第四話 トジェス村
ちょっとしたハイキングを楽しむようにして森を抜けて行った。
魔物に遭遇することはなかったのもあるが、調べてみた結果、周囲の魔物のレベルが思ったよりも低かったことが大きな要因だ。そのおかげでかなり気楽に移動することが出来たのである。
一番レベルが高い魔物は先程遭遇したダイアウルフでレベルは大体20前後ぐらいだ。22のダイアウルフを圧倒出来たことを考えれば、他の20以下の魔物は変に恐れる必要があるとは思えない。
「まあ、そもそも遭遇しないんだけど」
そうして森を抜けて見えてきたトジェス村はよくあるファンタジーゲームの始まりの村として出てきそうな小さなところだった。
念の為、村に近付く前にマップでミーティアとか言うあの女子の居場所を確認しようと思ったら、何故だか村の入り口付近に人が集まっている。それも建物の影などこちらから見えない位置に。明らかに隠れて待ち伏せされているようだった。
「……どう考えても悪い予感しかしないな」
かと言って行かない選択肢は今のところあり得ない。このゲームメニューがなければ僕は何の取り得もないただの高校生だ。こんな魔物なんて存在がいる世界で生きていける訳がない。
例え死んでも大丈夫だとは言え、痛い思いはしたくないので出来るところまでは頑張ってみよう。それに何も為せずに交代なんてしたら、それこそ姉に殺されるかそれに近い目に合わされる。
(それだけは何としてでも避けなければ)
そういう訳で僕は待ち伏せを覚悟した上でトジェス村に向かった。忍び寄っても警戒されるだけだろうし真正面から堂々と。まあ、そもそも忍び寄るなんてこと出来ないのだけれど。
そうして村の入り口までやって来たので、まずは挨拶してみることにした。
「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」
すぐ近くの家の裏にいるのがわかっていてそう呼びかけるのは何とも滑稽だった。だけど、
「そこに隠れている人、話を聞いてくれませんか?」
なんて言ったら警戒されるのが目に見えているし、これが一番まともな方法だろう。これならいきなり襲い掛かったりしないかも、と思ってくれるかもしれないし。
すると、その願いが通じたのか一人のおじさんが建物の影から出てきてくれた。
ただ、その手には鎌らしきものが握られていたけれど。
そこでふと気になって、試しに相手のステータスを見てみれば装備中の武器も表示されていた。もう少し早く気付けよ、僕。
「……おめえ、何者だ?」
「結城木葉と言います。お願いですから、その物騒な物はしまってくれませんか? 見ての通りこちらに武器はないですし荒事は苦手なんです」
そう言って両手を上げて降参のポーズを取る。このポーズの意味が伝わらなくとも何も持っていないことの証明にはなるはずだ。ただしアイテムボックスみたいなものが他になければ、という条件が付くけれど。
おじさんのレベルは12。ダイアウルフの例から考えると負けることはないと思う。むしろ下手に手を出せば惨劇の幕開けとなりそうだ。
(そうだ、確かステータスで操作が出来るんだっけ)
残念ながら攻撃力とかは表示されていないので、やれるのはレベルを上下させることとスキルのオンオフを切り替えることくらいだろうが。
試しにレベルを10下げてみたら体力や魔力のゲージの途中に一本の線が出来る。そして表示されていた数字が少なくなっていた。
レベルを下げれば下げるほど数字が小さくなるし、その逆も然り。でもこれだと、レベルを下げている時に体力が零になったらどうなるのだろうか?
「……か?」
「あ、はい?」
「だから旅人なのかって聞いてんだ?」
ついつい思考に耽ってしまって言葉を聞き逃してしまった。相手の機嫌を損ねない為にもこのことについては考えるのは後にしよう。
「えーと、そうと言えばそうですし、違うと言えば違うかもしれません」
何と言う優柔不断な解答、と言うかこれは解答じゃない。なんて日本人的で曖昧な言葉だ。実に自分らしい。
「はあ? 何を言っとるんだ、おめえは?」
異世界からの旅人です、なんて言えば頭のおかしい人だと思われること必至なのでそれはない。勇者に付いても同じだ。ましてや自分は代理なのだし。
「……旅をしていたんですけど、盗賊に襲われて荷物を全部盗まれてしまったんです。だから今の自分は旅人と言えるかどうかは微妙なところでして」
考えた結果、小説とかでよくあるセリフを絡めつつ言葉を口にしてみた。それ以外にいい言い訳が思いつかなかったのである。
「それじゃあ、その服の汚れは何なんだ? どう見たって血だろ、それは」
「……盗賊が魔物の群れに襲われた時のものです。その隙を見て逃げ出して、こうしてこの村までやって来ました」
どうにか余計な事は言わずにそれっぽい事を述べてはいるものの、内心では冷や汗ものだ。こちらの世界の常識なんてアーカイブにも載ってないから、何が正しくて間違っているのかの判断がつかない。
今のセリフの中にこちらの世界の人にとって不自然な点があったらと思うと気が気じゃなかった。
「……今からそっちに行くが、動くんじゃないぞ」
「わかりました」
おじさんは鎌を持ったままゆっくりとこちらに近付いてくる。そして両手を上げたままの僕の体を服の上から軽く叩いたり捲ったりして調べていく。どうやら身体検査をしているようだ。
正直に言うと体を見られるのは何となく嫌だったが我慢して黙ってされるがままとなり、少ししてその検査が終わると、
「……どうやら本当に何も持ってないようだな」
「それに加えて無一文ですよ」
と、言ってからこの言葉が相手に通じないかもしれないと思った。無一文なんてこっちの世界にある単語だとは思えなかったし。
だがその心配は杞憂に終わった。
「どうやらその通りみたいだな。いやー悪かったな。こんなもんまで突き付けた上に疑っちまって」
「いえいえ、判って貰えたのならなによりです」
だからその手に持っている鎌をどこかにしまって欲しい。刃物はやっぱり怖い。
「おーい、おめえら! 大丈夫だから出てこい!」
そんなこちらの思いに気付かずにおじさんは隠れている人達に向かってそう呼びかける。
「そういやこっちは名乗ってなかったな。俺はグッチってんだ。よろしくな、えーと」
「名前は木葉なので、そう呼んでもらえれば」
「わかった。よろしくな、コノハ!」
鎌も持っていない方の手でバンバン背中を叩きながらそう言ってくるグッチさん。相当強い力で叩かれている気がするのに体はビクともしないのはやはりこのレベルのおかげなのだろうか。
ぞろぞろと隠れていた人達が現れてきて、その中にあのミーティアという子を発見した。向こうもこちらに気付いたようで、もの凄く嫌な顔をされた。もっともすぐに無視するように視線をそらされたけど。
まあ、いきなり叫ばれたりしないのでまだマシな反応だろう。
そんな時だった。メニューから音がしたのは。
見ればクエストのところが更新されている。どうやら例の重要クエストに何かが起こったようだ。
開いてみると、
(うわー)
新たにもう一つの重要クエストが現れ、更にはクエストの詳しい内容などが表示されていた。どうやら何らかの開始条件を満たしたらしく、後何日という期限さえ表示されている。
そしてそこにはこう書かれていた。
『トジェス村に現れたスパイを探し出せ』
何とも厄介そうなクエストである。というかスパイって言われても、そいつがどこに通じているのかすら、今の僕には見当も付かないのだが。
「……まあ、やるしかないか」
そんな訳で、この時から僕のスパイ探しが始まったのだった。