第三話 妥協点
近くにいた適当な人にそう呼びかけると振り返ってくれたので、更に質問を重ねる。
「随分人が集まっているみたいですけど、何かあったんですか?」
「それがな、なんでも半獣人が一晩でいいから泊めてくれって言ってるらしいんだよ」
「そうなんですか。でもそれなら一晩くらい泊めてあげられないんでしょうか? さっきチラッと姿が見えましたけど、まだ十歳くらいの子供みたいですし」
その言葉にその村人は渋面を作った。
「俺達だってやりたくてやってるわけじゃねえよ。だがな、最近じゃナバリ男爵の街の近くで火の海が現れたとかいう噂もあるし、普通の旅人ならともかくそう簡単に怪しい奴を村に入れる訳にはいかねえんだよ。しかも半獣人だとそれを狙った盗賊だって呼び寄せかねえ。そうなった時に余所もんのお前が責任を取れんのかい?」
どうやら村の人達も不本意ながらの行動なのだろう。自分達の村を守るために仕方がなくそうしているのがその言葉にもありありと浮かんでいた。
「確かにその通りですね。出過ぎた事を言ってすみません」
「い、いや、俺の方こそ責めるようなこと言ってすまねえ。別にお前さんが悪い訳でもねえのによ」
その言葉や、きまりの悪そうな顔を見る限りこの人は決して悪人ではないのだろう。そしてそれはきっと他の人も同じだ。
それでも自分達を守るためには切り捨てるしかない時やものがある。ただそれだけの事なのだろう。
その人に僕は礼を言ってその場を離れる。その行き先は人混みの先、村人とその二人が睨み合っているその場所だ。
どうにか人の間を掻い潜ってそこに辿り着くと、思った以上に小さな体をしているその二人が視界に入って来た。
オルトスという少年はこちらを睨むように立っており、その背後にはメルニスという少女がその背後に隠れるようにしている。
そして少女の頭には確かに獣の耳が生えていた。見た感じ猫の耳だろうか。
(まさにゲームのようだな)
そんな僕の感想を余所に少年と村の代表らしき老人の会話が続いていた。
「だから金だって払うし、泊まるのも今夜だけだって言ってるだろ! どうしてそれぐらいの事もダメなんだよ!」
少年らしいまだ声変わりしていない声がそう響き渡っていた。
「だからそういう問題じゃないとこっちも何度も言っとるだろうが。お前達のような子供にこんなことは言いたくはないが、それでもダメなものはダメだ。今すぐにこの村から立ち去ってくれ」
どうやら話は平行線を辿っているらしい。
似たような会話が何巡かして発展がない事を確認した後、
「あの、少しいいですか?」
僕はその会話に割って入った。当然のことながら二人どころかその場にいる全員の視線が僕に集中する。
「何だ、お前は? 見たところこの村の者ではないな」
「その通りで僕は旅人です。って、そんな事はどうでもよくてですね。要するにこの村の人達がこの子達を村に入れるのを拒否しているのは後ろの子が半人半獣だからって事で間違いないですか?」
歯に着せぬ僕の物言いに誰もが一瞬言葉を返すことができないでいた。まさかここまではっきり言うとは誰も思っていなかったらしい。
先程の何度も繰り返された会話でもその判りきっている事実をどちらも口にしなかったことからも、もしかしたらこの事は口に出すべきではない事なのかもしれない。
とは言え、このまま無駄な会話を続けていても進展などないのだし、ましてやいつまでもそれに付き合ってもいられないので仕方がない。
僕はそう割り切って話を進める事にした。
「だとしたら君達には悪いけど、この村に入るのは諦めた方がいいよ。そもそも村の人達が拒否している時点でどうしようもないんだから。強引に押し入る訳にもいかないだろうし」
「ふ、ふざけんな!? 関係ないのに、いきなり出てきて偉そうなこと言ってんじゃねえよ!」
実にごもっともな意見だった。僕が彼と同じ立場だったら同じ発言を下に違いない。
けれどそれでも退けない理由がこちらにもあるのだ。僕が望む望まざるに関わらず。
「いや、現実問題として無理なんだから仕方がないだろう? むしろ聞きたいんだけど、どうして君達はこの村に泊まる事にそこまで拘るんだい? 野宿が嫌な気持ちはよくわかるけど、その格好から旅をしてきたようだし出来なくはないだろうに」
「だ、だって食糧ももうほとんどないし、荷物だって魔物に追われた時に落としちゃったから野宿も出来ないし……」
それまで勝気だったのが嘘だったかのように尻すぼみに言葉は消えて行った。
その少年の顔には先程までは必死に隠していただろう不安の色が浮かんでいる。後ろの少女も同じような状態だ。
もっとも所持品の少なさからそうだろうとは思っていた。そしてもちろんのことそれに対する返答も用意してある。
「だったら必要な物だけはこの村で買わせてもらう。だけどその代わりに村に泊まる事は諦める。お互いにそれならどうですか? この辺りがお互いに妥協できる限界だと追いますけど」
後半は村の代表の方にも向けて発言していた。
「う、うむ。まあそれくらいなら構わんな」
流石に子供を見殺しにするのは気が咎めたのか、案外あっさりとこちらは頷いてくれた。まあ金を払う訳だし損がないのだからそれも当然だろう。
「ま、待ってよ! そんなにお金は持ってない……です」
随分と殊勝な態度になった少年に思わず笑いそうになりながら僕は助け舟を出す。
「それならお金が足りないのなら僕が立て替えるよ。関係ないのにいきなり出てきた責任もある事だしね」
先程の発言を揶揄しているかのような僕の発言に、少年は感謝していいのか謝ったらいいのかわからないといった何とも微妙な表情をしていた。
その後ろの少女もまだ事態を把握しきれないのか目を白黒させている。
それ見て僕は笑う。実に子供らしい素直な反応だったから。
「そういう訳でいいかな、ティア?」
「別に構わないわよ。まあでも、それならそっちの方も準備しておくわね」
「ごめん、お願いする」
クエストの事もあるし、このままこの子達だけを野宿させるわけにはいかないから僕達も付いて行かざるを得ない。
だからまたしても野宿になることを謝ったのだが、ミーティアは笑って頷いてくれた。元からわかっていたと言うように。
「それじゃあ必要な物が何か教えて貰えるかな? 野宿をするのはいいけど、もうすぐ日も暮れる。さっさと買い物を済ませて移動しないと夜になってしまうしね」
その言葉に少年は慌てた様子で自分の荷物を見ながら必要な物を述べていく。
もっともその態度は終始遠慮がちではあったけれど。
そうして互いに自己紹介も済ませる間もなく、準備を終えた僕達と少年達は慌ただしくその村を後にするのだった。