第十六話 信じられる方は
だが、
(なっ!?)
突如として襲いかかったそれに僕は完全に動きと思考を停止させられた。
それは敵の攻撃ではなく頭の中に鳴り響いたとんでもないサイレンのような音量の警告音の事だ。全く予想していなかったこともあってその影響を抑えることはできなかったのである。
どんなにレベルが上がってもそういう時の反応は人間のままらしい。ヘッドフォンでいきなり大音量が流れた時のように反射的に身を縮めて固まってしまう。
しかもそこにタイミングを合わせるかのごとく背後から何かが絡み付いてきて僕の体を縛り上げたのだ。
いつもならすぐに払うなどの行動に移るのだが、今の僕の意識は大音量の所為で半ば空白になっておりその対処に後れを取る。
「ボルト!」
そしてその結果、本来なら生まれることはなかったはずの時間まで生まれて敵の魔術は完成してしまった。
(なんて迷惑な!)
このタイミングでペナルティを知らせる警告音、それもわざわざ頭が痛くなるような大音量を流してくるなど迷惑以外の何物でもない。
いくらこちらが犯してはならないことを犯そうとしていたとしても、この状況ならもう少し知らせる方法を考えてくれてもいいだろうに。
そんな僕の心の中で生まれて文句など知る由もなく、発動した魔術は一筋の落雷を発生させた。
そしてそれを認識した時には既にその魔術は僕の体に落ちていた。いくら今の僕でも光よりは速く動けないのでそれは当然のことである。
ただ威力は大したことはなくダメージもほとんどない。それに『状態異常・麻痺』もレベルのおかげか抵抗に成功しているのでそれで動きに問題が起こることはなかった。
むしろ厄介なのは体に絡み付いている半透明の蜘蛛の糸のようなものの方だろう。
そこであえてダメージを受けたふりをして考える時間を作り出すために膝を着いて動けないように見せる。
そして背後を振り返ってこの糸を放った人物を探すと、そこには一人の女性が立っていた。
顔は露わにしているものの、またしてもステータスは見えないし格好から察するに目の前に男の仲間、つまりは勇者の仲間だろう。
(もう一人いたのか)
恐らく目の前の男は背後の彼女と連携するつもりだったからこそあの場で魔術を発動したのだろう。そこに僕にとっては運が悪いことに警告音が重なった結果がこれである。
では何のペナルティかと思って新たに明らかになった禁則事項及びペナルティ一覧を見てみると、そこには『勇者及びその仲間の殺害禁止』と書いてあった。
どうやらさきほどの一撃がその禁止事項に引っかかっていたらしい。
(しかもそのペナルティとしてレベルを一気に100も制限か。これは痛いな)
厳密に言えば殺していないので未遂のはずなのだが、神に警告されなければ攻撃を止めなかっただろう事を考えると今回の罰は受け入れるしかないだろう。むしろ殺す前にそうしてくれた感謝するべきなのか。
これが指し示すところの意味はあのまま攻撃していたら目の前の人物を殺していたという事なのだから。
それにしてもペナルティの中には警告と同時に罰を与えるタイプのものもあるらしい。
警告された時点で取り止めればペナルティを受ける事はないとこれまでは考えていたのだが、今後の行動においても色々と注意しなければならないようである。
(でも殺害禁止で殺傷禁止ではないところを見ると殺さなければいいのかな?)
