第十二話 クエストの導き
その手を取れなかった僕はその勢いのまま止まれずに壁に激突した。
意識が完全に手を掴む事に向かっていた所為でもあるが、まだまだ力のコントロールが完全ではない証拠でもあるだろう。
「くっそ!」
僕はすぐさま気持ちを切り替えると三人がどこに行ったのかサーチを掛ける。
この迷宮内のどこかに飛ばされただけならまだ間に合うかもしれないからだ。
逆に言えば、そうでないとほぼ詰みであるということに他ならないが。
その結果は、
「いた!」
まず発見したのはレイナさんだ。
彼女は第九階層の小部屋でまだ生きている。
だけどその小部屋にはクリスタルゴーレムというレベル56の魔物が二体もいた。レイナさん一人だけでは長くは持ちこたえる事は不可能だろう。
ホロスとユーティリアの反応はまだ見つからない。
同じ形で泥に呑まれたレイナさんがこうして迷宮内に飛ばされたところからすると、他の二人だけ迷宮外に飛ばされた可能性は低いと思うのだが。
(って、今はそんなこと考えている場合じゃないか)
すぐにでもレイナさんの元に向わなければならない。
僕は背後に迫るマーダーゾンビのことなんて無視して先に進もうとしたが、そこで先程自分がぶつかった壁の正体に気が付いた。
そこにあったのは黒い壁。しかもそれが出口を塞ぐようにして聳え立っているのだ。
どうやら転移の罠が発動したと同時にこれもどこからともなく現れていたらしい。
(これじゃあ第九階層に降りられない)
黒い壁は魔法でも壊せないのは確認済み。つまりこれは完全に閉じ込められたに等しい状況だった。
下に通じる道は一つしかない以上、ここから先は完全に通行止めとなってしまっているのだから。
(解除方法はないのか? そう、例えばどこかにスイッチとか)
周囲を見渡すがそれらしく物はないし、マップ上でも見つけられない。
そもそもゲームのように解除方法が絶対にあるとは限らないのだ。この罠は掛かった相手を一生ここに閉じ込めるものの可能性だってなくはない。
「くそ! このままじゃ……!」
必死に何か方法はないかと考えるが何も思い浮かばない。焦りが更なる焦りを生んでどうしようもないでいる。
そんな時だった、メニュー内で何かが更新された時の音がしたのは。
新たにNEWの表示が浮かんでいる項目はクエストのところ。それを認識した瞬間に僕はそこを開く。何か突破口に繋がるものはないかと。
「……はっ!」
それを見た僕の口から思わず笑いが零れる。
「ったく、ようやく無の神に力を貰ってよかったと思ったよ!」
まず僕は緊急クエストの『マーダーゾンビを殲滅せよ』というものに取り掛かる。
不幸中の幸いで誰もいなくなった今、この場で力を制限する必要はない。
復活してきたのを合わせて百体を軽く超える数のマーダーゾンビの全てをロックオン。
そして僕は無の魔法を発動した。
そうして瞬きを終えた僕の視界では障害物は消えて、この階層に来た時のような何もない空間がそこには広がっている。
これで殲滅は完了。クエストもクリアだ。
だけどそこでのんびりしている暇はない。
すかさず僕はもう一つの緊急クエスト『レイナを救え』に移行した。むしろこちらが僕にとっての本命なのだから。
この二つの緊急クエストのどちらにも同じだけの短い制限時間が課せられており、それが僕に答えを与えてくれたのだ。
この場で緊急クエストが出るという事はまだレイナを助けられる可能性があり、なおかつその為にはマーダーゾンビを殲滅する必要があるのではないか。
だからこそこの二つのクエストのタイムリミットは同じで現れたという風に。
(この状況で必要ないクエストを出す意味がないからね)
だから前者のクエストもレイナさんを救う為に関係があると考えるのが妥当。
それで導き出せる答えは一つだろう。確かに考えてみればフロアの敵をすべて倒すまで進めない、なんて罠もゲームではよくある訳だし。
ある意味で初めてと言っていい無の神からのナイスパスに僕は心から感謝していた。
そのキッカケがなかったら僕はあの短い時間ではそれに気付けずに終わっていただろうから。
(でも逆に言えば、今は無の神でさえふざけてはいられない状況だってことなのかもしれないな)
第九階層に足を踏み入れた僕はまずレイナさんがいる小部屋までのルートを見極め、そして正しい最短ルートが出た瞬間に目視による転移を連続で発動する。
(ここを右でその先が左!)
マップで次に視界に収めるべき方向もしっかりと見極めながら僕は転移をし続ける。
そうすることで視界に映る限界までの移動を繰り返し、僅か数秒で目的の部屋の前まで到達する事に成功した。
そしてそのまま扉を蹴破る勢いでその小部屋の中に飛び込み、今にもレイナさんに襲い掛かろうとしていたクリスタルゴーレムとの間に割って入る。
(って、ここで圧勝するのは不味いのか)
その気になれば魔法でなくとも拳の一撃で粉々に出来るのだが、それをレイナさんに見られる訳にはいかない。
という訳でその場は一先ずレイナさんを抱えて退避。背後で敵の振り降ろした拳が床を砕く音が聞こえる。
右腕でレイナさんを脇に抱えた状態のまま僕はもう片方の空いている手に二つの出した石でそれぞれの敵の頭を打ち抜く。
もちろんそれだけでは不十分なのはわかっていたので、追撃として着地した足元に大量の石を出現させる。
(ロックオン完了、一斉掃射っと!)
