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第二話 試行錯誤

 リーバイスの外に出た僕達は街道沿いにある川辺にまでやってきた。周囲に人気はない。


「ここなら誰にも見られることはないだろう」

「そうですね」


 マップでも周囲に人はいないし、魔物除けの効果か魔物も存在しない。


 念の為にメル達にも周囲を探って貰ったし、これなら他人に見られることはまずないだろう。


「なあ、本当にやるのかよ?」


 そこでオルトが尋ねてきた。その横にいるメルも同じようなことが言いたいらしいのがその顔を見ればわかるというものだ。


 もっともそこに込められた意味は真逆かもしれないが。


「大丈夫、どっちも本気でやっても相手を殺さないようにするってルールを決めてあるし、大抵の怪我なら回復薬でどうとでもなるさ。それに皆に僕の実力を見せるいい機会でもあるからね」

「兄ちゃんがそう言うのなら止められないけど、父ちゃんはかなり強いんだぜ。それこそ前までのメルでも勝てなかったくらいにはさ」

「わかってるよ」


 そこで笑って答える僕を見てオルトは引き留めるのは諦めたらしく離れたミーティアの元まで歩いて行った。


 被害が出なさそうなところで皆には観戦してもらう形なのだ。



 そして僕はその場に残った最後の一人であるメルに顔を近づけるとそっと小さな声で囁く。


「言いたい事は分かってるから心配しないでいいよ。もちろん負ける気はないけど、傷つけないで勝つように手加減はするからさ」

「……はい」


 そうしてメルはホッと息を吐いて安心したように返事をすると僕に頭を下げてその場を去って行った。

 喧嘩中とは言え、やはり実の父親を心配する気持ちは隠せないらしい。


(メルらしい、と言うべきなのかな)


 僕に手加減して欲しいと言い出すのに迷うところなど特に。そんなの当り前のことなのに。


 僕は今回の模擬戦で彼をレベルの差で圧倒する気などまったくない。


 それなら簡単に勝利する事も可能だが、今回はそれ以外にもやりたい事があるのだ。


(さてと、これは成功するかな?)


 メルが離れたところで僕とゲイルさんは相対する。


「では、始めるようか」

「はい」


 そこで僕はレベルをゲイルさんと同じ45まで引き上げた。これぐらいならまだ誤差で通るだろう。


 そうして遠くのミーティアの開始の一言で模擬戦の幕が切って落とされた瞬間、


「ふっ!」


 ゲイルさんが一気にこちらに接近してきた。


 その速度は明らかに同レベルの僕よりも早く、こちらには出せないような速度である。やはり同じレベルでも種族などによって個体差が現れるようだ。


 そして接近する勢いのまま放ってきた拳を僕は腕で受け止める。


「いっつ!」


 同じレベルだから吹き飛ばされたりはしないものの、思った以上の衝撃と痛みが腕を通じて体の芯まで響いてくる。


 骨も悲鳴を上げるように軋んでいるし、何発も受ければ腕の筋肉や骨がいかれる可能性が高いだろう。


 それを承知で僕はあえて両腕を使って次々放たれる拳や蹴りを真正面から受け止め続ける。


 向こうもこちらを警戒しているのか接近はしたものの深くは踏み込んで来ない。


(先に防御を壊す気なのか?)


 腕にダメージを蓄積させてまともに防御が出来なくなるようにする。

 そうすれば向こうの攻撃は好き放題にこちらの体を打ちのめすことになるだろう。


 ただ、それが頭ではわかっていても今の僕のレベルではどうしようもないのが現実だった。


 そうして十二発目の攻撃を受け止めた時、遂に左腕が耐え切れなくなった。


 その証拠に骨の折れる音がしたし、なにより常に確認していたステータスに『状態異常・肉体欠損(骨折)』という表示が現れたのを僕は確かにこの目で確認していた。


 だけど僕はその穴を狙うようにして放たれた次の一撃を受け止める。


 折れたはずの左腕で。


「なんだと?」


 それを見たゲイルさんは驚いたのかそう言って少し後ろに下がった。そしてじっとこちらを観察するかのように見つめてくる。


「どうしました?」


 僕は注目されている左腕を振って見せた。その表情や動作から何の異常もない事をアピールするように。


 折れた左腕を治した方法は当然のことながら魔法によるものだ。


 ただし今回の魔法は僕の意思で発動したのではなく、前もって設定してあった条件に従って自動的に発動したものであるが。


(この分だと他の状態異常でも大丈夫そうだな)