だが先程の一撃は制限なしだったとは言え軽く痛めつけるだけのつもりだったはず。
勇者の仲間ならそれでも大丈夫だろうと思ったのだがそれは間違いだったのだろうか。
(可能性として考えられるのは僕の考え違いで傷つけるのもダメなのか。あるいは思った以上に彼らが弱いのか、かな)
今の雷の魔術の一撃は無防備な状態で直撃したというのにほとんど効いていないところからすると後者の可能性が高い気がする。
現に僕の体を拘束している糸も多少の抵抗は感じるものの、その気になれば引き千切ることも簡単なのがその感触で何となくわかるし。
もっとも現状でも500近い僕のレベルが異常だという事もあり得るが。
「助かったぞ、ミリア」
「クリッジにそう言われるのは何度目でしょうね。少しは反省と学習をしてください。それとまだ気を抜くのは早いですよ」
ミリアと呼ばれた明るい緑色をした背の高い女性の方は膝ついて拘束されたままの僕を見ても油断している様子はなかったのに対し、クリッジと呼ばれた男の方は明らかに安心している様子だった。
「そうは言ってもお前の拘束に加えて俺の魔術が直撃したんだ。しばらくの間、動ける訳がない」
「いいえ。この人は追跡を警戒していた私に察知されることなく、しかも信じられない速度であなたの元までやって来ました。あれを見て油断などできません」
このセリフから考えるにミリアはクリッジの後方で追手を警戒していたのだろう。
マップに映らなかった事もあって僕はそれに気付かず一直線にクリッジに向かったところ見られた。それで加勢にやって来たってところだろうか。
「……お前達は何故メル達を狙うんだ。それともこんな幼い子供を誘拐することが魔王討伐の為だと本気で言っているのか?」
「黙りなさい」
ミリアの方はこちらの問いに答えず締め付けを強めてくる。
とは言えそれでもまるで効かないのだが、僕は苦しんでいる演技をしておいた。この方が敵も色々と話してくれそうだし。
案の定クリッジの方は完全に勝ったと思ったらしく、
「その双子の片割れが世界に混乱を齎す存在となり得る。そういう神託が下ったそうだ」
(神託……僕のクエストに似たようなものと思えばいいのか?)
クエストもある意味では神託と言えなくもない。それにしては荘厳さなど欠片もないが。
「クリッジ」
「本当かどうか知らないがこいつも勇者の仲間だと言っているんだ。もしそうならこの話を聞けば引かざるを得なくなるはずだ。それにその方がお互い面倒がなくなる」
ミリアの制止を振り切って話を続けてくれた。
「その混乱とやらがどんなものかまでは知らない。だが神託によれば魔王討伐に悪影響を及ぼす可能性も十分に考えられるそうだからそうなる前に排除する。人類の勝利の為に不安要素を残しておくわけにはいかないからな。とは言えもちろんそれは最終手段であくまで可能性があるという話だから今は二人を連れ帰ってその原因を究明、可能ならその混乱を齎す要素だけを排除しようと考えている。仮にそれが無理でも魔族などに目をつけられる前に保護しなければならない訳だ」
どうしようもないものを見るかのような目でクリッジを見て呆れたような溜息を吐いた後、ミリアが話しを受け継いた。
「まったく、どこから情報が漏れるか分からないのだからわざわざ教える必要などないでしょうに……まあ話してしまった以上それについては諦めましょう。ですからあなたが勇者の仲間だと名乗るのならここは退いてください。この子達には申し訳ないと思いますが、これは人類の為に仕方のないことなのです」
「……一つだけ質問がある」
詳しい事情を聞いたところで僕にわかることなどそう多くはない。
魔王討伐に関わる気もないし、それについてはこの二人や他の勇者に任せるつもりだ。その彼らが必要だと言うのならきっとそうなのだろう。
「仮にその方法がまったく見つからずどうしようもなかった時は二人をどうするつもりなんだ?」
「その時は始末する事になるだろう。どちらがその対象なのか分からなければ二人ともな。さっきも言ったが不安要素を残しておくわけにはいかない」
「そうか……」
それを聞いた僕の決断は、
「だったら尚更お前達に二人を連れて行かせるわけにはいかないな」
これだった。
この言葉にクリッジとミリアは素早く身構える。
「お前、何を言っているのかわかっているのか?」
「魔王討伐を邪魔する。それは即ち人類の敵となるということですよ。あなたは勇者の仲間でありながら、そうでなくても人類と決して相容れぬ魔王や魔族側に利するというのですか?」
確かにここで僕が二人を助けたことによって魔王討伐に障害が生じれば、それはきっと人類に対する裏切りに値する行為なのだろう。
