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僕は姉の代理で勇者――異世界は半ばゲームと化して――  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中
第一章 異世界への旅立ち チュートリアル編
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第五話 グッチ

 グッチさんは非常に良い人だった。そう思う理由はそんなことする必要なんてないのに、汚れた寝間着の代わりとなる服をくれたからだ。


「疑っちまった詫びだと思って受け取ってくれ」


 という言葉と共に差し出されたそれを僕は感謝しながらも遠慮なく受け取った。


 人がいるところでこんな汚れたままの恰好でずっといるのは色々とキツイ。技術の差か着心地は元の世界の物とは比べ物にならなかったけど、それでも汚れた寝間着と比べたら雲泥の差だった。


 今の自分にとっては湿ってないだけでも十分である。


 ちなみに脱いだ寝間着は燃やして処分した振りをして、こっそりアイテムボックスに入れた。その時に表示されたアイテム名は汚れた寝間着である。


 魔法がある世界だし、いつか汚れをなくせればいいのだが。それを期待して今はここにしまっておくことにしよう。


「おお、思ったよりに似合ってるじゃねえか」

「ありがとうございます」


 お金も何もない自分をグッチさんは何故か気に入ってくれたらしく、自宅に招待してくれたばかりか、食事さえ用意してくれた。


 払えるお金もないので流石にそこまでしてもらうのは気が引けたが、グッチさんもその奥さんであるキールさんも良い人過ぎだ。


「困った時はお互い様ってもんさ」

「そうそう。それに出せる食事もたいしたもんじゃないし、気にする必要ないわよ」


 少し前に胃の中の物をすべて吐いたせいでお腹は空いている。腹が減っては戦もできぬと言うし。後でお礼をすることを心に誓って今回は好意に甘えることにした。


「いただきます」


 出された食事は芋らしきものが入ったスープ。この世界では調味料があまりないのか味はかなり薄めだったが、それでも空腹のおかげでとてもおいしく感じられた。あるいはグッチさん達の優しさもそう感じた要因の一つかもしれない。


 出してもらったその一杯でお腹は一杯になった。いつもより食べる量が少ないのは、きっとまだ精神的にも胃的にも万全ではないからだろう。流石に初めての戦闘は色々と堪えたし。


 ふとそこでステータスを見るとほんの僅か、ドット単位で減っていた体力が回復していくのがわかった。どうやら食事などで体力は回復するらしい。


「ごちそうさまでした」


 食後の挨拶を終えて顔を上げると、グッチさん達は奇妙なものを見る目でこちらを見ていた。何かやってしまっただろうか。


「おめえさん、もしかしてどっかのお偉いさんかい?」

「まさか、そんなことはないですよ。どうしてそう思うんですか?」


 元の世界ではどこにでもいる一般人であり高校生だった。生まれた家もごく普通の家だったと言える。


「いや、食事の時に妙な挨拶をしてたからな」

「ああ、なるほど。あれは僕の故郷にある食べ物やそれを作ってくれた人に感謝する風習みたいなもので、そんな特別な事じゃないですよ」


 元の世界でも日本人独特の習慣が海外では奇妙に見えることがある。今は国どころか世界が違うのだ。そういうことが多々あっても不思議はない。


「感謝ねえ。いやー実にいい風習だな」


 しみじみと呟くグッチさんだったが、その理由はこの芋を作ったのが彼の一家だったかららしい。家の裏に農園があるらしく、先程のものはそこで取れた芋を使った料理だったという訳だ。


 これが図らずも好感度を上げる結果になったのか、グッチさんは秘蔵の酒とやらを出してくれようとしたが、流石にそれは遠慮した。未成年だし、なにより飲酒したいと思っていないので。


「そう言えば聞いたぜ。おめえ、ミーティアに裸を見せつけたんだって?」


 結局自分一人だけで秘蔵の酒とやらを飲みながらグッチさんはそう言ってきた。と言うか、どんな伝わり方をしているのだか。


「……あれは不可抗力ですし見せつけたわけじゃないですよ。川で汚れた衣服を洗っていたところに偶然彼女が現れただけです」


 なんでも水を汲みに行った彼女が水瓶も持たずに慌てた様子で村に帰ってきたことで、ああした警戒をしていたのだとか。それこそ盗賊が近くのやってきたのではないかと思ったらしい。


「もっとも、最近は盗賊よりも厄介な連中がいるけどな」

「そうなんですか?」

「おめえも最近か数年前から魔王とかいうのが復活しそうだか実際に現れたって話は知ってるよな?」

「……ええ、まあ」


 その所為でこうして自分がここに来ているのだった。


 とは言っても神に軽く聞いた程度で詳しくは知らないけど。なので話を止めないために頷いておいた。


「本当かどうか知らんがその影響でここ数年、魔物も凶暴化してるって訳だ。そんな訳で勇者様を筆頭に各国で魔王との戦争の為に動いているらしいんだが、その所為で納めなきゃならない税が増えてきてんだよ」

「それだけならまだしても若い男は兵隊にするって、役人がここまで来て若い奴らを連れて行かれちまうしねえ。若い働き手がいないとこっちとしては辛いよ。このままじゃ魔王が倒される前に村がなくなっちまいそうさ」

「そうなんですか……大変ですね」


 盗賊と役人、今のところ怪しそうな奴らはその二つだろうか。そのどちらかがクエストに関連していてくれると、こちらとしては分かり易くていいのだが。


「はっ! あの役人共のことだ。どうせ私腹を肥やしているに決まってるっての! ああいう奴らはな、怠けてばっかりなんだよぉ!」


 酔っぱらってきたのかグッチさんは顔を真っ赤にしてそう叫んだ。かなり声が大きくて近くにいると若干耳が痛い。


「まったくもう。こんな真昼間から酔っ払うなんて、自分が一番怠けているじゃないか。それにお客さんに迷惑かけるんじゃないよ」

「いや、だけどなぁ」

「だけど、じゃないんだよ! まったくお酒を呑むと何でもベラベラしゃべるんだから」


 キールさんは気を利かせてくれたのか、酔っ払ったグッチさんの相手をしてくれている。


「悪いんだけど、少し席を外してもらえるかい? このままだとこのバカな酔っ払いが迷惑かけちまいそうだしね」


 邪険に扱われているわけでもないし、こちらとしても酔っ払いの相手はしたくないので、ここは素直に従うことにした。


 それに折角になので村を見て回ることにしよう。何か新しい情報が手に入るかもしれないし。


 そうしてそのことをキールさん告げると晩御飯までには戻ってくるように言われてしまった。そこまでお世話になるのは申し訳なかったが、文無しでは宿に泊まることもできない。お言葉に甘えるしかなかった。


(どうにかしてお金を稼げないかな?)


 それを調べることを目的の一つに入れて僕はグッチさんの家を後にした。

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