第十六話 決着
本日2度目の更新です。
魔族はレベルが100を超えている上にスキルもかなりの数だった。それこそすぐには見きれないくらいの数が一覧で表示されている。
例を挙げれば雷の槍を生み出したであろう『雷属性魔術』にその名の通り空を飛ぶ為と思われる『飛翔』。
それ以外にも『怪力』や『超速回復』、そして最初の奇襲の時の攻撃だと思われる『衝撃波』など様々なスキルが存在している。
そんな中でのとっておき、それはログによって明らかになった。
そこにはこう書かれていた。敵が『真名解放』のスキルを発動しました、と。
「我は『灼熱の悪鬼』フーリグ! 我が真の力の前に燃え散るがいい!」
どこからともなく発生した炎がその全身に纏わりつき、角や羽なども赤銅色に光っている。牙も爪も伸びていて、明らかに炎を纏った事でより悪魔らしい姿へと変身を遂げていた。
それに加えて、
(レベルが上がった!?)
気付けばレベルが124まで上昇していた。
どうやら真の力とやらを解き放ったことで先程とは全く別物の強さを手に入れたらしい。言うなればボスの第二段階と言ったところか。
第三段階以降がない事を祈りつつ僕もすぐに対応に移る。まずは牽制の意味を込めて武器を投げ付けてみたのだが、
(うわ、一瞬で溶けるってどんな熱さなんだろう)
体に触れる前にドロリと溶けてその残骸も地面に落ちてしまった。少なくともあの体の周りの温度は金属が融解するレベルらしい。こんなバカげた力を持った相手だ。
やはりただの人間がどうにかなる相手ではない。
(しかも与えた傷も完全に塞がってるし)
その上、周囲は木々が生い茂っている。当然ながら炎は燃え移り、辺りは瞬く間に火の海と化していった。
もちろんすぐにこれ以上周囲に燃え広がらないように魔法で炎を消してみたが、それは焼け石に水だった。
大本であるフーリグが存在している内はそのMPを消費する事で幾らでも炎が生まれていくらしい。だからいくら周囲の炎を消してもすぐにまた燃え盛ってしまうのである。
そしてその炎や熱によってジリジリと体が焼かれて徐々にだがHPが減っていくし、『状態異常・火傷』というまったく欲しくないものまでステータスには表示されていた。
幸いかなり頑丈な材質で出来ているらしく服などは燃えなかったが、それでも熱い事には変わりはない。
「これがお前の本気という訳か」
「そうだ! この場に立っていられることは褒めてやるが、それも時間の問題だ! この炎の海がある限り私には決してダメージを与える事はできん。だが炎の海は私を倒さない限り消えない。貴様に残された選択肢は体力が尽きるその時までこの炎に焼かれ翻弄され続けるというものだけだ!」
「……確かにこのままじゃ勝てないだろうな」
既に何度も転移をしたこともあってMPはかなり消費している。今の残量では敵と炎の全てを消し去るのは難しいかもしれない。
「ふはははは、ようやく力の差を思い知ったか! ではそのまま、あの街と共に絶望しながら灰となって消えるがいい! そう、我が最大の魔術をもってな!」
その言葉と同時に更に炎の勢いが増し、
「ブラストタイダルウェイブ!」
勝利を確信したその魔術は発動された。
炎の海が荒れ狂い、巨大な津波となってこちらに押し寄せてくる。これに呑まれれば背後の街は跡形もなく灰と化すだろうことは容易に想像がついた。
この大きさだ。きっと後ろの街にいるミーティア達やその遥か先で逃げているナバリ男爵にもこれは見えていることだろう。
そうして僕は大きく息を吸って体の力を抜き、
「十分だね」
その言葉と同時にすべての炎が消滅した。
先程まで目の前にあったはずの炎の津波もフーリグが纏っていた炎も含めたそのすべてが。
「な、何が……?」
当然の出来事に呆然としたフーリグだったがすぐに新たな炎を生み出そうとする。その切り替えは流石と言えるだろう。
「何故だ!? 何故炎が生まれない!?」
だがそれは無駄な抵抗に過ぎなかった。そう、既に彼には炎を生み出すMPなどもはや残っていないのだから。
動揺して取り乱しているところに悪いが、こちらがその隙をただ見ているなんてことがある訳がない。
転移など必要とせずに自らの身体能力だけで瞬く間に接近を果たすと、その体目掛けて拳を放った。
当然ながら動揺していてもそのままやられる訳がなく、フーリグはその腕でこちらの拳を受け流そうとする。
だがそれは叶わず、腕を圧し折られながら拳が無情にも胴体に突き刺さった。
貫通までは行かなかったが、その一撃が重大なダメージを与えたことを素人なりに手応えで感じる。
だが僕はむしろ感心していた。
「……凄いな。まさかこの一撃を受けて意識を保てていられるなんて」
僕は思わず口調が元に戻りかけるくらいに驚いていた。
膝を付きながらも彼はまだ健在である。その戦う意志も折れてはいない。
「……こ、この一撃は明らかに先程までと力が段違いだ。まさか貴様、この私を相手に手加減をしていたと言うのか?」
「……この結果がすべてだ」
僕はそうやって明言はしなかった。どこで誰が聞き耳を立てているかわかった物じゃないからだ。
(まさかレベル200での一撃を受けても生きているどころか話せるとは思わなかったな。やっぱり魔族は特別なんだろうか?)
