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十九話 狐面の勇者

 足元には幾人かの護衛が既に転がっていた。意識を失っているだけでまだ息はある。


 そうして僕は狐面越しに目的の相手の方に向き直った。


「お、お前は何者だ!?」


 そして目の前には、やはり見るに堪えない肥満体系の男が情けない声を上げてへたり込んでいた。


 その所為で豪華で高そうな服や装飾品も泥だらけに汚れている。


「ひい! く、来るな! 私が誰だかわかっているのか!? お、お前など私の権力をもってすればどうとでもできるのだぞ!」


 護衛もやられ馬車を引いていた馬にも逃げられてしまったこの状況では縋れるものはそれしかないのか、男爵は必至にそう言ってきた。


「その貴族としての特権と立場はすぐに無くなる筈ですよ」


 言いながら僕は自ら被っていた仮面を外す。そして僕が誰だかわかった途端、男爵は唖然としていた。まるで幽霊でも見るかのような目つきである。


「この通り、僕もあの街も無事ですよ。残念でしたね。僕があの街にいなければ、あなたにはまだ生き残る道もあったかもしれないのに」

「バ、バカな、嘘に決まっている! 魔族が襲ってきた無事な訳がない! 大方、お前も逃げ出してきたに決まっている!」


 僕を自分と同じだと思うのは勝手だったが、正直それはひどく不快だった。幾らなんでもこんな奴と同列に扱われるのは御免である。


「魔族はこの狐面を着けて謎の人物が倒してしまったそうですよ。疑うのは勝手ですけど、実力に関してはこの状況がその証拠にはなりませんか?」

「ま、まさか……」


 護衛達を一瞬で無力化した実力。それを無視する事は出来なかったのか、男爵はようやく事実を飲み込めてきたようだ。


 そして同時にこちらが必要もないのにわざわざ正体を明かした事の意味は理解できているのか、男爵はもはや反論も命乞いもせずに青い顔で必死に逃げ出そうとする。


 だが運動なんてしていないのが明らかなその体型な上、恐怖で足が震えているその状態ではまともに歩くことも出来ていない。


 何もしていないのにすぐ転び、もがいていた。


 僕は特別な事をする必要などなく、ゆっくり歩いて近づいて行けばいいだけである。


「い、嫌だ! 死にたくない!」

「でしょうね。その気持ちは僕もわかりますよ」


 淡々とそう答えて僕は泥だらけになってもがいているその背中に手を掛ける。


「っと、その前に例の魔術兵器はどうしたんですか? あの騒動で壊れたならそれでいいんですけど、下手に無事で残しておくと後々面倒な事になりかねないですしね。隠し場所があるならそれを教えて貰いたいんですが」


 男爵の装備や所有物の中にそれらしきものは存在していないのは確認済みだ。あの状況では廃棄するしかないと判断したのだろうか。


「ち、地下室だ! 地下室に隠してある! どんな状態かは逃げるのに必死だったからわからない!」


 何処から入ればいいのかなども素直に話してくれたので非常に手早く済んだ。昼食が待っているので非常に助かるというものである。


「ありがとうございます。では、もう用済みですね」


 僕はあえてそう言い切った。自分の躊躇しそうになる心を叱咤するように。


「頼む、助けてくれ! 何でもする! だから命だけはどうか! そうだ、金ならいくらでも払うし欲しい物は何でもくれてやる!」


 その言葉を無視して僕は男爵の体に手を掛ける。


 その必要はないのだが、つい無意識の内にフーリグを消した時と同じ行動を取ってしまったようだった。


 既に表示は出ている。これに肯定の意志を返すだけで、男爵の存在はフーリグと同じように一切の証拠や痕跡すら残さずに消える事だろう。


 だけど僕は、


「……うん、やっぱり無理だ」


 手を離す。それどころかその手は僅かだが確かに震えていた。


 わざわざ仮面まで取って自分を追い込んでもこの体たらくある。いや、もしかしたらこれが凡人の限界なのかもしれない。


(我ながら情けないな)


 どうやら僕はフーリグのようにもう既に助からず自爆しようとする相手など、どうしようもない状況や他に方法がない追い詰められた場合でもなければ誰かを殺すという選択は取れないようだった。