仮に僕が勇者やその仲間でなかったとしても、それはやってはならない事だというのは僕でもわかる。
だが、
「人類の敵になるつもりは更々ないが、俺の方もお前らが言う神託に似たようなものを受けているからな。そして今のところそれに逆らうつもりはない」
それにこのままこいつらにメル達を連れて行かせれば高い確率で二人は助からない。
何故ならそれで助かるのなら拉致された時点でクエストはクリアになるだろうはずだし、それを阻止しようとする僕を神が放置する訳がない。ペナルティやその警告など止める方法などいくらでもあるのだから。
そう、彼らの元に行っても二人の死の運命は変わらないという事を未だに変化のないクエストがそれを教えてくれているのである。
そもそも彼らの言葉が本当だという保証はないし、仮にすべて本当だったとしてもそれはそれで向こうとこちらの神の言い分が違うということに他ならない。
雷の神はメル達を排除するように、こちらの神はメル達を救うように言っているのだから。
そしてそのどちらの神を信頼するかと言われればやはりこちら側の神だ。
本当に無の神なのか確証はないしこれまでの事から考えると一筋縄ではいかない厄介な存在ではあるけれど、それでもこれまでその神がくれた恩恵のおかげで僕は戦って、そして生き残ってこられた。
それに対するはメル達を始末しようとしている全く関わったことのない雷の神。
どちらの言い分を信じるかなど考えるまでもないだろう。
「そちらがそちら側の神託を信じるようにこちらはこちら側の神託を信じる。ただそれだけの話だ」
そう決断した瞬間、まるでその答えを待っていたかのようにそれにある変化が起こった。
あるいはそれは無の神を信じると決めたぼくに対しての褒美だったのかもしれない。
(このタイミングでって明らかに狙ってるよね)
ここに来てようやく発生した新たな重要クエスト。
そこには『メルとオルトを救え』と書かれていた。
ここで重要なのは未だにこちら側の神は僕のことを止めはせず、むしろ嗾けるようなクエストを出してくることだ。
それはつまり、それでいいという神からのメッセージなのだろう。
(ここまで来たんだ。お望み通り二人とも勇者の仲間の手から救うよ)
ただこうして指示を出すならもっと早くにくれてもいいものを、とも思ってしまう。やはり色々と捻くれているのは間違いなさそうだった。
(いずれはこの無の神らしき存在の事についても調べないといけないな)
ただそれは先の話。今はこの状況を打破する事だけに全力を傾けることにしよう。
その時だった。この場において重大な変化が起こったのは。
いや、起こっていたと言うべきか。ただそれに僕を含めたこの場にいる誰もが気付けなかっただけで。
「……オルト?」
その声によって僕達三人は一斉に同じ方向を向く。そこには先程まで確かに意識を失っていたはずのメルが起き上がっていたのだ。
そしてメルは眠ったままのオルトの事を見ている。気絶しているからピクリとも動かず、見ようによっては死んでいるようにも見えるオルトの事を。
(不味い!)
襲撃されて意識を失った後に見た光景がこれだ。最悪の連想をしてもおかしくはないし、そうでなくても心理的圧迫を与えるには十分すぎる状況だ。
だからメルが暴走してもそれは決して責められるものではない。
「……オルトに何をしたの?」
ただ今回のそれは前のものと明らかに違っていた。
咄嗟に動こうとしていたクリッジとミリア、それどころかメルを守ろうとしていた僕でさえ動きをつい止めてしまうような恐ろしく平坦で冷たい声でメルはそう呟く。
「ティアさんに何をしたの?」
それどころか圧迫感さえ覚えるほどにメルから不気味なオーラが発せられているようですらあった。明らかにその様子は尋常ではない。
「落ち着くんだ、メル」
この時、僕は大きな間違いを二つ犯してしまった。
一つは正体を隠す為の変装したままメルを説得しようとしたこと。
狐面の有する効果おかげで誰にも僕が木葉だとこの状況でも気付かれていないが、この場においてそれは負の要素となってしまったのだ。
これで僕が見知らぬコンとしてではなく、メルの命の恩人でもある木葉で説得していたのなら結果は変わっていたかもしれない。
そしてもう一つの間違いが、
「やめろ!」
異様な雰囲気のメルを危険だと判断したのか容赦なく殺す気で攻撃を仕掛けているクリッジとミリアの制止を無意識の内に躊躇してしまったことだ。
メルの事だけを考えるのならペナルティの事など無視しでも動くべきだったのである。
そのほんの僅かな遅れが致命的となり、拘束を力尽くに引き千切ってメルと二人の間に入り込んで攻撃を阻むことに成功した時には、
「コノハさんに……みんなに何をした!」
手遅れとなっていたのだった。