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第十五話 偽りの双星

 その様子を見て一番初めに反応したのはポルックスだった。


「ちょっと! 殺しちゃダメって言ったでしょ!」

「げほ!?」


 それに遅れて血を吐く。肺も貫いているのか呼吸も苦しい。


(何が……!?)


 振り返った背後、そこには呆然とした様子でいるレイナさんがいた。

 まるで僕の背中にナイフを突き立てた後のような体勢で。


「レイナ、さん?」

「ち、ちが、私、なんで?」


 この体勢や背後には彼女しかいなかった状況から考えてまず間違いなく彼女が僕の背にこのナイフを突き立てたのは疑いようがない。

 現にログでもレイナさんからの攻撃を受けたと出ている。


 だけどその様子からして彼女が自分の意志でそうしたとは思えなかった。

 だとすれば答えは一つ。


「彼女に、何をした?」


 歯を食いしばって倒れるのを堪えながら僕は問い掛ける。


 それに対してポルックスはまた笑顔になって答えてきた。まるで出題したクイズに見事正解してくれた事を喜ぶかのように。


「さっすがお兄ちゃん。心臓を貫かれて死なないどころか、その状態で冷静に分析するなんて。でも言ったでしょ、『偽りの双星』だって。それにそもそもおかしいと思わなかったの? そのお姉ちゃんだけがどうして何事もなかったかのように迷宮内に飛ばされたのかって」


 もちろん僕だってそれについてまったく疑問がなかった訳ではない。


 でもステータスを見る限りレイナさんであることは間違いなかったし、特に異常も見当たらなかったらそれはないと判断したのだ。彼女が裏切り者である可能性を。


 それは間違ってはいなかったが正しくもなかったらしい。


「さーて、ここでもう一問。そのお姉ちゃんは一体どうしてお兄ちゃんに猛毒付きのナイフを突き立ててしまったのでしょうか?」


 猛毒とは道理で体が痺れて来る訳だった。

 流石に体内に直接打ち込まれては抵抗(レジスト)できないらしく、ステータスでもしっかりと『状態異常・猛毒』という表示が現れている。


(あの様子だとレイナさんの意思を無視して体が勝手に動いたのか? それにさっきの様子や『偽りの双星』って名前から考えれば……)


「もう一人、いるんだな。そしてそいつがレイナさんの体を、操ったのか」


 前回の戦いで勇者の仲間がもう一人いたことも思い出しながら僕はそう言う。


 その経験からこれでも警戒はしていたのだが、まさかこんな形で攻撃されるとは想像だにしなかった。


「大正解! カストル、ボーナスとしてもう一本お兄ちゃんにナイフをプレゼントしてあげて。言っとくけど今度は急所を外すのよ。ちなみにお兄ちゃんは抵抗しようとしたらお姉ちゃんがどうなるかはわかってるよね?」

「い、嫌!? 体が勝手に!?」


 レイナさんの悲鳴と共に今度は右の太もも辺りが熱くなる。


(ナイフが刺さったままじゃ魔法も発動しないか……)


 自動的にせよ意識的にせよ、このままでは無の魔法でも傷は塞げないらしい。ナイフを抜くか消してからでないと駄目という訳だ。


 だけど下手に動くとレイナさんがどうなるかわからない以上、迂闊に動く訳にはいかなかった。


 そこで毒が回って来たのか更に体が重くなり思考もぼんやりとして来る。

 もっともこれだけの事をされてなお、この程度で済んでいるのだから僥倖と言えた。普通なら即死だろうし。


「……なんで立っていられるのかな。紋無しだったら死んでてもおかしくないのに」


 そこで初めてポルックスの表情が怪訝そうに曇った。向こうの圧倒的有利な状況だが、それでもなお倒れない僕に何か感じるものがあったらしい。


「カストル、お遊びは終わりよ。そろそろ抵抗できないように本気で痛めつけて」

「りょーかい」


 聞いたことのない少年のような声が響き、レイナさんの手にどこからともなくナイフが現れる。


「なんで、どうしてこんな……!」


 必死にレイナさんも抵抗しているようだったが、残念な事に彼女の体は持ち主の意思を全く反映しようとしない。

 この様子だと完全にカストルという人物の支配下に置かれてしまっているようだ。


「レイナさんに憑依してる、ってところかな?」

(今にして思えば合流してからのレイナさんからの質問がやけに多かったし、あれは憑依したカストルが僕の能力に探りを入れていたのかもしれないな)


