第一話 証明
目が覚めると、そこには見慣れた宿の部屋の天井があった。どういう訳か僕はいつの間にか宿のベッドで寝ていたようである。
「……あ」
起きたばかりで曖昧な記憶を遡っていくと何が起きたのかを思い出した。どうやら誰かが気絶した僕をここまで運んでくれたようである。
(まったく……酷い目にあったな)
壁にぶつけた頭を触ると包帯が巻かれているようだった。
そこでふと、横のベッドを見ると、
「起きたのか」
何故か、オルトとメルの父親が仰向けに寝ていた。しかもその全身を包帯で巻かれていた状態で。間違いなく僕より重症である。
「すまなかった」
その状態で彼は謝って来た。動けないらしく寝たままで。
「無茶をした二人を君が色々と助けてくれたと聞いている。てっきり誘拐犯だと早とちりして恩人に対してあのようなことをしてしまい本当に申し訳ない。どうか許してほしい」
「は、はあ、まあ別にそれは構いませんけど……」
それよりも僕は何故そんな状態なのかの方が気になって仕方がなかった。僕の意識のない間にいったい何があったのだろうか。
「ああ、これか。君を攻撃したことで激怒したメルにあの後でコテンパンにやられてね。まさか娘に負ける日がこんなに早く来るとは思わなかったよ。しかも惨敗とはな。こんな短い間に一体何があればあんなに強くなれるんだ?」
視線だけで僕の疑問を察知したのか彼はそう言うと苦笑いとも自嘲の笑みともつかない複雑そうな笑みを浮かべていた。
包帯の巻かれ方や起き上がれないところ見ると、相当ボコボコにされたようである。
(この感じだとメルが勇者の仲間とかについては聞いていないのかな?)
それを話すと僕や姉の紅葉のことまで話さなければならないし、僕の意識が戻るまで待っていてくれたのだろうか。
メルは普段は勇者の仲間としての力を封じている。その時はこれまで通りのレベルで、僕の魔法なども触れなくとも聞くことは確認済みだ。だから今もマップでミーティア達と共にいるのはわかっている。
ただ一度その力を解放すれば、レベルは265まで一気に上昇する。
こう言ってはなんだが、レベル45程度の実力ではお話にならないと言わざるを得ない。むしろこの程度で済んで幸いだったと言えるだろう。
まあ、激怒していても実の父親が相手だったから手加減したのだろうが。でなければ彼が今も生きている訳がないのだから。
「そう言えば名乗っていませんでしたね。メル達から聞いているかもしれませんが、僕の名前は結城木葉と言います」
「私の名前はゲイルだ。改めてよろしくお願いする」
僕はベッドが出ると寝たままの体勢で僕はゲイルさんと握手をする。
そこで部屋の扉が開いてミーティアが入ってきた。
「おはよう」
それをマップで確認していた僕は特に驚くこともなく振り返りながらそう言う。
「……さっきまでいきなり殴られて気絶していた人とは思えない態度ね」
そんな僕に呆れた様子でミーティアはその手に持っていた果物を僕に投げて渡してきた。どうやら軽い食事を持ってきてくれたらしい。
思ったより長い間意識を失っていたのか、そこで自分が空腹であることに気付いた僕はそれを齧って食べる。
そこでゲイルさんがこのままでは食事もまともにできないことに気付いた。
どうせメル達を連れて行く許可を得るためには色々と話さなければならない。
それは僕が風の勇者の関係者であることも、だ。
だからある程度までは見えても問題ないし、むしろ僕がそう言った存在であることの証明にもなるだろうから、あまり気にすることなく僕は回復薬を取り出して一気に飲み干す。
自分の体力のゲージが回復して傷の痛みやステータスでの表示も消えたのを確認して頭に巻かれた包帯を取ると、
「これを飲んでください。楽になるはずですよ」
寝たままのゲイルさんにも回復薬を飲ませた。その瞬間、たちまちゲイルさんの減っていたHPも回復し、複数あった状態異常も消えていく。
そして包帯で見えない体の傷も僕と同じように消えていったことだろう。
「こ、これは……」
