第十五話 下級魔族
その声を聞いた魔族の反応は素早かった。
「何者だっ!?」
すぐに振り返りながら拳で攻撃してくる。だけど、
「悪いけど話は別の場所でしようか」
その攻撃が放たれる前に僕はそいつの体を街の外へ目掛けて投げていた。そしてすぐさま転移で投げたそいつの傍に飛んで追跡する。
目に見える範囲ならマップによる座標の特定も必要がないことからタイムラグもなしに飛べるので出来る芸当だった。
ある程度飛んだところで魔族は体勢を立て直すがまだ街に近い。なので、その顔面を鷲掴みにして再度転移する。今度は魔族も一緒に。
「うん、これだけ離れれば十分だね……あ、変装するなら言葉使いも変えなきゃ不味いか」
適当に森の中にある地面に向かって魔族を投げて叩き付けた後、僕は着地してそんな基本的な事に気付くのだった。
「丁度いい練習相手がいることだし、色々と実験台になって貰おうかな……貰おう」
言い直してみるが、やはり言い慣れない言葉だと違和感がある。
たぶん素のままに言葉だけ変えようとするのがいけないのだろう。要するにキャラを作るような感覚で演じればいいはずだ、きっと。
「お前、何者だ? まさかあの黒髪の小僧……ではないな。あの小僧はこの街の中では最も強い力を持っているようだったが、あの時に感じた力からしてこの私をこうも容易く翻弄出来るとは思えん。いや、そもそもあの小僧があの攻撃を受けて無事な訳がないか」
起き上がった魔族は考えながらそんなことを言ってくる。その姿は改めて僕の知っている人間とは違っていた。
基本的には人型ではあるものの頭に生えた二本の太い角やその背中から生える蝙蝠のような羽。まさに悪魔というイメージにピッタリな姿である。
それにしても先程の発言にあった黒髪の小僧というのは十中八九、この姿に変装する前の僕の事だろう。
どうやらレベルが100の時の力は見られていたのか、あるいは僕のステータスのように何らかの方法で感じ取れるようだ。
そして今はこの闇狐の仮面のおかげか僕が誰なのかも、そしてどれほどの力を有しているのかはわかっていないらしい。
しっかりと『隠蔽』の効果が発動しているようでなによりである。
「僕……俺が誰かなんてどうでもいいことだろう。これから死ぬお前には関係ない事だ」
自分で言っておいてなんだが、カッコつけているようで凄く恥ずかしい。やっぱり喋らなくてもいい無口キャラでいくのが無難かもしれない。
「人如きが魔族に対して随分と生意気な口を叩くものだな! いいだろう、その自惚れた心、完膚なきまでに叩き潰してくれる!」
そんなこっちの気持ちなど知る由もなく、魔族は激怒しているようだった。余程この口調と発言が気に障ったらしい。
「その前に二つほど問う。まずその黒髪の小僧とやらをどうやって攻撃した? あそこには結界があったはずだ」
「ふん! 教える義理などないが冥土の土産として特別に教えてやろう。あの規模の街の結界はまず常時展開などされておらん。近付けば感知されるが、感知されない距離からなら攻撃が通るのだよ。もっとも一度でも攻撃すれば勘付かれて結界を展開されるから、最初の一撃限りの方法だがな」
こっちから聞いといて何だが、まさか素直に答えてくれるとは思ってもみなかった。以外と素直な奴なのかと思ったが、
「そんなことを聞くところを見ると、お前はあの小僧とは知り合いだったか? だったら残念だったな。あの小僧は瓦礫の山の下で腹に大穴を開けて死んでいる事だろうよ! ギャハハハ!」
高笑いをするその姿を見てすぐに訂正する。こいつは単に性格が悪いだけだ。
それに勝ち誇って笑っているが、その考えは完全に的外れである。と言うかその本人が目の前にいるのだが、まるで気付く様子がないのでそのままにしておくことにした。
わざわざ冥土の土産として教えてあげる義理など、それこそこちらにはないのだから。逝くなら何も持たずに逝けばいい。
「では次の問いだ。どうして辺境にあるあの街を狙った? 何が目的だ?」
「特に理由などないさ。強いて言うなら噂話を聞いたから、だろうな」
「噂話だと?」
「魔物達から聞かされたのだよ。あの街で大規模な徴兵が行われているとか魔術兵器まで用意しているとか、な。それで少し興味が出たついでに潰しに来たという訳だ。そしてその程度で魔族に刃向おうなどという奴らが無残に殺す。それは実に面白い余興だと思わないか?」
魔術兵器など屁でもないと言わんばかりのその様子からすると戦略的な意味でここに来た訳ではないらしい。純粋に自らの楽しみの為と言ったところだろう。
だとしても皮肉な話だ。まさかナバリ男爵の吐いていた嘘がまさか本当に魔族を呼ぶ原因になろうとは。これぞ因果応報という奴だろうか。
少なくとも神の裁きではないだろう。そんなことが可能なら勇者なんて存在など選ばずに自分の力で魔王も魔族もどうにかすればいいのだから。
(それにしても魔族は魔物から情報を得られるのか)
