第九話 メルの特徴
僕はメルの話を聞きながらも視界の片隅でミーティアとオルトの動向をメニューでしっかりと観察していた。
そして多少の諍いはあったものの無事に戻って来ているのを見て、内心でホッとしていたのである。
だがそれは表には出さず僕はメルとの話を続けた。
「つまりその石に残っていた僅かな匂いから僕がそれを投げた人物だと認識した、要約するとそういう事だね?」
この言葉にメルは頷いた。少し躊躇い気味だがはっきりと。
「あ、でもオルトはあの時何が起こったのかわかっていないしこの石にも気付いていません。だからこちらか言い出さなければ、その、大丈夫だと思います」
かなりの速度が出ていたはずだし普通なら目にも留まらないはずだった。だからこそ証拠となるこの石はまず見つからないと判断して行動したのだ。
運が悪かったのはメルが思った以上のレベルでその石の存在に気付いてしまったことと、そこから辿り着く術を持っていた事か。偶然にしては出来過ぎな話な気がするのだが、これにも神が関わっているのだろうか。
「ん? ってことは、メルはオルトにその事を言ってないのかい?」
「は、はい。私もこの石が魔物を貫く瞬間は見れてなくて、でも何かが飛んで来た事だけは判ったんです。それで気になって周囲を探してみたらこれを見つけたんですけど、それでもすぐには信じられなくて」
「まあ、そりゃそうだよね」
普通に考えればあり得ない事だし半信半疑どころか九割は勘違いだと思っていたことだろう。
自分でもあり得ないと思ったからこそオルトにも言わなかったに違いない。確証があればもっと早い段階でオルトに相談していたことだろう。
「私は暴走状態の時に匂いが同じな事に気付いて、それで目が覚めた後にオルトに相談しようかとも考えたんですけど、でも命の恩人であるコノハさんが名乗り出ないのに勝手にバラしていいのかと思いまして」
「それで結局オルトには言えず、こうして僕に直接聞くに至ったと。なるほど」
(それにしても信じられない能力だ。まさかそんな方法で辿り着かれるとは思いもしなかったな)
石に触れた時間はほんの数秒。更に魔物に直撃したことでその石は別の匂いが大量に付着していたはずである。
そんな中から僕の匂いを嗅ぎ分けるなんて事が可能だとは正直考えもしなかった。
確かにメルのスキルには『識別・嗅覚特化』などの幾つかの匂いに関するスキルが存在している。
だが、だからと言ってここまでの精度だとは誰が思うだろうか。
「暴走した私がコノハさんにああして懐いたのもその事に気付いたからです。村でも困っていた私達を助けてくれた上に命の恩人だとわかったから。あ、あと、その……」
そこで顔を真っ赤にしたメルは、
「た、単純にとてもいい匂いだったので。何と言うか、嗅ぐだけで安心できると言いますか、その、個人的にとても好みな匂いでして……」
何とも端から聞く分にはかなり際どい発言をしてきた。
と言ってもそれはあくまで人の基準で考えれば、の話なのだが。
獣人族には獣としての本能などが著しく残っている場合があり、半人半獣でありメルにもそれは同じことが言える。
そういう事もあってメルにとって匂いは人を見極める上で重要なファクターとなるのだとか。
こう言っては失礼かもしれないが、犬や猫も匂いを非常に気にするしそれに近い感じなのかもしれない。
そこでわかった事なのだがメルが僕を避けていたのは恥ずかしかったからなのだとか。
いくら好みの匂いで命の恩人だからと言って、いきなりあんな甘え方をしたのが死ぬほど恥ずかしい。
かと言ってその理由を話すのにも抵抗があったので僕から距離を置いて、そうなるとミーティアにも近付きづらくて余所余所しくなってしまったらしい。
「自分ではよくわからないけど。そんなにいい匂いなのかな?」
「それはもう!」
何の気なしに言った言葉にメルは予想以上の食いつきを見えてきた。何と言うかキャラも若干変わっている気さえする。
「何と言いますか、自然と仕えたくなるような匂いなんです。きっとこの人が私の主になる方だとスッと理解できると言いますか、とにかくとってもいい匂いなんですよ!」
「あ、あはは。そう、なんだ」
