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第九話 転換点

 それからしばらくの間は探索と休息の繰り返しで、その中で僕達はある結論を出していた。即ちこの迷宮は明らかにこちらを飢え死にさせに来ていると。


 何故なら出てくる魔物はどれもスケルトンやゴーレムといった食用にはなり得ない奴ばかりな上に、キノコどころか雑草や苔などの草木の一本も生えていなかったからだ。


 ホロス曰く普通の迷宮ならどんなに厳しいところで食えるものは何かしらあるとのこと。それこそあえて生物を排除するように設計でもされていない限りは。


「ここまで人工物しか存在しないところからして明らかにそれを念頭にこの迷宮は作られています。どうやってこの状態を保っているのかまではわかりませんが、恐らくは製作者がそれを意図した作りにしたのでしょう」


 その言葉が正しいことを示す通り、第五階層まで来ても水の一滴もこの迷宮内には存在しなかったのだ。

 ここまで何もないのが偶然なんてことはどう考えてもあり得ないだろう


 幸い僕がいたからそれが問題になることはなかったが、僕がこの場にいなかったらと考えると若干恐ろしくなる。


 どんなにホロスやレイナさんたち迷宮探索や戦闘に慣れているとは言え、補給なしで戦い続けられる訳がない。彼らだって人間だ。空腹や怪我によって動きは鈍る。


 そういう事もあって僕はいつの間にかユーティリアと同じくらい大切に守られるようになっていった。


 もちろん多少の食糧などはボックス内から出して皆に配っておいたが普通に持てる量には限りがある。


 それにあまり持ち過ぎると動きが鈍る要因になりかねない。だからこそ僕を守る必要があったのだ。


 だけどそれも第五階層で遂に限界を迎え始めていた。


「こいつ、物理攻撃が効かないのか!?」


 ホロスによって腕を一刀両断されたはずのアイスゴーレムだったが、すぐにその腕が生えてきて元に戻ってしまう。氷の体だからこそ出来る芸当だろう。


「ファイヤーボール!」


 それを見てすかさず炎の魔術でレイナさんが焼き殺そうとしたが、思った以上に効果が薄い。表面を僅かに焦がした程度だ。


「こうなっては致し方ないですね、フレイムロンド!」


 MPを温存しておくのを諦めたのか、これまでとは違う強力な魔術を使うレイナさん。


 アイスゴーレムの周りを円形に囲むように噴き出したその炎はレイナさんが手を振ると同時に一気に中心に向かって奔り、次の瞬間に爆発する。


 熱風がこちらの頬を打つほどの威力だったが、それでもアイスゴーレムはまだ動こうともがいていた。右半身が消滅しているのにそれでも。


 また再生される前にレイナさんがもう一度フレイムロンドを使って、今度こそ跡形もなく消滅したところでようやく僕達はホッと息をついた。


「たった一体の魔物相手にここまで苦戦するとは」

「それだけ魔物が強くなってきているということでしょう。これからはより慎重に進まなければいけないでしょうね」


 たった一体相手でギリギリなのだ。これで二体やもっと数が増えたなら勝てるかどうかわからない。それはこの場の誰もがわかっていることだった。


 第四階層からその兆候はあったのだが、ここに来て完全に魔物とホロス達の実力は次第に拮抗し始めていた。


 いや、もはや魔物側の方が有利になって来ているのかもしれない。


 レベルの上ではまだ互角だが、ホロス達は休憩を挟んでいるもののずっと戦いっぱなしだ。ステータスには表示されない疲労なども蓄積されていることだろう。


 それに加えて装備も度重なる戦闘によってボロボロになって来ていた。


 レイナさんの方はともかく、ホロスの装備の代わりになりそうなものボックス内にもない。剣はあっても明らかにそのクオリティが劣ったものしかないのだ。


(これからどうするかな)


 実は今の戦闘でも僕は戦闘音を聞きつけて接近してくる他の魔物を魔法で何体も消し去っていた。そうしないと二人だけでは勝てないことが判っていたから。


 でもそれも限界だろう。いつまでも一体ずつしか敵が現れなければホロス達も不審に思うだろうし、あと一階層でも下に行けばそれでも勝てるかわからない。


 そう、僕が索敵だけをしていられる時間は終わりを迎えたのだ。


「さてと」


 そこ僕はボックス内から前もって買っておいた投擲用の短刀を取り出すと、それをある方向へ向かって投げる。


 そしてそれはこちらにジワジワと接近してきていたある物体を地面に縫い止めていた。


「腕だけになっても動くなんて随分としぶとい奴ですね」


 その物体とは先程のホロスが斬り飛ばしたアイスゴーレムの腕だ。レベル37だけあって中々に生命力が強いらしい。

 もっともゴーレムに生命力というものがあるのかは少々疑問だが。


 その光景を見て驚いている三人に僕は告げる。


「ここからは僕も戦います。そうしないと先に進むのは厳しそうですしね」

「待ってくれ。お前、いやコノハ殿は戦闘が得意ではないのだろう? それにこれから先のことを考えればコノハ殿には無事でいて貰わなければならない。万が一戦闘に参加して負傷でもされたらその時点で我々は終わりだ」


