかなり違っていて、どこにでもいるような少年で特別な力を持っているようには思えないのが正直な感想であった。
その意見は余だけではなく宰相などの他の者も同じだった。
だが、
「ふむ……」
短い間とは言え直接会って会話した事でよりその疑問は膨れ上がっていた。
「王様、そのように悩むなどいかがなされましたか?」
「……宰相。改めて聞くが、そちはあの少年の事を見てどう思った?」
「少年というとコノハ殿の事でしょうか。王様と同じく、成し遂げた実績に見合わぬごく普通の少年のようだと感じましたが、何か気になる点でも?」
「うむ。確証はないがやはり引っ掛かっての」
これまでにあのコノハという少年は何度か試させてもらった。飛空艇でユーティリアに婚約の申し込みをさせたのがその一例だ。
我が娘ながらユーティリアの容姿は並外れて秀でている。親の贔屓目を除いても十分に美少女、または美女と言いきれるほどに。
権力を望む者、もしくは色欲に溺れた者であればまず間違いなくあの場での婚約に飛びついたはずだ。
そしてその程度の者ならばこちらとしては利用するだけのつもりだったし、邪魔になる時は速やかに排除する事も視野に入れていた。
(ユーティリアには悪いがこれも国の為じゃからな。男は女と閨を共にする時は無防備なものだしの)
だがあの少年は即答で断ったという。
そして改めて嗾けてみたが今回も答えは変わらなかった。
(つまりあの少年は権力にもそういった事にも興味がない、あるいはそれよりも大切な物があると考えるべきだろうの)
そしてそれはあのメルとオルトという双子の兄妹を守ることなのだろう。
これまで集めた情報や本人の話からしてもそうとしか思えない。恐らくそう言った意味では善人なのだろう。
それに下手に権力などを望まないのはこちらとしても助かるというものだ。
(ユーティリアも思った以上に気に入ったようだし、出来る事なら互いに尊重した関係になれればいいのだが……)
如何せんあの少年はその正体が把握できない。
あの少年の足取りを追えるのは暴走したナバリ男爵を止めた辺りからだ。
その前にどこかの小さな村にいたことまではわかっているのだが、そこから先が全く分からない。まるで突然そこに現れたかのようにそこから先の痕跡が全くないという事らしい。
そして現状でわかるそこからの彼の足跡は中々にとんでもないものだった。
裏ルートで魔術兵器まで用意したナバリ男爵の計画をほぼ一人の力で阻止し、なおかつ現れた下級魔族も狐面の勇者という少年の仲間によって倒されたという。
そしてその狐面の勇者とされるコンという人物に至っては何者なのかの手掛かりさえわかっていない。
その次は顔見知りでもないあの双子を保護し、その双子を狙った雷の一派の襲撃を退けたばかりか、暴走した紋章持ちの双子の妹のメルという少女の力をどうやったかは知らぬが抑えきったらしい。
そして飛空艇では魔族の手によって迷宮に飛ばされても、それを苦にもせず全員を連れて脱出したその驚嘆すべき手腕。
そう、並外れていると評するだけでは収まり切らないような功績の数々が彼にはあるのだ。
だというのにその偉業を成し遂げ続けた人物は何処にでも居そうなごく普通の少年だった。
正直に言って我々は彼を見て戸惑ったと言っていい。
外見だけで判断してはならないことはわかっているが、それでもその平凡な容姿に拍子抜けした思いを抱いたのは否めない。
そして今回、直接話してみてもその印象は変わらなかった。
こちらのペースに調子を乱される様や恋愛事に慣れていなさそうな反応など、前もって彼がそうであると報告されていなければ勇者の仲間だとは到底信じられなかったに違いない。
「情報ではあのコノハという少年は戦闘が得意ではないと自己申告しているようですし、やはり他のメンバーのサポート役なのではないでしょうか?」
「そしてコンという人物が戦闘担当であり、切り札として正体を隠している。確かにそう考えるのが妥当であろうな」
そう言いながらも余はその答えに納得がいかなかった。
あの少年は確かに平凡そうに見える。勇者やその仲間にあるオーラや圧迫感もなければ、神の紋章も持っていない。
(だが本当にそれだけの少年にあそこまで風の紋章を持つ者が懐くものだろうか?)
一番引っ掛かるのはあの少年が先程漏らした一言。ユーティリアとの婚約を断る時に言った理由の言葉だ。
『魔王と勇者の騒動が終わったら故郷に帰る』という、まるで確実に帰れると確信しているかのようなこの発言。
しかもあの時の少年はその事を全く疑っていないように見えた。
それに他にも気になる点がある。
「……うむ、わからんな」
何分情報が少な過ぎる。これではどの考えも推測の域を出ない。
だが逆に言えば、わからないのならば調べてみればいいだけの話でもある。
「宰相よ、一つ提案があるのじゃが……って、そんな顔をするな。余とて彼らを怒らせるような真似をしてはならないことぐらい判っておる」
折角見つけた勇者の仲間。彼らと友好関係を結ぶことはこの国の安定と発展の為に必要不可欠なものだ。むざむざそれを台無しになど出来る訳がない。
「じゃが、あの少年の気性から考えて少しぐらいの無礼があっても気にしないじゃろう。現に飛空艇でもそのような事があったらしいしの」
「……王の命令ならば我々は従うのみです」
流石は長年、気まぐれな余と付き合ってきただけはある。説得しても無駄だということがわかっているらしい。
(余はやると言ったらやるからの)
そうして余はとある命令を下すのだった。