エピローグ
目を覚ますと窓の外は薄暗くなっていた。そして飛空艇はいつの間にか発進したらしくまた空を飛んでいるようだ。
「流石に迷宮探索は疲れたみたいね。熟睡だったわよ」
見張りなのか唯一起きていたミーティアが目覚めたこちらにそう言ってきた。
メルは案の定、僕のベッドの太もも辺りに抱き着いて寝ているし、オルトも自分のところで寝ている。
「まあそれなり大変だったからね。って、そう言えばポールは? 考えてみれば僕が戻って来た時から姿を見当たらないけど」
「あの人は二回目の飛竜が襲ってきた時に恐怖で気絶してから医務室にいるわ。まあ、あれが普通の反応なんでしょうね」
それを聞いて自分が普通ではなくなったことに哀しみを抱く。いつからそんな反応まで普通ではなくなってしまったのかと。
「それはそうと、丁度いいタイミングで起きたわね。あなたにお客さんが来ているみたいよ」
「ん?」
その言葉に従って外の様子をマップで探ってみると確かにそこには人がいた。そしてその人物やこの状況からして確かに僕の客以外にはあり得ないだろう。
足にしがみついているメルをどうにかして剥すと、その体を抱き上げてベッドにそっと置く。
「それじゃあ少し行ってくるから、後はよろしく頼むよ」
「わかったわ。夜中の逢引き、頑張って」
「別に逢引きって訳じゃないんだけど……」
最後のミーティアのセリフに若干の棘を感じたので反論しようと思ったが途中で止めた。こういう場合は何を言っても言い訳にしか取られないからだ。
そういう訳で僕はそのまま静かに扉を開けて部屋の外にいた人物に声を掛ける。その様子からしてどうやって声を掛けようか迷っていたようだ。
「こんな時間にどうしましたか?」
「こ、コノハ様……もしかして気付いていらっしゃったのですか?」
レイナさんがとても気まずそうな顔で僕に問い掛けてくる。
その表情からすると、どうもまだ僕に対して攻撃したことを悩んでいるようだ。明らかに自責の念というかすまなそうな感じが声や表情だけで伝わってくる。
「僕は今さっき目が覚めて気付いたんですけど。もしかして結構前からここにいました?」
「いえ、来たのは私もついさっきです。ただ、その、どう声を掛ければ言いものかと少し迷っていまして」
でも流石は侍女と言うべきか、そこで意識を切り替えた。
「姫様が内密でお話ししたい事があるとのことです。よろしいでしょうか?」
「わかりました」
完全に仕事モードになったレイナさんに連れられて僕は例の王女の自室ではなく甲板に案内され、その隅にユーティリアが待っていた。
救出されてから結構な時間が経ったおかげか二人とも顔色は悪くない。大分回復したのだろうか。
「お待たせしました。それで要件は何でしょうか?」
「まず、この度は私達をお救い頂き真に感謝申し上げます。コノハ様がいなければ私達はあの迷宮で為す術なく魔王復活の贄として朽ち果てていた事でしょう。本当にありがとうございました」
何と返していいものかわからずに戸惑ったが、幸いな事にユーティリアの言葉は続く。
「ですが失礼を承知で一つだけ質問をさせてください。あの時、あなたは一体何をしたのですか?」
「その前に教えてほしいんですけど、あの時の事を誰かに言ったりしましたか?」
「まだ誰にも言ってはいません」
まだ、と言葉からしていずれは話すつもりだということだろう。
まあ、ポルックスをにがした事にしたし、魔族という敵の情報を伝える上でもあの時の事を内緒にしておく訳にはいかないだろうからそれも当然の事だが。
それにユーティリアはあくまでベルゼハイム王国の王女。僕の頼みよりその責務を優先するに決まっている。
(改めて確認しておきたいんだけど、記憶を消すのはダメなんだよ?)
