第十六話 迷宮攻略完了
壁にめり込みながらもポルックスは未だに健在だった。
ユーティリア達を余波で巻き込まないように注意しながらその傍から離れさせることを最優先にしたとは言え、結構な力で壁に投げつけたというのに。
(それにしても直接触れてもステータスは見えないか。『隠蔽』系のスキルは僕にとってある意味で天敵だな)
未だにマップでも彼女自身の光点は存在しないことからもそれは明らかだった。
カストルが言っていた『心眼』とかいうスキルが手に入れば別なのかもしれないが、そんな悟りでも必要そうなスキルを僕が普通の手段で手に入れたられるとは思えない。
残念ながら今は敵のステータスなどが見えないこの状態で戦うしかなさそうだ。
「な、何をやっているの、カストル! そいつを今すぐに黙らせて今度こそ動けないように徹底的に痛めつけさない!」
動揺しながら叫んだポルックスのその声に対する返事はない。そしてその命令が実行される事も。
「ど、どうなっているのよ? あんた、一体何なのよ!?」
「呼び方がお兄ちゃんからあんたに変わってところからして余裕がなくなってきたみたいだね。ただ悪いけど、僕は君みたいにペラペラと情報を敵に教えたりはしないんだ」
あれから僕は拷問の如き責め苦を憑依されたレイナさんの手によって受けさせられる事となった。それ自体はどうでもいい。
初めの内は死ぬほど痛かったけど途中からある程度以上のダメージや痛みを受けると発生する『状態異常・激痛』や、その攻撃によって発生する痛みそのものだけを対象に魔法で逐一無くすことでどうにかなったからだ。
とは言え刃物が体に突き刺さる感覚は無くなっていない訳で、痛みは無くとも体に何かが突き刺さってくるという人生で普通なら味わうことのない実に気味の悪い感触を体験する事となったがそれも構わない。
それらは必要なことだったのだから。
更にそうして一方的にやられながらも、僕は慎重にレベルを調整してゆっくりと徐々に今にも死にそうなところになるようにHPを持っていった。
幸い攻撃を加えて来るのは憑依されたレイナさんだったのでどのくらいに調整すればいいのかの目安も分かり易く、瀕死の状態を割と楽にキープする事が出来たのだ。
あえてそうしたのは弱っていく様子を見せて僕がもう動けないと敵に判断させる為。
そうすればポルックスの性格ならきっと油断するはずだと信じて。
(前もって自動的に魔法が発動する方法を見つけてなかったら危なかったかもしれないな)
レベルを下げてHPが瀕死に近付けば当然受けるダメージの割合は大きくなり、それと同時に意識レベルも低下する。
何度も気絶してその度に魔法で意識を戻すことを繰り返していたし、痛みはなくとも結構きつかった。
もちろんある程度以上まで行くと『精神衰弱』などになって自動的にリセットされたのだけれどそれでもだ。
でもそのおかげで勝利を確信したポルックスは――恐らくは僕の凄惨な状態を見せつけて絶望させる為に――居場所の掴めなかったユーティリアとホロスをわざわざこの場に連れて来てくれた。
拘束している魔術に『隠蔽』系の効果が付与されてあるのかマップでの表示はなかったけれど、この場に現れてしまえばそんな事は関係ない。
それでグッとこちらは楽になったものだ。
その上、カストルが僕に憑依してくれたのも好都合だった。
彼のステータスも『隠蔽』されているらしく『憑依』されても相変わらず見えなかったが、僕自身のステータスは常に表示されている。
だから彼が僕の体の中に入って来た瞬間にレベルを一気に上げて憑依されても体を乗っ取られないようにし、更に自分のステータス上に現れた『状態異常・憑依』というものを魔法で消した。
そしたらなんとその憑依していたカストルの存在も消し去れてしまったのだ。ログで確認したので間違いない。
誰しも劇的に死ねるわけではないらしく、こうしてカストルは最後の断末魔の叫びの上げることなくこの世から消える事となったのである。
その後は周囲の注意が僕に向けられていないのを確認して不要なものや要素を全て消去。
その後に油断して隙だらけのポルックスの背後に転移して彼女自身を壁に向かって投擲し、そうして何の外傷もない状態で僕が立っているという訳だ。
もちろんそんな事は知らないポルックスもユーティリア達も訳が分からないに違いない。
だけどそれを事細かに説明する気は僕にはなく、またのんびり話を続ける気もなかった。
僕はボックス内からある武器を取り出すとそれをポルックスに向かって投擲する。
「これは!?」
それを察知した相手はそのまま投擲をその身に受ける訳もなく、その場から跳んで攻撃を躱していた。だけどその投擲した物を見てポルックスは目を見開いている。
何故ならそれは先程まで僕の体に突き立てられていた飛竜の牙を使ったというナイフだったからだ。
これは消すのはもったいなかったのであるだけボックス内に回収しておいたのである。
「どうしてあんたがそれを。まさか本当にカストルを倒したっていうの!?」
「彼からの返答がない事こそがその答えじゃないの?」
そう言い捨てながら更にそのナイフを続けて二本同時に投げつける。
片方のナイフがその身体に掠って切り傷が生まれ、ポルックスに隠しきれない焦りの表情が生まれていた。
自分が追い込まれるなんて先程は思ってもいなかったのもあったのだろう。動揺からか動きもかなり鈍い。
あるいは絡め手が得意な分、直接的な戦闘は苦手なのかもしれない。
そこでどうにか僕から離れたい一心からか背の翼を使って上空に逃げるポルックス。だけどそれを僕は待っていた。
(次の一斉掃射で終わりだ)
その前の二射でこうして敵を空中に誘い出すことに成功した。
そしてこの軌道なら傍のユーティリア達も少し離れた場所にいるレイナさんも巻き込む心配はない。
僕は一度に打ち出せるありったけの武器を自分の周りに出現させる。
その中には当然ながら回収したナイフもあった。そして敵に対して狙いを定めると、
「ま、まさか!?」
その意図に気付いたポルックスが驚きの声を上げるとほぼ同時に、僕は容赦なくそれらを解き放った。
そこに散々やられた事をやり返してやる、という気持ちが全くなかったとは言わない。
(くらえ!)
