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第五話 その怒りを静まらせる画期的な方法とは

 オルトの双子の妹のメルニスことメルの暴走が収まるまで幾ばくかの時間を有した。


「油断してたわ。まさかあの子があんなに強いとは……」


 そう言いながらも無事に着替えさせることに成功したミーティアだったが、かなり疲れているようだ。


 ちなみに着替え終えてもメルの暴走は止まらず、ミーティアがこうして休めるようになった時には既に僕とオルトは晩御飯を食べ終えていたのであった。


 そしてそのメルだが、今は暴れ疲れたのかぐっすりと眠っている。先程まで泣きながら暴れていたとは思えない程の安らかな寝顔で用意した毛布に包まって。


「ごめんな、ティアの姉ちゃん。俺じゃメルは止められなくて」


 申し訳なさそうに謝るオルト。どうやらあの騒動のおかげもあって、為す崩し的に警戒心はなくなったようである。


「あなたの所為じゃないんだから謝らないでいいわよ。元はと言えば私が無理矢理着替えさせようとしたことが原因だし、なにより子供だと思って甘く見てたのがいけないんだもの。それに責めるならそれに気付いていたコノハよね」

「いやいや、僕だって教えようとしたよ。そっちがその前に動いてしまっただけで」


 もちろんミーティアは冗談で言っているのはわかっている。このやり取りで責任を感じてしまっているオルトが笑わせるのが目的だったことも。


「それにしても。やっぱり半人半獣(ハーフビースト)だけあって力が強いわね。まさかあの齢の子に力で負けそうになるとは思わなかったわ」

「メルは俺と違って獣人の親父の血を濃く継いだみたいなんだ。俺達には十個上の兄貴もいるんだけどさ、兄妹喧嘩を本気でやるとその兄貴でもメルには敵わないくらいなんだぜ。時々マジで嫌になるよ」


 その言葉に同情気味だったのはミーティアだけである。何故なら僕は、


「いやいや、それぐらいならまだマシだって」


 と、反射的に言ってしまっていたのだから。


「いいかい、オルト。世の中にはもっとひどい兄妹もいるんだよ。それに比べたら君の妹なんて実に可愛いものさ。どんなに喧嘩したって男として立つ瀬がないとか、最悪でもボコボコにされて寝込むくらいだろう?」

「い、いや、流石にボコボコにされたことなんてないって」

「だったら天国みたいなものじゃないか。僕の姉と取り換えられるものなら今すぐに交換してしまいたいくらいだよ。そもそもあいつは勝手過ぎるんだ。僕の事なんて自分の弟だから自分の思い通りに使っていいとでも思っているに違いない。いや、絶対そうだ!」


 つい熱が入ってしまった独り言に、気付けばミーティアとオルトは引いていた。


「な、なあ、コノハ兄ちゃんの姉ちゃんってそんなヤバいのか?」

「さ、さあ? でもあのコノハがあんな状態になるなんて、よっぽどだと思うわよ。……ってあれ? コノハの姉ってことは、つまりそういうことよね?」


 と、そんな楽しい会話を続けている時だった。


「オルト……どこ?」


 ぐっすりと寝ていたはずのメルがいつの間にか起きていたのは。


 そうして双子の兄を寝ぼけ眼で探している内に僕達三人をその視界に収める。そしてその目はだんだんと見開かれていき、


「め、メル? 大丈夫だから落ち着けって。この兄ちゃん達は良い人達だぞ」

「ううー、その人、嫌い!」


 オルトがどうにかして宥めようとしてくれているが、メルはまるで手負いの獣のように唸っており明らかにその言葉を聞いてはいない。


 更にその上、余程興奮している所為なのか幼児退行まで起きているようだった。言葉使いが幼児のそれと化している。


 またしても暴れ出すのではないかと思った時だった。僕の頭にとあるアイデアが閃いたのは。


(そうだ!)


 すぐさまある物の代わりになりそうな、細くて長いそれによく似た物をボックス内から取り出すと、


「ほ、ほーら、恐くないよ」


 猫じゃらしのようにメルの目の前でそれを振ってみた。


 それは何の変哲もないそこら辺で拾った一種の薬草である。そしてその見た目は何処か猫じゃらしに近くない事もない。


 半人半獣(ハーフビースト)がどんな存在なのかはまだよくわかっていないが、少なくともその半分は人のはず。


 もしこれがバカにしているとメルが感じたなら、逆に火に油を注ぎかねない事も重々承知している。


 だが咄嗟に飼っている猫をあやす時と同じ行為をしてしまったのだ。それはもはや無意識の行動ですらあった。


 ちなみにその猫の名前はミケである。その名からわかる通り三毛猫から取った名前だが、誰が名付けたかは言うまでもない事だろう。


 そんなことを考えて現実逃避していたのだが、意外な事にメルは僕の方をジッと見つめると次第にその表情から怒りの色が消えていった。


 それどころか、


「ニャン!」


 むしろ嬉々として猫じゃらしもどきに食いついてくる。尻尾もものすごい勢いで左右に振られていた。


(あれ? 猫の場合だと尻尾を左右に振るのは犬とは逆の意味だったよな?)


 思い返してみる限り、そういう時のミケの機嫌も良くなかった気がするのだが。


 だが明らかにメルは喜んでいる。顔を見ればそれは一目瞭然だ。


 それどころかこっちの気が猫じゃらしもどきから逸れると、不満そうにして鳴いて抗議してくるのである。


 誰がどう見ても、嬉しがっている事に異論を挟む余地がないほどにわかりやすく。


「ま、マジかよ……」


 後ろでオルトが信じられないというようにそう漏らしていたので、彼からしても意外な結果だったようだ。


 これまでに試したことがなかったか、あるいは試しても失敗に終わっていたのか。

 まあ、今はそれがどちらでも構わない。こうして今回は成功した訳だし。


「よーしよし」


 試しに頭を撫でてみても全然嫌がらないどころかむしろ、もっとと言うかのように自ら押し付けてくる始末である。


(余りに感情が高ぶった所為で、幼児退行したと同時に獣性が強まったのかな?)


 そうでないと考えられない程にメルは猫化していた。


 耳と尻尾が生えている以外は人間の体なのに。その所為もあって僕の方も完全に猫に対する対応の仕方になっていた。


 頭を撫でたり顎の下を掻いてみたり、手は慣れた手付きで勝手に動いていく。


 その長年の経験は伊達ではなかったらしく、どうやら瞬く間にメルの事を虜にしてしまったようだ。


 気付けば僕の膝の上で丸くなるようにして気持ちよさそうに眠り始めている。その姿は完全に猫そのものである。


「兄ちゃん、マジですげえよ! あの状態のメルをこんな簡単に、しかも完全に制御するなんて!」

「いや確かに凄いけど、絵的に犯罪の臭いが感じられたのは私だけなの?」


 一応その事も気にかけて甘噛みや舐めようとするなどの危険と思われる行為はすべて躱していたのだが、どうやらその意味はほとんどなかったらしい。


 ほぼ呆れ、残るは引きを感じさせるミーティアの表情がそれを物語っていた。


「……一つ聞きたいんだけど、コノハってもしかして幼女好き(ロリコン)?」

「断じて違うから!」


 そうして僕は今回の一件の上手く収めたその代償としてその後しばらくの間、あくまで飼っているペットと同じ対応をしただけでロリコンではないと言い張り続けなければならない羽目になるのだった。

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