第十四話 誤算
宿の部屋に戻っても予選を勝ち抜いた嬉しさからか、明日の本戦に気合が入りまくりのオルトと違って僕の気分は優れなかった。
別に大会前の時のように面倒だと思っている訳ではない。
(まさか例の二人組に関わっていそうな奴らまで予選敗退だなんて……)
コーライルだけでなくそちらの方まで予選敗退となってしまったのである。危険だと思っていた奴らが一気にいなくなってしまった形だ。
しかしそうなったというのに未だにクエストがクリアされることはない。それどころか何の変化もないのだ。
(どちらも死の運命には関係なかったってことなのか?)
だとすれば一体何が死の運命と言えるものなのだろうか。その他に手掛かりもないし完全に振り出しに戻ってしまった形である。
「あ、あの、どうかしたんですか?」
そんな僕の浮かない様子に気付いたのかメルが遠慮がちにそう尋ねてきた。その顔には不安の色が見え隠れしている。
「もしかして傷が痛むんですか?」
「いや、それは大丈夫だよ。ただちょっと疲れただけさ」
傷については既に魔法で跡形もなく消してあるので心配ないというようにメルの頭を撫でた。
無言で俯いてはいるものの離れようとはしないので拒絶はされていないと判断して、僕は笑いながらそのまま手を動かし続ける。ピクピク動く耳が何だか面白かった。
「オルトもメルも明日が本番なんだ。興奮するのはわかるけど、今日はしっかり休んで疲労を明日に残さないようにするんだよ」
「りょ、了解です!」
「わかってるって!」
メルまでテンションが上がっているようだが、肉体的にも精神的にも疲労はたまっていたらしく二人とも少ししたらウトウトしだしていた。
どんなに強くてもまだ十歳の子供なのだからこれが当然なのだ。
「二人とも明日はいい戦績を残せるといいんだけどね」
勇者の仲間はシード扱いらしく明日の本戦から大会に参加するものの、既に会場で予選を観戦しているのだとか。
出来ればメルやオルトに目を付けてくれていると良いのだが。
(居場所さえわかればコンに変装して会いに行くのも一つの手なんだけどな)
どういう訳か会場内をマップで念入りに探したのだけれど、それらしき人物は見つからなかったのである。
恐らくは狐面に付加されているような『隠蔽』や『認識阻害』系統のもので姿を隠しているのだろう。
僕のチート以外でも敵の能力などを盗み見るものがあってもおかしくないし、それを防ぐ対策を怠っていることはまずあるまい。
(と言うか、その程度の対策もできていないような人達が勇者の仲間じゃ困るんだけどね)
魔王や魔族と戦う一種の英雄のような人物達なのだ。それぐらいは出来て当然だろう。
でないと僕まで魔王退治に駆り出されることになりかねないし、ある程度の実力は持っていてもらわないとこちらとしても困るのだ。
もちろんその所為で僕の方は誰が勇者の仲間なのか把握できないというデメリットが生じているのだけれど、それは諦めるしかないだろう。
「さてと、ティア。少し出てくるからその間の事を頼めるかな?」
「別にいいけど、何をする気?」
「武器(石)の補充だよ。今日の戦いで結構使っちゃったからね。そのついでの情報を仕入れてくるよ。予選が終わったことで何か動きがあるかもしれないし」
何かあったらすぐに連絡するように言って僕は宿を後にした。が、もちろんこれは方便だ。本当の目的は別にある。
コーライルや例の二人組の関係者などが敗退してもクエストがクリアされない理由は大きく分けて二つ考えられる。
一つは先ほども考えた彼らが死の運命とは無関係であること。
そしてもう一つが敗退した程度では運命は変わらないということだ。
後者だった場合、彼らがどんな手を使ってくるかわかったものではない。その前に手を打っておくことにしたのだ。
現にコーライルとその二人組が接触しているようだし、これで何もないということはまずあり得ないだろうから。
勇者の仲間の実力がわからないことからこれまではコンに変装して暗躍するのは控えておいたのだが、こうなっては仕方がない。
妙なことをされる前に叩き潰すのが一番だ。
そうして僕は人気のない路地でコンへと変装すると空へと飛び上がる。そのまま建物の屋根を足場にしてあっという間に目的の建物に辿り着き、中にコーライルとその他数名がいることを確認した上でその窓をぶち破って侵入した。
ただそこで見た光景は実に意外なものだった。
(どういう状況なんだ、これは?)
