第六話 隔離されたその場所
泥に呑まれて意識を失ったのだが僕には魔法がある。そして気絶する度に魔法が自動的に発動し、強制的に目を覚まさせるように設定してあるのだった。
その結果、僕はテレビのスイッチを高速でオンオフを切り替えたかのように視界が明滅し、沼を抜けて転移が完了した時にはすっかり悪酔いしていた。
「……まあ、意識を失わずに済んだ事を考えればこれでマシな方なんだろうな」
気分が悪いといっても吐きそうというよりは目がチカチカするといった感じだ。
それも沼を抜けたことで徐々に消えてきているし、この分なら魔法を使う必要もないだろう。
そんな風に自分の状態を確認し終えた僕は次に周囲の様子を見渡してみた。
まずは僕の隣で意識を失っているユーティリアとレイナさんの二人だが、どちらもステータスの特に異常は見られなかった。
多少HPが減ってはいるものの、それは先ほどのやり取りの所為だし、それ以外でダメージを負った形跡は体にも見られない。
(本当にただ転移させるだけだったみたいだな)
後で目を覚ましてもらうことになるが、今は一人で確認したいこともあったのでそのままにしておく。
次にどこに飛ばされたのかだが、天井があることから外ではないし、床や壁が石造りで出来ていることからどこかの部屋に飛ばされたようだ。
明かりがないのに薄暗い程度で済んでいるのは、やはり魔術か何かが使われているのだろうか。
部屋の中には物は何もなく、先に続く通路が一つだけ存在している。マップで確認してみたが通路はそこしか存在しない。
「すぐに転移で帰るって方法は使えないか」
そこで気付いたがマップで表示できる範囲が限定されていた。
見た限りだとこの先には幾つもの部屋や通路があり、それらがまるで迷路のように複雑に存在しているようだ。それこそまるでゲームのダンジョンのように。
そしてそれらの建物の外を表示しようとしても何も見えない。まるでそこには何もないかのように。これでは転移も無理だ。
「予定が狂ったな」
飛空艇に直接戻るのが無理でもどこか安全な場所に避難しようと考えていたのだが、そう上手くはいかないらしい。
それにしても来たことのない場所のはずなのにこの部屋の作りや雰囲気には何かデジャブのようなものを感じてしまう。
「……あ、そうか。この部屋自体もゲームにあるダンジョンそっくりなんだ」
どこか見覚えがあると思っていたが、ゲームでよくある迷宮やダンジョンにここは酷似しているのだ。
薄暗くてひんやりと冷たい空気が漂っているところまではゲームでは感じられなかったが、この独特の不気味さなどには覚えがある。
これで通路に松明などが焚かれていれば完璧だったろう。赤い光点などが無数にあることから魔物には事欠かないようだし。
無理だと半ば分かっていたが脱出できないかと壁を攻撃してみると、石の壁は破壊することは出来たがその先には黒い奇妙な材質で出来た壁が待っていた。
見た目からしてあの黒い泥が固まったかのような。
それに対して制限なしの攻撃を幾ら加えても傷一つ付かない上に揺らぎもしない。魔法で消し去れないかと思ったが、予想通りそちらも弾かれてしまう。
「ズルは出来ない訳か」
もっともマップではこの黒い壁の先には何もないと表示されているので、例え壊せたとしても脱出できたかは微妙なところだったが。
僕が攻撃を止めた途端に欠片になるほどに砕いた石の壁がまた集まって元に戻っていくのを見て僕はそこからの脱出を諦めた。
この感じだといくら頑張っても無駄なようだし。
「となると、正攻法でここを抜け出すしかないかな」
僕達が今いる場所はダンジョンの一階、それも入口に相当する場所のようで最奥にボスらしき巨大な赤い光点がある。
他に脱出できそうなところも見当たらないし、そのボスを倒すぐらいしか脱出する方法が思い浮かばなかった。
そこでクエストが更新された。
新しい重要クエストの内容は『全員を連れてダンジョンを脱出せよ』だ。
そしてその為の条件としてボスを倒すように指示まで出ている。今回の重要クエストは随分と親切なようだ。