警告音でその答えを知った僕は記憶を消すことは諦めて、次善の方法を取ることにした。
「あれは説明していたアイテムボックスと治癒能力を応用しただけですよ」
あの状態で生きていたのも傷が消えたのも治癒能力のおかげ。
そして血や体に付けられていたナイフなどが消えたのはボックスの能力でしまったから。
そうやって僕は説明する。
服に関してはボックス内に存在した綺麗な物を取り換えたことにした。
その場で実際に一瞬にして防具を装着する姿を見せながら、あれは敵にハッタリを利かせる為だとして。
考えてみるとあの場では魔法を使うのは最低限にしておけばよかったのだが、誰もこちらを見ていないタイミングを見極めることに集中していたせいでその事をすっかり失念していたのだ。
我ながらポルックスの事を言えない詰めの甘さである。
この説明で一応辻褄は合うはず。
だけど本当にそうなのかという疑念を完全に消し去ることは恐らく不可能だろう。
何らかの隠し玉があると思われるのはまず間違いない。
(まあ、こっちの力を示す分にはその方が好都合なんだけどね)
どこまで話が伝わっているのかまだ確認は取っていないが、迷宮から戻ってきてからというもの周りの好感度が著しく増加している傾向にある。
多分だが、僕が姫達を守ったことぐらいは伝わっているのだろう。
あまり弱く見せると侮られるからある程度の力を示す必要はあるが、それが大きすぎても変に警戒される事態になるかもしれない。
隠さなきゃならない事もあるし、色々と難しいところだった。
「ああそれと、レイナさんはあの時の事を気に病む必要はないですよ。最初の一撃はともかく、その後の攻撃については敵の油断を誘う為にわざと受けていた面もありますから」
(あ、しまった)
そこまで言ってハッとする。このフォローは元々するつもりだったのでいうのは構わないのだが、これだけだと更に好感度が高まってしまうのではないかということにこの時になってようやく気が付いたからだ。
現に目の前の二人は感激したような様子で僕の方を見てきている。
今の言葉は厳然たる事実だったのだが、どうも僕が気を遣ってそう言っているように思われてしまったようだ。
(このままじゃ不味い。どうにかして好感度を下げておかないと)
ただし余り下げ過ぎると王家との交渉に影響が出かねないので、あくまで少しだ。
(って、どうやってその塩梅を見極めればいいんだよ……)
「ま、まあそれはともかく、僕も結構疲れが残っているのでそろそろ部屋に戻って休んでいいですかね?」
戦略的撤退と同時に少し嫌味な感じを出したこの発言。咄嗟に考えた割には結構いい感じだと思ったのだが、
「そんなことを言って私達の体調を気遣ってくださっているのですね。やっぱりコノハ様は優しいです」
(何でそうなる!?)
普通に考えれば王女に招待されておいて疲れから部屋に戻りたいというのはかなり不敬だと思うのだが、向こうはそうは取らなかったらしい。
かと言って嫌われる為に王女に向かって暴言を吐くわけにもいかないし、
(ここは一旦退こう)
そして部屋に戻って適度に嫌われる方法を考えるべきだ。
それにここで僕が二人を置いて部屋に戻れば、先ほどの発言が気遣っての事ではないことに向こうも気付くかもしれない。
「そ、それじゃあそろそろ失礼します」
「あ、待ってください! コノハ様に見せたかった物がもうそろそろ見えてくるはずなんです!」
逃げるようにして足早に立ち去ろうとした僕だったけど、その言葉と目に差し込んできた光に思わず足を止める。
そしてその光の方を見た僕の目に映ったのは信じがたい光景だった。
「あれは……」
「王都インバーベル。難攻不落の城塞都市にして、私達が目指していた場所です」
それはこれまでの街や都市とは比較にもならないほどの大きさだった。それこそ一つの山が丸ごと都市になったかのようなサイズなのだ。
しかもそれだけではなく結界が何重にも張られており、更に周囲には堅牢そうな城壁が砲台らしき物を無数に備えて聳え立っている。
いや、それどころか宙に浮くようにして王都の周りを警戒するように飛び回っているゴーレムらしき物体まで見えた。
(あれはまさか王都の番兵なのか?)
その他にも色々とあるようだった。
そしてその状態でも都市の中から溢れ出る光で周囲がまるで昼間のように明るく照らされている。
これはこれまで見てきた中世時代のような建物などではない。
まさにファンタジー世界とも言うべき、現代の常識では考えられない巨大な建造物と設備がそこにはあった。
(王族が偉いことを何となくわかっているつもりになってたけど、これは想像以上だな……)
これだけの都市を所有する国を治める王の一族。そんな相手の一族との婚約を断ったりして大丈夫だったのかと今更ながらに心配になってくる。
もっとも今更戻れないし、戻っても同じ選択をするのでどうしようもないのだが。
「どうですか? この景色は綺麗で、私のお気に入りの一つでもあるんです」
「そ、そうですか。確かに綺麗ではありますね」
「コノハ様には是非とも見てもらいたかったんです。コノハ様さえ宜しければ他の所にもご案内しますから、行きたい時はいつでもおっしゃってくださいね」
「あ、あはは……」
これを景色の一つと言い切ってしまうユーティリアに彼女は本当に王女様なんだと実感しながら、僕はどう言ってその提案を断ったものかと冷や汗を掻きながら頭を悩ませるのだった。
第五章の前に短めの番外編を挟む予定です。
その内容は木葉がいない間のメルが何をやっていたのか、になると思います。