驚いた表情でその場にいた全員がこちらを見ているのはいい。それは自然なことだから。
だが何故かコーライルが一人で大剣を構えて相対する数名の方に向けているのだろうか。これではまるで敵対しているようである。
「な、何者だ、てめえ!?」
「構いやしねえ! そいつごとやっちまえ!」
既に戦闘態勢だった彼らはそうやって自己完結すると僕とコーライルに向かって襲い掛かってくる。
理由はわからないがどうやら彼らはコーライルと敵対することになっていたようだ。
そこに僕が現れたことで援軍だと思われたのだろう。例えそうじゃなくても怪しい奴だろうし排除するのが当然の選択だ。
もちろんそのまま排除される気なんて更々ない。そもそも僕が彼らを排除しに来たのだから。
怒声とともに振り下ろされる剣を僕は多少の混乱はあったものの簡単に片手の指で摘んで受け止める。
戦闘における技術や技量が低い僕だが有り余るレベルがあればこの程度は容易いのだ。
レベル差があり過ぎるとその気になれば敵の攻撃をスローモーションのように見極めることもできる上に指先の力だけで相手の渾身の一撃と堂々の力を出すこともできる。
そしてそのまま剣を指の力だけで折るのも赤子の手を捻るようなものだ。ここまで力に差が過ぎるともはや技量が入り込む余地がないのである。
ただ逆にこれだと殺さないのが難しいので僕は驚いている彼の体に手を当てると、優しく押し出した。その背後にいるお仲間に向かって。
それだけでも勢いよく吹っ飛んだ彼は仲間を巻き込んで後ろの壁に激突する。
思ったよりもHPは減っているものの死んではいないので気にしないことにした。
同じようにして逃げようとしていた僕側の残った一人を片付けた後、レベルでは僕を除けばこの中で一番高いものの多勢に無勢なこともあって劣勢だったコーライルの援護に向かう。
事情を知るために誰かに話は聞きたいし、それならこいつらと敵対していたと思われるコーライルが一番だからだ。
そうして僕が敵の武器を破壊してあげたこともあって勝利したコーライルは、
「それで、お前は何者だ?」
「俺の名はコンだ。コーライル、お前に聞きたいことがある。そしてその問いに答えるのなら手出しはしないと約束しよう」
大剣を構えたままの状態で僕に話しかけてきた。それに対して僕はコンとしての口調ではあるものの構えず自然体で答える。
「悪いが答える義理などない!」
その言葉が終わる頃には既にコーライルはこちらへと接近しており、その大剣を振り下ろそうと、
「もう一度言うぞ。こちらの問いに対して素直に答えるのならば手出しはしない」
したが僕はその大剣を片手で掴んで受け止めて見せた。力の差をわからせる為に。
すぐに大剣を取り戻そうとあがくコーライルだったが、いくら力を込めても僕の手を剥がすには至らない。ただ顔を真っ赤にして力むだけに終わっていた。
仕方がないので僕は大剣を引き寄せてあがくコーライルの体ごとこちらに接近させる。
そして彼が何かする前にその体に手を当てて先ほどと同じように優しく押し出す。
たったそれだけの行為なのにコーライルの体は背後の壁に叩き付けられて彼は苦しそうに咽ていたが、意識を失っていないだけ賞賛に値するのかもしれない。
「力の差がわかったところで答える気にはなったか? 言っておくがこれが最後だ」
これ以上抵抗するのなら彼にも容赦なく眠ってもらうつもりで僕はそう告げる。理由は別の奴を起こして聞いてもいいのだし、コーライルに固執しなければならない理由もない。
もしかしたら敵じゃないかもしれない、そう思ったから手出しをしないだけなのだ。向こうから攻撃を仕掛けてくるのなら遠慮する必要もない。
「……何が聞きたい」
そう思ったもののコーライルはバカではなかったらしい。剣をしまいはしなかったものの、起き上がってそう言ってきた。どうやら敵う相手ではないということを理解してくれたらしい。
「その前に改めて名乗っておこう。俺の名前はコン、予選でお前が戦った木葉という奴の仲間だ」
「……だとすると、聞きたいのは敵意を向けた理由か?」
「理解が早いようでないよりだ。その他にどうしてこんな状況になったのかについても説明してもらいたい。言っておくが、俺や木葉の目的はメルに危害を加えそうなものをできる限り排除することだけだ。お前が危険ではないとわかれば手出ししなくて済むし、お互いこれ以上の面倒は御免だろう?」
少し迷っていたコーライルだったがすぐに決断したのか頷いてきた。それ以外に選択肢がないので当たり前だが。
