プロローグ
見事に全員が一回戦負けを喫した僕達はその後の試合を見届けることなく背後からの歓声を耳にしながらその場を後にしていた。
「それで、これからどうするの?」
「とりあえずはオルトとメルの家族に話をつけないといけないかな。流石にこれ以上、親の許可なしに連れ回す訳にもいかないだろうし、これまでの事を説明しないと」
メルが風の勇者の仲間として目覚めたこと。
そしてオルトともにまだ安全ではないことなどを。
なにより二人を連れて行きたいということも話さなければならないだろう。
「なあなあ、父ちゃん達の許可が出たら本当に俺も連れて行ってくれるんだよな!」
オルトは負けた時はその落ち込みようを表すかのように深く項垂れていたが、事情が変わったので連れて行くと言った途端に、こうしていつものような元気でうるさいオルトに戻っていた。
僕が前言をあっさりと翻したことも特に気にしていないようなので、それに関しては助かる限りである、
「君達の家族の許可が取れたらの話だけどね。言っておくけど、オルトもメルも狙われている可能性が高いんだ。そのことをしっかりと肝に銘じておくんだよ」
「わかってるって!」
「はい!」
オルトが元気よく、そしてメルは真剣な表情で返事をして了承の意を返してくる。
前者に関しては本当に分かっているのかと言いたい気持ちである。
(まあ、いいか)
その様子を見たミーティアがオルトに対してすぐさま注意をしているので僕が言わなくても大丈夫だろう。
オルトも前に一人で飛び出して以来、ミーティアの言う事ならかなり素直に聞くようになったし、その様子はまるで師弟関係のようにさえ思えた。
あるいはオルトの方は本気でミーティアを戦いの先生のように思っているのかもしれない。
ミーティアの小言が終わった今も先程の戦いについてどうすればよかったのかなどをしきりに尋ねているようだし。
(でも、この組み合わせは案外ありなのかもしれないな。僕やメルだとレベルの差があり過ぎて参考にもならないだろうし)
ミーティアとオルトは同じ人族だし、レベルも僕やメルに比べればそれなりの差しかないと言える。
そもそも僕はレベル頼りの力技しかできないので、オルトに教えられることなどないに等しいのである。
それにメルだと種族が違うせいか、そもそもの体の丈夫さや作りが異なるから参考にするのには向かないようだ。
空中でそれこそ猫のように身動きできるメルの動きを単なる人であるオルトが真似できる訳がないのである。
その分、ミーティアなら戦い方や体の動かし方などのオルトでもできる技術を教えてもらえる。
そういった意味でミーティアはオルトにとって良い先生であると言えた。
そんなことを考えながら宿に向かっていると、マップ上で左の方向から急速に接近にしてくる光点があることに僕は気付いた。
(大通りを真っ直ぐに来てるな。隠れる気がないのか?)
急に立ち止まった僕に皆がどうしたのかという視線を向けて、そしてすぐに僕がある方向を見つめていることに気付いてそちらを向く。
そして僕と同じものをみんなも目にした一様に驚いていた。
(あれは、犬の獣人かな?)
明らかにこちらを真っ直ぐに見据えながら物凄い勢いで接近してくるその人物は体が人で、顔が犬のようなそれになっている。
メルのような半人半獣が耳や尻尾だけが獣のそれなのに対して獣人は頭部すべてが獣のそれであると聞いていたが、まさにその通りだった。
「メルとオルトは下がって。ミーティアは二人を」
その獣人はまだかなり遠くにいるが、大通りにいる多くの人の波を避けながら突っ込んでくる。
そしてその目には明らかに怒りの感情が浮かんでいた。目を見るだけでそれが分かるほどに。
すぐさま三人を庇うように前に出た僕は相手のレベルを確認するが、その数値は45とそれほど高くはない。これならどうとでもなりそうだ。
僕はレベルを上げると懐から石を取り出してその獣人に狙いを定める……そんな時だった。オルトが思わずと言った様子で呟いたのは。
「と、父ちゃん……」
「へ?」
その信じ難い発言に思わず僕はオルトの方を振り返ってしまう。
確かにオルトの父親が獣人であるということは前に聞いていたが、それにしたってその外見がおかしくはないだろうか。
娘のメルが猫の半人半獣なのに、何故その父親が犬の獣人なのだ。
遺伝的にどうなったらこうなるのかさっぱりわからない。
だけどメルの方を見ると、
「ほ、本当です。あれは私達のお父さんです」
ということなので疑いようはない。
そして二人の両親なら戦う訳にはいかないし、そもそもその必要もないだろう。
僕は構えを解いて手に持っていた石もしまうとレベルも通常時のミーティアと同じ36まで戻す。
「オルト! メル!」
「やべえ、滅茶苦茶怒ってるよ」
名前を呼んだということはいよいよもって間違いない。そしてその声を聴いたオルトは親に叱られるのを怖がる子供そのものだった。
「まあ、勝手に村を飛び出したんだから怒られるのは当然だろうね。まずはしっかりと叱られてきな。連れて行く云々の話はその後にでもするからさ」
「そんなぁ……」
若干泣きそうな情けない声を上げてがっくりとオルトが項垂れる頃には二人の父親はすぐ近くまでやってきており、僕の目の前で停止する。
そこで僕は事情を説明するべき、まずは挨拶と自己紹介をしようとした……のだけれど、
「家の子供に!」
その前に僕は思いっきり顔面を殴られて、
「何をした!」
吹っ飛ばされていた。
幸いだったのは殴られ方がフックのような形だったので真後ろには飛ばされなかったことだろうか。
もしそうだったなら背後のメル達に突っ込んでいたに違いない。
その代わり斜め後ろに吹っ飛んで、思わぬ事態に受け身も取れず宿の壁に頭から叩き付けられたのだが。
(ああ、失敗したな……)
メルとオルトの父親だから大丈夫だと思ってレベルを下げていたのが災いしたようだ。
かなりのダメージを受けているし、頭を打ったことで意識が朦朧としていく。
それにしてもいきなり顔面を全力で殴られることになるとは予想外だった。ただそれに対しての文句を言う気力も余裕もなく、
(あ、ヤバい)
そのまま僕は倒れた地面の固い感触と誰かの甲高い悲鳴だけを消えゆく意識の淵で捉えながら、それを確かめる術もなく意識を失っていった。