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僕は姉の代理で勇者――異世界は半ばゲームと化して――  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中
第一章 異世界への旅立ち チュートリアル編
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第七話 ペナルティ

 バカみたいに速い、それが最初の感想だった。


 こっそりと村を出てから走り始めた僕はグングン加速していき、明らかに人間の限界を超えた速さで走れている。マップを見ても前にミーティアが逃げていった時と比べてその速度は段違いだ。比べ物にならないと言っていい。


 これでまた全力ではないのだから恐れ入る。レベル500オーバーは伊達ではないようだ。


「これなら間に合うな」


 もはや走るのではなく木々を蹴って跳んで移動していくその姿は、まさにアニメやゲームの中でしか見られない光景だろう。


 バランス能力も高くなっているのか空中でも全く体勢を崩す気がしない。それどころか手足の指先に至るまで、こちらの思い通りに体が動くのだ。


 正直、自分の体が別の何かに変質したと言われても信じられる。それくらい違う。普通にしている分にはいつも通りなのに一度、力を出そうと思えばこれだ。


(そろそろか)


 マップで近くまで来たのを確認して僕は地面に降り立つ。そしてそこからは普通のペースの徒歩で彼女に近付いて行った。こうすれば僕のこのチートがばれることもないだろう。


 そうして森を抜けた先に見た光景は、


「……うわー」


 ダイアウルフを蹂躙しているミーティアの姿だった。マップ上でも魔物を示す例の光点が一個ずつ消えて行っていたのでまさかと思ったが、どうやらその予想は当たっていたようだ。


(と言うか、これ、僕が来た意味ないような気がするんだけど?)


 ミーティアは俊敏な動きで敵を翻弄しながら、片手で持っている短いナイフなような物を振るって次々にダイアウルフを仕留めていく。これではどちらが獲物かわからない。


 そこでクエストがクリアされたのか頭の中にファンファーレのような音楽が流れる共にクリアしたクエストが目の前に表示される。そこに書かれているのは当然ながら『ミーティアの元に急げ』というものだ。


 そこで僕は自らの勘違いに気付いた。


「これ、急げってだけで、助けろとは書いてないのか」


 てっきり迫る切る危険をどうにかするようなクエストかと思えば、ただ単に彼女の元へ行くだけのクエストだったという訳だ。何だか拍子抜けである。


(さて、どうしよう)


 今は木陰からミーティアの様子を窺う形だが、このまま隠れていていいのだろうか。でも出て行っても何もやる事ないし、怪しまれるだけな気もする。


 既に全てのダイアウルフは倒されているので、出て行くなら早くしないといけないだろう。


 だが、結論から言えば、その迷いは杞憂に終わった。


「誰!」


 身動きした時に足の下にあった木の枝が折れて音を立ててしまったからだ。それによってミーティアの視線は僕が隠れている方へと向けられている。


「そこにいるのは分かっているわ。出てこないなら……」


 ミーティアはナイフの刃先をこちらに向けている。


 その行為に何だか非常に不穏な気配を感じたので観念することにした。こんなことで攻撃されるなんて御免である。


 そうして僕は両手を上げて敵意がない事を示しながら茂みから出て行き。


「えっと……どうも」


 普通に挨拶をした。同年代だし敬語を使う必要もないだろう。


「……あなた、何でここにいるのよ?」


 かなり胡乱げな目でこちらに投げつけていた彼女だったが、敵意がない事は分かってくれたのか、こちらに向けていたナイフの刃先をずらしてくれた。


 もっとも、ナイフをしまっていないところから考えるに完全に警戒は解いていないようだけれど。


「いや、君が投げつけてきた水瓶を置いてきちゃったからそれを取りにきたんだ。そしたらこの現場に遭遇したってわけ」


 考えておいた言い訳を口にする。これなら一応、理屈は通っているはずだ。


「あなたバカ?」


 だと言うのに彼女はそう言い切った。そしてその目は明らかにこちらをバカにしているのがわかる。


「そんな棍棒だけで村の外に出るなんて幼い子供でさえやらないわよ。本気で言ってるなら常識をなさ過ぎだし、嘘ならもっとマシなこと言いなさいよね。まあ、いいわ。そんなところじゃなんだし、こっちに来なさいよ」


 確かに話すにしては結構距離があった。それに向こうから近づいても良いとのお達しが出たので茂みを乗り越えて彼女の元へと向かう。


 っと、そこで彼女は空いている方の手で急に僕の手首を掴んで来たと思ったら、


「うわ!?」


 次の瞬間には体が宙を舞っていた。どうやら投げられたらしいのだが、一体どんな手段を使ったのか皆目見当も付かなかった。


 そしてそのまま地面にうつ伏せの状態で倒され、動きを封じるように背中を抑えられる。


「あなた名前は?」

「……結城木葉。姓が結城で名が木葉だよ」


 逆らってもしょうがないので僕は素直に答えた。


「それじゃあ、コノハ。あなたは一体何者なのかしら?」


 その言葉と同時に首に何か冷たい物が当てられる。どう考えてもあれしかないだろう。


「これでも私、気配には敏感な方なのよね。だからダイアウルフとの戦闘が始まる時に近くに誰もいないことはわかっていたの。でもあなたはこうしてこの場に現れた。そんな人物がただの盗賊に追われた人だとは、私にはどうしても思えないの。あなたはどう思う?」

「偶然ってこともあり得るんじゃないかな?」


 首に当てられているそれに力が込められているのを感じた。どうやら冗談や減らず口を聞いてくれる余裕は向こうになさそうだった。


 だが正直に話しても信じてもらえるとは思えない。それどころかより怪しまれる方があり得るだろう。いきなり異世界からやって来た勇者です、なんて言い出したら頭がおかしい奴と見られるのがオチだ。


(だからと言って他に何を言えばいいのかもわからないんだけど)


 仕方ないので一か八か、正直に自分は勇者だと正体を告げようとした瞬間だった。


 ブザーのような警告音と共にステータス画面がこれまでとは明らかに違った表示をする。そしてそこにはこう書かれていた。


(ペナルティ?)


