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第十一話 分断

「どうなっているんだ?」


 第八階層に降り立ったが、そこで前もってマップでその事を知っていた僕以外の三人は困惑に包まれていた。


 何故ならそこは巨大な一つの広間があるだけだったのと、更には魔物が一体もいなかったからだ。


「僕の方にも魔物の反応はありません」

「つまりこの階層に敵は居ないということでしょうか?」

「今のところはそう判断するしかないでしょうね」


 それまでどの階層でも一定数の魔物がいたし罠だって張り巡らせられていた。


 それなのに何故かこの第八階層だけ構造が違う上にそれらがまったくないのだ。少なくとも僕のマップではそう表示されている。


(九、十階層は他と同じ感じの構造だし、この階層だけ何もないのは逆に何かあるってことで間違いないだろうな)


 本当に何もないボーナスステージなら大喜びなのだが、そんな上手い話は残念ながらあり得ないだろう。


 皆もそれを感じ取っているのか警戒した表情を崩すことはない。


「どうします?」

「退けない以上は警戒しながら進むしかないだろう。例え何が起こってもいいようにな」


 迷路のような構造ではないとは言え大きさとしては他の階層と同じだから、一直線に下に続く階段に向かったとしても結構な距離を歩くことになる。

 その間に何かが起こるとホロスは言っているのだ。


 そうして僕達は警戒を怠らずに進み始める。ゆっくりとではないが最大限の警戒をしながら。


 それで残る半分まで来た時に背後に光点が生まれる。

 色は赤で形は骸骨、魔物だ。


「これは!?」


 僕が驚いたのは何処からともなく魔物が現れたからではない。


 もちろんそれにも驚かされたが、それ以上にその数がとんでもなかったから。 

 そう、まるで赤い絵の具をそこら一帯に垂らしたかのように僕達の背後のマップが赤色で塗り潰されていったからだ。


 そしてそのマップの通り、振り返った視界には次々と床から生えるようにして現れる多数の魔物の姿が映る。


「走って!」


 だから僕がその言葉を言い終える前に皆その場から走り出していた。これまで通りのホロスを先頭に置いた陣形のまま。


 僕もユーティリアの横で彼女が遅れないように気を掛けて走りながら、その現れた魔物の詳細なステータを閲覧する。


 そいつの名称はマーダーゾンビでレベルはどれも50前後、スキルは主に『復活(物理攻撃死亡時限定)』『腐敗の手』『噛みつき』三つだ。


(これはホロス達でも勝てないな)


 こちらが二で相手が一ならわからないが、今は相手が百を軽く超えている。


 もはや数の暴力と言っていい状態で、これでは彼らが勝てる可能性は確実に零だ。となれば逃げるしかない。


 だがそれも簡単ではない。


 今のところは入口から出口方向に向かって波が押し寄せるようにして魔物が向かって来ているからどうにかなっているが、その速度から考えてこのままでは僕達が出口に辿り着く前に追い付かれるのはまず間違いないからだ。


 どうやらこのゾンビはゾンビの癖に素早いと地球での常識は通用しない奴のようである。


「きゃっ!?」


 そこで必死に走ってはいたけれど疲労で足が縺れたのか、転びそうになったユーティリアの体を僕は地面に付ける前にキャッチし、そのまま抱え上げて走る。彼女には悪いがこうした方が断然早い。


「ご、ごめんなさい」

「謝るのは後でいいから、しっかり捕まってて!」


 その状態で謝ってくるユーティリアを僕は一喝した。

 するとビクッとした後に言われた通りしっかりとしがみついてくる。


(それにしても本物のお姫様をこうしてお姫様抱っこする日が来るとはね!)


 守るべき王女を気にする必要がなくなった所為か他の二人の走る速度も上がる。だがそれでもまだ間に合いそうにない。


 レイナさんが走りながら背後に残るMPが空になる勢いで魔術を放ち続けているが、押し寄せてくるゾンビの波はそれをものともしなかった。


 放たれた魔術の炎に包まれたマーダーゾンビは確かに燃え尽きて灰になっていくのだが、それを踏み潰すようにして後ろからドンドン新たなゾンビが現れてしまう。


 まさに焼け石に水状態だ。


 このままではゾンビの波に呑まれて周囲を完全に取り囲まれるだろう。そうなったら僕はともかく三人は絶体絶命だ。


 ならば僕が取るべき方策は一つ。


「ホロス! ユーティリアを!」


 僕は僅かに速度を上げてホロスに追いつ生きユーティリアの事を彼に任せる。


 受け渡すのに一瞬の躊躇があったが、それでも特に減速することなく彼女を預ける事には成功した。


「レイナさんも何が有っても絶対に振り返らずに、そして速度も緩めずに全力で出口に向かって走ってください!」

「一体何をするつもりですか!」

「こうするんです!」


 そう言って僕はその場で反転すると先に進む三人、正確には走る二人と抱えられた一人と交錯するようにゾンビの群れに向かって突っ込んで行く。


「な!?」

「コノハ様!?」

「いいから走れ!」


 後ろでユーティリアの悲鳴が聞こえたが、僕はそれだけ告げるとボックス内から前に使った巨大な岩石を取り出す。今度は一つではなく複数個。


(泥人形(ゴーレム)骸骨(スケルトン)の次は腐乱死体(ゾンビ)って、どんなホラーだよ!)