 宿主が気付かぬ内に体を動かすことが出来るくらいだ。気付かれないようにそういう方向にレイナさんの無意識の思考を持っていけてもおかしくはない。


「またまた正解。更に僕達は『憑依』しながら『隠蔽』が使えるのさ。だからそれこそ『心眼』持ちでもない限り見つけられないってわけ」


 そのカストルと思われる少年の声の通りこの状況でもレイナさんのステータスの異常は見られなかった。


 一瞬、実はすべてレイナさんの演技である可能性も考えたが、泣きそうになっているその様子を見てその疑いは一先ず捨てることにした。


 どちらにしたってユーティリア達が囚われている限り僕は抵抗出来ないのだから。


(憑依されたのはやっぱり第八階層で飛ばされた時かな? いや、下手をすれば第八階層の時じゃなくてこの迷宮に飛ばされた時から憑依されていたのかもしれないのか)

「コノハ様、お願いですから逃げてください!」


 その言葉とは裏腹にレイナさんは容赦なくもう一本のナイフを今度は左の太ももに突き立ててきた。


 防御していないとは言え制限なしのこの状態でも貫いてくるところからして普通のナイフではないらしい。


「飛竜の牙を加工して出来たナイフなのに刺す時に抵抗があるなんて、お兄ちゃんは一体どんな体してるの?」

「さあ、ね。でもその発言からすると、あそこで飛竜が襲ってきたのも、君達が絡んでいたみたいだね」


 勝ったと思っているのかベラベラと話してくれるポルックスのおかげで点と点がどんどん繋がっていく。


 もっともその代償に体の傷と途轍もない痛みが必要になっているが。


「……こいつやっぱり変だよ、ポルックス。生贄にするのは止めてこいつは今すぐに始末しようよ。ずっと観察してたけど、それでもまだ底が知れないなんておかしいって」

「それはダメよ。お兄ちゃんはあの王女様よりも因子を持っていて生贄としては申し分ない存在だもの。魔王様復活の為にも二人は絶対に生きたまま贄にしなきゃいけないのはカストルもわかってるでしょ?」

(僕とユーティリアが持っている因子?)


 それについては全く心当たりがなかった。でも、それこそがこいつらがユーティリアを狙った原因なのは疑いようがない。


(向こうは僕を殺す気はないみたいだし。ここは情報を集める為にも耐えるしかないか)


 レイナさんも支配された状態な上にまだユーティリアとホロスがどこかに囚われたままでは動きようがない。


 まずは人質をどうにかしない事には打つ手がなかった。


「……わかったよ。だったら徹底的に痛めつけて指先一つ動けないようにするからね」

「構わないわ。死ななければ」

(勘弁してよ……)


 いくら化物みたいにレベルが高いからって痛みはある。それこそ今の状態だって涙が溢れるくらいの激痛が体を奔っているのだ。


 これ以上の痛みなど頼むから本気で勘弁してほしい。


「止めて! もう止めてよ!」

「お姉ちゃんはその特等席でゆっくり見てて。自分自身でお兄ちゃんを地獄のような苦しみを与えるところを、ね」


 その言葉通りレイナさんは泣きながらもどこから取り出したナイフを握り、止まることなくそれを僕の体へと振り降ろしてくる。


 そしてまるでその光景をレイナさんに見せつけるかのように傷口を抉ってみせた。


「が、あ!?」

「お兄ちゃんとお姉ちゃん、どっちが先に壊れちゃうのかな?」


 右腕に走る激痛に苦悶の声を上げる僕と、望まぬ行為を強要されて悲鳴を上げるレイナさんにそんな悪魔のような楽しげな声が掛けられるのだった。

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