第二話 双子の兄妹
そうして辿り着いたのは小さな村だ。
「やっぱりここにもちゃんとした宿はないみたい」
村の人に話を聞いてきたミーティアの発言に僕は落胆の色を隠せなかった。
今日も良くて馬小屋などの藁を敷き詰めたところに泊まる事がほぼ確定したからである。
ある程度の規模の村や街でないと宿などないのはある意味当たり前の話だった。経営できるだけの客が来なければ宿の維持など不可能なのだから。
そしてグッチさんのように余所者に対して親切な人がそう簡単に見つかる訳もない。
それも当然の話だ。そいつが出来心で盗みを働かない保証など、どこにもないのだから。
どうにか雨風だけでも凌げる場所を貸してもらえないかと村の人達に話しかけて交渉をしている時だった。
(ん?)
「何だか騒がしいけど何かしら?」
ミーティアのその言葉通り、村の入り口の方がどうにも騒がしい。人も集まっているようだし、何かあったみたいだった。
マップで確認してみたら先程魔物に襲われていたあの二人、オルトスとメルニスという人物が村の入り口付近にいたのには驚かされた。
しかも村人に囲まれているところを見るとこの騒ぎの中心はこの二人らしい。
考えてみたらあの場所から最も近い村はここだし、身を休める為にやって来るのは何らおかしいことではない。
(でも何であの二人の時だけ村人がこんな反応をするんだ?)
僕やミーティアが旅人として村に入って来ても何も言われなかったしこんな反応を返す人はいなかった。どちらかと言えば無関心な人が大半だったくらいである。
それなのに彼らの場合はそうではない。何か理由があるのは間違いなかった。
すぐさま前の時には確認しなかった二人の詳細なステータスを見てみる。するとそこには、
(……半人半獣?)
オルトスは人族なのに対してメルニスという人物の方の種族がそうなっている。
それどころかその二人の年齢は僅か十歳とあまりに若かったのも意外だった。
まさかこんな子供二人だけで街の外に出ているとは助けた時には思いもしなかったのだ。
(その前がそうだったからというのもあるだろうけど、商人か旅人が襲われていると思い込んでいたな)
どうやら勝手な先入観で判断してしまったようだ。今後はそういう事がないように気を付けよう。
そんな風に少しばかり反省しながら更に詳しいステータスを表示していく。
当の本人である二人には覗き見するようで悪いが、この状況は何か起こらないとも限らない。
自分達の安全を確保する為に必要な行為だと判断して僕はレベルやスキルなども閲覧していった。
「ティア、半人半獣ってどんな存在なのかわかる?」
「いきなり何の事? って、この騒ぎに関係ある事なのね」
すぐにこちらの意図を理解したミーティアは無駄な会話をすることなく話し出してくれた。
「半人半獣、もしくは半獣人とも言うわね。それは要するに獣人族と人族の間に稀に生まれる存在の名称よ。その名の通り、獣人族と人族という二つの種族の特徴を受け継いだ存在の事らしいわ。かなり稀少で滅多にお目に掛かる事はないって話ね」
「魔族のように危険な種族という訳ではないんだね?」
その言葉にミーティアは頷いてそれはないと断言した。悪人はいてもそれはあくまで個人の資質や性格に依るとも。
「ただ一部の層では獣人や半人半獣は獣扱いの差別をされているのも否定できないわ。それに加えて半人半獣は災厄を呼び寄せる存在として見られることもあるからこの騒ぎはその所為なのかも?」
「災厄を呼び寄せる?」
何とも嘘くさい単語だった。迷信によくありそうな話である。
ただ魔法や魔術があるこの世界ではそう言ったものも、あながち迷信では片づけられないのかもしれない。そう思って真剣に話の続きを聞くことにする。
「でもこれが一概に間違いだとも言い切れないのよ。半人半獣はその希少性から裏ルートでは高額で取引される。要するに盗賊とかそういった奴らのターゲットになりやすいの。その所為で襲われて壊滅した村もあることから、災厄を呼び寄せるってことになってしまったらしいわ」
