第十七話 格の違い
迷いのない足取りで第八階層の大広間に辿り着いた僕はそこで足を止めた。そしてこの部屋にある一点に向けてボックス内から取り出した投擲用のナイフを投げる。
周りを巻き込む心配のない状況で放たれたそれは壁に激突した瞬間、その衝撃の余波でその一帯の壁や地面、更には天井に至る広範囲を消し飛ばし黒い壁を露出させた。
もはや穴だらけどころではなく、穴しか存在しないような状態だ。
(これまでも全力のつもりだったけど、無意識の内で加減してたのか)
自分でも気付かぬ内にユーティリア達を余波に巻き込まない為に力をセーブしていたようだ。
そこで地面に倒れるようにして呻いている存在を発見した。衝撃波によってダメージを受けたらしい。
「ようやく姿を現したか」
「何故、どうしてアタシの居場所がわかった?」
その攻撃を必死の様子で躱したポルックスは愕然とした表情でこちらを見ていた。自分の『隠蔽』が見破られるとは思っても見なかったらしい。
もっとも正確に言えば僕は決して彼女自身を見つけられた訳ではない。現にマップでは未だに彼女の姿を捉えられていないのだ。
それでも僕がポルックスを見つけられたのにはある理由がある。
それは単純に前に壁に投げつける時に彼女が来ている服や体に壊れた武器や砕けた石の破片などを幾つか付けておいたのだ。
そしてそのアイテムの光点を追ったというのが事の真相である。
多分相手に気付かれない限り所有権は僕のままだろうとあくまで反応があればいいな、程度の軽い期待からやったことだったがこうして役に立ったのでトライしてみて正解だった。
現にこうしてポルックスを追跡出来た訳だし、その前の投擲や一斉掃射もこれに狙いを付けたことで出来た訳だし。
でなければあんなうまい具合に敵に武器を投擲など出来る訳がない。ましてや一斉掃射など言うまでもないだろう。
「あんた一体何者よ。最初はあのお兄ちゃんかと思ったけど、この力は明らかに別人でしかありえないわ。出口を開いたから外部の奴が今頃になってやってきた、ってところかしら?」
「俺はコン、奴の仲間だ。お前を始末しに来た」
そんな事も知らずにこちらにとって都合の良い勘違いしてくれたので、そのまま勘違いを続けるように偽名を名乗る。
「そう、でも残念ね。アタシはこんなところで死ぬつもりはないわ!」
その言葉通り、ポルックスは先程のように素早く黒い沼を自分のすぐ傍に発生させると、間髪入れずにそこに飛び込もうとした。
もちろん僕がそれをただ見ている訳もなく、
「聞こえなかったのか? 俺はお前を始末しに来たと言ったんだ」
すぐさまその場に駆け寄ってその足が沼に沈んだところでその身体を捕えると、逃がす訳にはいかないので容赦なく引っ張ってその沼から引き摺りだす。
結果、その力に耐えきれなかった足は千切れる事となった。
「ああああああああああ!?」
その痛みに耐えきれず叫びだすポルックス。これで右の足と腕を失った訳だし戦力の低下もかなりのものだろう。
「よくも、よくもアタシの体を人間如きが! しかも二度までも!」
「お前もあいつに同じような事をやっていただろうが。因果応報だ」
「ふざけるな!」
鋭い爪でこちらの体を突き刺して来ようとした一撃を掌で受け止めると、同じ攻撃をされてはたまらないのでそれを握り潰して封じる。
別に痛めつけたい訳ではないのだが、敵相手に優しく丁寧に処理をしてやる余裕はない。
いや、あるにはあるが敵にそこまでやる必要があるとは思えないのだ。
「無駄だと思うが一応言っておく。全ての抵抗を止めて投降しろ。そうすれば」
「人間相手に誰が降伏などするものか!」
「……そうか。わかった」
命だけは助けてやる、という言葉を聞く事すらポルックスはしなかった。やはり魔族は下等と見下している人間相手には死んでも降参などしないらしい。
背中の翼を刃物のように硬化させてギロチンのように放ってきた攻撃を拳で簡単に打ち砕きながら僕はその事実を静かに悟った。
「ぎゃああああああああああああ!」
これで残るは左足だけ。少女のような外見の相手に拷問しているようであまり良い気分ではなかったが、それでも僕は冷たい口調のまま話し続けた。
ここで揺らいでいると相手に思われない為にも。
「お前は魔王復活の為にあの王女を狙ったらしいな。それは単独での事か? それとも協力者がいるのか?」
「ば、バカね。そんなこと言う訳ないじゃない」
「だろうな」
(拷問して聞き出すにしてもやり方がわからないし……どうしよう?)
