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第二十一話 晴れた星空

 二分後、僕は一人でその風の塊と対峙していた。


 その二分という時間は半ば強引に説得したメルと眠ったままのオルトをティア達の元に届けるのに要した時間だ。


 風の渦を見て緊急事態だと判断したのかリーバイスは結界が張られており、直接宿に転移が出来なかったこともあって思ったより時間が掛かってしまったのである。


 もっともそれでも風の塊が地面に落ちるまでには余裕があったが。このペースだとあと三十分は放置しても問題ないだろう。


(これなら皆を連れて逃げるってのもありだったかもな)


 リーバイスやその他に村々など無視して被害が及ばないところまで逃げる。生き残る手段としてはありかもしれない。


 もっともそんな事をしたら責任を感じたメルが何をするかわからないので出来ないが。自己嫌悪からまた暴走されても困るし。


「さてと……やりますか」


 コンとしての準備は万端。覚悟も出来ている。


 僕は風の塊のすぐ傍のところまで跳び上がり、それに手を伸ばす。そしてその手が触れた瞬間に僕は魔法を発動した。


 タイムラグなどなく視界に映る景色が一瞬の内に切り替わる。そして風の塊も無事転移していた。


「よし、最悪のケースは回避できたな」


 僕が転移したのは空。そう、目に見えるギリギリの距離まで上空へと転移したのである。


 万が一触れた瞬間に爆発したとしても、これならリーバイスや周辺の村々まで届かせずに済むと考えたのだ。


 もっとも触れた程度では大丈夫なようなのでその心配は杞憂だったようが。


 念の為にもう二、三回ほど転移を繰り返して大地から距離を取る。既に雲を突き抜けて地面が見えないところまで来ていた。ここまでくれば十分だろう。


 既に緊急クエストをクリアしたことでペナルティのレベル制限は解除されている。

 だから僕は制限なしの最大レベルの状態で対象を選択、魔法を発動した。もちろんその対象とは風の塊である。


 流石は勇者の仲間が作り出した物と言うべきか。586というレベルを持ってしても一瞬では消しきれないようである。


 ただ、それでも徐々に風の塊が小さくなっていくのには変わりはない。


 このペースだと一分もあればすべてが消滅するはずだった。

 ただし何も抵抗がなければの話だったが。そして風の塊はそのまま消えてくれるほど甘い奴ではないようだ。


「やっぱりか」


 半ば覚悟していた事だが、風の塊は消えるのを拒むように暴風を叩き付けることで僕を弾き飛してきた。


 もちろん僕はすぐさま魔法を使ってまた風の塊に触れる位置に転移する。後はその繰り返し。


 僕が数秒間触れて僅かに削っては吹き飛ばされる。転移する場所は毎回異なるが、そこから先の光景は全く変わらないと言っていいだろう。


(イケる!)


 このままのペースで行けばMPは持つ。半分ほど削り終えた僕は確信を得ていた。


 そうして更に四分の一ほどのサイズまで削った時だった。急に吹きつける風が止んだのは。


 抵抗を諦めたのかと思ったがすぐにそうではないことがわかる。何故なら今度は風の塊は僕のことを逆に引きずり込み始めたからだ。


 ミリアが使っていた魔術に似ている半透明のそれが触れている手や腕に絡みつくと、そのまま僕を引っ張ってくる。


 その力はミリアのものとは比べ物にならない上、空中では踏ん張りようがない。


 でもそれはある意味で好都合だ。

 風の塊の中に引きずり込まれるということは常に触れられるという事であり、このまま行けばあと十秒足らずで完全に消し去ることが出来る。


 もっともここまで意志があるように抵抗してきたその風の塊がそれに気付かぬはずがない。何か向こうも狙いがあるのは間違いなかった。


 そしてその予想が正しかったことはすぐに証明されることとなった。


「まさか……」


 ほんの僅かな時間だけ動きを止めて硬直したかのような風の塊に嫌な予感を覚えた瞬間、風の塊は残されたすべてを爆発させるように溜め込んでいた風を解き放ったからだ。


(これはヤバいかも!?)


 死、そんな単語を無意識の内に重い浮かべた僕の視界はスローモーションのようにゆっくりと流れ、そしてすぐにその風とやってきた衝撃によって真っ白に埋め尽くされていった。