「なるほどね」
悪いのはその存在を狙う盗賊達なのだが、村人達が半人半獣を忌避してしまう気持ちもよくわかる。
自分やその周りに危険を呼び込みかねない存在を快く受け入れられる人などそう多いはずがない。それは当然の事だった。
「この騒ぎにコノハの言う通り半人半獣が関係しているのなら、恐らくはその人に対して村の人がこの村の中に入らないように言って揉めているのかもしれないわね。下手に中にいれて盗賊達に目を付けられたら堪ったもんじゃないでしょうし。って、そんなことよりも」
そこまで言ったところでミーティアは僕に向けてジト目を向けてきた。
「どうしてあそこに半人半獣がいるってわかったのかしら?」
「それは気配察知の能力を応用したおかげだよ」
「ふーん」
僕の言葉を怪しんでいるのはその表情を見なくても明らかだった。
「まあいいわ。私に対して全部の能力を明かす必要なんてそもそも無い訳だし、なにより自分の力をベラベラ話す愚か者が勇者の仲間でも困るもの。むしろそうやって仲間相手でも秘密は秘密にしてくれる方が色々と安心できるわ」
「あ、あはは」
(やっぱりバレてるか……って、そりゃそうだよね。そもそも元盗賊のミーティア相手を騙し切るなんて無理だろうとは思ってた訳だし)
予想はしていたが、やっぱりミーティアは僕の能力の説明を丸っきり鵜呑みにはしていないようだった。
それでも信頼してくれているのか、あるいは割り切っているのかはわからないが聞きだすつもりがないのは正直助かる。
ただここまで早く、そしてあっさりと見破られるとは少し自分が情けなくもなる。
もう少しぐらいは誤魔化せるんじゃないかと思っていたのだが、どうやら自惚れが過ぎたようだ。
「それでどうするの? 勇者の仲間としてなら普通はここで助けに入るものじゃない?」
「いやいや、僕達だって泊まるところを見付けるのに奔走している状態だよ? いくら勇者の仲間だからって自分の事もまともに出来ていないのに、他人に手を貸すつもりも余裕なんてないさ。だから悪いけど、この件にまで首を突っ込むつもりはない」
よ、と言い切るはずだった。実際、最後の言葉があと少しで喉から出て来るところだったのだ。
「つもりだったんだけどなあ……」
そうさせてくれなかったクエストを見ながら僕はそうぼやくように呟いた。
久しぶりの重要クエストにはこう書かれている。『オルトスとメルニスを死の運命から解放せよ』と。何だかまた面倒な事になりそうなクエストだった。
「……事情が変わった。やっぱり彼らを助ける事にするよ」
「もしかして前に言ってた勇者のお姉さんからの指令が来たの?」
「残念ながら、ね」
実はミーティアにはクエストの事はそう言ってあるのだった。
そう、僕の――ついでにコンも含めてある――旅は神ではなく勇者である姉の指示によってやらされていることになっているのである。
そして時折入る指令には絶対服従で、それを破ると与えられた力を取り上げられるとも言っておいた。
ちなみにトジェス村を救ったこともミーティアの秘密を知っていたのもすべてそのおかげ、あるいはその所為にしておいた。
要するに全ての責任を勇者である姉に押し付けた形だ。
どうせ僕が死なない限り紅葉は現れないはずだし、勝手に人を巻き込んだのだ。それぐらいの事は構わないだろう。
もし仮にこっちに来た時は精々その責任に苦しめばいいのだ。
(まあ、紅葉ならこの程度の事なんて苦にもならないだろうけど)
もっとも苦になるようなことを用意しておくと仕返しが怖いので、これは反撃が来ない程度のささやか復讐という訳である。
実に情けない話だが、後の事を考えるとこれぐらいしか僕にはやり返せないのだった。
(まったく……紅葉にしても神にしても、もう少しぐらいこっちの都合を考えてくれてもいいと思うんだけどなあ)
そんな届かない文句を心の内で漏らしながらも、僕はその人混みに向かって真っすぐ歩いて行く。
そして、
「すみません、ちょっといいですか?」