これまでは明確なクリア条件など教えてくれなかったというのに。
「あれ? もう一つの方も更新されてる?」
婚約を断ったことで達成不可能と判断されたのかと思ったがそうではない。
こちらもクリア条件が表示されていたのだ。そしてその条件とは好感度を70以上にするというものだった。
「……これならクリアできるかもしれないな」
好感度は同じ数字でもその中身まですべて同じではない。何故なら好意の寄せ方にも色々と種類があるからだ。
例えばメルの好感度はほぼ満タンまで来ているが、僕に恋をしているかと聞かれれば答えは否だ。
命の恩人などであるから尊敬してくれている面はあるが、確実に恋愛対象ではないのは普段の態度を見ればわかる。
それ以外にもオルトや他の騎士のことからも憧れや親しみ、妬みや侮蔑など様々な感情によってこれが左右されるのは明らかだ。
要するにこの好感度というものは、あくまでこちらを好意的に見ているかどうかを分かり易く表示しているに過ぎない。
(だったら話は簡単だ。彼女とは友人として仲良くなればいい)
それなら僕の方も王族と繋がりを強められるし、逆もまた然り。
その上、結婚などの面倒な事態も回避できる。これならクリアできる算段は付くし、なによりこちらのやる気が違う。
「さてと……そろそろ二人には目覚めてもらおうかな」
そして移動を開始しよう。
ボスに辿り着く為にはこのダンジョンを攻略しなければならないし、メル達のことを考えればのんびりしている暇はないのだから。
王族と共に行動していたからまずないと思うが、僕がいない間に雷の一派からの襲撃がないとは限らないのだし。
「安心していいよ。彼女達に危機が迫れば私が君に連絡を入れよう」
「この声は、まさか風の神ですか?」
そうして二人を起こそうとしたその時に急に頭の中に響いたその声は風の神のものだった。
「前にも言っただろう。君にはその時まで彼女を守ってもらいたいとね。その為なら多少の協力は惜しまないさ」
「……今、心底、無の神じゃなくてあなたに力を与えられたかったと思いました」
こちらを翻弄するような真似だけをする無の神とは大違いの待遇である。
風の神ならもっとまともな指示を出してくれたのではないだろうかと考えると何だか悲しくなった。
「光栄な話だね。ああ、それと彼女達にも君が無事なことは伝えておこう。だから連絡が入るまでは安心してダンジョンを攻略するといい」
「ありがとうございます。別の神に力を与えられた僕にこんなに親切にしてくれて」
「こちらにも利益があるからさ。まあ、無の神が勝手気ままな事は否定もできないし、それに翻弄される君には同情するがね」
神から勝手気まま扱いされる神。それだけで途轍もなく厄介そうな感じがしてならない。
「そろそろ君との交信は限界だ。それにあまり長く話しているといざという問いに警告が届けられないし、ここらで私は失礼させてもらうよ」
「わかりました。メル達をよろしくお願いします」
「ああ、私も君が三人を無事に連れて帰れるように応援しているよ」
そうして風の神との交信は終わった。それにしても僕に力を与えた無の神以上に風の神と接触しているとは何とも変な話だ。
(って、あれ? 三人を連れて帰るとかって言ってな)
この場にいるのは僕と意識を失っているユーリティアとレイナさんの二人で計三人。僕が連れて帰るのは二人のはずだ。
「ってことは……」
案の定、突如として黒い沼が天井付近に表れて残る最後の一人が落ちてくる。転移が遅かったせいか僕達と違って空中から地面に落とされた形だった。
万に一つがあっては困るので、その人物が地面に頭から衝突しないように受け止める。そしてその顔を見て僕は顔を顰めさせられた。
なんでお前までこっちに来るんだよ、という思いから。
いつまでも男を抱きかかえている趣味はないので怪我しない注意しながらその人物を地面に放る。
「ったく、やり難くなったな」
その人物はホロス、僕のことを見下し侮っていた例の騎士だったからだ。