前の時とは違いレベル制限なしで放ったそれの威力は桁違いだった。
明らかに着弾の後に音が聞こえてきたぐらいだったし、蹴った石の半分以上が蹴りの威力で消し飛んでしまったほどに。
「……少しやり過ぎたかな?」
クリスタルゴーレムが跡形もなく吹き飛んだのは勿論の事、その背後の壁も穴だらけで黒い壁がかなり露出していた。
穴だらけのその光景はまるで機関銃でもぶっ放したかのようである。
タイムリミットもあった所為で焦っていたとは言え、過剰な力を使ってしまったようだ。
(……まあ、クエストはクリアになっている訳だし、結果オーライってことで)
そんな風に半ば諦めていると、
「こ、コノハ様。あなたはこれで本当に神の紋章を持っていないのですか……?」
案の定レイナさんがそう問い掛けて来た。
まあ、これを見ればそう言いたくなるのもわかるというものだ。
紋章の無い人物がこれだけの力を持っているとなれば、紋章を持っているメルは一体どれほどのものなのかと思うだろうし。
「はい、持ってないですよ。疑うのなら後で確認してもらっても構いませんけど、その事に関しての話は後にしましょう。それより今はホロスとユーティリアの行方を探す方が優先です」
その言葉にレイナさんはハッとする。助けに来たのが僕だけだった事にこの時になって気付いたらしい。
「一応聞いておきますが、二人の居場所に心当たりは?」
「わかりません。私も泥に呑まれて気付いた時にはここに居ましたから、恥ずかしながら自分の居場所さえよくわかっていないのが現状です」
「ですよね……」
改めてサーチを掛けながらこの迷宮全体を確認してみるが、やはり青い光点はレイナさん以外どこにも見当たらない。
(仮に二人がレイナさんと同じようにこの迷宮中のどこかの小部屋に飛ばされたとしたらそれがマップに表示されるはず。でも現にこうしてその表示がないという事は、何らかの方法で二人の居場所を隠蔽されていると見るべきだろうな。だとすれば二人が飛ばされたその場所自体が『隠蔽』系のスキルか何かで隠されている?)
でもこれまでの階層にそれらしきものは何処にもなかったのは皆で確認してきた。
どこかに出口はないかとそれこそ徹底的に調べ上げたのだから、これで隠し部屋を見逃したとは考え辛い。
残る可能性は第八階層より下の階層。そのどこかにある隠し部屋、またはそれに類する部屋に飛ばされたか、だ。
(今のところ二人を救うように指示する緊急クエストも出て来てないし、今はこれまで通り各部屋を調べながら進むしかない、か)
「とりあえずこの階層に隠し部屋などがないか調べてみましょう。二人もレイナさんと同じようにこの階層に飛ばされたのかもしれませんし」
「……そう、ですね」
そうする事しかできない自分に対して本当に悔しそうに唇を噛み締めるレイナさん。
でもこれ以外の良い方法など思い付かないのだろう。マップなんてチートがある僕でさえそうするしかないのだからそれも当然だった。
「……大丈夫ですよ。二人はまだ生きていますから」
「わかるのですか!?」
「どんな状態かまではわかりませんが、少なくとも死んでいない事だけはわかります。根拠に関しては詳しく説明できないですが、言ってしまえば勇者の仲間としての力ってところです」
あまりベラベラと勇者の力に関する事は話したくなかったが、この場合は致し方ないだろう。詳細は話していない事だし、僕はそう納得することにした。
そう、重要クエストが失敗に終わっていない以上はまだ全員無事で脱出する可能性は残っているということだ。
だから今の僕達に出来る事はいち早く二人を見つけ出して安全を確保する事に他ならない。悔しがっている暇などないのだ。
「急ぎましょう。最悪ここともう一つ下に飛ばされていない事が確認できれば、それはそれで有益な情報ですしね。強い魔物がいるところには飛ばされていないって事になりますから」
「どうして……いえ、何でもありません。確かに悔しがっている時間はないですね」
一瞬、何か聞きたそうにしたレイナさんだったが、そうやって結局何も聞いて来なかった。時間が惜しい事もあって僕もあえて尋ねはしない。
そうして渡した回復薬を飲んでもらって状態を整えたレイナさんを僕は背負った。所謂おんぶという奴である。
「ほ、本当にこれで行くのですか?」
「すみません。でも、のんびりしている暇はないので」
別におんぶでなくともいいのだが、僕が彼女を抱えて走った方が断然速い。
その方法として流石に俵のように肩の上に抱えるとか、お姫様抱っこは女性として恥ずかしかったのか却下された結果がこれだ。
彼女自身がまたマシとして選んだのである。
「……わかりました。こうなった以上、私はコノハ様の事を全面的に信じます。ですからどうか、どうか姫様の事を助けてあげてください」
「わかってます。それじゃあ、しっかり捕まっててくださいね」
端から見れば実に滑稽な格好をした僕とレイナさんはそうしてその部屋を後にし、この階層を隅から隅まで調べていくのだった。