そんな風に仮面で相手に表情が読まれない事を良い事に悩んでいると、そこでポルックスは体の力を抜いて抵抗するのを止めた。遂に諦めたのだろうか。
「……いいわ、認めてあげる。あんたは確かに強い。それこそ紋章持ち並に」
「それはどうも」
「でも、だからこそ、あんたにはここで死んでもらう! たとえ道連れになろうとも!」
そう言うが否や、ポルックスの体に変化が起こる。見覚えのあるその様子からして恐らくは『真名解放』を使ったのだろう。
それまでは人間の少女に酷似した姿だった体が膨れ上がり、人間の上半身に蛇の下半身を持った化物へとその姿を変えていく。
ちなみに千切れた腕や翼も復活している。
それを見て僕はナーガというゲームでたまに出て来るモンスターの事を思い出していた。ポルックスの正体はまさにそれに翼が生えたような姿だったから。
「このままアタシと共に地獄に落ちるがいい!」
ポルックスは蛇の下半身で僕を締め付けると、自分の下に黒い沼を発生させてそこに自分諸共沈んで行こうとする。
行き先がどこかはわからないが、その口ぶりからして碌な場所に行きそうにない。
既に僕の足もポルックスの下半身の一部もその沼に浸かって捕らわれている。このまま抵抗しなければ前の時と同じようにまだどこかに飛ばされてしまうだろう。
(それは御免だね)
「無駄よ! 一度この泥に捕らえられた物は、それこそ魔王様や勇者並の力を持っていない限り抜け出す事なんて不可能! 仲間も連れずにのこのこやって来たあんたは私と共にここでくたばるしかないわ!」
「そうか、それは良い事を聞いた」
「は?」
残念な事に目の前にいるのはその勇者なのだ。だとすれば僕がこの沼から抜け出せない訳がない。
僕は力任せに泥に沈み込んで行くその足を上げようと力を込めて引っ張り上げる。
最初の方はその動きは鈍かったが、その力に耐えきれなくなったかのように黒い沼に罅割れが奔ってからは簡単だった。
そうしてもう片方の足も引き抜くと同時に黒い泥で出来た沼は呆気なくガラスが壊れたかのようにバラバラになって崩壊していく。
その様子は街に張ってある結界が壊れた時の光景を連想させた。
(魔術が耐えきれずに壊れる時はどれもあんな感じなのかな?)
そうして何事もなかったかのように元通りになった床に着地した僕は流石に覚悟を決めていた。
ここまでやられて殺したくないなどといっている場合ではないし、丁度よく相手もその容姿を化物のような形にしていてくれた。これなら僕も躊躇しなくて済む。
そして道連れを躊躇せずに狙ってくる相手では多少痛めつけたところで情報を吐きはしないだろう。
「そんなバカな。まさか、まさかあんたの正体は!?」
なによりこちらの正体を悟られ掛けているようなので、ここで逃がす訳にはいかなかった。それでも必死に周囲に発生させた黒い泥をかき集めてそこに飛び込もうとしているポルックスの方にポンッと手を置いて、
「最後だ。聞かれた事を話すつもりは欠片でもあるか?」
「ない!」
「そうか、わかった」
返答と共に放たれた両腕と両の翼による攻撃を僕は片腕で全て弾き、それで折角復活した肉体は無残にもまた破壊される事となる。
それでもまだ抵抗しようとするポルックスだったが、
「色々あったが感謝するよ。お前のおかげでまた一つ、貴重な経験を積めたことだしな」
終わらせることを決定した僕の前で何もする暇も与えない。
まずはカストルと同じように断末魔を上げる事も許さずにその体を飛竜の牙で出来たナイフで縦に一刀両断。
そしてその後に今回は魔法を使わず両断して二つになったその体をアイテムボックスにしまう。
死んでいなければしまえないので、ステータスで死んだかわからない時にはこうすれば死亡判定が簡単に出来るという訳だ。
結果から言えば真っ二つにされてもなお死んでいないことが判明したので、更に二つになって半分になった体のそれぞれの首を斬り飛ばして心臓付近にナイフを突き立ててみる。
流石にそれだけやれば死んだらしく、そうして僕は初めての魔族の死体を入手する事に成功していた。その為、その場には死体などの痕跡はない。
(って、僕が本気で戦う時は大抵そうなるのか。魔法とかボックスがある以上は)
そうしてポルックスを倒したものの映画でよくあるように迷宮が崩壊するようなことが起こる気配はなく、
「ふう、後は脱出するだけ……いや、まだ後始末があるか」
そこで魔物から魔族は情報を得られることを思い出す。
遭遇した迷宮内のほとんどの魔物は倒してきたが、それでも厄介なところを見た奴がいないとも限らない。
もっとも、どの個体がそれを目撃したのかなんてわかる訳がない。
だから僕はボスの部屋まで戻るってくると、
「とりあえず全体を消せば大丈夫だよね」
迷宮内に存在するすべての魔物に対してロックオン。
そして次の一瞬、迷宮内の全ての赤い光点が消滅して、すぐにまた現れる。ポルックスは消えても迷宮内に魔物が供給され続けるのは変わらないらしい。
「さてと、今度こそ脱出しよっと」
装備を戻した僕はそうして迷宮を後にした。