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閑話 王女が目撃した惨劇

 誰かの泣き声が聞こえた。そしてその声はどこかで聞いたことのある声だった。


(レイ、ナ……?)


 眠りから覚めていくように、段々とはっきりしてくる頭がその声の主は私の侍女であるレイナであることを教えてくれる。


 でも、どうしてあのレイナが泣いているのだろうか。


 私のような第五王女とは言え王族の侍女を任されるほど優秀で、そうじゃなくてもいつも姉のように色々と世話を焼いてくれたレイナ。


 頼りになる姿は数え切れないほど見てきたが、その逆の動揺した姿などはほとんど見たことがない。


 ましてや声を上げて泣く姿など想像もできないくらいだ。


 だからゆっくりと目を開けてその光景を見た時は夢だと思った。そうでなければあまりにひど過ぎるから。


「何、これ……?」


 真っ赤な血だまりの中で横たわる彼のその背中には無数の刃が突き立てられており、その傷からの出血を防ぐ為なのか、その傷口や体のあちこちが血を凍らせて出来たかのような赤い氷で固められていた。


 そしてその横で涙を流しながら呆然とした様子で泣きながらレイナが座り込んでいる。


「レイナ、これは一体何が?」


 そこで自分が魔術によって拘束された状態で座らされている事に気付いた。そして自分が第八階層で黒い泥に呑まれていった事も思い出す。


「あ、起きた。おはよう、王女様」


 その声がした方向を見れば私と同じような体勢で意識を失っているホロスと、その奥に背中に羽が生えた女の子がいた。


 この状況を見ているはずなのに平然とした様子で笑顔を浮かべながら。


「あ、あなたは誰なの? この状況は一体……」

「アタシは中級魔族の『偽りの双星』ポルックス。いちいち事細かに説明するのは面倒だから簡単に言っちゃうと、お兄ちゃんはあのお姉ちゃんにやられちゃったの。それであなた達はこの後に魔王様復活の為の生贄にさせてもらうからよろしくね」


 レイナが彼をやっつけた、その言葉から私が理解した内容はそれだ。


 だけどそんな事があり得るはずがない。

 レイナが彼を傷つける訳がないし、それに勇者の仲間としてここまでずっと敵を寄せ付けもしないような活躍をしてきた彼がやられるなんて想像すら出来ない。


 でも現実に目の前で彼はピクリとも動かずに倒れている。これまでずっと余裕を感じさせていたあの姿が見る影もなく。


「ああ、安心して。お兄ちゃんも生贄になって貰わなきゃいけないから殺してはいないわ。まあでも散々痛めつけたし、あの状態じゃそれこそ指先一つ動かせないだろうけどね」

「嘘よ、そんなの嘘に決まってるわ! レイナ、そうでしょ!?」


 その言葉を信じたくなくて必死にレイナに否定した貰う為に言ったその言葉だったけど、


「すみません、姫様。私が、私の所為で……」


 血塗れで震える手を見つめながら泣いているレイナのその様子で無残にも肯定されてしまった。


 即ち、それは私達がもう終わりであることも示していた。


 勇者の仲間である彼が為す術なくやられてしまった中級魔族という相手に私達三人如きがどう足掻いても勝てるわけがない。


「でもね、お兄ちゃんも頑張ってたんだよ。最初に心臓付近を一突きにされても死なずに必死にアタシから情報を引きだそうとしてたし、その後も人質のあなた達の為に無抵抗であんなになるまで耐えてたんだから。お兄ちゃん一人だけだったならこんなに簡単に勝てなかったし、こんなに上手く行ったのは足を引っ張ってくれた王女様達おかげよ。本当にありがとね」


 こちらを嘲るように笑うその相手に反論したかったけど、私は何も言えなかった。


 その言葉はきっと間違いではないから。きっと私達という足枷がなければ彼はこうはならなかったはずだから。


 絶望的な状況だけど、何か自分に出来る事はないかと周囲を見渡して突破口を探る。


 だけど目に映るのは力なく項垂れてレイナや意識の戻らないホロス、そして血の池の中心でピクリとも動かない彼だけだった。


(……もう、どうしようもないのね)


 そうして私達が抵抗する気もなくなった事で満足したのか、ポルックスは満足気な様子で笑う。


 あるいは私が目覚めるのを待っていたのも、そうやってこちらが絶望する姿が見たかったからなのかもしれない。


「さてと、カストル。今の内にお姉ちゃんの体から出てお兄ちゃんの方に憑依しておいて。流石にこうなったら勇者の仲間でもどうしようもないと思うけど、お兄ちゃんは色々とイレギュラーなところもあるから念には念を入れておきましょう」

「わかった。でもそれだと今の対象は完全に解放されることになるけどいいんだよね?」

「構わないわ。お兄ちゃんが動けなくなった以上、もう私達の敵はいないもの。それに当の本人達は抵抗する気力さえ湧かないようだしね」


 この魔族にとって私達は敵でさえなかった。勇者の仲間に対しての人質と魔王復活の為の贄、それ以外に何の価値も見いだしていないのだ。


 そうしてレイナの体から黒い霧のようなものが溢れ出て、宙に集まると人の形を成していく。


 少ししてその黒い霧が集まったところにはポルックスに似たような顔をして、同じように背中に蝙蝠のような翼を持つ少年が現れていた。


 彼がレイナに憑依していたというカストルという名の魔族なのだろう。


「憑依した後は意識まで完全に奪って何も出来ないようにしておいて。ただし絶対に死なないようにするのよ」

「わかってるって」


 まるで幼い兄弟が何てことない事を話しているかのような気楽さでカストルはその言葉に頷くと、倒れている彼に近付きその体に触れる。


 そしてまた黒い霧になって彼の体の中に入って行った。これで憑依が完了してしまったのだろうか。


「うふふ、初めはお兄ちゃんがいて焦ったけど、結局はアタシ達の勝ち。やっぱり下等な人間なんかに魔族が負けるわけがないのよ」


 そうやって勝ちを確信しているポルックスという魔族。それに何も言い返せずにその通りだと思っていた私だった。


 だけど、


「前に会った魔族も同じようなことを言ってたけど、魔族はやっぱり種族全体で人を見下しているのかな?」


 その聞き覚えのある声にハッとして顔を上げる。


 でも視線の先に倒れていた彼の姿どころかそこにあったはずの血の池まで幻だったかのように消えていて、同じく驚いた表情のレイナだけがそこにいた。


「な!? どこに!」

「こっちだよ」


 その言葉と同時にそれまで勝ち誇っていたはずのポルックスがもの凄い勢いで壁に叩きつけられた姿が目に入ってくる。


「それにしてもまさかここまで上手くいくとはね。そっちが狡猾でも最後の詰めが甘い相手で助かったよ」


 いきなりの事態に混乱しながらも恐る恐る横を見てみると、そう言いながらいつものように偉ぶっている訳ではなく自然体で、それ故に余裕が感じられるリラックスした態度の彼がそこに立っていた。


 体に付けられた無数の傷や覆っていた氷、ボロボロだった服など確かにあの場にあったはずの物が全て消え去った状態で。


 そう、まるで全て初めからそれらのものが存在しなかったかのように


 この場で何が起こったのか全く理解できない。

 けど今、確かにわかることが一つだけあった。


「レイナさんもユーティリア姫も動かず、もう少しだけそのまま待っていてください。すぐに終わらせますから」


 勇者の仲間である彼が、コノハ様が私達を助ける為にこの場に立ってくれている。それだけは何も出来ない私にもわかるただ一つの事実だった。

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