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その1

本日二度目の更新です。

 その連絡を聞いて私は急いでコノハさんが居るという部屋に向かった。


 途中で騎士の人達が何か言ってきた気がしたが、今はそれに構っている暇はないので無視しで走り続ける。


 途中で壁を足場にすると少し凹んでしまったけど、それを謝るのも後でだ。今はとにかくコノハさんのもとへと向かわないといけないのだから。


 だけど勇者の力も解放して全力でその部屋に辿り着いた時にはそこにはもうコノハさんはいなかった。ただ消えてゆく黒い泥のようなものだけが目に映る。


(大丈夫、戻ってくるって言ったもの。それにコノハさんがやられるはずがない)


 コノハさんは勇者の仲間として目覚めた私なんかよりもずっと強い。

 あの人はそれを笑って否定していたけど私にはわかる。


 だから心配する必要なんてないし、私は一旦落ち着かなくちゃいけない。別に私は置いて行かれたけではないのだから。


 それなのに心がザワザワしてムカムカする。何かに八つ当たりをしてしまいたくなるし変だ。


 その部屋に残っていた騎士の人も私の方を見てギョッとしているし、きっとひどい顔をしていることだろう。


(とにかくコノハさんが戻ってくるのを待たなきゃ)


 よくわからない陣が部屋の中に描かれているけど、多分ここから戻ってくるのだろうと思って私はその前に座る。そして暫らくそのままの体勢で待っていると、


「まったくもう! いきなり飛び出してどこ行ったかと思えばこんなところにいたのね!」

「姉ちゃんの言う通りだぞ! 心配しただろ!」


 その聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはティアさんとオルトがいた。どうやら私が勝手に部屋を飛び出したことを怒っているようだ。


 とにかくコノハさんの元に向かう事に夢中だった所為で心配を掛けるかもしれない事など完全に意識の外に追いやられていた。だから反省して二人に謝ろうとしたら、


「め、メル?」

「な、何があったの?」

「え、何がですか?」


 二人はその場でピタリと足を止めると私の顔を見ながらそう言ってきた。


「何って、あなた明らかに怒った顔してるわよ。それも明らかに途轍もなく」


 言われても自分の顔を触ってみるがよくわからない。自分ではいつも通りに振る舞おうとしているつもりなのだけど、心の奥底の想いを隠せていないのだろうか。


 その様子を見たティアさんは大きな溜息を吐くと、


「まあ、その気持ちは分からないでもないわ。でもだからってずっと気に病んでても仕方ないんだし、待つのは良いけど無茶だけはしちゃダメよ。いい?」

「はい、ありがとうございます!」


 苦笑いを浮かべながら私がここでコノハさんを待つこと許してくれた。やってきた騎士の人にも何かあったらすぐに動けるようにと話を付けてくれる。


 その間も私はずっと描かれた陣の前で動かずに、ただただコノハさんが戻ってくるのを待つ。


 それこそ主人の帰りを待ちわびる犬のように。でもコノハさんにならそう言われても構わない気がするから不思議だ。


 他の人なら表向きは何を言わなくても内心では絶対許さないのに。


 待つ私を気遣ってかオルトもそれに付き合おうとしてくれたけど、ティアさんが「あんたは別に覚えなきゃならないことが山積みでしょうが」との言葉と共にどこかへと引き摺って行ってしまった。


 時折ご飯などを届けてくれる度に軽い怪我が増えていることから、たぶんこの状況でも稽古を付けられているのだろう。


 そうして毛布や食事を届けてくれる人にお礼を言いながら、それ以外ではほとんどその場から動かずに時間は経過していった。





 それから四日が経った。だけど何も変化はない。


(大丈夫、風の神だってそう言っていたもの)


