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閑話 優しき少年の葛藤

 俺がメルを守る、そう誓ったのはずっと昔の話だ。


 兄弟の中で唯一の半人半獣(ハーフビースト)という種族で生まれてきた双子の妹は幼い頃からその所為で大変な目に合ってきたのを俺は知っている。


 なにせ俺はそのすぐ隣にいたのだから。


 村の同い年ぐらいの奴らはメルを化物扱いしていじめてきて、その度に俺がそいつらと取っ組み合いの喧嘩をした。


 盗賊達がメルを狙ってきた時は父ちゃんや兄ちゃん達が追い払ってくれた。


 でもその度にメルは御免なさいと謝るのだ。自分がいたからだと。自分さえいなければこんなことにはならなかったと。


 それが俺には許せなかった。メルは何も悪くない。悪いのは他の奴らのはずだ。


 それなのにどうしてメルが謝らなければならないのだ。


 そしてどうして村の奴らも災厄の子とメルに対してひどいことを言うのか。メルは何も悪くないというのに。


 だから俺はずっとそれに対して声を大にして反論してきた。だって双子の兄で一番近くにいる俺がそうしなきゃいけないと思ったから。


 そうしてずっと村ではメルを守って来たのだ。泣いていたメルを笑顔に出来た時には自分は決して間違っていないんだと思えた。


 これまでそうやってメルを守って来たし、これからもそうしていくはずだったのだ。


 だけど、


(俺は……俺は間違ってない!)


 そう思いながらもコノハの兄ちゃんに何も言い返せなかった。それどころかこうして逃げるように宿を飛び出してしまった。


 いや、実際に逃げたのだ。


 俺はあの時にメルが目を付けられたのかなんてまったく気付かなかったし、それどころかそんなこと気にも留めなかった。


(何がメルを守る、だ。全然守れてねえじゃんか!)


 村を出てからその事を何度も思い知らされている。


 ただ単に力が弱いだけではなく、それ以外の面でも俺はメルを守れた(ためし)がないのだ。これでどの面下げて守るなどと言えるのだろうか。


「でも、それでも俺だけはそう言わなくちゃいけないんだ」


 俺なんかよりずっと強い父ちゃんも兄ちゃんでさえもその事を仕方ないことだと言って半ば諦めているようだった。そしてメルに強くなれと諭してさえいたのだ。


 それがまるでメルが半人半獣(ハーフビースト)だから悪いと認めているように見えて嫌だった。


 弱い自分にはどうしようもなくても、それを認める事だけは絶対にしたくなかったのだ。


 自分までそれを認めてしまったらメルの味方が誰もいなくなってしまう、そう思えたから。


 だから自分は躊躇うメルを強引に連れて村を出たのだ。


 そう、訪れたこの絶好の機会(・・・・・)を逃さない為に。上手く行けばメルの立場を変える事が出来るかもしれないから。


「いてっ!?」


 そんな時だった。走っている自分の目の前に誰かが横道から飛び出してきたのは。そして俺はそいつにぶつかって尻餅をついてしまう。


 向こうがいきなり飛び出してきたのが悪いはずだが、自分も考え事をしながら走っていたこともあって謝ろうと顔を上げて、


「おいガキ!」


 何か言う間も与えられずに胸倉を掴まれて横道の奥の方まで引きずりこまれ、そのまま空中に吊り上げられてしまった。


 足をばたつかせて必死にその手を外そうともがくけど、その太い丸太のような腕はビクともしなかった。


 その背後にもう一人男がいる。どうやら二人組のようだ。


「は、放せ、よ」

「あ? 何だって? もっとはっきり喋れよ、ガキが!」

「ぎゃはは! 無茶言ってやるなよ。その状態じゃ無理だって」


 必死になってそう言うが上手く呼吸ができなくて掠れてしまう。それどころか男達はそんな俺の様子を嘲笑っているようだった。


「ぶつかって来て侘びもないとはいい度胸だな。服も汚れちまったし、こりゃあ弁償してもらわねえとな」

「まあ、そうだな。とりあえず銀貨十枚で勘弁してやるよ」


 そんな金ある訳がない。


 いや、そもそも汚れなんて付いてないし、こいつらの服を一式揃え直したとしてもそこまでの額には絶対にならない。俺がガキだからなのか、明らかにふっかけてきていた。


 だけどその後の発言を聞いてこいつらの狙いが俺ではなかったことを知る。


「つーことで有り金はっと……んだよ、銅貨数枚だけかよ。仕方ねえな、お前が払えねえならお仲間に立て替えてもらう事にするか。例えば半人半獣(ハーフビースト)のお嬢ちゃんでも売れば銀貨どころか金貨が手に入るかもな」

「そうだな。つー訳で、そのお嬢ちゃんのところまで案内してもらおうか」

「っつ!? ざけん、な!」


 こいつらの狙いは初めからメルだった。それに気付いて俺は死ぬ気で力を振り絞る。


「いって!?」


 男の手に爪を立ててどうにか拘束から逃れる。そしてそのまま痛がっている男の腹に全力で拳を叩き込んだ。


 苦しそうに呻いた声に効いたことを確信しながらもう一撃をくらわせようとして、


「調子に乗んな、ガキが!」


 もう一人の男が放ってきた蹴りが腹に突き刺さる。死角からの一撃でモロに入ってしまった。


 呼吸が出来なくて動けないでいると、そのままもう一発蹴られ壁に激突する。背中も腹も信じられない程に痛い。


 そしてそのまま頭を地面に叩き付けられると体を足で押さえられてしまう。痛みで体が動かない事もあって抵抗してもビクともしない。


「暴れるなって。お前には用はねえし、あのお嬢ちゃんさえ手に入れば解放してやるからよ。お前もここで死にたくはねえだろう?」

「俺は殺してやりてえけどな。ああ、痛って」


 俺が攻撃を加えた男も腹を押さえてはいたものの戦闘不能という訳ではなく普通に復活して来ていた。


(くっそ……)