 その場所には見覚えがあった。と言うか、そこは僕が異世界に送られる前にいた空間そのものである。


 一体あれから何があったのかはわからないが、僕はまたここに呼び寄せられたらしい。仰向けの状態で僕がそんな事を考えていると。


「久しぶりだね」


 案の定、黒いスーツに身を包んだ風の神が声を掛けてきた。


 まるで絵画のような青い空といい何だか懐かしく感じてしまう。

 あれからそんなに時間は経っていないというのに。


「ここに来たって事は、僕は死んで姉と交代ですか?」

「あまり動じていないその様子からするとそうなる覚悟はしていたようだね」

「まあ、一応は」


 僕ならあちらでも死んでも問題ない、そういう判断もあったから自分一人であれの処理に挑んだ面は確かにあった。


 もちろんそうならないように最善は尽くしたが。僕だって死にたい訳ではないので。


「私が今回、特例として君をまたここに呼び寄せたのは謝らなければならないことがあったからだよ。想定外の事態やこちらの事情などで君には色々と迷惑掛けたからね」


 風の神は僕の質問に明確な答えを返すことなく話を進めていく。


 話せないことがあるのは前の時に聞いているので、僕は特に気にすることなくその流れに乗ることにした。逆らっても意味はないのでは前の時に確認済みであるから。


「そっちの事情、それってメルのことですか?」

「その通りだよ。とは言え、そこから話し出すと判りにくいだろうから順を追って説明していこう」


 そう言った風の神が手を振ると椅子が二脚その場に現れる。これに座れという事なのだろう。逆らう理由もないので僕は片方に座るともう片方に風の神が座った。


「まず本来なら君は君の姉の代わりとして、代理の勇者として異世界に送るはずだった。だが君も気付いている通り、そこに横やりを入れてきた奴が現れた」

「無と矛盾の神、ですか」

「ああ。彼女が君を無の勇者として選び、私は横からかっさらわれた形だね。ただほんの僅かではあるが私の力も君の中に入ってはいる。スキルに風の魔術があるのがその証拠さ」


 無の神についてはやはりそうだったのかという思いを抱いた。道理で無の魔法なんてものが使えたり妙な称号があったりする訳である。


「それに君は気付いていないかもしれないが、君のロックオンの機能にも少しだけ補正を与えているようだね。まあ、ステータスに表示されない程度だし、そもそもそんな事はどうでもいいんだが」

「補正ですか……正直、まったく気づきませんでした」


 そもそもロックオン機能なんてものが常識外れなのだ。あれに少し補正が加わったところでわかる訳がない。


「君に与えられた万能ゲームメニューとやらは確かに強力だ。だがこの世界のすべてがそれで表示できる訳ではない。例えば今回の彼女のように力が内に眠っていたり、あるいは不完全な状態だったりする場合とかだね」


 確かにメルのステータスにはギリギリまでそれらしきものが現れる事はなかった。


 考えてみれば大抵のゲームだとスキルにしても称号にしても習得するまでステータスの欄に載ることはない。力が完全に発現することで初めてステータス上に現れるのだ。


「それに加えて勇者やそれに類する特定の神から加護や寵愛を受けた者やその力は君のゲームメニューのような強大な力を手に入れる代わりに、他の神の加護や寵愛を受ける者などに対して干渉し辛くなる」

「なるほど、だから勇者の仲間に目覚めた途端にメルに魔法が効かなくなった。でも、あくまでし辛くなっただけで全くできない訳じゃないですよね?」


 直接触れたら魔法は効いた訳だし。触れる事でこちらの干渉力とやらが強くなったのだろうか。


「その通りだよ。その守りは言ってしまえば体に薄い膜が張られているようなものでね。直接的な攻撃やそうでなくとも体に触れた状態でなら通る。と、ここまでが向こうに行った後に選ばれた神から教わることだよ」


 最後の発言に僕は思わず声を上げていた。


「ちょ、ちょっと待ってください。って事は他の勇者はこのことを早い段階から知っているんですか?」

「君には可哀そうな話になるが。異世界に送られてから数日中には教わる事だね。勇者としての基礎知識と言っていい」


 その答えに僕は頭を抱える。なんで僕だけ教えられないのかと。


 無の神とやらは一体何を考えているのだろうか。

 これこそチュートリアルで教えておくべきことだろうに。


 その所為で余計な苦労を背負わされたではないか。


(いや、あるいはそれが狙いなのか?)


 もし仮に僕が困るのを楽しんでいるとしたら。これまでの捻くれ具合を考えるにあり得ないと言い切れないのが悲しかった。


「まあ、彼女ならそれも十分あり得るだろう。それにそもそもそういった決まりに関しては実に適当だからね。君には悪いが選ばれた神が悪かったと思うしかないよ」


 そのセリフから察するに相変わらず心は読まれっぱなしらしかった。


 それにしても神に同情されるなんて、なんて貴重な体験なのだろう。まったく嬉しくない。


「さて、ここまでは知っておいて当然のこと。そしてここからが本題……」


 思わず項垂れかけた僕だったが、その言葉に気分を切り替えて顔を上げた。

 この情報だけでもかなりのものなのに、ここからがもっと大切だというのなら真剣に聞かない訳にはいかないだろう。


「……と、いきたかったんだが、残念な事にどうやらもう時間がないようだ。やはり繋がりがほとんどない君ではこれぐらいが限界か」


 なのに、そんな風にあっさりと肩透かしをくらう。本題を話す時間がないなんて、一体何の為に呼び出したのやら。


(ここまで話しておいて、それはあんまりじゃないのかな?)

