第十四話 ボス戦
「ここにも隠し部屋はありません」
「ってことは、この迷宮のどこにもそんな場所はないってことですね」
第十階層の最後の部屋を調べ終わった僕達はそう結論を出していた。あるいはそうするしかなかったともいう。
(いや、正確にはもう一つ部屋はあるにはあるか)
それはボスがいると思われる部屋の事だ。
だけどボスを倒すとこの迷宮を脱出してしまうことになるかもしれないし、部屋に入ったら出られないなんてことも考えられる。
だから勝つ事自体は簡単ですぐにでもやれるが、そこに行くのは最後の手段なのだ。
(でも他に可能性はないし、もう向かうしかないのか?)
そこに二人がいると信じて。
「コノハ様、この後はどうしますか?」
悩んだ僕だったけどここは進むしかないと判断した。そこ以外に二人がいる可能性はほぼないし賭けてみるしかないとして。
(同じように泥にのまれたレイナさんがこうしてここに無事でいるんだ。二人だって同じのはず)
その希望的観測を信じて僕は最後の部屋の扉を開き、その中へと入っていく。
流石にここでは背負いはしなかったが、それでもいつでも逃げだせるように背後にレイナさんを庇った状態で。
そうして中に入った僕達を待っていたのは巨大なゴーレムだった。
(ジャイアントゴーレムって名前はわかってたからある程度大きいのは覚悟してたけど、ここまでとはな)
巨大な光点に相応しくその体は普通の人間の五倍以上の大きさはあるだろう。向こうがその気になればこちらを踏み潰すのも簡単に違いない。
もっともレベルはその体の大きさと比べたら72と些か物足りない感じだったが。
そのジャイアントゴーレムは部屋の中に足を踏み入れた僕達を認識すると赤い目を光らせてこちらに突っ込んでくる。
あの巨体で一撃を放たれると僕はともかく、背後のレイナさんがその余波に巻き込まれかねないのでその前に片付ける事にした。
「この大きさだと狙いを付ける必要もないな」
またしても足元に大量の壁や床の破片を用意してそれを容赦なく蹴り出す。
敵の体が大きい為にほとんどの攻撃が外れる事がなく、ジャイアントゴーレムはほぼすべての攻撃をその体で受け止める事となった。
穴だらけになったジャイアントゴーレムはそれでもまだ僅かに残ったHPで必死にこちらに向かってこようとする。何と言うかその姿は哀れだった。
ここまで悲惨だと命がないゴーレム相手でも同情すらしてしまうほどに。
「まあ、それでもやるんだけどね」
もう一度同じことを繰り返すことで残ったHPを今度こそ刈り取られたジャイアントゴーレムはその体を崩壊させながら倒れていく。
その中にはかなりの大きさの物もあり、そのまま落下させると危なかったこともあってボックス内にそれをしまうことにした。
結果、僅か数秒でボス戦は終了となり、その体の欠片も残すことなくボスは消え去る事となった。
(これでユーティリア達が見つかれば完璧なんだけどな)
そう思いながらマップで周囲の状況を確認している時だった。
「やっぱり凄いね」
「っつ!?」
誰の物かわからないその声をした方向を見ると、背中に蝙蝠のような翼が生えた十歳くらいの少女がいた。
だがマップ上ではそこには何も映っていない。目の前には確かに少女がいるのに誰もいないと表示されていたのだ。
「……君は誰かな?」
「アタシは『偽りの双星』ポルックス。見ての通り魔族でこの迷宮にお兄ちゃん達を引きずり込んだ存在。つまりお兄ちゃん達の敵だよ」
前にあった魔族と似通った容姿をしていたからまさかと思ったがどうやら彼女は魔族で間違いないらしい。
(『隠蔽』系のスキルを使っているのか?)
「ふふ、その様子だとやっぱりお兄ちゃんはこの迷宮の全容を把握してたみたいだね。でも残念。アタシはね、『偽りの双星』の名の通り、自分を偽る能力があるの」
「それはつまり索敵から逃れる能力があるって事かな」
「半分正解。でももっと凄い事も出来るんだよ」
そう言って無邪気に笑うその姿は魔族とは思えなかった。
だけどこれまでの事を仕組んでいたのがこの子だと考えれば、その外見に騙される訳にはいかない。
「その様子だと、第八階層で姫達を攫ったのも君の仕業と思っていいのかな?」
「うん。でもそこはアタシの勝ちだったけど、全体的に見ればこっちの負けだと思うよ。この飢餓の迷宮に準備もせずに挑むことになったのに飢え死にしないどころか、ここまで辿り着いたんだもん。まさかお兄ちゃんにあんな能力があったなんてびっくりだよ」
「その口ぶりだと迷宮内での僕達の行動は筒抜けみたいだね」
「そうだよ。だからお兄ちゃんの事はとっても警戒していたんだ。他にも色々隠してるみたいだったしね」
会話での探り合いをしながらどう動くか考える。背後にはレイナさんがいるし、迂闊に動けば彼女の身が危ない。
まさか魔族がそこにいるとは思わなかったのでこの状況は誤算だった。ボス相手でも楽に相手が可能だと判断したからこそ連れてきたというのに。
(相手がどれだけ強いかわからない以上、無茶はできない。どうにかしてレイナさんを部屋の外に出した後、全力で相手をするしかないか)
そしてその前に連れ去った残り二人の事も取り戻す算段をつけておかなければならない。
やるべき課題が山積みとかなり困難な状況だった。
「ところで君達は何が目的で僕達をここに呼び寄せたんだい?」
「そんなの決まってるでしょ。魔王様を復活させるための贄が必要だったからだよ。本当はお姫様だけのつもりだったから、まさか勇者の仲間のお兄さんまで釣れるとは思わなかったけどね」
「じゃあ他の二人は?」
「うーんと、勝手に付いてきたおまけって感じかな? まあ有って困るものじゃないし、折角だからお姫様と同じく生贄になってもらおっと」
良い事を思い付いて素直に喜んでいる様子だが、その発言は実に物騒なものだった。やはりこの子も魔族なのか人の命を屁とも思わないらしい。
それにしてもどうしてユーティリアが贄に相応しいのだろうか。その口ぶりからして少なくとも何らかの基準があるのは間違いない。
「ああでも安心して。まだお姫様達は無事だよ。お兄さんの所為でまだまだ元気だからちゃんと餓死寸前まで搾り取って、その後に贄になってもらう予定だから」
「前半はともかく、後半の発言は全然安心できないよ」
ただまだ二人は無事だと分かったことは僥倖だ。
どうもこのポルックスという魔族は賢くないのか、それともばれても構わないと考えているのか簡単にこちらの情報を開示してくれる。
おかげで懸念事項が既に幾つも解決できた。
「ふふ、この状況でも必死にアタシから情報を引き出そうとするなんて、お兄さんはやっぱり偉いね。でもそれは無駄なんだよ」
そうしてポルックスはニッコリと満面の笑みを浮かべてこう言った。
「だってお兄さんはもう終わってるんだから」
その言葉の意味を尋ねる前に僕の背中に衝撃が走って、何かが体を貫く感触がする。
「「え?」」
重なったその言葉が誰の者かもわからずに、何事かと思って自分の体を見下ろしてみると左胸、心臓付近から鋭利な刃物の穂先らしきものが飛び出ていた。