褒められているはずなのに何故か素直に喜べない。そんなこちら微妙な反応を見て我に返ったメルはまたしても赤面して俯いてしまった。
前にも思ったが外見とは違ってどこか犬っぽいというのが正直な印象だった。
なにより猫なら仕えるや主などといった感じではないはずだろう。
もっともこちらの世界の犬と猫が僕の世界と同じである保証は何も無いし、そもそも確認のしようもないのだけれど。
「ま、まあ、それはともかくその事については今後も誰にも言わないで貰えないかな? それがティアやオルト相手でもね」
「わ、わかりました。命の恩人であるコノハさんがそう言うのでしたら私はそれに従います」
まだ恥ずかしさは消えないながらもメルはこちらの要求を呑んでくれた。
別にこの程度の事ならミーティアにならバレテも問題ないような気もするが、わざわざひけらかす事でもない。
メルの時のように思わぬ形で推理されることもある訳だし、せめてそういった警戒だけはしっかりしておくことにしよう。
「さてと、そろそろオルトがどうしてああなのかの理由について聞こうかと思ったけど、どうやらその本人が帰ってきたようだしオルト自身に聞いてみるのが一番かな」
その言葉が終わるのとほぼ同じくらいに部屋の扉が開いてミーティアとオルトがその場に現れた。
ただオルトの方は出て行った時と違ってかなりボロボロになっていたが。服など汚れだらけである。
「お、オルト!? 大丈夫なの!?」
「大丈夫だよ。まあ、ちょっと痛い目にはあったけど自業自得だからさ」
駆け寄るメルに気まずそうな表情でオルトはそう言っていた。その様子は飛び出していった時と比べて落ち着いているように見える。
その痛い目とやらのおかげか、どうやら冷静にはなれたようだ。
「コノハの兄ちゃん、えっと、そのさ……さっきは生意気なこと言ってすみませんでした!」
そんなことを考えながらオルトの様子を眺めていた僕にオルトは勢いよく頭を下げて謝罪してくる。いきなりの行動に少し面食らってしまった感は否めなかった。
(これは思った以上にキツイお灸を据えられたみたいだな)
ミーティアが助けに入るのが少し遅い気もしなくはなかったし、たぶんそういうことだろう。
まあ、ミーティアも見捨てるつもりはなかっただろうし、いい勉強になったということでそれについては黙っておくことにした。
「僕も少しきつく言い過ぎたかもしれないね。だからここはお互い様ということにしようか」
ミーティアなどは甘いと言わんばかりの表情でこちらを睨んできているが、それには気付かない振りをしつつ僕は話を続ける。
「ただその代わりという訳じゃないんだけど教えて欲しいことがあるんだ。オルトがどうしてその事にそこまで拘るのかって事と、ついでに君達がリーバイスに来た本当の目的について、そろそろそれを聞かせてくれないかな?」
「兄ちゃん、気付いてたのか?」
「まあね。というか、やんちゃなオルトならともかく臆病な性格のメルが親に黙って村を出るって時点でおかしいと思うのが普通だよ」
メルはただでさえ狙われやすいのだ。それは本人だって嫌というほどわかっていることだろうし、そうじゃなくても親が教えていない筈がない。
そんな彼女が武術大会に出る為だとか勇者の仲間が会いたいからというだけの理由でこんな危険な事をするとは思えないのが普通だろう。そこを怪しまない方がどうかしている。
だから逆に言えばそんなメルが親に黙って勝手に行動するだけの理由があったということなのだろう。僕、そして恐らくはミーティアもそう予想していた。
「……そうだよ。前に言った目的は嘘じゃないけど、実は兄ちゃん達が言う通り本当の目的が別にあるんだ」
少しの間、言うか迷っていたオルトだったが決心した後はスラスラと語り出し、
「俺はメルと一緒に武術大会に出て、そこで勇者の仲間に目を付けて貰おうと思ってたんだ。そうすればメルが狙われたり差別されたりすることがなくなるはずだから」
自らの心情を吐露するのだった。
ちょっとしたお知らせです。
三章の終わりにでも軽く設定紹介する予定でして、そこで木葉やミーティア達のスキルなども載せようと思います。お楽しみに。