第七話 迷宮探索開始
その後、三人を目覚めさせた僕は彼らが知り得る情報をすべて聞き出した。
それに若干反感を持っているような様子のホロスも、事が事なだけにそこまで抵抗せずに情報を出してくれたのには助かったものだ。
もしくは王女の手前、無礼な態度はとれないと思ったのかもしれないが、何であれ順調に進んだのなら問題ない。
ただ、結果として分かったことはそう多くはなかった。
僕達は何者かの手によってあの部屋に仕掛けられた罠によってどこかの迷宮に飛ばされた、確実に言えるのはそれぐらいだとか。
それはつまり内通者が存在するということでもあったが、この場でそんなことを話していても仕方がない。
内通者を探すにしてもここから脱出できなければ始まらないのだから。
そういう訳で僕達は出口を見つけるべく迷宮を進んでいた。先頭を買って出たホロスに続く形で慎重にゆっくりと。
ちなみにホロスが後からやってきた理由は、僕達が沼に呑まれた後に少し迷ってから飛び込んだかららしい。
そして何故そうしてかを聞いたら、お前では王女を守り切れると思わなかったからだと言われてしまった。
僕に対しての態度は最悪とは言え、危険を承知で王女を守るために行動できる辺りは騎士として優秀なのかもしれない。
飛ばされて無事な保証もないのにあの沼に飛び込むその勇気だけは素直に凄いと思えた。
(これでもう少しこっちに対しての態度が柔らかければ言うことないんだけどな)
残念ながら人間すべて完璧という訳にはいかないらしい。
「あの、コノハ様」
「何ですか?」
横で歩いていたユーティリアがそこで声を掛けてきた。
「その、怖くはないのですか? 私や他の二人と比べてあまりにも自然体というか、リラックスしているようなので」
「確かに特に怖いとは感じないですね。まあ、これでも一応は勇者の仲間ですし、それにまだ魔物は近くにいませんから」
最も近い敵でもまだかなりの距離があるのもわかっているし、そいつやこの階層の魔物のレベルが高くても精々20程度しかないことも既に把握済み。
罠が仕掛けられている地点も表示されているし、こう言ってはなんだがどこに怖がる要素があるのかわからないくらいだ。
もっともそう言われても、はいそうですかと急に納得出来る事でもないのは判っているが。
一応は結城木葉の持っているとされている能力についての大まかな説明はしてあるのだが、それだけでは本当に大丈夫なのかと思ってしまっても致し方がない。
特にホロスなど半信半疑である様子を隠そうともしなかったし。
まあ、それもユーティリアやレイナさんに歩くのに適した靴や身を守れそうな防具などをボックス内から取り出して与えたら大分マシになったけど。
そう、護衛として剣や楯を装備していたホロスと違い、彼女達はメイド服や普段着。つまりまともに戦闘や探索に望める格好ではなかったのだ。
(ただ僕が装備を与えてマシになったとは言え、階下の敵のレベルや迷宮の深さなどを見る限りでは余程の幸運に恵まれないと僕抜きでの攻略は厳しいだろうな)
この迷宮は想像以上に巨大で深い。下手をすれば一番奥の地下十階に辿り着くのに何日、またはそれ以上の日数か必要になるくらいには。
(それにこのまま普通に攻略すると結構な時間が掛かるだろうな)
今の陣形は先頭にホロスで最後尾をレイナさん。その間にはユーティリアが守られるように居て、僕はその横を歩いているといった形。
これは僕に投擲能力がある事と戦闘があまり得意ではないと自己申告した結果でもある。
前衛は剣と楯を扱うホロスで彼が敵の接近を食い止め、後方の僕の投擲やレイナさんの魔術で敵を仕留める。
真ん中にユーティリアを置いたのはそこが一番安全だからで、僕はその護衛という訳だ。
ちなみにこの配置を決めたのはホロスである。
この中で彼だけが唯一こう言った迷宮探索の経験があるとの事なので、その彼の指示に従うのが最善だと判断したのだ。
もっとも、いざという時は勝手に動かせてもらうつもりだけど。
「って、そう言うユーティリア姫の方こそ大丈夫ですか? 顔色が良くないですし、無理はしない方がいいですよ」
横にいるユーティリアの顔は恐怖で血の気が引いているのか青白く、歩くその足も僅かに震えている。
