その2
本日三回目の更新です。ご注意を
制止してくる騎士の人達のことを振り切って私は閉ざされていた飛空艇の甲板に出る。そしてそこで思った以上に接近している飛竜の姿を自分の瞳に捉えた。
ここまでくる間に砲撃のような兵装は敵が近過ぎて使えない事。その為、結界を作ってどうにか直接飛竜が飛空艇に取りついたり攻撃するのを防いでいたりする事など様々な話が耳に入っている。
力を解放すると身体能力が向上するだけでなく目や耳などまで良くなるようで、遠く離れたところでの会話なども自然と頭の中に入ってきてしまうのだ。
だけどその力が有っても実際に目にした飛竜は思った以上に巨大で恐ろしく感じた。
そして思わず耳を塞ぎたくなるような大きな咆哮を上げながら幾度も結界に衝突や攻撃を繰り返し、その度に青い結界が悲鳴を上げていく。
敵わない、勇者の仲間としての力がなかった私ならきっとそう思っていたことだろう。
現に跳びだした私を追って甲板に出てきた数人の騎士の人の中には腰を抜かしている人もいる。
だけど今の私はその口から真っ赤な炎を吐いている飛竜の姿を見ても不思議と負ける気がしなかった。
恐いけど、それでもこれなら勝てると獣の本能が自分に囁いているようですらあるのだ。
「そ、そこは危険です! 早く船の中に戻ってください!」
騎士の中の一人が私に向かって警告して来た。その顔は時折吐かれる飛竜の炎によって赤く染められ、恐怖の為か歪んでいる。
そしてその声にも聞き覚えがあった。前にコノハさんの事を散々影で貶していた人だ。
だからという訳ではないがその言葉には答えずに、私は自分の聞きたい要件だけどその人に尋ねた。
「この結界って中からの攻撃で壊れたりしますか?」
「い、いえ。中からの攻撃などはすべて透過するはずですが、それがどうしたというのですか?」
その答えを聞いて安心した私は相変わらず質問には答えずに行こうとして、その前に一つだけ言っておこうと思い至った。
いい加減、私も我慢の限界に来ていた事だし。
「あの飛竜は私がどうにかします。だからあなたは他の人に言っておいてください。これ以上、コノハさんの事をバカにするようなら私が絶対に許さないって」
「え、それは」
その言葉の意味を騎士が理解する前に私は丁度飛び移れる距離に来た飛竜のその背に向かって跳躍する。そしてその背に着地すると同時に握った拳を叩き付けた。
「ひいぃ!?」
飛竜がこれまでのない苦悶の咆哮を上げ、口から出た炎を周囲に撒き散らす。
そしてそれを見た騎士の人達が情けない悲鳴を上げるのが耳に届いた。
(コノハさんならこの一撃できっと倒していただろうな)
それに比べれば私なんてまだまだだ。そのことをあの騎士達も思い知ればいいのに、なんて心のどこかで思ってしまう。
そこで飛竜はその背に掴まる私を排除すべきと考えたのか、一旦飛空艇から離れると振り落とそうと無茶苦茶な飛び方をする。
でも私は既にしっかりと片方の手で鱗に爪を立てて体を固定しており、空いているもう片方の手でその背中に打撃を加え続ける。
ダメージが通っているのは感触でわかるし、この分ならそう長くはならないそう思った私だったけど、
「きゃ!?」
振り回していた飛竜の尻尾が私を強く打ちつけてきた事で空中に体を投げ出されることになる。防御はしたのでダメージはないが、その衝撃で爪が外れてしまったのだ。
そして空を飛べない以上、後は遥か下の地面に叩き付けられることになるのは間違いない。
何度も攻撃した事で高度はかなり下がっているが、それでもまだ地面までの距離はかなりある。このままでは紋章の力を解放した状態でも少なくないダメージを負うことになるかもしれない。
だけどそれでも私は平然としていた。
自分でもわからないが、地面に叩き付けられるイメージが湧かないのだ。それどころか何にも捕まらず宙に浮いたこの状態が不思議な事に落ち着くのだ。
風をこの体に纏う感触、そしてそれらが私の元を離れて世界へと流れていくのがわかる。
「君は私、風と創造の神の紋章を持つ者」
空中で姿勢を変えた私は上空から落下する私を追って来ている飛竜を視界に収めた。止めを刺すつもりなのだろうか、その口から赤い炎が溢れ出ている。
だけどそれを見ても私の意識は何処からか語りかけてくる風の神の声に傾けられていた。
「風や空は君にとって敵ではない。むしろ味方と言えるだろう」
(風は私の味方……)
従わせるのでもなく操るのではない。そう、風にお願いするのだ。
私の体を持ち上げてくれるように、その流れに乗せてもらうように。そうすれば風は私に応えてくれる。
「空を翔けるその姿を後で見せてあげるといい。そろそろ戻って来るだろう彼にね」
(戻って来る!?)
誰が、なんて言うまでもない。そんな人は一人しかいない。
(だったらこんなことしてる場合じゃない!)
その言葉に呼応するように私は風に乗る。
水の中を泳ぐかのように風の波に乗って軽いからだで足場などない空中を進んで行く。今にも炎を吐き出しそうな飛竜に向かって。
そして飛竜が炎を吐き出す瞬間、私はその顎に全力での体当たりをかましていた。
すかさずその尻尾を掴むと、一気に地面に向かって落ちて行く。
風の流れに乗ってただ落下する以上の速度で。
そして大地が近づくと、そこに向かって飛竜を落下の勢いのまま投げつける。飛竜の巨体が激突した地点は大きく抉れて、周りにも幾つもの罅割れや地割れが起きていた。
それでもまた動いている飛竜だったが、コノハさんが戻って来る以上はあまり長い時間を掛けてはいられない。
どうにかして手早く仕留めて、いち早くあの部屋に戻らないといけないからだ。
私は苦しそうにしている飛竜の尻尾をまたしても掴むと、それを力任せに引っ張って飛竜をハンマーに見立てたように、その体を何度も何度も振り回して地面に叩き付ける。それも時には宙を飛んで勢いをつけたりしながら。
「そうそう、言い忘れていたが今回の飛竜襲撃は彼を連れ去った奴らが仕組んだようだね」
「……そう、ですか。教えてくれてありがとうございます」
それでもまだ倒れないのかと苛立っていた私の怒りを更に煽るように教えられたその情報に、私の心はスッと冷えた。
怒りがある一点を突破して、逆に冷静になってしまったらしい。妙に冷静な自分がいるのがわかる。
目の前にいるのはコノハさんを連れ去った相手。即ち、絶対に許さず何としてでも叩き潰さなければならない相手だ。
私は生きてはいるものの牙も翼も折れてボロボロになった飛竜をその場に置くと、空高く飛び上がる。そしてある程度の高さまで来たところで、
「シャッ!」
自分の身など顧みずに飛竜に向かって一気に落下した。そして風の勢いや体重などを加えたその拳の一撃を飛竜の背中に叩き込む。
次の瞬間、飛竜は口から大量の血を吐くと同時に地面が割れてその場が沈没する。そして周囲はその衝撃の余波で木々などが吹き飛ばされるように倒れていった。
そして遂に飛竜はその体を地面に投げ出し、力なく横たわる。その特徴的な縦に割れた金色の瞳にあった光も今度こそ失われていた。
だけどそれを見て私が一番初めに思ったのは竜という存在を倒せた喜びではなく、ようやく終わってこれで部屋に戻れるという事と、
(誉めてくれるかなあ、コノハさん)
もうすぐ戻って来るはずのコノハさんが褒めてくれるかどうか、というものだった。
次で番外編は終了です。