それを証明するように体を起こして驚きのあまりその後の言葉をなくしているゲイルさんだったが、すぐに我に返るとこちらを見つめてきて、
「き、君は一体何者なんだ……?」
そう質問してきた。それに僕は苦笑いを浮かべて正直に答える。
「僕は風の勇者の関係者ってところですかね。そして実はメルも風の勇者の仲間ですよ」
「な、なんだって? メルが勇者の仲間?」
その言葉を聞いて鳩が豆鉄砲をくらったような顔をするゲイルさん。まあ、いきなりこんなことを言われたら信じられないのも当然だ。
「とりあえずメル達が村を出てから何があったのかを話した方が良いみたいですね」
これからの事はまずそれを話し終えてからだ。
明らかに父親に対して不機嫌そうな様子を隠そうともしないメルと、そんなメルに完全にビビっている様子のオルトをどうにか宥めて落ち着かせた後、僕は二人と共にそれまでの事に付いて話していった。
当然のことながら僕が無の勇者であることやコンであることは言わずにだが。
「メルが風の勇者の仲間として目覚めた、か。……俄かには信じ難いが、神の紋章まで浮かんでいる上に風の勇者の弟である人物が認めているとなれば信じるしかないんだろうな」
案外あっさりと理解してくれたのは僥倖である。それもあって僕はすぐに今後についての話を切り出した。
「その上でお願いがあります。メルとオルトを守る為にも二人を連れていく事を許してくれませんか?」
まだ二人が狙われている可能性があることなどの理由も話した結果、
「……まだ許可は出せないな」
ゲイルさんは首を横に振る。ただその反応に僕は手応えを感じていた。
「まだ、と言うことは何か条件があるということですか?」
絶対に駄目ならその言葉は付かないだろう。何か納得できていない点があるからこそそう言っているのだ。
「そうだな、君が勇者の仲間であることを信じていない訳ではない。ただ、それでも本当に君が子供達を守れるのかと私は正直に言って疑わしく思っている。こう言っては何だが、今の娘は君よりもずっと強いように思えるからね」
「そう言われるとこっちとしては言葉がないです。実際先程は一撃でのされてしまったのは変えようもない事実ですし、言葉だけでは信用できないでしょうしね」
そんな僕が守ると言葉だけで言い張っても説得力がない。
それに普通に考えればこの人が僕よりメルの方が強いと思うのは当たり前なのだ。実際にこの人は勇者の仲間として目覚めてメルの力をその体で体感しているのだから。
ここで戦闘に関してはコンがいると言ってもあまり意味はないだろう。
前回の襲撃で一度は二人を攫わられてしまったのは言い訳の仕様もない事実だし、そもそも言葉だけで信頼を得られる訳もない。
方法としてはコンの姿に変装して来てこの人にその力を見せるのもありかもしれないが、ここではそれは止めておいた。
何故ならそれだと僕がいなくならなければならなくなり、ミーティアとオルトに不審を抱かれる可能性があるからだ。
「ですから行動で証明させて貰えませんか?」
コンの正体を知っている所為か何か言いたげなメルが不味い発言をする前に僕は話を進める。
「と言うと?」
「ゲイルさんと僕で模擬戦をしましょう。そうすれば僕の本当の意味での実力とかを含めて色々と分かって貰えると思いますし、その上で判断して貰えたらなと」
「それは本気で言ってるのか?」
先程の攻撃で僕の大体の力量を把握しているのかゲイルさんはそう言ってきた。
確かに今の僕のレベルはゲイルさんにより下だし、技術的な面でもかなり劣っているだろう。ゲイルさんが驚くのも無理ない。
「本気ですよ。僕の実力が分かった方がゲイルさんだけでなくオルト達にも安心して貰えるでしょうからね」
あまりコノハとしては戦いたくない気持ちもあるが、ここらで少しばかり名誉挽回といこう。ミーティア達から勇者の仲間としての信頼を無くさない為にも。
「……いいだろう。私としても君の本当の実力を知ることは悪い事ではないからな」
そうしてゲイルさんの了承も得たので僕達は早速移動を開始した。僕の希望から周囲の人のいない街の外へと。