 万能ゲームメニューには常時、更に自動的に効果を発揮するものが存在する。例えばマップなどがそれだ。


 僕の意志に関わらず常に周辺の様子を探査し表示する。

 それを他のものでも同じように出来ないかと考え、ここに来るまでの間中ずっと設定の項目を調べ、操作し続けていた。


 そして実際にアーカイブに載っている状態異常のである『肉体欠損』などに僕が掛かった瞬間に魔法が発動するように設定しておいた結果がこれだ。


 消費するMPは通常時の十倍近くになっているが、その効果を考えれば十分すぎる消費量と言えるだろう。


(この能力にこんな使い方があったなんてな)


 これまでの僕はこのチート能力を本気で使いこなそうとしていなかった。 

 いや、別にふざけていた訳でもどうでも良いと思っていた訳でもない。この能力の把握はやっていたつもりだ。


 ただこれだけの力があれば少しぐらい判らない事があっても構わないのでは、と心のどこかで思っていた事は否定できない。


 だからこそゲイルさんに一撃を貰って意識を失うなどという失態を晒したのだ。


 あれが敵だったのなら僕は死んでいたかもしれないし、メル達だって無事でいたかは非常に疑わしい。


 でも今度からはそうはいかないのだ。狙われているのは僕ではなくメルとオルトであり、そして敵は僕と同じく神からチート能力を授けられた勇者なのだから。


 しかも無の神が風の神と同じように魔王退治を僕に強要しないなんて保証はどこにもない。


 この力があれば多少の失敗はどうにかなる、なんて楽な旅ではなくなってしまったのだ。


 そう考えると今までの僕は甘かったと言わざるを得ない。死んでも大丈夫という条件もその甘さを生み出す原因だったと言えるだろう。


 この能力をただ使うのではなく使いこなす、それが今の僕の目標の一つだ。


「……勇者の仲間と言うだけあって特異な力を持っているらしいな。だが」


 しばらくの間、観察を続けていたゲイルさんだったがその発言と同時にまた接近してくる。


「回復するのならそれが出来なくなるまで攻めるまでだ!」


 そしてその言葉通り今度は腕が折れようが構わずに攻め立ててきた。その度に瞬時に魔法が発動するが、すべてが元通りになる訳ではない。


 失われたHPのほとんどは回復しないし、なによりMPがあっという間になくなっていく。


 そうして消費するMPが多いこともあって四度目の骨折時には遂にMPが足りなくなり、魔法は発動しなかった。


 それを見たゲイルさんはここぞとばかりに接近してくると、終わらせようと顔面を狙って拳を叩き付けようとしてくる。


 だけど僕だってこの状況を予測していない訳がない。


 MPが足りないと魔法が自動手は発動しないことを確認できた時点で、すぐにレベルを大きく上げる。


 そして間髪入れずにまたレベル45まで下げた時には、


(これも成功っと)


 魔法はまたしても自動的に発動していた。


 僕がやった事は言葉にすればいたってシンプル。


 レベルを上げてMPの上限を拡張することによって足りないMPが回復した、それだけだ。

 それによってまた自動的に魔法が発動したのである。


 そしてレベルを元に戻してゲイルさんの攻撃をまた受け止める。

 MPも満タンまで回復しているのでまたこれがなくなるまで僕の体が損傷する度に魔法が発動するということである。


(これも自動化出来ればいいんだけどな)


