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第十七話 コノハとコン

 街の方へと移動していると、多数の魔物が街へと向かっているのがマップで確認できた。


 中には既に街の入り口である城門付近に到着している個体もいる。そこではミーティアや他の兵士達が戦っているらしい。


 そのおかげもあってか街の中にまだ魔物は入り込んではいないようだった。


(結界が壊れたことで魔除けの効果もなくなったのかな?)


 気にはなるが、とにかく今は魔物退治が優先だ。


 僕は前にいる魔物を通り過ぎ様に消しながらあっという間に門へと辿り着く。


 レベルは200の制限した状態ではあったが、有り余るレベルとMPのおかげもあって触れてMP消費を抑える必要もなく広範囲の魔物を一瞬で消しながら。


 そしてミーティア達と魔物の間に立つように着地する。突然空から降ってきた怪しい恰好の人物に対して剣を向けて来る人も中にはいた。


「増援に来た」


 だが魔物の対処に忙しかったというのもあるだろうが、僕がそれだけ言って無防備に背中を向けたこともあって攻撃してくる人はいなかった。


 そして僕が戦線に加わるとほとんどの人が自分の戦いの方に集中していく。


「お前達は自分の身の安全と魔物を街に侵入させない事だけ考えろ。他は俺がやる」


 そう言って僕は一人で魔物の群れの中へ突っ込んで行く。


 ここでは人目もある為、魔法は使わず取り出した二本の剣を使って魔物共を倒していくことにした。


 剣の一振りで数体の魔物を同時に肉塊へと変える。


 それどころかその剣の一撃に触れていないはずの魔物まで振った時の風に巻き込まれ吹き飛ばされていく。近くの木にぶつかって死ぬ奴までいた程だ。


「す、すごい」


 ミーティアのその言葉が指し示すように形勢は完全にこちら側に傾いた。


 僕が参戦してからたった数分後には門近くにいた魔物はすべて物言わぬ屍と化していたくらいである。


 まだ遠くの方からやって来る魔物はいたが、それが到着するまで多少の時間はあった。だから僕は一旦門の方へと戻るとあえてミーティアに向けて話しかけた。


「どうして魔物が押し寄せてくる? 魔除けはどうなっているんだ?」

「結界が壊れた所為で魔除けも一時的に機能不全を起こしているらしいわ。今ここにいない兵士達がそれを直しに行ってるはず」

「そうか。それにはどれくらい時間が掛かる?」


 その問いには別の兵士が答えた。


「ここで防衛しなきゃならない事もあって直しに行ける人数が少ないから、あと十五分は掛かる……と思います」

「その口ぶりだと人数を増やせば時間は短くなるという事だな。だったらここの防衛は俺に任せて残りは全員その修復に向うといい」

「し、しかし……」


 いきなり現れたおかしな格好をした男の言う事を素直に聞ける訳もなく、周りの兵士達は困惑するばかりだった。


 これが力を示す前だったならもっと反発が出ていたことだろうし、それが無理な事は僕としても重々承知している。


 もちろんこの反応は予想済みだったので、僕はその対策としてミーティアに近付くと、


「お前がミーティアだな」

「そうだけど何? と言うかあなたはどちら様かしら? 私はあなたの事なんて知らないはずだけど」


 それに対する答えは用意してあるので周りには聞こえないに様な小声で僕はこう答えた。


「俺はあいつ、木葉に呼ばれてここに救援に来た仲間だよ。こう言えば俺の正体も察しが付くだろう?」

「な!? あ、あなたも勇者の」

「おっと、そこまでだ」


 思わず勇者の仲間と口にしようとしたであろうミーティアの言葉を遮って止める。


「ここではやはり話し辛いな。仕方ない、少し付き合ってもらおうか」

「待って。ここを離れてどこに行く気?」

「詳しい話をするにしてもここは周りに人が多すぎる。そしてこいつらは街の防衛の為にここを離れられないようだし、となれば俺達が移動するしかあるまい。まあ、どうせならそのついでに魔物の殲滅も行うのもありかもしれないがな」


