第二十話 罪の告白
本日二度目の更新ですので前話を見ていない方はご注意ください。
その後のしばらくの間、僕はロイゼさんの家にお世話になっていた。
そう、その間に兵士に頼んで捕えてある盗賊の対処を済ませたり、ロイゼさんの孫の遊び相手になったりしながら。
それと鉱山での労働から解放された父親が帰ってきた子供達の喜びようと言ったら言葉にできない程で、それはマーリエさんやロイゼさんも同様だった。
その家族やマックスさん達などの事情を知っている人達からの惜しみない賞賛と感謝は正直気恥ずかしかったが、それは嫌なものでは決してなく、嬉しかったのは言うまでもないことだろう。
もちろん彼らには僕の事は可能な限り内密にするように頼んでおいた。
表向きにはすべて僕とは全く関係ないコンという人物がやった事になっているようなので、それをそのまま事実にしてくれて構わないとも告げてある。
僕としても目立ちたくないのだし、なにより折角できた子供達の憧れはそのままにしてあげるべきだろう。それで誰も困らない訳だから。
そういった事情もあって案外あっさりとこのお願いは受け入れられたのだった。
それとポールに関してだが彼も無事だった。というかあっちは何もなかったらしい。
「情報を嗅ぎ回っていることに気付かれたのは遺憾ですけど、こっちの素性まで掴まれるようなヘマはしませんよ。そんなようじゃ命が幾つあっても足りないってもんです」
と、偉そうにのたまったので更に色々と課題を出してあげた。
渇いた笑いをしながら了承の意を返してきたのでさぞ喜んでいたのだろう。次に連絡が来る時が非常に楽しみである。
そんな感じで僕はクエストに追われることもなく、実に平穏な時間を過ごせていた。
だが、当然のことながらそれも永遠ではない。恐らく次のクエストが出れば僕はこの街を去らなければならなくなるだろう。
だからあえて長居はしないことに早い内から決めていた。
下手に居心地の良いこの街に留まり続けると、その時が来たら辛くなりそうだったから。
「本当に行っちまうのか? もうちょっとくらいなら留まったっていいんじゃねえのか?」
「いつまでもガキみたいなこと言ってるんじゃないっての。それだから未だにその齢でもマックスの坊主なんて呼ばれるんだよ」
意外に涙脆く見送りの時でも引き留めてくるマックスさんとそれに突っ込むロイゼさんのコントのような会話に笑いが起きる。
ただ、僕の希望もあり見送りに来た数が少なかったこともあって、すぐにその笑いは消えてしまった。
「そう呼ぶのはもうあんだだけだっての……まあ、そうだよな。やることがあるんだもんな」
「はい。色々とお世話になったのにすみません」
「よしてくれよ。世話になったのはこっちの方だし、礼だってまだまだ足りねえくらいなのに。何なら今からでもあれを貰ってくれてもいいんだぞ?」
その言葉が指すのはナバリ男爵が街の人などから搾取した金で買い込んでいた魔術兵器やその他コレクションの数々の事だ。
その多くが高い金を払った事もあって高級品であり、売ればかなりの財産になるのだとか。
そしてそれを僕に報酬として貰ってくれとマックスさん達は言い出していたのだが、僕は断っていた。
「前にも話して結論が出たじゃないですか。あれらを売ったお金は街の為に使うって。元々はその為のお金を勝手に使われていた訳ですから、そうするのが自然ですよ」
今回の魔族の所為で結界装置は破壊され、魔除けについてもかなりダメージがあるらしい。それらを買い換える為にもお金はなるべく多く有った方がいい。
それにこの街以外でも今回の徴兵の所為で様々な補償を必要とする村がこれから出てきてもおかしくないのだ。それを考えれば僕がそのお金を貰う訳にはいかないだろう。
もっともコンに変装する為の服などはこれからも使うので返す訳にもいかず、結果的に黙って持っていく事になってしまうのだが。だからこそこれ以上の報酬を貰う訳にはいかないという面もあるのだった。
「それにしても結局、ミーティアは戻って来なかったな」
その言葉が指す通り、ミーティアはこの場にはいない。
かなり前に僕がこの街から離れる事やその予定日などを皆に告げた後すぐ、足早にトジェス村へと帰ってしまったのだ。
そして僕もトジェス村まで無事に戻ったのを確認した後は彼女がどうしているのかは見ないようにしている。