温室育ちのお姫様がいきなりこんなところに放り出されたと考えれば当然の反応なのかもしれない。
「まだ大丈夫です。ただ、やっぱりこういう事には慣れていなく所為かどうしても緊張してしまって」
「姫は一国の王女なんですし、こういったことに慣れる必要はないと思いますよ。というか、むしろ慣れてはいけない気が」
「ふふ、確かにそうなったらとんだお転婆な王女になってしまいますね……あら? そう言えば初めて名前で呼んでくれましたね」
顔は青いままだったがユーティリアはそう言って少し笑みを浮かべていた。
「前に名前で呼んでいいと言われていたのでそう呼んだんですけど、やっぱり不味いですか?」
内心ではそう言われていたこともあって呼び捨てにしていたが、こうして言葉にするのは確かに初めての事だ。
何故ならあの言葉が社交辞令である可能性もなくはないし、一国の王女様を相手にどんな敬称を付けるのが適当なのかよく分からなかったのが大きい。
「不味くなんかないです。是非そう呼んでください。何なら呼び捨てでも構いませんよ?」
「流石にそれはちょっと遠慮させてもらいます」
僕の能天気さに当てられたのか、ユーティリアは少しだけ肩の力が抜けてリラックスした様子だった。
そうして緊張した三人とリラックスしたままの一人で抜け道や出口がないかと探しながら進むことしばらく、遂にその時はやってきた。
「その先の小部屋に敵がいます。数は二体でどちらも奥の方にいるから、扉を開けてすぐに攻撃されるようなことはないと思いますよ」
魔物の名前はクレイゴーレム。どちらもレベル17と、はっきり言って楽勝の相手だ。スキルもないし、まず負けることはあり得ないだろう。
僕が初めて口にした敵がいるという言葉を聞いたユーティリアはその身を固くする。彼女にとって初めての実戦、それもこんな状況でだ。怖くない訳がない。
「ご安心ください。姫様はこの命と騎士の誇りに賭けて守ってみせます」
「僭越ながら私もおりますし、姫様はここで待っていてください。コノハ様、姫様の事をお願いします」
戦闘は得意ではないと言った所為か、ここは二人でやるつもりのようだった。
なので僕は素直にそれに従っておくことにした。
今後の事を考えれば彼らの実力を知っておいて損はないし、危なそうになったなら投擲能力で援護すればいい。
「わかりました」
「二人共、気を付けて」
ユーティリアの激励の言葉に一礼した二人は、その小部屋の扉をゆっくりと静かに開けていく。
それでもまだ歪な人の形をした土の人形のようなそのクレイゴーレムという魔物に反応がない事から、あまり気配や音に敏感ではない相手のようだ。
僕が頷いて大丈夫だと示すと、二人は敵に気付かれないよう音を立てないようにして部屋の中に入って行く。
そしてゆっくりと気配を消して動かない魔物に接近して両方がその間合いに入った瞬間、二人は同時に、そして一気に動いた。
ホロスは片手で持っていた剣をその頭部に振り降ろし、そのまま地面に着くまで振り抜く。それで縦に真っ二つに両断されたクレイゴーレムは呆気なくHPがなくなり死亡した。
対するレイナさんは両手に持っていた小型のナイフをそれぞれ後頭部と首の辺りに投げつけ、それらが着弾した瞬間に首から上が吹き飛んだ。
どちらも脆い土で出来た魔物だったからよかったものの、これが人体だったなら凄惨な光景になっていたに違いない。
そうして二体のクレイゴーレムは、恐らく襲われたことに気付くこともなくあっさりと死亡する。
それを見て隣のユーティリアはホッと息を吐くが、僕はそんな風には思えずにいた。
何故なら二人が魔物を倒した瞬間、同じ階層の別の場所で新たに赤い光点が二つ生まれたからだ。
どうもこの迷宮では倒された分だけ新たな魔物が現れるようになっているらしい。
これだと夜中にこっそり全ての魔物を処理しておく、なんてことは不可能なようだ。
(だとしたらやっぱり接敵しそうな魔物をこっそり魔法で決しておくのが一番かな?)
すべてを処理して魔物と全く遭遇しないと不審がられる可能性も考えられるし、ある程度のところで抑えておくことにしよう。何事も程々が一番と言うし。
そうして僕達は時折現れるクレイゴーレムを倒しながら順調に探索を進め、第一階層を踏破するのだった。