 自分の迂闊さが嫌になる。こいつらは俺をメルに対しての人質にするつもりなのは明らかだし、宿を出てからこんなに早く俺に接触して来た事から考えて最初からそのつもりだったのだ。


 あるいは宿の場所も既に把握しているのかもしれない。


(なんでこうなる前に気付けなかったんだ、俺は)


 こんなことではコノハの兄ちゃんにあんな風に言われても当然だ。守るべき存在を危険に晒すバカが何を偉そうに言えるというのか。


 自分の弱さと間抜けさが悔しくて思わず涙が零れそうになると、


「おいおい、こいつ泣いてやがるぞ!」

「ほんとにバカなガキだな。一人でのこのこ歩き回るなんてマジで間抜けとしか言いようがねえよ! しかもそれで泣いてるなんてどうしようもねえな!」

「ええそうね、その子がバカなのは私も同意見よ」


 二人以外にもう一人誰かがそう発言した。その声でその人物をイメージした瞬間、急に体に掛かる圧力が消えて自由になる。


 そして急に服の襟を引っ張られて後ろに放り投げられた。慌てて起き上がって、


「これで少しは懲りたかしら?」

「ティアの姉ちゃん!」


 顔を上げたそこには予想通りの人物がいつの間にかこの場に現れていた。


 そして俺を守るように相手の男の腕を掴んだ体勢で立ち塞がっているその姿から、姉ちゃんが俺を助けてくれたのだと改めて気付く。


「そこでジッとしてなさい。すぐに済むから」

「てめえ」


 その後に続く言葉を男は言えなかった。


 何故なら姉ちゃんが動いたと思ったと同時に骨が折れる嫌な音がして、そして男は妙な方向に折れ曲がった苦悶の声を上げて地面に倒れ伏していったから。


 しかも姉ちゃんは容赦ない事にその倒れていく男の頭部に踵落としを叩き込む。


「うわっ」


 思わず声をあげてしまうような一撃だった。


 現に男の顔は地面に叩き付けられ、そこを中心にして地面に血が広がっているという実に悲惨な事になっていたのである。そしてそいつに意識がないのは確認するまでもなかった。


「こ、このアマ!」


 残ったもう一人の男は素早く懐から抜いたナイフで姉ちゃんを刺そうと腕を突き出して来るけど、姉ちゃんはその腕を躱しながら掴んで、


「が!?」


 そのままあっという間に流れるような動きで足を払いながら男を地面に投げて叩き付けた。


 それどころか姉ちゃんは投げると同時に男の手を離れて宙に浮いていたナイフをキャッチしてみせると、その仰向けに投げた男の眼前に突き付けてさえいる。


 しかもしっかりと男の体に足で体重を掛けて動けないようにしながら。

 俺が敵わなかった男達がまるで赤子のように軽く捻られてしまっていた。しかも秒殺で。


「す、すげー」


 ここに来るまでの間、兄ちゃんと稽古をしている姿を見てきたし、俺も何度か稽古を付けてもらったけど、まさかここまで強いとは思わなかったのである。


 圧倒的、そう言えるレベルで姉ちゃんはこの場を支配していた。


「今すぐにそこの奴を連れて失せなさい」


 姉ちゃんは足をどかすと意識のある男にそう告げた。しかもそれを言い終わる頃には無防備にその背中を敵に向けていた。


 往生際の悪い男はその背中に目掛けて懐から取り出した新たなナイフを振り降ろす、


「聞こえなかったのかしら?」


 前に後ろ向きのまま姉ちゃんが放ったナイフに腕を貫かれて悶絶していた。危ないとか言う間も必要もない完全な圧勝だった。


「悪いけど私はコノハほど投擲の技術は高くないの。今のも手を狙ったんだけど少しずれてしまったわ。だから次は運悪く急所に当たってしまうかもしれないけど、それでもいいのなら掛かって来なさい」


 男が新たに取り出して取り落としたナイフをそいつの目の前で悠然と拾いながら姉ちゃんはそう言い、それを聞いたその男は完全に戦意を喪失したのが見て取れた。


 そしてそのまま手から流れる血など構わずに気絶した仲間を引き摺るようにして逃げていく。それを俺は呆然と見ている事しか出来なかった。


 というか姉ちゃんが現れてから見ている以外に出来る事などなかったのだが。


 その様子を興味がないと言わんばかりに見届けることもなく、姉ちゃんは持っていたナイフを捨てるとスタスタ歩いて俺の元まで来て、


「帰るわよ」


 それだけ告げるとそのまま歩き去ろうとする。慌ててまだ痛む体に鞭を打って立ち上がると、俺はその後に付いて行った。


 そして結局俺は謝るどころか何も言い出せず、また姉ちゃんの方も何も言わなかったことから無言の気まずい時間を過ごしながら宿へと戻って行くのだった。

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