その僕の復讐の気持ちも若干込められたその攻撃が当たる瞬間、ポルックスは自らの横に黒い泥を生み出すとそこに飛び込む。
ただそれも完全には間に合わず、腕の一本は斬り飛ばされていたが。
もっとも下手に争う事に拘らずに逃げの一手を打ったのは賢い行為だった。あのままだったなら恐らくは串刺しになっていただろうし。
(逃がしたか)
落下してくる武器の数々をボックスに回収しながらでも僕は内心で舌打ちをしていた。
でも僕にしてみればそれでも特に問題はない。この迷宮から皆で脱出さえ出来れば最低限の目的は達成できるのだから。
その僕の願いが通じたのかボスの部屋の最奥にあった壁が光り出す。そしてその先に進めるようだった。
ボスを倒した時ではなくこのタイミングで出口らしきものが現れるという事はポルックスが僕に敵わないと判断したのだろうか。
確かにここで出口が生まれればユーティリア達がいる以上、僕は彼らを連れて脱出する可能性が高い。
何故ならポルックスは僕が彼女の居場所を探れないことをわかっているからだ。
例えポルックスを仕留めたくとも、どこにいるかわからないのでは倒しようがないと向こうは考えたのだろう。
(出口がなければ何としてでもポルックスを見つけて出口の場所を吐かせる以外に選択肢はなかったけど、こうなった以上は深追いする訳にはいかないか)
それに僕以外の三人がここから迷宮を逆走する元気があるとも思えない。
また三人だけどこかに飛ばされても困るし、出口が本物であることを確認した上で戻るのが一番の選択だろう。
そう思って僕がユーティリア達の魔術の拘束を解き、気絶したままのホロスを目覚めさせていると、
「コノハさん!」
聞き覚えのある声が光の先の方から飛んできた。
そして僕の予想通り、その光からメルが凄い勢いで飛び出てくる。
いや、もうあれは飛んできていると言っていい。ステータスにも何故か『飛空』という新たなスキルが加わっているし。
そしてその勢いのまま僕の胸辺り向かって突っ込むとそのままがっしりとしがみつく。更に気付けばそれを追うようにミーティアもやって来ていた。
どうやってここに来たのかを聞くと、どうもこちらで出口が現れたタイミングで向こうのVIPの部屋にも入口が生まれたのだとか。
そしてその部屋で僕の帰りをずっと待っていたメルが風の神からもうすぐ僕が戻って来ると聞いていたこともあって、一も二もなくその中に飛び込んだから慌てて追ってきたとミーティアが分かり易く説明してくれた。
そこで僕は念の為に勇者の紋章を確認しながらメルの事を叱ろうとしたが、自分が言えた事ではないと思い止まった。
端から見れば僕もメルも無謀な行為した事に変わらないだろうし。
(まあ風の神の保証があったみたいだし、僕よりはマシなのかもしれないしね)
「さて、それじゃあメル達はユーティリア姫達を連れて先に脱出するんだ」
「先にって、コノハさんはどうするんですか?」
「僕はこの迷宮でやるべき事が残っているからね。それが片付いてから脱出するよ」
「それってつまり例のあれの事?」
メルの頭を撫でている僕に向かって姉の命令かと問うてくるミーティアの言葉に頷いて答える。
実際にはそんなクエストは出ていなかったが、メルという安心して王女達を任せられる相手が来てくれたのだ。
この状況を利用しない手はないだろう。
「危険はないのね?」
「大丈夫、空間が繋がったって事はコンも呼べるはずだからね。それにやばくなったらすぐに脱出するよ。僕も命は惜しいからね」
「……わかったわ」
渋々といった様子で納得してくれたミーティアやメルは一人で迷宮に残るという僕の発言を聞いて必死の様子で止めてきたユーティリア達を「勇者の仲間だから大丈夫」と半ば強引にだが説得してくれた。
そしてそのついでにそこで迷宮内での僕の事については口外しないようにもお願いしておく。
言っても無駄かもしれないが、やっておいて損はないから。
「本当に、本当に危険はないのですね?」
「そう時間は掛からずに戻りますから大丈夫ですよ」
「絶対ですよ。私、コノハ様が無事に戻って来るのを待っていますから」
それでもしつこいくらいに大丈夫なのかと確認してきたユーティリア姫の好感度が77となっていることに嬉しいような怖いような心境を覚えながら、僕は皆がその光の中に消えていくのを見送る。
「さてと……一応確認しておきたいんですけど、これで皆は無事に戻れましたよね?」
「ああ、これで後は君さえそこから脱出すればもう一つのクエストの方もクリアになるはずだよ」
「そうですか、ありがとうございます」
親切に僕の問いに答えてくれた風の神に改めて礼を言って、僕は全身の装備を変更する。そして手に持った狐の面を顔に嵌めて、
「それじゃあ、後顧の憂いを断ちに行くか」
出口とは逆の方へと足を踏み出した。