第十八話 ゲームのようでゲームではない世界
前回ので終わりっぽい感じでしたが、第二章はもう少しだけ続きます。
僕が目覚めたのは日が空高く昇っている頃だった。どうやらご飯時らしく、どこからかいい匂いが漂ってきている。
(……ああそっか。あそこで僕はそのまま眠ったんだっけ)
だとすると今ベッドで寝ているのは誰かが運んでくれたという事だろうか。毛布まで掛けて貰っているし申し訳ない気分になる。
とりあえず体を起こすと、僕はメニューでログを開いてみた。
そこには案の定というべきか要約すると、状態異常の『精神疲労』などの所為で眠りに着いた、みたいなことが書かれている。
一応自らの意志で眠ったからか気絶扱いではないようだ。
その前の事もスクロールさせて見ていくと、フーリグを倒したところに行き着いた。
当然ながらフーリグを倒した事がそこには書かれており、嫌でもその命を奪った事を思い出させられる。
そしてその時に使った魔法という人知を超えた力の事も。
(やばい、起きてすぐなのに吐きそうだ)
力の事は抜きにしても、これまで魔物なら何度も殺してきた癖に何とも身勝手な感想である。魔族が人に似ているから罪悪感を覚えるなど偽善以外の何物でもない。
だがそれは頭では判っているというのに体がどうしても反応してしまうのだ。勝手に胃とその中身が暴れ出すのである。
「はあ、はあ……ふー」
深呼吸を繰り返すことでどうにかその反応を落ち着かせる。ベッドの上で吐く訳にもいかないし、なによりそこまで弱くはないつもりだ。
落ち着いたところでもう一度ログの続きを見る。その続きには敵を倒した事で得た経験値の数字と新たに『火属性魔術』のスキルが手に入った事が書かれていた。
(はは、本当にゲームみたいだ。まるで現実味がない)
それは単なる文字の羅列でしかなく、敵を倒して力を得たことを示す以外の意味などない。何とも無情な表示だった。
「これがこの先も続くのか……最悪だよ」
元に体勢に戻るようにベッドに体を投げ出して額に手を当てる。
「コノハ、まだ寝てるの?」
そんな時だった。部屋の扉がノックされて誰かが入ってきたのは。
「なんだ、起きてるんじゃない。返事がないから寝てるのかと思ったわ」
「今さっき目が覚めたところだよ」
問い掛けと扉を開けるタイムラグがほとんどなかったことに対しては何も言わずに僕はそう答えた。
「まあでも、無事に目が覚めて正直ホッとしたわ。急に倒れるんだもの。怪我かと思ったら特に外傷もなかったし、何事かと思ったわ」
「あはは、申し訳ない」
迷惑を掛けた事は判っていたので僕は素直に謝った。
その様子を見たミーティアは何故かこちらをジッと見てくる。
まるで観察するかのように。
「ねえ、コノハ」
「な、何かな?」
(まさかコンの事がバレた?)
あり得ないとは思っていても一瞬不安になる。だがその心配は杞憂だった。
「さっきから明らかに元気がないけど、何かあったの?」
ただそちらの方はミーティアの目を騙せなかったらしい。
たったこれだけの会話と表情で僕の様子に違和感を覚えるとは正直驚かされた。まだそんな長い付き合いでもないのに。
(思った以上に凄い観察眼だな。注意しないと)
冷静にそんなことを分析している自分に呆れつつ、僕はその原因について話すことにした。
どうせ一人で抱えていても鬱屈した気分になるだけなのだ。それならいっそ相談という名目の元で吐き出すに限る。
「ミーティアはさ、人を殺したことがある?」
「あるわよ。何度も」
即答だった。一瞬の間もない。
「直接手を下したこともあるし、騙したりして間接的に殺すように仕向けたこともあるわ」
だから何と言わんばかりの口調である。
それが間違っていると感じるのは僕が元の世界での常識や感性でその事を捉えているからなのだろ。たぶんこちらの世界ではこれは間違った考えではない。
ここでは命が軽い。それは人でも獣でも、魔物や魔族であってもきっと同じ事だ。
「そっか……それって慣れるものかな?」
それが指すのは人を殺すという行為そのものでもあり、また人を殺せるだけの力の事でもあった。
「人に依るんじゃない? もっとも世の中色々な人がいる訳だし、断定することは誰にも出来ないわね。でもまあ、あえて言うなら大抵の事は時間と共に慣れていくものだとは私は思う。それが良い事か悪い事なのかは別にして」
実に率直な意見で笑えるほどに容赦がないとも言える。あるいは身も蓋もないとも。