プライバシーという問題もそうだが、何の正当な理由もなく誰かを監視したりするのは間違っていると思ったから。その理由が自分の興味だけなら尚更である。
あるいは出発の日までに戻って来て付いて来てくれるのでは、なんてことをまったく期待していなかった訳ではなかったのでこの状況は少しだけ淋しかった。
何だか呆気ない別れであり、色々とお世話になったお礼もちゃんと言えなかったのが残念で心残りだ。
「でも、きっとまた会えますから」
そうやって言ったのはマックスさんに対してか、それとも自分に対してか。それは万能ゲームメニューでも確認できない事だった。
そうして別れを惜しまれながら僕はその街を後にする。
「次の街までは街道に沿って行けばいいんだったな」
異世界とは言え初めての一人旅という事でマップを閉じて景色を眺めながら歩いて行く。
だが会話する相手のいない旅路は何だか少し物足りない感じがした。
(まあ、すぐに慣れるよね)
そう思っていたところに、
「お、追い付いた……」
そのかなり激しく息切れのしている声に後ろを振り返ると、そこにはミーティアが立っていた。
何故かトジェス村に戻った時よりも遥かに大きな荷物を抱えている。
「……えーと、久しぶり?」
「……それはそうだけど、この状況で言うことがそれ?」
しばらく呼吸に専念して、ようやく話した言葉はそれだった。要するにどっちもどっちという奴である。
お互いにそう思ったのかしばらく声を出して笑い合う。だがミーティアの方はどこか固くて笑いも空々しい感じがした。
それは笑いが終わってからも同じである。明らかに様子が変だ。
「……この格好を見ればわかるかもしれないけど、改めて言わせて」
突然ミーティアはそう言ってきた。そしてこれまでにないくらいに真剣な表情になって。
「私も連れて行ってください。お願いします」
彼女が頭を深く下げるのを見るのはこれで二度目だった。そして今回もその真剣さが伝わってくる。
ただし今度は何故か悲壮さとも言えるものが感じられたのだ。
もちろん僕に断る理由なんてない。
ただしそれは個人的な感情だけで言えばの話である。
「……そう思った正直な理由を聞かせて貰ってもいいかな? 言っておくけど、この旅は安全なものになるとは限らないどころか、危険なものになる可能性の方が高い。そしてそれを、こう言っては悪いけど元盗賊でもあるミーティアが分からない筈がないよね。わかった上で君がそう言うのは何か特別な理由があるんじゃないのかな?」
この激怒されたとしても仕方のない発言にミーティアは何も言わなかった。
それどころか頭を下げたまま頷いて肯定の意志を返してくる。
こんなことは聞くべきではないのかもしれない。日本人らしくお茶を濁しておくのが賢明なことなのかもしれない。
それでも僕は彼女の口からその理由を聞いておきたかったのだ。その正直な理由を。
単に心配だったからとか、親愛の情が生まれたからとかで彼女が付いて来てくれるなんてどうしても思えないのだ。
奴隷として、そして盗賊としてシビアな世界に身を置いていたミーティアがそんな生温い訳がない。
そうして、体を起こしたミーティアはゆっくりと話し始めた。
「……私は奴隷紋と盗賊の証がこの身に刻まれた日から二度と自由にはなれないと思ってた。この先ずっと日陰の道を歩むことになると覚悟していたし、そのまま死ぬしかないと諦めてた。だけどそれはあなたと、コノハとあのコンという人のおかげで呆気なく変わってしまった。それは素直に嬉しい。初めの内は実感がわかなかったけど、トジェス村に戻る時に一人になってからは何度も泣くぐらいに嬉しかった。だけど……」
そう言ってミーティアは顔を俯かせる。
「こうして自由になったのに私は何をしたらいいのか、何をしたいのかもわからなかった。急いでトジェス村に戻ったのも、そうすれば、グッチさん達に会えば何かわかるんじゃないかと思ったのが理由の一つ。でも、そこでわかったのは……今の私はあの村に居ちゃいけないって事だった」
体の前で組んだ両手を強く握る。まるで悔しさを滲ませるように。
「今までは大して気にならなかった。仕方のない事だって思って考えないようにしてた。それなのにこれが消えてから村の人達の優しさや笑顔を触れる度に思うの。自分はこの人達を騙していた。そして今も騙し続けているんだって」
「……」
それは懺悔を乞うかのようだった。
