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第七話 交渉

 立て替えたお金を返済してもらうまで一緒に行動する。


 そういう名目で僕とミーティアはオルトとメルを守りながら街道を進んでいき、遂に僕達は目的地であるリーバイスに辿り着いたのだった。


「着いた! 遂に着いたぜ、コノハの兄ちゃん!」

「そうだね、ようやく着いた」


 視界にはリーバイスという都市を囲む城壁とその出入り口となる巨大な門が見えていた。


 それを見てはしゃぐオルトだったが、それとは対照的にメルの表情は明るくない。むしろ暗いと言っていいかもしれない。


 ここまでの旅の道中でもメルはオルト以外に余り心を開こうとはしなかった。


 生来の気質もあるのかもしれないが、恐らくは半人半獣(ハーフビースト)として生きてきたことから警戒心が強く基本的には臆病な性格なのだろう。


 現に今もはしゃぐオルトの傍にピッタリとくっついて歩いている。


 その様子に加えて二人とも体格が小さいこともあってか僕からしたら、二人ならあちらの世界で小学生低学年でも通用しそうな感じがしたくらいである。


(メルについては種族が違うからってこともあるのかな? それとも世界が違うからだろうか?)


 そんな無駄なことを考えている内に門に到着。そこには都市の中に入る為の列ができていた。列の先を見る限り門番が何かチェックをしているようである。


「大きな街や都市じゃこれが当たり前よ。ああやってチェックして中に怪しい人物や違法物を持ち込ませないようにしているの」

「でもあれじゃあ僕のような能力を持っている相手だと意味がないんじゃないかな?」

「そんな能力を持っている人は滅多にいないから仕方ないわ。というかコノハは自分が数少ない例外だってことをまずちゃんと自覚しなさい。それにそんな特殊な能力がなくても方法が無い訳じゃないわ」