 それだけ小声で告げると僕はさっさと歩き出した。


 ただ、いきなりの事にミーティアは付いて来ようとしない。拒否している訳ではなく戸惑っているのだ。


「どうした? 来ないのなら置いて行くぞ」

「……ああもう、わかったわよ! 行けばいいんでしょ!」


 急かすと迷っていたミーティアも決断したようだ。半ば自棄になった口調でそう言うと付いて来る。


「お前達はそのまま防衛を続けていろ。俺は彼女と周辺の魔物を退治してくる」


 その建前を一方的に兵士達に告げた後、僕とミーティアは森の中を進んで行く。そうして街から十分な距離を取れたところで足を止めた。


「それじゃあ話の続きといこうか。ああ、心配しなくても魔物が来るまでまだ時間はあるから安心するといい」

「それは心配してないわ。で、あなたはコノハの仲間って言ってるけど、その証拠はあるの? それとあの魔族をどこかに連れて行ったのもあなたなの?」


 実にもっともな意見だった。こんな怪しい奴の言う事を鵜呑みにする訳がない。


「魔族に関しては始末したから問題ない。しかし証拠か。そうだな、あいつが勇者の仲間である事やお前の秘密を知っている、これでは証拠にならないか? おいおい、そう警戒するな。別に言い触らしたりなどしないし、むしろ俺はあいつからそれをどうにかして欲しいと言われているんだからな」


 秘密という単語が出ただけで身を固まらせたミーティアに僕はそう告げる。


「魔族を始末したってそんな簡単に信じられるわけが……って、ちょ、ちょっと待って! 最後の言葉はどういう意味!?」


 聞き捨てならない発言に気付いたのか、ミーティアは慌てた様子で問いかけてきた。 


「その言葉のままの意味だ。俺はあいつにお前の奴隷紋ともう一つの印を消すように頼まれている。疑うのなら腕を出せ。証拠を見せてやる」

「ほ、本当にそんなことができるの?」

「できない事を言い出すと思うか?」


 質問に質問を返す。通常なら実に失礼な態度だが、今はそれがなによりの答えとなっていた。


 疑うような視線はそのままだったが、それでもミーティアは袖とその下にあった隠す為の包帯を捲ってみせた。その表情には期待と不安が交錯している。


「改めて確認しておくが、腕の奴隷紋と背中の盗賊の証。どちらも消していいんだな?」

「え、ええ。お願い、するわ」


 僕は前に試した男達に何の異常もない事を最後にもう一度だけ確認して、ミーティアにも判りやすいようにその奴隷紋の部分に指先で触れる。


 そしてその二つに対して魔法を発動した。


「嘘……ほんとに消えてる」

「背中の方も消しておいたから後で確認してみるといい」


 少し前まで確かに描かれていた奴隷紋が、まるで初めから存在しなかったように完璧に消え去っていた。そんな自分の腕を見てミーティアは呆然としている。


 それどころか幻ではないのを確認するかのように何度もその部分を摩ってさえいた。


「そ、それじゃあ本当に魔族も?」

「だからそう言っているだろう。それが俺の役目だ。奴隷紋の事に関してはあいつがお前には色々と世話になったと言っていたから、これはその礼とでも思っておけばいい」


 これで僕が魔法を使える事やこういった力がある事をミーティアに知られなくて済む上に下手な言い訳もしないでいい。


 あくまでこれをやったのは木葉ではなくその仲間であるこの狐面(きつねめん)の男という設定なのだから。


 こうすることで僕は結城木葉という人物がこういった力を使えるという事を秘密にもできると考えたのだ。


 これは何もミーティアに対してだけという話ではない。この街の人々や延いてはもっと大きな規模の事も考えてこうしたのだ。


 そう、僕はこの狐面の男という架空の人物を作り上げる事で自らの秘密を守ると同時に色々な面での行動の自由を手にしたのである。


 魔族を倒したのも無の魔法を使えるのも結城木葉ではなく、あくまで狐面の男。


 仮にここでのことが何らかの形で広まったとしても、こうしておけば結城木葉という人物に向く注意や疑いの目は少なくなるはずだ。


 もしかしたらそれは時間稼ぎ程度の意味しかないかもしれないが、それでも構わない。


 時間が稼げればまた別の方法を取れるかもしれないし、今は僕という存在に辿り着かせない事こそが重要なのだ。


 狐面の男にはその為の(デコイ)となってもらう形である。


「そうだ。それを消した代わりと言ってはなんだが、俺が勇者の仲間だという事とこの力についてだけは他言無用で頼む。あれだけ派手な戦闘をした上にあそこで姿を見られた以上、俺の存在を隠し切れるとは思ってはいないが少しでも情報の流出は避けたいからな」