 絶対に他の人に言ってはいけないと厳命されたので私しか知らないが、コノハさん達はどこかの迷宮というところに飛ばされてしまったらしい。


 そしてあの王女様やその仲間の人を庇いながら順調に進んでいることも教えてもらっている。


 なのに落ち着かない。


 それはこの四日の間で時折聞こえてくる騎士や侍女の人達の噂話にも私はイライラさせられていたからだ。


 もう死んでしまったのではないか、勇者の仲間と言っても所詮は餓鬼だったか、中にはこの事態を仕組んだのはコノハさんではないかと言う人までいたのだ。


 そんな勝手な発言が私の元に届く度に静かな怒りが心の奥底で燃え盛る。


 コノハさんがどれだけ強いのか、どれだけ優しいのか、何も知らなく癖にと。


 もちろん私だってコノハさんの全てを知っている訳ではない。


 知っていることと言えばコノハさんは自分の力を隠したがっている事と狐面を付けたコンいう人物が実はコノハさんである事くらいだ。


 どうしてそうしているのか、そうしなければいけないのかさえ知らないし尋ねてもいない。そんな事は私にはどうでもいいからだ。


 獣人としての本能なのか、私はコノハさんを仕えるべき主だと認識している。

 受けた恩は一生を掛けてでも返さなければならないとも思っているし、その為ならいくらでも頑張れる。


 もちろん構ってくれると嬉しいし、頭を撫でてもらえると幸せだ。

 出来れば毎日でも頭を撫でて誉めて欲しいし、添い寝も三日に一度くらいあると最高だと思う。


(って、違う違う。そうじゃないでしょ私)


 とにかく今の私はコノハさんの為にここにいる。

 だから守って貰うだけではいけない。


 あの人の役に立つ、それこそが今の私の果たすべき使命であり叶えたい望みでもあるのだから。


 そうしてオルトが持ってきてくれたパンを口に入れる。

 いざという時の為には休息を取って体力を温存しておかなければならないし、そろそろその場で軽く眠ろうか。


 そう思った時だった。また前の時のように急に警報が鳴ってうるさくなったのは。


 耳を澄ますと、どうやらまた飛竜が接近してきているらしい。

 けれどそんな事は今の私にはどうでもよかった。目の前の陣に変化が起こらないかの方が大事だから。


 それに飛空艇の兵装とやらでまた撃退するだろう。そう思って毛布を被って浅い眠りに着こうとしたけれど、


「大変だ!」


 そこにオルトが駈け込んで来た。前回の飛竜襲撃の時のように慌てているけど、目の中にどこか興奮の色を浮かべながら。


 きっと他の人には分からないだろうが、双子の私にはわかる。オルトが心のどこかでこの事態にワクワクしている事を。もちろん大半は恐怖と焦りなのだろうけれど。


「どうしたの?」


 それについては言及せずに私は問い掛ける。


「飛竜がまた接近して来てるんだよ!」

「それは私も聞いたよ。もしかしてそれだけ?」

「それだけって、飛竜だぜ! しかも今度は死角から近付いてきたから接近を許しているらしいって話で、下手すれば撃墜されてもおかしくないって騎士の人達が話してるのを聞いたんだ!」


 その言葉を聞いても私は初めの内はよくわからなかった。


 そもそも飛竜という存在が私にとっては想像もできない存在だったし、それに襲われると言われても具体的なイメージが湧かないから。


 それにあの時は飛竜の事よりもコノハさんの方が気になっていたし。


 私の知る竜という存在はこの世界における圧倒的強者だ。

 それこそ伝説やお伽話にも出て来るような。


 滅多に出会うことはないが、逆に遭遇した時点でまずその者の命はないという事以外はよくわからない。


 そこで私は気付いた。頼りになるコノハさんはこの場に居らず、その兵装でも飛竜を撃退できないという事は即ち、この飛空艇が撃墜されるという事だと。


 そうなれば当然、その船の一室にあるこの陣など跡形もなく消え去ってしまうだろう。


(それはコノハさんが帰ってくる場所なくなるって事。つまりコノハさんがここに戻って来られなくなる?)


 そして撃墜されたとなればオルトやティアさんなども無事では済まない。


 これまではコノハさんという絶対の存在がいたからそんな事は考えもしなかったが、今はあの人はここにいないのだ。コノハさんさえいれば大丈夫、その私の思い込みによる前提条件は既に崩れている。


 だとすれば、


「……い」

「え?」

「させない。絶対に撃墜なんてさせない!」


 ここで飛竜を食い止められるのは、オルトや仲間を守れるのは自分しかいないではないか。


 そんな当たり前の事にこの時になってようやく私は気が付いた。


(せめてコノハさんがいない間くらいは!)


 私がオルトを、皆を守る。いつもいつもコノハさんに守られてばかりではいられないのだから。


「私が行ってくるからオルトはこれを見てて」

「え、本気(マジ)で!?」

「うん」

「……大丈夫なんだな?」


 流石は双子か、目を見ただけで私が不思議と負ける気がしないと思っていることがわかったらしい。その質問に根拠はないけど絶対に自信を持って頷くと、


「わかった、ここは任されたぜ! でも気を付けろよ」


 そう言って快く受け入れてくれた。


「ありがと、オルト」


 そうして私は四日ぶりにその部屋を飛び出した。

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