 そんな風に小声でミーティアと会話をしながらその列に並ぶことしばらく、遂に僕達の番がやってきた。


 怪しまれないように適当な食糧などを詰め込んだ袋を見せて呆気ないほどあっさりと通行の許可が出る。続いてミーティアとオルトもすんなり進んだのだが、


「ちょっと待ってください。あなたは、その、半人半獣(ハーフビースト)ですよね?」

「え、えっと、あの……」


 最後にチェックされたメルは引っ掛かってしまったらしい。


 それまでは目立たないようにフードを被っていたのだが、検問の時までそうするわけにはいかなかったようだ。


 まあ、当然と言えば当然だ。だがその所為で周りの気付いた人の何人かがメルの方を興味深げに見ている。


 もっともこうなるのは何となく予想はしていたことだった。運が良ければそのまま行けるかと期待もしていたのだが、どうやらそううまく事は運ばないらしい。


 何も答えられず泣きそうな表情で俯くばかりのメルのフードを改めて被せてやって僕はその前に出た。兵士とメルの間に入って一種の壁となるかのように。


「何か問題がありましたか? 彼女は僕達の仲間なんですが」

「いえ、特に問題というほどのことではないのです。ですがその子が半人半獣(ハーフビースト)ですと少々確認しなければならないことがありまして」


 なんでも半人半獣(ハーフビースト)はその希少性から違法な手段で奴隷に落とされて売られてしまうこともしばしば起こるのだとか。


 それを防ぐ意味を込めて大都市などではその体に奴隷紋がないか、またそれがあっても違法奴隷ではないかを必ず確認しなければならないらしい。


「要するにそれはメルに服を脱がせて体を確認する、ってことでいいですか?」


 奴隷紋などないのは既にわかっているのでそれで終わるのは間違いなかった。


「まあ、そうなってしまいますね」

「何だよ、それ! なんでメルだけそうなるんだよ!」


 当然気に入らないオルトが噛み付いてくる。ただ僕が何か言う前にミーティアによってその口を押えられたこともあってすぐに静かになった。


 ただそれでも周囲の注目を浴びてしまったが。このまま長居するのは避けた方がよさそうである。


「反感を持たれても仕方ないです事ですし申し訳ないとも思います。ですが規則である以上、私達にはそれをやらなければなりませんので」


 その顔からも進んでやりたがっていないことは何となく窺える。それでも彼らは兵士としてその規則を守らなければならない立場なのだろう。


 軍人が規則や命令を無視する方が異常な訳だし、これは当然のことだった。


「それなら仕方がないですね」


 それをしない事には中に入れないのであれば要求を呑む以外に選択肢はない。


 そう結論を出した僕がそう言うとすぐ後ろにいるメルの気配が強張るのが見なくてもわかる。


 ついでにミーティアに抑えられているオルトが更に文句を言ってきたのも。もっともそちらの声は籠っていたので何と言ったのかまではわからなかったが。


「ですが彼女も女の子です。まさかとは思いますが人前で確認するようなことにはなりませんよね? ましてや男が確認する、なんてことも」

「いや、そうしたいのは山々ですがその為にわざわざ女性の兵士を呼ぶのは……。我々にも仕事がありますので」

「そこを何とかお願いしますよ」


 そう言いながら渋る兵士に向けて周りには見えないようにこっそりと数枚の銅貨をちらつかせる。


「いや、しかし、確認しない訳には……」

「それが無理なら女性の兵士を呼んでいただけるだけでも構いませんよ。それぐらいの配慮ならしても問題ないのでは?」


 更に何枚かの銅貨を追加してその手に握らせると、


「……そうですね。わかりました、今回は特別ということで。少々お待ちください」


 僕と話していた兵士は何食わぬ顔で追加の銅貨も受け取って仲間に交代してもらうとその場から離れていった。当然の事だが女性の兵士とやらを呼びに行ったのだ。


「さてと……事後承諾でメルには悪いんだけど、その確認とかいう奴に付きあって貰えないかな?」


 僕は腰を曲げてメルと目の高さが同じになるようにしながらそう頼みこむ。


 これでも向こうにそれなりの譲歩させたつもりだが、だからと言ってメルが嫌な事には変わりはないはずだ。


 だがそれでもやらなければならない以上、こうして頼むしか僕にはできない。強制する訳にもいかないし。


「この感じだと譲歩を引き出すことは出来ても確認自体をやらないのはたぶん無理だ。だからメルがこれを乗り越えない限りリーバイスには永遠に入れない。そしてその時は当然君だけではなくオルトもね」


 オルトがメルを置いて行くなんてことはあり得ない訳で、そうなると二人共この都市には入れないことになってしまう。


 無論の事それでは僕らも同じなのだが、それを言うとこちらの責任を押し付けているような形になりかねないので止めておいたのだ。


 あくまで今のメルが考えるのは自分の事と双子の兄であるオルトの事だけでいい。もちろんこの現状に限っての話だが。


「強制はしない。どうするのか決めるのは君だ、メル」


 それを聞いたメルは俯いていた顔を上げるとこちらに視線を向けてくる。この状況で何だが、初めてしっかりと目が合ったかもしれない、なんてことを僕は考えていた。


 そうしてその視線は次にオルトへと向かう。未だにミーティアによって口を塞がれ抑えられているところを見ると、まだ文句を言い続けているらしい。


 それでは何も変わらないというのに。


 でもそれを見たメルには何か意味があったようだった。再び僕に対して目線を戻すとゆっくりと頷く。


「……わかりました。私、やります」


 そうはっきり言ったその目はいつも感じている臆病という印象など感じさせない強さがあった。


 やはりと言うべきか、メルはただオルトに守られているだけの少女ではないらしい。


「そっか、ありがとう」


 無意識の内にフードの上から頭を撫でてしまった後に馴れ馴れしかったかと気付いたが、意外にも振り払われるようなことはなかった。


 それどころか顔を真っ赤にして俯いてはいるものの、そのまま素直に受けいれているようですらある。


(思っているよりは信用されているのかな?)


 理由のわからない懐かれ方をされたこともあったし、どうやら意外にもメルからの評価は悪くないようだった。


 そうしてやって来た女性の兵士はとても良い人で近くにあった見張りの兵士達が休憩に使う為の小屋からその他の兵士を一時的に叩き出すと、念の為と言って同性であるミーティアも連れていって確認とやらをしてくれたのだった。


 何もおかしな事はしていないのを証明する為とメルが怖がらないようにと。


 その配慮のおかげもあってかメルが暴走することもなくあっさりと確認は済んで、僕達はリーバイスの中に入れていた。


 ただそんな中でオルトだけは未だに不満そうな態度を崩そうとしなかったが。


「オルト、私の事ならもう気にしなくていいから。だから機嫌を直しなよ」

「よくねえ。そもそもなんでメルだけあんなことしなくちゃならねえんだよ……」


 その後も文句たらたらで、メル自身がもういいと言っているのにこの態度である。


 気持ちはわからなくもないが、これからもこの態度でいられるのは少々面倒だ。

 だから僕はあえてはっきり言い切った。


「いい加減にしなよ、オルト。いつまで子供じみたことを言っているんだ」

「だって!」

「だってじゃない。それじゃあ聞くけど、君はあの場で反対し続ければどうにかなったとでも言うのかい?」

「そ、それは……でもだからっておかしいだろ! メルだけなんて絶対不公平だ!」


 そこで急にオルトが大声を出したことで周りの人の注目を浴びてしまっていた。

 どうやらこのまま外でこの話をするのは止めた方がいいらしい。


「宿に行きましょう。どうせ何日かはここに滞在する訳だし、そこでなら話も問題ないわ」

「そうだね……そうしようか」


 このままではオルトも納得しないようだし、そこでしっかりと話すとしよう。

 そうして僕達は若干気まずい雰囲気の中、宿へと向かって行くのだった。

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