 流石に戦闘中に設定している暇はないし、それに戦闘中は設定の項目がロックされるようなので後で試すとしよう。


 このままゲイルさんの体力が尽きるまで耐え切るのも勝ち方としてはなくはないのだが、それだと時間が掛かり過ぎる上に実力を示すことにならないので今回はやめておく。


 即ち、勝ちに行くということだ。


 僕は勝負を決めるべき踏み込んで放って来た拳による一撃を躱さずに反撃に出た。


 向こうの方が技術的に上であり、なおかつ先に攻撃したこともあって反撃が届く前に僕は顔面で敵の攻撃を受け止める事となった。


 力を入れて耐えようとしたとは言え、これまでと違って腕で防御していない一撃によるダメージはこれまでの比にならない。


 なにより前と同じように顔面に拳が直撃したのだ。首から上が吹っ飛んだかのような衝撃と同時に意識が壊れたテレビのようにブツリと途切れる。


  だけどその次の瞬間にはブラックアウトしたはずの意識がリセットされたかのように元に戻っていた。


 無事に設定していた通りに自動的に発動した魔法によって『状態異常・気絶』が消された事によって。


(ここだ!)


 肉体の硬直はほんの一瞬であり、すぐに僕は前に出る。


 そうして僕は完璧な一撃を加えたことによって、すぐには体勢を立て直せないゲイルさんの顔面を殴りつける。


 それは奇しくもやられたことをやり返すかのように。


 拳が壊れても構わないという風に覚悟して全力を出した結果、やはり殴ったその手から嫌な感触と音がする。


 だがその甲斐あってと言うべきか、ゲイルさんはふらつきながら後ろにたたらを踏んでいた。


 僕の時のように一撃で気絶させるには至らなかったが、脳が揺れているのかその視線はどこか覚束ない。


 その隙を逃さず僕はボックス内から適当に二本の槍を両手に取り出すとゲイルさんの顔と胴体にそれぞれを当たる直前で止める。


「決着……でいいですよね?」

「……ああ、止めて貰わなければやられていたのは間違いないだろうしな」


 獣人としての特性なのか、すぐに話せるまでに回復したゲイルさんはもうふらつく事もなく普通に立っていた。

 そして目の前にある槍の穂先とこちらの事をしっかりと見つめていた。


「まさかあの一撃を防御もなしにまともに受けて、意識を保つどころか反撃までしてくるとはね。その異常な回復能力が君の勇者の仲間としての力という事か」


 そんな相手に異常と言われてしまうと何とも微妙な気分である。


 人間離れしているのを改めて思い知らされると言うか、化物と見られているかのようで。


「まあ、そんなところですね。それ以外にもこんなのもありますよっと!」


 僕は持っていた槍を傍に流れている川に向かって投擲する。ロックオンされたそのやりは狙い過たず、そこにいた二匹の魚を串刺しにしてみせた。


「とまあ、こんな感じです」

「……なるほど、本当なら私を接近させずに圧倒出来たという事か。あえて接近戦をしたのはこちらの得意な分野で勝つ事で力を証明する為かな?」

「それとその気になればあなたの一撃を顔面に受けても大丈夫だってことを証明する為でもあります。前の時は二人の家族だと思って油断した、なんて言っても嘘くさいだけですからね」


 そう言いながら僕は投げた槍のところまで歩いて行くと、仕留めた二匹の魚ごとボックスにしまう。


 そしてゲイルさんの目の前まで戻ると目の前で掌の上に回復薬をどこからともなく取り出して見せた。


「一応これを飲んでおいてください。体力もそれで回復するはずですから」

いきなり目の前に現れたそれを見たゲイルさんは呆れたように苦笑いを浮かべていた。

「いきなり武器が現れたことといい、どうやらまだまだ他にも能力は隠してあるという事か」

「その全てをここで見せることは出来ませんがその通りです。そして僕と同じか、それ以上に普通では考えられない力を持った奴らがメルとオルトを狙っています」

「……悔しいが私では守りきれない、か」


 僕が言う前もなくその事を理解したゲイルさんの決断は早かった。


「君に預けることが二人の身の安全を確保する一番の方法だという事がよくわかりました。親としては情けない限りだが、二人の事をよろしくお願いします」


 この人から見ればまだ子供に過ぎない僕に向けて頭を下げて頼み込む。


 その行動やこれまでと違う口調からゲイルさんの思いが伝わってくるというものだろう。


 その真摯な思いに応えるべく僕も真剣に答えを返す。


「ありがとうございます。必ず二人は守ります」


 こうして僕は二人を連れて行く許可を勝ち取ったのだった。

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