第十話 勇者の仲間
八柱の神に選ばれた八人の勇者。
そんなこの世界でも指折りに特別な存在である彼らだが、だからといって孤独という訳ではない。
中には一匹狼で誰も寄せ付けない勇者もいるそうだが、その多くが仲間や従者などを率いているのだとか。
例を挙げれば今回このリーバイスに来るとされている雷の勇者の仲間の一派は総勢で百人近くもいるらしい。
その上、彼らはそのメンバーである種の組織を構成しており、その中には多種多様な種族がいるとのこと。
そしてその仲間に選ばれた存在はどんな種族であれ勇者の仲間として人々から尊敬され、まだ生半可な事では手を出されることはなくなる。
勇者の仲間になる時点で一角の人物であるはずだし、それでその勇者一派を怒らせでもしたらそいつはまず間違いなく終わるからだ。
(まあ、これだけチートな奴を好き好んで敵に回す奴は滅多にいないだろうな)
オルトが今回の武術大会に無理にでも出ようとしているのは、そこでどうにかして目だってメルをその一派に入れてもらう為だったのだ。
何と言うべきか、その考え自体は判るのだが運の要素に頼り過ぎていると言わざるを得ない。そもそも成功する確証もないし、その確率も決して高くはない上に失敗したらどうするかも考えられてもいない。
はっきり言ってお粗末としか言いようがない作戦だろう。
でも僕はその案のすべてを悪いと思っている訳ではない。少なくともただ感情のままに反対していた訳ではなく、自分なりの論理的な解決策を模索していた部分だけは評価に値すると考えていた。
もちろんその論理は穴だらけではあるのだけれど。
オルトが言うにはこれまた魔王の復活のせいで各地の治安が悪化したこともあり、前よりもかなり多くメルを狙う盗賊などが村に現れるようになっていたのだとか。
そしてそれによる負傷者も増加しており、その所為でオルト一家は村の中で少々立場を悪くしているそうだ。
このままではいずれ家族ごと村を追い出されてしまう、それを悟ったオルトはそれをどうにかする為に勝手ながら動いた。
それがオルトとメルがこうしている真の理由だ。
(それにしても魔王は本当にはた迷惑な奴なんだな)
魔王というだけあって凄まじい影響力を持っているようだが、その所為で僕を含めて多くの人が迷惑を被るのは勘弁してほしい。
そもそも魔王さえ復活しなければ僕がこうして異世界に来ることにはならなかったはずなのだ。
そういう意味で魔王は僕にとってある意味で諸悪の根源でもある。もっともそれ以外にも神や姉といったどうにかしなければならない要因も数多くあるのだが。
(さてと……それを聞いて僕はどう動くべきか)
時刻は既に夜。オルトとメルは食事などを済ませて、今は目の前のベッドで寄り添うように眠っている。
ステータスでも『状態・睡眠』と表示されているのを見て間違いなく眠りに落ちているのを確認した後、僕はようやく口を開いた。
「勇者の仲間になる。図らずもこの状況はオルトのその望みを叶えているに等しい訳だけど、これから僕達はどうするべきだと思う?」
「それはあなた次第よ。少なくとも今のままの正体を隠したままのあなたに出来る事はそう多くはないでしょうね」
寝たふりをしていたミーティアはその寝たまま体勢で返答してくる。その返答の早さからして彼女も早い内から色々と考えてはいたみたいだ。
もっともオルト達の前では話せないし、かと言って二人の傍を離れる訳にもいかないからこうして二人が寝付くこの時まで待たざるを得なかったのだけれど。
もしミーティアの言う通りこの二人に勇者の仲間としてある種の特権を僕が与えようとするのなら、このまま目立たないままでいるは不可能だ。
その為には最低でも僕が勇者の仲間である事を証明し、そして彼らを仲間だと周囲に知らしめなければならないのだから。
「それが死の運命を回避する為に必要不可欠ならともかく、そうじゃないのなら遠慮願いたいね」
「だとしたらやっぱりもう一つの方法しかないんじゃないかしら? あなたが無理ならその代わりになる人がここにはいる訳だし、むしろそっちがオルト達にとっては本命なんだから」
雷の勇者の仲間とやらの目に留まるようにする、やはりそれが一番だろうか。
「それにそうする事で死の運命とやらも回避できるかもしれないしね」
メルが迫害される内はその本人は勿論の事だがそれを守ろうとするオルトも危険に晒されているに等しい。今日の一件からもそれは明らかだ。
その境遇をどうにかしないことには彼らはいずれ死に至る。それこそが死の運命だとするのならば勇者の仲間になることでその問題も解決できることだろう。
確証がない以上はそれでどうにかなると思い込むのは危険だが、このまま何もしないでいてどうにかなるとも思えない。だとすればダメ元でも動いてみるべきだろう。
この予想が間違っていてもその時はその時だ。それに勇者の仲間になれたとしても悪い事にはならないだろうし、やって損することはないはずである。
「でも思ったんだけど勇者の仲間って事をどうやって証明するんだろうね? 雷の勇者は仲間が百人もいるらしいし、その全員を仲間だと証明するとなるとかなり大変で面倒だと思うんだけど」
「何か方法があるんでしょ。そうじゃなきゃもっと多くの勇者やその仲間を語る奴が現れていないとおかしいもの。というかそもそも何で勇者の仲間であるコノハがそのやり方を知らないのよ」
「僕は勇者の仲間だという事をなるべく知られないように姉に厳命されているから、それを証明する方法も知る必要ないって事で教えて貰えなかったんだよ。まあ僕は勇者の仲間ではあるけど身内が勇者ってこともあって他とは色々と勝手が違うらしいよ」
適当に誤魔化したものの、あまりこの話題を続けると藪蛇をつつくことになりかねないので不自然にならないように話題を変えようとしたところ、
「よくわからないけど、そういうものなのかしらね。まあでも、これでコノハが雷の勇者の仲間じゃないって事がわかったのは思わぬ収穫だわ」
タイミング良くミーティアが話の流れを変えてくれたのでそれに乗る事にした。
(って、あれ? 姉が風の勇者だって言ってなかったっけ?)