「だがその前にこちらも聞きたいことがある。それにそちらが答えてくれるのならばすべて正直に話すと誓おう」
「いいだろう。それで聞きたい事とは?」
話が早く済むのならその程度の譲歩することなど何でもない。もちろんそれで話さないようならキツイお仕置きをするつもりであるが。
「あのメルという子と同じような猫の特徴を持った半人半獣の女について何か知らないか? 年齢は二十代半ばで名前はクリスティ。戦闘では身の丈ほどの槍を使う背の高い女だ」
全く心当たりがないので正直に知らないと答えた。半人半獣で知っているのはメルだけだと。
そしてその人物が今回の件にどんな関係があるのかと尋ねると思わぬ返答が返ってくる。
なんとその女はコーライルにとって復讐すべき相手なのだとか。
門での敵意は遠目で特徴的なメルの猫耳だけが目に入ったことによって復讐の相手を遂に見つけたかと思った為だったらしい。
すぐに子供で更に顔もまったく似てない事に気づいて我に返ったが、それをメニューは見逃さなかったという訳である。
「この状況については予選で負けた俺にそのメルという子供を攫う手伝いをするように依頼されたからだ。負けたコノハに対しての復讐にもなるだろうとな。だが俺はその女が憎いのであって半人半獣が憎いのではない。しかも子ども相手にそんなことをするなど反吐が出ると断ったらこれだ」
良い仕事の話があると言われたから話だけは聞きに来たが、それだけだという主張らしい。
証拠はないが現に敵対していたわけだし、ある程度は信頼できるかもしれない。辻褄も合っていなくはないし。
「もっとも仮に俺がその依頼に乗ったところでお前のような化物が守りについているのなら意味がなかったろうがな」
「そうか……それならお前に手を出す理由はこちらにはない訳だ」
そう言いながら僕はメニューを見てまた頭を悩ませていた。
コーライルやそれ以外の怪しい奴らも全員無力化したに等しいこの状況でもクエストに変化はない。本当に彼らは死の運命とは関係ないのだろうか。
(それとも命を奪うくらいじゃないといけないのか?)
その最悪の予想をしていた僕は何となくコーライルに話を振ってみた。他者の意見を聞けば何か思いつくことはないかと思って。
「もう一つ聞かせてほしい。死の運命、この言葉を聞いてお前は何が思い浮かぶ?」
「言っている意味がよくわからんが、それがあの子に何か関係があるのか?」
いきなりこんなことを言われても答えなんてすぐに出るわけがないか。そう思って質問を取り消そうとした僕だったがその前にコーライルは自分の意見を述べ始めていた。
「死の運命が何かと聞かれてもわからないし答えられないが、運命などという大それたものは基本的に人の手に余るものだと俺は思うぞ。生半可な存在では運命を変えるどころかそれを知ることさえ出来ない事だろう」
「人の手に余る、か」
この単語は大きな意味を持っていた。それを切っ掛けに僕はある一つの推論に辿り着けたのだから。
確かに運命なんて普通の人間ではどうしようもないし知りようがない。
僕のように神から教えられでもしない限りは気付くことも出来ないのだから。現にメルとオルトは自らがどんな状況に置かれているかわかっていない訳だし。
(そもそも運命というものがこの世界に存在するとして、それを作れるのは……)
「っつ!?」
その瞬間、僕は自らの勘違いと失態に気付いた。
(いや、でもおかしい。メルもオルトもそいつらから命を狙われる理由なんてないはず……いや違う! 理由がなくてもそうなる可能性がある事を僕はこの身で知っている!)
最悪の可能性に気付いた僕はすぐに宿に戻ろうとしたが僅かに遅かった。
それまで何の変化もなかったミーティアやメル達のステータスに変化があったのである。具体的に言えばHPが減っている、ダメージを負っていたのだ。
マップ上では宿の部屋の中に三人以外に表示されていないというのに。
それだけで誰が相手なのかおおよその見当がついてしまう。
この距離なら転移よりも全力で飛んだ方が早い。そう判断した僕は、
「お前も来い!」
「な!?」
ある考えの元に無理矢理コーライルのことを抱えて外へと飛び出した。
何か言っているようだが反論を聞いている暇も余裕もないので無視して、移動すること僅か数秒。
(くそ! 遅かったか!)
見えてきた宿のメル達がいる部屋の辺りに大穴が空いているのを見て僕は改めてそれを思い知らされるのだった。