「わかっているよ。だから後の話はまた今度、然るべき時が来た時にするとしよう」


 無の神のことを言えないその適当さに呆れかけていた僕だったが、その言葉に込められた意味をすぐに察する。また今度があるというその意味を。


「それって……」

「また会おう。それとその時が来るまで(・・・・・・・・)彼女の事を頼むよ」


 こちらを無視した神の発言で僕は質問を言い終えることは出来ず、またしても視界は真っ白に染まっていった。





 僕は意識が現実に戻ったことを体の痛みで理解した。


「げほ、げほ!」


 体を起こして咳き込みながらも僕は今のこの状況を確認する。


 起き上がるということは、どうやら僕は地面に倒れていたようだ。そして当然のことながら死んでもいない。


 自分の体を見てみるとまたしても服はボロボロで仮面もほぼ全壊に等しい状態である。


 それに加えて全身傷や痣だらけと、覚えている衝撃などから推察するに僕は余程強烈な一撃をもらったらしい。


「それで意識を失って地面に落下したってところかな?」


 その予想が正しいことを指し示すかのように地面に何かを引き摺って削ったような跡が続いていた。


 そしてそれは僕の倒れていたところでピタリと止まっている。あの高度から吹き飛ばされたせいで地面を抉りながらここまで転がってきたようだ。


「そりゃボロボロになるよね」


 むしろ意識のない状態で受け身も取れずに空から落下してこの程度で済んで幸いだろう。自分の高レベルによる常識はずれな頑強さに感謝したいところだ。


「終わった、のかな?」


 空を見上げてもそこには雲一つ存在しない星空がそこには広がっているだけ。風の塊など初めから存在しなかったようである。


 そうしてメニューを開いてマップなどを見てみようとしたところ、クエストが更新されていた。若干緊張しながら確認してみると、


「……終わったね」


 そこには重要クエストがクリアされたという内容が書かれていた。しかも残っていた二つともだ。


 そしてクリア報酬としてそれぞれ10ずつ、つまり合計してレベルが20も上昇しており僕の最大レベルは602となっていた。もちろんその分だけHPとMPの上限も増えている。


 少し前までの僕ならこれ以上の力は必要ないと思っていたかもしれないが、今回の一件で勇者とも争う可能性があることを学んだ。


 それを考えれば力は幾らあっても困るものではないだろう。向こうも僕と同じような常識はずれの力を有しているはずだから。


「さてと」


 やるべきことはもう終わったのだから宿に戻るとしよう。流石にMPも底を突きそうだし。


 そうして最後に装備や傷を消してマップを頼りに歩き出そうとしたところだった。


「コノハさん!」


 目に涙を浮かべたメルがその方向から走ってきたのは。

 勇者の仲間として覚醒したせいか、それこそまるで弾丸のような速さである。


 そしてメルはその勢いのまま僕に向かって抱きついてきた。


 受け止めて初めて気づいたがその体は震えている。

 どれだけ気絶していたのかわからないが、メルの様子からしてどうやら心配を掛けてしまったようだ。


 腰のあたりにしがみつくようにしているメルは僕の服をギュッと掴んで決して離そうとしない。それこそまるで迷子がずっと捜していた親を見つけたかのように。


「ごめん、心配を掛けたみたいだね」


 安心させるようにその頭に手を撫でるがメルは一向に離れようとしない。


 それどころか凄い勢いで泣き出してしまった。


「よ、よかった、です。し、死んじゃったんじゃないかって、ずっと心配で……」


 泣きじゃくりながらメルはそう言う。


 なんでもあの風の塊が爆発した時の威力はとんでもなかったらしく、それこそ魔術兵器が使われたのではないかと、街のあちこちで噂が立つほどだったのだとか。



 そうでなくとも余波だけで街に張られた結界が悲鳴を上げたりもしたそうで、そんなものを見たメルがこう思ってしまうのも仕方ないことなのだろう。


 僕としてもあの瞬間は死ぬかと思った訳だし。


 結果から言えばそこまでには至らなかったが、全力の僕が至近距離で受ければ一瞬で意識を奪われるほどの威力はあったと考えれば、それだけでもとんでもない事がわかるというものだ。


 それを見たメルは居ても立っても居られなくて飛び出してきたとのこと。


 それに関しては安全かどうかわかっていないのに危ない真似はするなと叱るべきなのだろうが、泣いている今は止めておくことにする。


 どうせ後で色々と話さなければならないことが山ほどあるのだ。その時にでも言えばいい事である。


 メルならそれでわかるだろうし、今は存分に泣かせてあげるとしよう。少しでも気持ちが楽になるように。僅かでも溜め込んでいた思いを発散できるように。


「ごめん、なさい」


 そして泣きながら何度も何度も謝るメルが泣き止むまで僕は優しく彼女の頭を撫で続けた。


 長い間、雲の晴れた満天の星空を見上げながら。

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