思い返してみたが姉が勇者だとは言っていたが、それが何の勇者かまでは言っていなかった気がする。
どうやらその所為でミーティアは僕がそれを隠したがっていると思い込んでいるようだった。
もちろん無の勇者である事は隠さなければならないが、だからこそ姉が風の勇者である事は言っても構わないのだが。
風の勇者である紅葉は僕がいる限り現れない訳だし、僕がその仲間だという嘘だとバレることはまずあり得ないのだから。
「……悪いけど僕からはノーコメントとしか言えないや。ごめんね」
一緒に行動するようになってもこうしたこちらの踏み込まれたくないところ等に対して気を使ってくれているのは非常に助かるので、僕は訂正したりせずにそのままでいくことにした。
これで今まで通りミスリードはしても嘘は言っていないことにはなるし。
そこで一旦話が途切れ、ふとミーティアが思い出しように懐から何かを取り出して話し出す。
「そう言えばオルトに因縁ふっかけてきた奴らからこれを貰っておいたからコノハにあげるわ」
「その現場は見てないけど貰ったじゃなくて奪った気がするのは僕の気のせいかな?」
どっちでも構わないでしょ、という言葉を込めたかのようにミーティアは黙ってそれらを僕に向けて強めに投げつけてくる。
といっても十分キャッチ出来る速度ではあったので僕は難なく受け止められたのだが。
投げつけられたのはお金が入った小さな袋と二枚の木の板だった。木の板の方には変な模様が彫られている。
「何これ?」
「言ってしまえば盗賊の証に似たようなものよ。組織のシンボルってとこかしら」
普通は体に刻むのらしいのだが、下っ端だったり小さな組織だったりするとこうした物で代用する事も多いらしい。
つまりこれは所謂チームの証みたいなもの。要するにイメージとしては暴走族の旗みたいなものだと思えばいいのだろうか。
「その模様を肌に刻んでいる奴がいたら気を付けなさい。その組織が本格的に関わっているかはまだわからないけど、少なくとも下っ端二人がオルトを人質にしようとした。これが組織ぐるみの犯行なら今後も同じような事が続くだろうから覚悟だけはしておいた方がいいわよ。もしくはやられる前にそれを頼りにその組織を潰すのもありかしらね?」
「もしそうするにしてもそういう荒事はコンに頼むことにするよ。僕は目立ちたくないしね」
捕まった時に簡単に身バレしてしまうような物をわざわざ持ち歩くその神経がわからないのだが、あるいはヤクザが刺青を入れるのと同じような感覚なのだろうか。
なんにせよ僕には理解できない感覚である、
(いやでも門で会った兵士の人達の装備にも違う模様が刻まれてたっけ。って、ことはこの世界じゃそれが普通なのかな?)
「……まあいいや。とにかく死の運命以外にも対処しなくちゃならない相手がいるって事だね」
門で目を付けてきた三人については特に警戒するべくステータスは勿論の事、マップで居場所も常に確認している。
ロックオンしておくとこちらが操作しなくても勝手にそれを表示してくれるのである。
撃退した二人についてはどこかの建物に逃げ込んでおり、そこにいる連中についても既に把握済みなのでこちらは特に問題ないだろう。
問題なのは残る一人。今のところ特に怪しい奴と接近するでもなく普通に過ごしているように思えるコーライルという男だけだ。
それだけ見れば僕の勘違いだったのかと思わなくもないが、ログにはしっかりと残っているのである。あの時、メルを含めた僕達パーティに対して敵対状態へと移行したという一文が。
あの状況でそうする理由などメルのこと以外にあるとは思えない。現に同じようなログを残した例の二人はメルを狙っていたようだし間違いないはずだ。
(まったく、厄介な事ばかりだな)
そんな訳で宿の中とは言え警戒を解く訳にもいかず、僕とミーティアは交代で見張りをしながら睡眠を取るのだった。