「もしかしてだけど、一緒に攻撃を受けて死んだ人の事を考えてるの?」
それは隠れ身のローブを貰った彼の事だろうか。それ以外に心当たりもないしそうなのだろう。
でもそれについて言えば、薄情だが実は僕はそこまで気に病んでいない。
あの時は腹に大穴が空いたこともあって自分の事を考える事だけで精一杯だったし、何より初めての命の危険にそれ以外の事を気にしている余裕なんてなかったのが功を奏したのだろう。
実際、あの攻撃が腹ではなく頭に当たっていたのなら僕は死んでいたかもしれないのだ。それが衝撃的過ぎて他の事に付いての関心が薄れてしまった感じである。
死んでも大丈夫だとわかっていても、いざ実際にその死に近付くと恐怖し、そして死にたくないと思った。
それが僕の正直な気持ちだった。
「気にしてないとは言わないけど、それは特に問題じゃないかな。言っちゃなんだけど、あれは僕の所為じゃないと思ってるし」
流石に攻撃されたことまで責任を感じてなどいられない。むしろこちらも被害者なのだからそれで当然というものだろう。
そう考えてしまう僕はあるいは残酷の部類に入るのだろうか。
「じゃあ何に悩んでいるのかは私にはさっぱりわからないわね。でも一つだけアドバイスがあるとすれば……」
「すれば?」
「考え過ぎない事、ただそれだけよ」
ミーティアはそう言い切った。
「私達は神様じゃないんだから考えたって答えが出ない事や理不尽だと思える事もたくさんある。恐くてどうしようもない時だって。でもそれをいちいち気にしていたらもたないわよ」
実に豪快な考え方だった。でもそれぐらいじゃないとこの世界ではやっていけないのかもしれない。
「それにその時が来たら人は嫌でも決断する事になるわ。どんな事かまではわからないけど、必ずね」
「必ず決断する事になる、か……」
思わずその言葉を繰り返していた。何故だかそれは凄く心に響いたのだ。
もしかしたらそれはミーティア自身がそういった事を経験している上での発言だからかもしれない。奴隷や盗賊などに彼女はなりたくてなった訳ではないのだから。
「さてと! あと十五分くらいで昼ご飯が出来るはずだから、その前に下の井戸で顔でも洗ってくれば? そうすれば少しは気分も変わるでしょ」
「……そうだね。そうさせてもらうよ」
僕はベッドから降りて伸びをする。
「どうせだから気分転換に少し散歩でもしてこようかな。もちろん昼ご飯が出来るまでには戻ってくるよ」
「それなら街の様子でも見てくれば? 鉱山の人達も解放されたから来た時と違って活気に満ちてるし、お店も開いてるはずだから」
そうしてみるよと頷いて僕は下へ降りて行った。そして言われた通りに井戸で顔を洗う。
「さてと……」
そこで僕はマップを開いた。見るのはこの街の様子……ではない。
今回の一件で残った唯一の懸念とも言える存在であり、本来ならラスボスの位置にいるはずだった人物。それがそこには映し出されていた。
誰よりも早くにこの街を見捨てて逃げ出した上に炎の海などの絶望的な光景も遠目で見ていたはずだ。
どうやらその所為もあって街が助かったなどと思わずに現在も逃亡を続けているようである。
もっとも僕もあえてそのような絶望的な光景を見せるようにしたのだが。
下手に戻って来られるよりもその方が好都合だとあの時に判断したのである。
街に戻られて証拠の隠滅に動かれたり、ましてや今度こそ魔術兵器を使おうとされたりしてはたまったもんじゃないからだ。
現在の彼だが金は持っていても食糧がほとんどないので大変苦しい逃避行になっていることだろう。魔物だっているし、死んでも何らおかしくはないだろう。
それに仮に運よく生き残ったとしても待っているのが地獄な事に変わりはない。今更何をしても事実を隠すのは不可能なのだから。
だから捨て置いて構わないと考えていた。そう、これまでは。
「気が変わったよ。やっぱり放置は不味いよね」
何をしでかすかわからない奴なのだ。やはりしっかりと対処はしておくべきだろう。
考えてみれば護衛もいる事だし、足りない食糧を補充する為に適当な村を襲う事もあり得なくはない。むしろ奴なら率先してやりそうな事である。
大人しく果実などを採取して我慢する、そんなまともな奴ならこんな計画を実行する訳がないのだから。
(そして彼らで確認させてもらおう。僕がどんな決断をするのかを)
そうして僕は誰にも気付かれずに街を飛び出した。