 その上やはりどれも食用にはならない魔物ばかりだ。どれだけこちらを飢えさせたいのだろうか。


 その溜まりに溜まった苛立ちをぶつけるかのように僕は波の最後尾に位置するゾンビに向かってその岩石を全力で投石する。当然ロックオン済みで。


 それはもはや投げると言うより押し出すと言った方が正しい表現だったかもしれない。


 地面から僅かに浮いたその巨大な岩石は平行移動するかのように真っ直ぐにその高さのまま突き進む。途中にあるゾンビ共の体、主に上半身を抉り取りながら。


 その光景を上から見ている人がいれば、きっとこう思ったに違いない。

 まるで真っ黒に汚れたノートに消しゴムを置いて、それを一直線に引いているようだ、と。


 少なくとも色は黒ではなく赤だったが、マップでその状況を見た僕はそう思った。


「まだまだ!」


 最後尾のゾンビの体も捩じり切って更にその背後の壁に凄まじい音を立てて衝突した岩石を見届けることなく、僕は次々と岩石を放射状に打ち出していく、


 これは物理攻撃なのでどれくらいの時間が掛かるかは不明だが恐らく敵は復活する。


 だけど復活するまで足を止める事が出来ればいいのだから止めを刺せなくてもまったく構わないのだ。


「これで最後っと!」


 こんなことになると思っていなかったのでこのサイズの岩石はそんなに数がなく、すべてのゾンビを止めるには至らなかった。


 だけど充分過ぎるほどに追手を削ることには成功している。


(これこそまさに質量兵器だな。ここを出たら岩石を補給しなきゃ)


 あるいは魔法で粉々に砕け散った岩石を修復するかだが、それは残る奴らを倒さないといけないので難しいだろう。


 僕は仕上げに質量兵器から運よく逃れてこちらに迫ってくる一部のゾンビの先頭の奴を捕まえると、来た道をそっくりそのまま戻るような軌道で投げ返す。


 それで残っていたゾンビの大半も一時的にだが退けることが出来た。これだけ食い止めればもう先に行っている三人に追いつくのは不可能だろう。


 だから後は僕も逃げるだけ。幸い自分一人ならどうとでもなる。


 そう思って逃げ切れると確信した僕だったが、それは油断という名の戦闘時において決して有してはならないものだった事にこの時の僕は気付けなかった。


 マーダーゾンビの追跡を振り切って僕ももうすぐ出口に辿り着きそうな三人の元へと急ぐ。

 僕だけならその気になればゾンビよりも速く走れるので、ドンドン背後の奴らを突き放し置き去りにしていく。


 そうしてまずは先頭の三人が出口に足を踏み入れる。


 そう思った瞬間にマップで緑の光点が突如として浮かび上がった。


 出口付近、まるで誰かがそこに足を踏み入れるのを待っていたかのようなタイミングで。


(まさか罠!?)


 制止する暇もなかった。三人はその罠に気付かずにそのまま先に進んでしまい、踏み込んだその場所でまたしても黒い泥のようなものに足を取られてしまう。


 そこは先程まで確かに石の床だったはずなのに。


(あれは、また転移させるつもりなのか!?)


 ただ、その沈みゆく速度は前とは比較にもならない。引きずり込む力が強いのか抵抗も許さないようだ。


「くそ!」


 そうはさせる訳にはいかない。


 僕は三人の注意がこちらからそれていることからすぐにすぐに目視による転移を実行しようとする。


 だけど既に転移が始まっている所為であの場の空間には一時的な歪みが出来ているらしく、後出しのこちらの転移は不発に終わってしまった。


(だったら!)


 全力を出して地面を蹴ると瞬く間に開いていた距離が縮まっていく。


 そしてスローモーションのようにゆっくりと世界が流れていく中で、どうにか急速に沈んで行く彼らを掴もうと必死に手を延ばした。


 例え前と同じように引き上げられなくとも、僕だけ置いて行かれない為にも。


 この迷宮で彼らだけにすることがどれほど危険な事なのかは既に嫌というほど思い知らされているのだから。


(間に合え!)


 ギリギリだけど助けを求めるようにこちらに伸ばされたユーティリアの手を掴める。


 そう思った僕だったけど、まるでそのこちらの考えを嘲笑うかのように泥は次の瞬間に膨れ上がって三人に覆いかぶさっていく、


 その光景は波に呑まれるよう、あるいは何かに喰われるかのようだった。


「コノハ様!」


 助けを求めるその声もむなしく、僕とユーティリアの手はギリギリのところで触れ合うことが出来ずに三人はその泥の中に呑み込まれていった。

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