「……前に私、考え過ぎないでいいってアドバイスしたことがあったわよね。あれは結局、コノハに言ったんじゃなくて自分に言い聞かせてただけだった。自分が何も考えないようにする為に言ってただけだったの。笑っちゃうでしょ? 結局私も死ぬほど嫌いで憎んでいた盗賊達と同じような、どうしようもなく心まで汚れ切ったクズだったんだから」
「……それでどうして僕に付いてきたいって思ったの?」
「あなたは私が奴隷で元盗賊だって知っても普通に接してくれたし、なにより最初から全部知られていたから騙している罪悪感がなかったのが一番の理由。それと勇者の仲間であるあなた達を手伝えば少しはこの罪悪感からも逃れられるんじゃないかって。もちろん助けてくれた恩人に対するお礼がしたいって気持ちもあるけど、正直に言ってそれよりも他の理由の方が大きいわ」
自嘲の笑みを浮かべながらそうミーティアは締めくくった。その表情を見ればわかるが、明らかに諦めた様子である。
「あーあ、何で全部正直に言っちゃったんだろう。最初は一緒にいる内に好きになったとか適当に嘘を吐くつもりだったのになあ」
「あはは、面白いけどその嘘だけは何があろうと絶対信じなかっただろうね。まあ、理由はわかったよ。そういう訳で、これからよろしく」
「…………はあ!?」
いきなりの大声に驚かされた。
「ビックリしたなあ。いきなり大声出してどうしたのさ?」
「どうした、じゃないでしょうが!? 今の話を聞いてなかったの!? これだけのこと言われてオッケーを出すなんて、あんたバカじゃないの!?」
我慢できずに言ってしまったという最後の叫びに僕は大いに笑った。だって余りにも可笑しかったから。
「……何を笑ってるのよ?」
明らかに不満そうなミーティアだった。だけど僕は笑って当然だと思う。
「いや、自分の事をクズって言い切る割には僕の心配とかしてくれて優しいなって思ってさ」
「あ、あんたねえ……!」
怒りか恥ずかしさかは分からないが顔を真っ赤にしてミーティアは震えていた。
先程までの緊迫した雰囲気など完全に消え去ってしまっている。
「ああ、別にからかっている訳でもバカにしている訳でもないよ。それに僕にだってそう言うだけの理由はあるから安心して欲しい」
そう前置きして僕はその理由を話し始めた。
「僕が勇者の仲間だからっていう面もあるんだろうけど、ミーティアは結城木葉という人間を善人だと思い過ぎだね。自分で言うのもなんだけど、僕はそんな善い人間ではないよ。だからミーティアと同じように人を騙したことだって山ほどあるさ」
というか、むしろ現在進行形ですらあった。その面だけで考えれば僕の方がよりひどいと言えなくもない。
ミーティアは今ではそれを悔いている訳だし。まったく反省しない僕よりは断然マシな部類ではないだろうか。
それ以外でも自らの都合で人の記憶を消すなどという、外道なんて言葉では片付けられない事も既に行っているのだった。
「それにこう言ってはなんだけど僕は少し安心したんだ。君の言い出した理由が好きになったとか薄っぺらい言葉や綺麗事じゃなくて。どちらかと言えば僕もミーティアが言うようなクズの側の人間だからね。基本的にまずは人を疑って掛かる。だからそういうズルい理由の方がむしろ安心してしまうんだ。こいつも僕の同類なんだ、ってね」
「……勇者の仲間の発言じゃないわよ、それ」
「だろうね。でも僕は勇者の仲間である前にこういう人間なんだ。そしてそれを変えるつもりはないよ」
そう言い終えると僕はミーティアに向かって手を延ばした。
「今度はこっちから改めて言わせてもらうよ。そんなクズの僕で良ければ一緒に来てくれないかい? 君がいてくれたら僕は嬉しい。気持ち的にも実務的な面でもね」
「……最後が余計なのよ、最後が」
ミーティアは顔を伏せながらこちらの手を取って来て、
「うお!?」
その瞬間、僕は地面に投げられていた。可能か不可能で言えば、僕は簡単に投げられるのを防ぐこともできただろう。
でも、
「仕方ないから仲間になってあげるわ。あなた一人じゃ何をしでかすかわからないから、同類の私が見張ってあげる」
ボロボロと涙を零しながらそう言ってくるミーティアを見てしまっては、やっぱり抵抗なんて出来る訳がなかった。
「……ありがとう、コノハ」
そう微かに呟かれた言葉に僕は何も言わず、目を瞑ってただ微笑むだけにしておいた。
何も聞いておらず、そして何もしていないと言うように。