「こ、殺さない、のか……?」

「ええ、残念ながら僕はあなたを殺せないようです。我ながら甘いと思いますけど」


 この発言に明らかにホッとしたナバリ男爵。


 それを見た僕は思わず笑ってしまった。


「何を安心しているんですか? 別に許すとも何もしないとも言っていませんよ」


 この無慈悲な宣告にナバリ男爵の顔に再び絶望の色が浮かび上がる。コンと僕が同一人物だと知っている以上、このまま放置する訳がないのは明らかだろうに。


「裁くのはそれに相応しい人達に任せる事にして……折角ですから、あなたでも試させてもらいますね」

「な、何をする気なんだ……」


 すっかり抵抗する気もなくなって震えているナバリ男爵の頭に手を置く。逃げようと抵抗しようとしても有り余る力でそれは許さない。


「初めてなので加減を間違えるかもしれないですけど、それを含めて自分の運の無さを恨んでください」


 そうして僕は魔法を発動した。


 対象は脳の中のあるとされる記憶。それもここ数時間のもの限定で。


 ある意味で残念で同時にホッと安心したのは特定の事象だけ消すことは出来なかったことだろう。


 要するに僕のことだけ忘れさせることなどは不可能だったという訳だ。


「成功……かな」


 ログでは記憶の消去に成功したと書かれてある。


 五千もの魔力を必要したのは意外だったが、やはりそういった事象や形のない特殊なものは必要とする魔力が多いのだろう。


 転移もそうだが、単純に物質を消すのとは比べ物にならないほど魔力が消費されることからもそう予想出来る。


 瞬きをしてこちらを不思議そうに眺めているナバリ男爵。その表情に先程まで会った恐怖の色は欠片も存在していないし、どうやら成功したらしかった。


「ど、どうしてお前がここにいる!? いつ現れた! そ、そもそもここはどこなんだ!?」


 焦る様子は演技には見えないし、僕は成功を確信する。


「あっ、成功したのはいいけどその後に僕の事を見られるのは不味いな」


 という訳で今度は狐面を着けてコンの姿で記憶を消す。


 この時にレベルを最大まで上げてやってみたのだが消費する魔力は五千のままだった。どうやらものによっては必要最低量の魔力が決まっているらしい。


 ちなみに逆にレベルを下げていくとある一定のところから消費する魔力の量が増え始めたのだった。


 そうしてまたしても記憶を消された後に喚くナバリ男爵に今度は容赦なく一撃を加えて気絶させると、護衛も含めて全員を彼らが逃亡の為に使っていた馬車の中に放り込む。


 そしてそのまま街の近くへと転移で戻ると、面を着けたまま馬車を担いでいく。


 すぐに門番の兵士達がこちらに気付いてギョッとした表情を浮かべたが、すぐに狐面を着けた僕の顔を見ると顔を輝かせて駆け寄ってくる。


 その内の一人は前の門での防衛の時に会った事のある顔だった。


 だが、だからと言ってこんな怪しい風体をした人物に何の警戒もしないでいいのかと個人的には思ってしまう。特に他の人達は初対面だろうに。


「この中に逃げたナバリ男爵とその仲間がいる。追跡するのに時間が掛かったが、どうにか無傷で確保した。罪が確定するまで牢屋にでも閉じ込めておくといい」


 不自然にならないように注意しながらコンがずっと街の外にいたという事を匂わせると、馬車を降ろして後の事は彼らに任せる。


「言っておくが、こいつを逃がそうとするならそれなりの覚悟を持って行動に移すことだ。無論の事その時は俺が相手をさせてもらうことになるがな」


 この言葉に兵士達は首がとれるのではないかと思うほど大きく頷いてくれた。この分なら裏切り者が出る心配はあまりなさそうだ。


 それにしてもこうして働いている姿を見ると兵士達がナバリ男爵側に付いていた理由がよくわからない。


 中にはこの街に来た時のように威張り散らしているような奴もいたが、防衛の時やここでの態度を見ると彼らはまだまともそうに見えるのだが。


 気になったのでそれとなく何故ナバリ男爵に抵抗しなかったかを尋ねると、何でも不満は持っていたものの仕事だからとか家族を人質に取られたりしていた所為で渋々従っていたのが大半らしい。


 そして同時にナバリ男爵がこの街に魔術兵器を使おうとしている事なんて聞いたこともなかったのだとか。知っていれば何が有ろうと阻止するために動いていたとも言っていた。


 確かに考えてみれば、ナバリ男爵はそのことを念入りに隠蔽していたようだから気付かなくても仕方ない事だろう。


 あるいはそれに気付いた人物は消されてしまった可能性もなくはない。


 もっともそれはナバリ男爵に聞いてみない事にはわからない事なので、そうじゃない事を祈るばかりである。


 用事も済んだし昼ご飯が出来るまで時間もあまりないので、すぐにその場を後にしようとしたのだが、


「あ、ありがとうございました! 勇者様!」


 その最後の言葉に思わず躓きそうになった。が、どうにか堪える。


「ま、待て。勇者だと?」


 言葉使いが乱れないように注意しながら改めてそう言ってきた兵士に尋ねる。


「はい! 颯爽と駆けつけて男爵の悪巧みも魔族もの襲撃も阻止してくれたあなたはこの街では英雄で勇者みたいなものですよ! 今じゃあなたは狐面の勇者様って呼ばれてて、子供や兵士の憧れなんです!」


 男爵の件に関しては木葉の方が活躍したはずだが、どうやら魔族とコンのインパクトが強過ぎて事情を知らない人にはそういう風に思われているらしい。


 まあ、その方が好都合なので訂正はしないでおこう。


 とは言え、こうもキラキラと尊敬の眼差しを向けられて僕は戸惑うしか出来なかった。いや、明らかに年上の人にこんな目を向けられてどうしろというのである。


(誰も警戒しなかったのはこれが理由か)


 どうやらコンは目立ち過ぎたらしい。


 あるいは門の時にミーティアが言いかけた言葉を聞かれてしまったのが原因の一つでもあるのかもしれないが、どちらにせよ今更どうしようもないので放置する以外にないだろう。


 まさかこの街の全員の記憶を消して回る訳にもいかないのだし。


 まあ、僕の予想より少し大げさな事にはなったけど、隠れ蓑としての役割は果たしているからよしとする。あくまで木葉の事ではなく、あくまでこれはコンでの話なのだから。


 現に今もペナルティには引っ掛かっていない訳だし、神もそれでいいと思っているはずだ。というか、そう願うしかない。


 そうして兵士に快く送り出された僕は人のいないところで変装を解くと転移で街へと戻る。


 街を出てからこの間、約十分。昼ご飯には十分間に合う時間だった。


「ああ、お腹減った」


 さっきまでの事などなかったことのようにそんな呑気な発言をしながら、僕はミーティア達と昼ご飯が待っているその場所へと戻って行くのだった。

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