「え、ええ、わかったわ」


 話しかけると我に返った様子のミーティアだったが、それでもまだ平静とは言えなかった。どこか浮ついているというか、心ここに在らずといった感じがする。


 それほどまでに衝撃的な出来事だったという事だろう。やはりこうして別人の振りをして正解だった。


「何もなければ俺はそろそろ行くとしよう。どうやら魔除けについても直ったようだしな」


 街に接近していた魔物達が急に踵を返すようにして去って行く。どうやら思った以上に早く修復する事に成功したらしい。これなら殲滅する必要もなさそうだった。


「ま、待って! あなた、名前はなんて言うの?」


 立ち去ろうとしたところにそんな言葉が投げかけられる。


 それについては考えていなかったので少し焦ったが、どうせ架空の人物なのだ。適当でも構わないだろう。


 そう思った僕は狐面から連想して、


「コン……仲間にはそう呼ばれている」


 我ながらネーミングセンスのない名前である。


 咄嗟に言葉を付け足してその名前がコードネーム的なものであるとアピールしておいた。自分で考えといて何だが、流石にこれが本名は嘘くさ過ぎたので。


「コンって何だか変わった名前ね。……ってそんなことが言いたいんじゃなかった」


 どうやらミーティアも同じような事を思ったようだ。だがすぐに切り替えると、


「本当にありがとうございました。街も私もあなたのおかげで救われました」


 そう言っただけではなくミーティアは丁寧に頭まで下げていた。


 余りに真剣で真摯な態度の礼にこちらとしてはどう対応していいのかわからず参ってしまう。


 これまでの人生でこんな風に感謝されたこともないのだから、それも当たり前と言えるだろう。


「……気にするな」


 気恥ずかしかったのでそれだけ告げるとその場を後にする。経験豊富なら大人ならもっと上手い対応も出来たのかもしれいが、所詮高校生の僕にはこれが限界だった。


(さてと……残るは最後の仕上げだけだ)


 気持ちを切り替える。まだ終わった訳ではないのだ。


 と言ってもそれは実に簡単な事なのだが。


 僕は適当な場所に降りると転移を発動して、元の瓦礫の下へと舞い戻る。そして装備を取り換えてコンではなく元の木葉としての格好に戻った。


 それから待つこと暫く。目的の人物がやって来たのをマップで見計らって、僕はゆっくりと瓦礫の山から這い出た。


「ふー、ようやく出られたよ。それでどうなったのかな?」

「どうなったって、あんな攻撃をくらったのに随分呑気な発言ね」


 ボロボロの服で這い出てきた僕を見たミーティアは呆れたように笑っていた。その背後のマックスさんやロイゼさんも同様である。


 これで万が一にも――ミーティアでさえも――魔族を倒した狐面の男、コンと結城木葉が同一人物だとは思わないだろう。


 転移の事を知らない限り、僕にはずっと瓦礫の下にいたという鉄壁のアリバイができたのだから。


「あなたが彼を呼んでくれたんでしょう? おかげで全員無事よ」

「そっか。あいつが間に合ったみたいでなによりだよ」


 誰にも聞かれないようにしたミーティアとの会話で僕はそれが確実に成功したことを悟ると、


「ああもう限界」


 その場で仰向けに倒れる。


 体力であるHPや魔力であるMPはまだまだ余裕でも、精神的にもう限界なのだ。現にステータスには状態異常で『精神衰弱』や『精神疲労』というものが表示されている。


 それも魔法で消せばいいのかもしれないが、もはや僕はそんな気にもなれなかった。


 ただただ精神的な疲労からくるであろうこの体の怠さと眠気に身を任せて、


「ど、どうしたの、コノハ!? まさか怪我を負って……」

(ごめん、寝る)


 心配してくれている周囲の声に心の中でそう答えながら瞼を閉じて、あっという間に僕は眠りの世界に落ちていくのだった。

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