どうやら魔物であろうと迂闊に力を見られないようにしないといけないらしい。今のところ遭遇した魔物のほとんどを狩っているので大丈夫だろうが、だからと言って油断は禁物だろう。
「さて、そろそろこの無駄な話も終わりにするとしよう。そして安心してあの小僧がいるあの世に逝くがいい」
「さっきも言ったが、消えるのはお前の方だ」
「減らず口を!」
魔族はそう吐き捨てると、背中の羽を大きく広げて空へと浮かび上がる。そしてそのまま悠々と空を飛んでいた。
「どうした? どんな魔術か知らないが転移ができるのだろう。早く背後でも取るがいい」
(待ち構えている癖によく言うよ)
そんなところに考えなしに飛び込めばどうなるかなど猿でもわかる。だが、だからと言って直接跳ぶのも相手にしたら見え見えだろう。
「そちらから来ないのなら……こちらから行くまでだ!」
魔族が空に手を翳すと上空に無数の黒い暗雲が立ち込める。これは間違いなく雷の魔術。しかも前にくらったものよりも格段に危険だ。
「降り注げ、サンダースピア!」
「くっ!」
咄嗟の判断でその場から転移する。だが即時発動で行けるのは見える範囲だ。更に空中は暗雲と雷で埋め尽くされているので、自然と大地付近でしか移動は出来ない。
背後の先程までいた地点に雷の槍が降り注いで轟音を立てる。まるで本物の雷が近くで落ちたかのようだ。
(これで下級とかあり得ないって。魔王はどれだけ強いんだよ)
自分の事は棚に上げてそんなことを考える。
「そんな近くに逃げても無駄だ!」
その言葉通りに次々と雷の槍を落としてくる。連続で転移して躱し続けるが、これでは無駄にMPを消費し続けるだけだ。
(これだけの相手なら投げるのは石じゃなくていいよね)
そうやってボックスから取り出したのは前の時に盗賊達から回収した武器の数々だ。刃が付いているそれらは当たれば非常に危ない。単なる石とは危険度がまるで違った。
僕は雷の槍を転移で回避をしながらその武器を魔族目掛けて投げつける。それも四方八方から次々と。
「くっ! 小賢しい真似を!」
殺到する武器の数々は確実に魔族の脅威となっていた。
元は特別な効果などない単なる武器だが、それも使いようだ。向こうも鈍間ではないので突き刺さるまではいかないものの、現に掠ったりすることで向こうに傷が少しずつできてはいる。
もっとも異常な回復力を持っているらしく短時間で傷は塞がってしまうし、HPのゲージも元に戻ってしまうのだが。
(あいつを倒すにはこの程度の攻撃じゃダメか。だったら)
「これはどうだ!」
僕は魔族にロックオンをしたものの、そのまま手に持った剣を投げはしない。あえて横に向かってブーメランでも放るようにして投げて、
「何!?」
体は勝手に動いて投げてくれた。そう、投じた剣が敵の背後から襲い掛かるよう半円の軌道を描くように。
思わぬ方向からの奇襲に魔族は攻撃を避けきれず、その翼の根元付近に剣が突き刺さる。抜けばすぐにでも治ってしまうだろうから、その前に仕掛けるしかない。
僕は両手に剣を出すとまたしてもロックオンを利用して、今度はその二つがそれぞれ左右の背後から襲い掛かるように投げる。そしてその後、自分は真っ直ぐ魔族に目掛けて跳躍した。
「馬鹿が! 同じ方法で出し抜けると思ったか!」
魔族は雷の槍を背後から迫る二つの剣に落として破壊する。砕け散った地面に落ちて行くそれはもはや魔族の脅威にはなり得ない。
そして奴から見れば残るは真正面から突っ込んでくる僕だけ。格好の的だと思うだろう。
僕はすぐに追加で二本の槍を取り出すと、今度はそれを正面から投げつける。
「だから無駄だと言っているだろうが!」
それはその言葉と同時に呆気なく雷の槍によって撃たれ、
「だろうな」
その一瞬を狙って魔族の近くに転移した。だがそれを魔族も待っていたのは明白だ。
魔族がニヤリと笑ったと同時に避けきれない雷の槍が幾つも僕に向かって降り注ぎ、
「……さっきの無駄というセリフはこっちのものだったな」
それらは僕を守るように宙に浮いていた大量の剣や槍、または楯によって阻まれる。転移したと同時に自らの上にこれらを出しておいたのだ。
「き、貴様!」
「狙いが分かりやす過ぎる。そして同じ方法を何度も使い過ぎだ」
僕はそう告げながら手に持った剣を振り降ろす。手応えはあった。
「……浅かったか」
肩から斜めに掛けて袈裟切りは確かに相手に深い傷を負わせることには成功したが、敵を倒すには至らなかったらしい。
魔族は大量の青い血を体から流しながらも健在で、その瞳には怒りの炎が宿っていた。どうやらまだまだやる気のようである。
「この私に傷だと? たかが人間が? ふざけるな……ふざけるなあああああああああ!」
その怒声と共にビリビリと空気が震える。
「いいだろう! そこまで無残な死を迎えたいと言うのなら見せてやろうはないか! 魔族の真の力というものを!」