 そう言うホロスの意見はある意味で間違っていない。


 それにその口調からしても僕の能力の重要性を理解した上での発言のようだし、単なる感情で反対している訳ではないようだった。


「しかし私達だけでは限界が近いのも紛れもない事実です。ここは力を借りるしか選択肢がないのではないですか?」

「それはそうだが……」

「まあまあ、とりあえず一度僕がどこまでできるのか試してみましょうよ。その結果を見てどうするかを決めてください」


 話が平行線を辿りそうだったので、僕は未だにもがいているアイスゴーレムの腕を踏み潰して今度こそ確実に始末しながら提案してみた。


 そして半ば強引にその提案を受け入れさせて先に進んでいく。


「この先にある小部屋にアイスゴーレムが一体。丁度いい相手ですね」


 その部屋の前で見ているように三人に告げて僕は扉を開けてその中に入って行った。


 気配も隠していなかったのですぐにアイスゴーレムは僕に気付き、凄い勢いでこちらに向かって突っ込んでくる。


 だけどその頭部は僕が投じた石によって貫かれ、完全に消し飛んでいた。


 そしてその石は背後の壁に衝突して自らの勢いで粉々に砕け散る。その代わりと言わんばかりに壁にも大きな罅割れと大穴を空けながら。


 これを見越して投擲用の短刀を使わなくて正解だった。


 多少の損傷ならともかく完全に破壊されると復元は難しいから、わざわざ購入したものをこの一回で使用不可にするなんて事になりかねなかったし。


「やっぱりゴーレムとかスケルトンだと生き物を痛めつける罪悪感がないからやりやすいな」


 更に四つの石をそれぞれの手足に投げつけて四肢をもぐ。


 なまじ威力が強過ぎたせいか、衝撃やダメージが全身に伝わる前に終わってしまうようだ。

 だからその状態でもまだ活動しているし、それどころか再生を始めている。


(頭部と四肢を潰してもHPがかなりの速度で回復してるし、普通の人にとっては厄介な相手なんだろうな)


 先程のやり取りでHPを零に出来れば再生が起こることも分離した体が活動することもないのは確認済み。


 つまりこいつを倒す為にはとにかく再生しようが攻撃し続けてHPを無くすに限るということだ。


「その状態ならこれは防げないでしょ」


 という訳で僕はそいつの頭上にボックス内から取り出した巨大な身の丈以上の大きさもある岩石を出現させる。

 そしてその岩石は重力にひかれるままそいつに向けて落下し、その体を完全に押し潰した。


 ズン! という音と震動がその落下の衝撃をこちらに伝えてくるというものだろう。


 生物でなく、また僕の所有権さえあればどんなものでもボックス内に取り込めるのを利用して僕はこれまでの旅の中で色々な物を溜め込んでいたのだ。


 ちなみにこの岩石もどれだけ巨大でもしまえるか試した時のもので、しまったまましばらく忘れていたものである。


 その巨大な石の下敷きになったアイスゴーレムのHPは先程の投石よりも減っているようだ。これだと全身に衝撃が伝わるからだろう。


 アイスゴーレムの様子を見る為に岩石をまたボックス内にしまうと、そこにはグシャグシャになった氷の塊があった。


 もはや人型ではなくなったのにまだ元に戻ろうともがいているのは正直凄い。とんでもない再生能力だ。


「まあ、こうなっちゃったら意味ないんだけどね」


 その言葉が指し示すようにまたしても頭上に現れた巨大な岩石が降って来る。そしてまたボックス内にしまうという無限ループをしばらく繰り返した結果、


「これで終わりっと」


 最後の一撃で完全に平面になるほど潰れた、先程までアイスゴーレムだった薄い氷がそこにはあった。


 当然の事ながらそれを確保してみようとしたが、残念ながらそうする前にボロボロと崩れて消え去っていく。

 どうやら意地でも僕達に食糧や水を与えたくないらしい。


(溶かして水を確保できるかと思ったんだけどな)


 まだまだボックス内には水や食糧が貯蔵されているとは言え、やはり現地調達出来る事に越したことはない。


 そう思ってのこの倒し方だったのだが、失敗に終わってしまって僕は少し落胆していた。


 もっともこれでMPを消費しない戦い方をまた一つ確立出来たのでその点に関しては良かったのだけれど。


(他の能力ももっと上手く使いこなさないとな)


 そうして戦闘を終えた僕は何事もなかったように通路で見ていた三人の元へと戻る。


「どうでしたか?」

「ど、どうって、私達なんかよりずっと強いじゃないですか」

「……これのどこを見れば戦闘が得意じゃないってことになるんだ?」

「別に嘘は言ってないですよ。ただ比較対象が姉とかメルだったので、少し基準がおかしかったかもしれませんけどね」


 そこで肉体的にはそこまでの強さはないと説明しておいた。僕の強さはあくまで勇者の仲間として能力が大きいとも。


「それとこれらの能力も常に自由に使える訳ではなくて、場合によっては色々と制限が掛かる事もあるんです。だから常に当てにされるのは避ける意味もあって今までは黙ってました」


 あらかじめ用意しておいた若干の事実も混ざった言い訳もあって三人は多少納得いかない部分はあっただろうが、それでも特に何か文句などを言ってくることはなかった。そして僕が戦いに参加する事に反対することも。


「それじゃあ改めて先に進みましょう」


 そうやって歩き始めながら僕は気付いていた。そう、ユーティリアが熱のこもった瞳で僕を見つめてきていることに。


 好感度を稼ぐ意味もあってこれまでの道中でも可能な限り親切にしてきたから段々と親しくなってきていたのはわかっていたが、なんだかこの一件でこちらを見る目が明らかに変わったように思える。


 そしてそれは僕の望むものとは違う方向にだ。


(好感度が上がるのは良い事のはずなんだけど、何か嫌な予感がするんだよなあ)


 二つの重要クエストをクリア出来そうな目処が立ったはずなのに、何故だかこのままでは不味い気がしてならない。


(……まあ、万が一の時はクエストをクリアした後にでも好感度を下げるように仕向ければいいか)


 そうやって逃げの思考をしながら僕は進んで行った。残る半分、より強い魔物が待つ下層へと。

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