 その文字を読んだら体から僅かに力が抜けたのが感じられた。見ればペナルティという表示の下に説明文が浮かび上がってきている。


 そしてそこには他人に自らの勇者の身分を明かそうとした為、罰としてレベルを10制限すると書かれている。


 そして確かにその表示通りにステータスのレベルが10下がっており、HPなどにも制限が掛けられているようだった。


(……思った以上に僕に自由はないみたいだな)


 アーカイブに新たに追加されたペナルティ一覧というものを見ながら僕はそう内心でぼやいた。勝手に正体を明かすこともできないとは、これでは勇者とは名ばかりの神の奴隷ではないか。


 あるいはすべての勇者がそういった存在なのかもしれない。そうだとしたら何とも夢のない話である。


「黙って何を考え込んでいるのかしら?」


 その言葉と同時に首に当てられたナイフが更に圧力を増してきた。たぶんあと少しでも力を籠めたら肌に傷を付けることになるだろう。


 もっともその前提としてこの世界の来るまでの僕だったら、という条件が付けばのはなしだけれど。たぶん今の僕の体ならこの程度のナイフでは傷も付かない。


 それどころかこのまま彼女の体を背負ったまま起き上がることも楽勝だろう。重いものを持ち上げる瞬間に感じるように、何となく自分ができることが感覚わかるのだ。


 だがそれをやるとまた正体を晒したとか言ってペナルティをもらうことにもなりかねない。かと言ってうまい言い訳も思いついていない。


 どうしたものかと困っていると、幸いなことにあるものを発見した。


 そしてそれを元に僕は答えを出す。


「あのー」

「何かしら?」

「とりあえず場所を移さないか? このままじゃ血の匂いに釣られて他の魔物までやって来るかもしれないしさ」


 そう、先延ばしという名の。


 正確には既にこちらに向かってきているのだがそれは言わないでおこう。根拠の説明を求められても困るので。


 マップで確認した限り、そこそこの数の赤い光点がここに向かって来ている。このままではじきに遭遇するのは明らかだった。


「……」

「心配しなくても逃げたりしない。と言うか。こんな魔物が周りにいるだろう状況で一人になるなんて無謀なことはしないって。死にたくないし」

「……いいわ。でも妙な動きをしたら容赦しないからね」

「わかってるよ」


 冷たい感触が首から離れて、背に掛けられていた重さも消える。僕は起き上がりながら服に付いてしまった土を払った。


 残念ながらそれだけで汚れがとれる訳もなく、どうやら後でグッチさんに謝らないといけないようだ。申し訳ない。


「話は安全な場所まで言った後に聞くわ。ついて来て」


 そう言ってミーティアはこちらに背を向けて歩き出す。


「言っとくけど、逃げようとしたら容赦しないから。それだけは覚えておきなさい」


 という言葉を投げかけることをもちろん忘れずに。


「わかってる。と言うか仮に逃げ切れても危険なのは変わりないし、余計なことはしないよ」


 周囲の魔物のレベルを見る限り本当は危険なんて皆無なのだけれどそう言っておいた。自分が弱いとアピールしておけば変に怪しまれたりしないと思ったのである。何より下手に力を見せるとペナルティも与えられるかもしれないし。


 そのまま近くに置いてあった自らの荷物だけを持って移動しようとするミーティア。


「これ、放置で行くの?」

「肉とかは惜しいけど仕方ないわ。あなたと話していた所為で処理している時間はなくなってしまったもの」


 普通なら血抜きとかしないと持ち歩けないのが当たり前だ。処理せずにそのまま運んだら魔物共を呼び寄せる撒き餌になりかねないのだろう。


「そっか。わかった」


 だったら貰っても構わないだろう。こちらにはチートがあるので、そういった作業は省略できるのである。


 ミーティアの背中を追いかけるようにしながら僕は地面に散らばっているダイアウルフの死体にそっと触れる。すべてではないが結構な量をアイテムにしまうことに成功した。


 更にそこで直接触れなくてもアイテムをしまえることにも気付けた。大体半径五メートル以内であれば念じるだけでも大丈夫らしい。


 怪しまれないようにミーティアから離れることはせずに、彼女が近くの繁みに入って視界が完全に途切れたところでアイテムにすべてを回収。足を止めることなく振り返ると、そこにはダイアウルフの死体があった痕跡はなかった。


 血の跡すら存在しないそこで戦闘があったと言っても恐らく誰も信じないだろう。


(うーん、チートだな)


 そのまま繁みに足を踏み込みながら、僕はしみじみとそう思うのだった。

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