その前までは120と少しだけ相手より上の状態で相手をしていたのだが、流石にそれでは勝てなかったしMPも底を尽きかけてしまったのだ。
どうやら僕の魔法で何かを消す時に消費するMPの量はレベルが大きく関係しているらしい。
レベルが僅差の時は彼のMPを無くすには万を超える量が必要だったのに対して、こちらが200の状態だとその半分以下の消費量で済んだのである。
それに加えてレベルに差がないと相手に対して魔法を使う事はまず不可能になる。単純に掛かる魔力が多過ぎる為だ。
「言っておいただろう。色々と試させてもらうと」
強敵との初めての戦闘。それだけでも僕にとってはいい経験だ。
そしてそれと同時に滅多にない相手でもある。普段の魔物やミーティア相手では試せないことをこの場でやらない訳がないではないか。
「バカな……そんなバカな事があり得るはずがない。この私が試されただと? 手加減されただと? 人間如きに?」
「動くな」
プライドが粉々になったのか、ブツブツと危ない感じで呟き始めてフーリグに僕は言う。
「勝負は付いた。大人しく負けを認めて抵抗しないのなら殺しはしない」
どうせなら魔王や他の勇者に付いての情報を吐いてもらいたかったのだ。もちろんかなりのレベル差があるとは言え、危険な相手であることに変わりはない。
だから妙な動きをした時には容赦はしないつもりだった。
「……まだだ。まだ勝負は付いてなどいない!」
そう叫んだフーリグはその鋭い爪を
「ごふ!」
自らの首に突き立てた。
情報を引きだされるのを阻止するための自害かと思ったが、ログを見てすぐのそれが違う事に気付く。
「こうなれば、道連れ、だ」
掠れた声でそう言う通り、これは自爆攻撃だ。自らの命と引き換えにした最後の一撃であり、どうやらこれにはMPは必要ないらしい。
ここまでする相手を無理矢理生かしても同じことが繰り返されるだけだろう。それにこちらのMPだって無限ではないのだ。
「……それがお前の選択か」
僕は覚悟を決めると、その今にも爆発しそうな体に触れ、
魔法を発動した。
そしてそこには何も残されてはいない。この世界にいた一切の痕跡を残さず『灼熱の悪鬼』フーリグという存在は無へと消えたのだ。
それは実に呆気ない終わりだった。
「うっ!?」
その恐ろしさに思わず吐きそうになる。自分がやったことと、それ以上にそれを簡単にできてしまう力がひどく恐ろしかったのだ。
「……まだだ、まだやることがある」
半ば強引にせり上がってくる胃液を抑え込むと僕は動き出す。まだ終わっていないし、これからが仕上げなのだから。
この時の僕はこの狐の形をした仮面に感謝していた。何故なら今の僕はひどい顔をしているだろうけど、これのおかげでそれを誰も気付くことはないのだから。
「……勇者なんて二度と御免だ」
そう吐き捨てながら僕は街へと戻って行くのだった。